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13.とある貴婦人の日記

水曜日は執務の日。

オティーリエのリクエストで、今日の最初の報告は魔獣の被害の救済処置について。


そもそも犯人がいるのに公的に救済処置を行うかどうかで揉めていたようなのだけれど、これはオティーリエの鶴の一声で救済処置を行うことに決まった。

とはいえ、犯人が見つかった場合は、犯人にもある程度の損害賠償を請求するとした。


また、救済処置の内容については、行う行わないに関係なく検討は進めてくれていたようで、その内容を確認して承認すれば、この件は終わり。

そのしっかりした対応に称賛を送ると、次は第二騎士団長から魔獣の件の捜査の進み具合について報告を受ける。


内容は怪しい家で見つかった氷の棺と日記について。

棺については写真付きとはいえ簡単な報告だけだったけれど、日記については詳細な報告が行われた。


その内容は、一年前に息子を病気で亡くした母親が、墓場から息子の遺体を掘り起こして例の怪しい家に持ち込み、魔法で凍らせて腐敗を防いで、その間に息子を蘇らせる方法を探した結果、魔石を使って蘇らせる方法をある人物から教わり、それを試すために魔石を入手して実行に移すところまで書かれていたそうだ。


ただ、そのやり方を教えた人物については書かれていないし、魔石と聖別されたハンカチの入手方法についても書かれていなかったらしい。


また、怪しい家の持ち主を不動産屋経由で捜索したところ、外国籍の男性が借りたということで、現在、その人物について現地に問い合わせ中だそう。


第二騎士団としては、現時点では日記の中で氷漬けにされていたと思われる息子の名前が書かれていたので、そこから魔獣を作り出した人物の身元を割り出して、そこから捜査の手をのばしていきたいとのことだった。


オティーリエは報告を聞き、魔石の入手経路については必ずハッキリとさせて欲しいということと、記者会見を開いて、魔獣を作った魔石は自然発生したのではなくて、何物かが使ったのだということは発表してほしいことの二つを依頼した。


それから後も、昼食の時間まで領内で聞いておかなくてはいけない報告を聞いたり、執事達では決めきれない事柄の相談に乗って決断したりといった執務をして過ごした。


午後は教師を呼んでの裁縫と音楽の授業。

音楽はピアノを習っている。


それらの授業が終わると、人払いしてヨハンと新聞チェック。

国外の新聞では、もう書くべき続報もないためか、白騎士の記事はなくなっていた。

国内の新聞ではまだ白騎士を扱っている新聞があり、様々な憶測記事が出ている。

それでも、幸いというべきか、オティーリエやヨハンのことは記事になっていなかった。


 ◇ ◇ ◇


木曜日の午後、オティーリエは捜査部第1グループを訪れていた。

もちろん、目的は例の日記を見せてもらうため。


今日もデスクに座っていたハイリに声をかけて、日記を見させてもらう。

案内されたのは、取調室の一つ。

さすがに証拠品の保管庫には入らせてもらえないので、ここに持ってきてもらって読むことに。

そして、取り扱いについて注意を受けてから、手袋を付けて日記を受け取る。

ハイリは読み終わったら呼びに来るように言って部屋を出て行った。


オティーリエはそれにお礼を言って見送った後、日記を読み始めた。

アーサーは机に降りて、机に置かれた日記を横から覗き込むように見ている。

とはいえ、読めているわけではないので、オティーリエは読みながら、区切り区切りでアーサーに翻訳しながら読み進めた。


その日記の始まりは、一年ほど前。

いきなり愛する一人息子であるグスタフを失った嘆きで一面、埋め尽くされていた。

そして、お葬式の次の日の夜に人を使って墓を掘り返し、棺ごと家に運び込んだことが書かれている。

その日の日記には、さらに棺を水で満たして魔法で凍らせて腐敗を防ぎ、時間を稼いでいる間に蘇らせる方法を探しだす決心が書かれていた。


それからは2週間から3週間のペースで、ただ嘆きのみが書かれていたけれど、秋ごろからは蘇らせる方法が見つかりそうだという期待が書かれるようになった。

そして、冬の入り、ある人物から魔石を聖別された何かで包み、ほんの少しだけ瘴気が出るように調節した物を心臓の代わりにすれば蘇らせることが出来るという話を聞いたと書かれていた。


