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11.捜査員との共同捜査

領都の壁中は、大まかに中央広場から北、東、西の各門に続く大通りで区分けされていて、北東の区画が東地区、北西の区画が西地区、南側の区画が南地区、と呼ばれている。

この区分けだと南地区だけ大きく思えるけれど、南地区は半分近くがお城なので、実際のところは、これでちょうど1/3づつの区分けになっている。


オティーリエはいったん西門まで戻ると、そこから中央広場まで出ているバスに乗った。

それからバスを降りて、北大通りを10分ほど歩く。


道中は、オティーリエがアーサーに領都の構造と成り立ちを説明しながらだったけれど、念話で説明しているので、周囲に会話は漏れないし、会話しているようにも見えない。

おかげで、オティーリエはリスと会話をしている変な少女というようには見られずに済んだ。

もっとも、リス、それもキタリスを肩に乗せて連れている女の子というのは珍しいので、それはそれで視線を集めてはいたけれど。


それはともかく、オティーリエがやってきたのは第二騎士団の総合庁舎。

ここは第二騎士団の中心となっている建物で、領都の各地に散っている分室からの情報は全てここに集まり、また指示もここから発せられる。

他にも、重要な部署や分散しない方がいい部署などもこの庁舎に入っていて、第二騎士団の心臓部とも言える場所だ。


領都の治安維持を預かる第二騎士団の心臓部、というその言葉だけでも威圧的なのに、建物も大変立派なため、足を踏み入れるのはなかなかに勇気が必要。


だけど、オティーリエは慣れた様子で中に入っていく。

目指す場所は3階の捜査部。


普通の人はやってくることのない場所だけれど、オティーリエは特に気にした様子もなく進む。

途中で呼び止められたりすることもなく捜査部の部屋にやってくると、入口近くのデスクに座っている捜査員に声をかけた。


「ハイリさん、こんにちは。

 今、大丈夫ですか?」


そこに座っていたのは捜査部第一グループで唯一の女性捜査員であるハイリ。

ウォードの部下にふさわしく柔和な印象の女性で、私服なせいもあってとても捜査員には見えない。

外見通りに人当たりも柔らかく、聞き込み調査で大活躍しているらしい。


「あら、ティリエちゃん、こんにちは。

 大丈夫よ。

 キャップの言ってた通り、可愛いナイト付きなのね。」


ハイリは書いていた書類から顔を上げて、ティリエの方を向いた。


キャップ、というのはウォードのこと。

第一グループのメンバーは、ウォードのことを班長とかリーダーとかと呼ばずに、キャップと呼んでいる。


「はい、最近はずっと連れています。

 可愛いでしょう?」

「ええ、可愛いティリエちゃんにお似合いのナイトね。」


ハイリはアーサーを微笑まし気に見つめて言った。

その言葉に、ティリエが照れたように返す。


「え、そんなことないですよ。

 ハイリさんこそ素敵です。

 かっこいいのに優しくて、男の子だけじゃなくて、女の子から見ても憧れです。」

「ふふ、ありがとう。

 それで、