とはいえ、魔石は害を振りまくだけの存在。

それを心臓代わりにするということに半信半疑な様子も書かれている。

しかし、それでも藁にも縋る思いで魔石探しを行い、ついに魔石の入手の目処がついたことで、教わったやり方を試す決心をしたようだ。

もちろん、最初から大切な一人息子で試すつもりはなくて、まずは手近な、近所にいた人懐こい犬で試してみるということまでが書かれていた。


読み終わったオティーリエは、大きく息を吸った後、ゆっくりと息を吐いた。


魔石など関係なく、日記を書いた人物が一人息子を亡くした嘆きのために、徐々に狂気を孕んでいく有様が克明に描かれていた。

おかげで、オティーリエも内容に引きずられて、ちょっと今、精神的に不安定だ。


とりあえず、頭をぶんぶんと振って、何かに追い立てられるような感覚を振り払おうとしてみたけれど、それではやっぱりダメ。


こういう時は。


『アーサー。』


オティーリエはじっとアーサーを見つめた後、アーサーに両手を差し出しながら呼びかけた。

アーサーは差し出された両手を見て、もうすでに条件反射でそれに乗る。


『我が主よ、どうかしたか?』


オティーリエはアーサーの問いかけには答えず、アーサーを目の高さまで持ち上げてじっと見つめたかと思うと、おもむろにアーサーを自分の顔の横に持ってきて、頬ずりを始めた。


そう、こういう時は、可愛いものを猫可愛がりするに限る。


『わ、我が主?』


アーサーが少し焦ったようにオティーリエに声をかけるものの、やはりオティーリエはそれに答えず。


『アーサー、少しの間、我慢していて下さい。』


オティーリエはアーサーにそう伝えると、気が済むまで頬ずりし続けたのだった。


 ◇ ◇ ◇


『我が主よ、いったいどうしたと言うのだ。』


しばらくして、ようやく頬ずり攻撃から解放されたアーサーが、どこか疲れた様子でオティーリエに問いかけた。


『ありがとう、アーサー。

 おかげさまで落ち着きました。』


オティーリエの方はアーサーの様子を気にせずにスッキリした表情だ。

実際、アーサーのおかげですっかり気持ちが落ち着いた。


『う・・・む?

 落ち着いたのならよかったが。』


言われて、アーサーはどこか腑に落ちない様子ながら答える。


『アーサーはこの日記をどう思いましたか。』

『肝心なところがぼやけたままだ。

 これだけでは、真犯人に辿り着けない。』


オティーリエがそれまでのことをすっぱり切り捨てて質問すると、アーサーもそれまでがなかったことのように答えを返した。


『降魔石も聖別されたハンカチも、どちらも入手方法は書かれていませんでしたからね。

 真犯人、というのは、あの御方、と書かれた人物のことですね?』

『そうだ。

 わざわざ情報を提供しているのは、騒動を起こすように誘導するためであろう。

 もちろん、本当にそれで蘇ると思っていた可能性もあるが。』

『同意します。

 そのあたりはご本人に聞くしかありませんでしょうけれど、すぐには難しいでしょうね。

 今分かることとしましては、あの御方、という呼び方について気になります。』


魔石で人を蘇らせる方法については、嘘の情報である。

日記を書いた人物も、嘘だろうとは思いつつも、縋ってしまった様子が日記には書かれていた。


『少なくとも、日記を書いた者より、立場が上で信頼している者ということだな。』

『はい。

 やはり、この日記を書いた人物の周辺を捜索する必要がありますね。

 この後、現在の捜査状況を聞いてみましょう。』

『我が主が自分で捜査するのではないのか?』


オティーリエは虚を突かれたような表情になった。

アーサーの言動は、オティーリエにとって本当に思いもかけないことを聞いてくることが多い。

もっとも、それはアーサーにとってのオティーリエも同じで、オティーリエも想像だにしないことをやってくる。


『一人で捜査をするのには限界がありますので、頼れるところは頼るつもりです。

 今日のところは、日記が見つかってから一日以上経過していますので、ある程度、捜査が進んでいるでしょうから、分かったことを聞いておきたいのです。』

『なるほど、了解した。

 今までの状況を見るに、我が主は捜査をするグループの一員として動きたいということなのだな?』

『はい、その通りです。

 ですので、情報を教えていただくだけでなく、こちらからも提供します。』

『了解した。』


アーサーも得心がいったという様子で答えた。

そこまでアーサーと話をしたところで、オティーリエは部屋を出てハイリを呼びに行った。


 ◇ ◇ ◇


オティーリエがハイリを呼びに行くと、ハイリは日記を証拠品の保管部屋に戻した後、ティーポットとカップを二つ持って部屋に戻って来た。

二人は向かい合わせに座ると、ハイリがお茶を入れたカップをオティーリエの前に置いた後、自分の分も入れた。


「ありがとうございます、ハイリさん。」


オティーリエはお礼を言うと、カップを手に取って、一口、お茶を口に含んだ。

気が付いていなかったけれど、喉がからからに渇いていたようで、喉を通る液体が気持ちいい。

それでほっと一息つくと、その様子を観察していたハイリが安心した様子で話しかけてきた。


「だいぶ、気が張ってたようね。

 読むの、大変だったでしょ。」

「はい、そうなんです!

 気持ちが引きずられて、読み終わった後、もう本当に、とぉっても暗い気持ちになりました。

 でも、アーサーにたくさん頬ずりして復活したんです。」


ハイリの言葉には実感が籠っていた。

なので、オティーリエは同志を見つけたとばかりに勢い込んで答えた後、最後はアーサーに視線を送りながら言った。

アーサーは何を言われているか分からないハズなのに、居心地悪そうに身じろぎして、くるくるとその場を回る。


「ああ、それは確かに効きそうね。

 あたしが読んだ時にもアーサー君にいて欲しかったわ。」


ハイリもアーサーを見ながら、楽しそうに笑みを浮かべる。

アーサーはいよいよいたたまれなくなったのか、机からオティーリエの腕に飛び移ると、そのまま素早く駆け上がっていつもの左肩に収まった。

オティーリエはそんなアーサーの頭を軽く撫でた後、ハイリを正面から見つめて質問した。


「今の捜査状況はどうなってますか?

 息子さんの名前が書かれてたから、もう犯人の目星付いてますよね?」

「ええ。

 犯人の名前はコレット・スペンサー。

 東門近くに店を構えるスペンサー商会の奥方よ。

 一年前にお子さんを亡くしていて、魔獣が出現した日から行方不明。

 筆跡鑑定も合ってたから、もう決まりね。」


領都内ではお店の並びに法則性があり、基本的に東門近くにより大きなお店が並んでいて、中央広場から北門にかけて、徐々に小さくなっていく。

そして、上流階級向けの高級店は南地区だ。

このため、東門近くのお店と言えば、大きなお店である、ということと同じ言葉になる。


「うわぁ、さすがですね。

 もうそこまで突き止めたんですか。」

「ティリエちゃんの情報提供があったからこそだけどね。

 ありがとう、ティリエちゃん。」

「いえ、わたしなんて、他の人から聞いた情報を横流ししただけですから。

 えっと、もうスペンサー商会への聞き込みも済んでますか?」


ハイリが優しい笑みを浮かべて頷きながらオティーリエにお礼を言う。

オティーリエがなんとなくむず痒そうに身じろぎして話題を逸らした。

それにハイリはくすりと笑った後、コホンと一つ、空咳をして真面目な表情に戻った。


「ええ、もちろん。

 でも、犯人がやってたことを把握してる人は誰もいなかったみたい。

 犯人はもともとよく出かける人で、出かけても誰も気にしてなかったみたいね。」

「東門近くに店を構える大店の奥様が、しょっちゅう出かけていたのですか?

 呼ぶ側かと思うんですけど。」


オティーリエが不思議そうな顔で言った。

上流階級の女性達は、サロンと呼ばれるお茶会で交流している。

このサロンと言うのは、要は知古の奥様やご令嬢を集めての、情報交換やグループの結束を高めるためのお茶会のことだ。


上流階級の人々の間で行われるそれは、一定以上の家格や資産のある家でなければいけないし、礼儀作法も重要なため教養がなければいけなくて、どちらも当てはまらなければ、招待状すら送られてこない。

そして、開催するのは、より上位の家であることが多い。


「そうね。

 しょっちゅうサロンを開いてはいたらしいわよ。

 ただ、呼ばれる方も多かったらしいわ。

 よく来ていた人については教えてもらったから、そちらはこれから聞き込みをしていくつもり。

 簡単には相手してくれないでしょうけどね。」


ハイリが肩を竦めながら、溜息でもつきそうな様子で言った。

第二騎士団とはいえ、身分意識の壁は厚く、上流階級の人々には聞き込みに行っても門前払いされることが多い。


「ごめんなさい、応援しか出来ませんけど、頑張って下さいね。

 それにしても、家政婦さんや侍女さんも主の行動を把握していなかったのですか?

 少しおかしい気がしますけど。」

「それが、外出する時は必ず一人で、侍女を連れていなかったらしいわ。」

「サロンに呼ばれていたとしますと、侍女も連れていないのはおかしいです。

 外出がしょっちゅうって、どれくらいのペースだったのですか?」


ハイリが、言われてハッとした表情を見せた。

それから顎に拳をあてて、俯き加減になって考え込む。

少しして顔を上げると、オティーリエを見ながら言った。


「確かにおかしいわね。

 ありがとう、ティリエちゃん、グループ内で検討してみるわ。」

「少しでもヒントになればよかったです。

 ところで、魔石と聖別されたハンカチの出所については分かりましたか?

 あ、ハンカチは聖別されていたのですよね?」

「ええ、聖別されていたわ。

 それから、出所については全然分かってないの。

 キャップが頭抱えてたわ。」


昨日の執務の時間にオティーリエが魔石の入手経路をハッキリさせるように指示を出したので、捜査を担当しているウォードのグループに圧力がかかったのだろう。

オティーリエは表面上はおくびにも出さなかったけれど、ウォードに頭の中でごめんなさいした。


「分かりました。

 ありがとうございます、お聞きしたかったことはだいたい聞けたと思います。」


オティーリエが納得顔でお礼を言ったけれど、ハイリの方はまだ話は終わっていない。


「よかったわ。

 それじゃあ、あたしにも教えて。

 ティリエちゃんは日記を読んで、どこが気になった?」

「はい。

 正直なところ、犯人を特定するのには役に立つと思いますけど、魔石やハンカチについてはあまり参考にならないと思いました。

 それで、一番気になったのは、あの御方、です。

 どういう意図で犯人に情報を流したのか気になりますし、あの御方、という言葉から、その人物が犯人から見て上位の人物であることは間違いないと思うんです。

 この街で暮らす上流階級の奥さんが、誰かに仕えるというのも考えにくいですけど、もし誰かに仕えているとしましたら、あの御方という人物も、犯人も、どういう立場になるのか気になります。」

「なるほど、分かったわ。

 ティリエちゃんの言う通り、魔石の情報提供者の立ち位置によっては事件の見方そのものが変わりそうね。

 これもグループ内で検討してみる。」

「分かりました、お願いします。」


オティーリエが頷くと、ハイリはふっと力を抜いて笑みを浮かべた。

オティーリエもつられたように笑みを浮かべる。


「あたしもこれで終わり。

 ティリエちゃん、捜査への協力、いつもありがとう。」

「いえ、わたしの方こそ、色々と便宜を図っていただいて、どうもありがとうございました。」


ハイリが妙に真面目腐った顔で敬礼をすると、オティーリエもそれに答えて真面目な顔をして敬礼を返した。

犯人の手記。

これで全てが解明されたわけではありませんが、魔獣の出現については判明しました。


アーサー君は災難でしたが、主の役には立ちました。

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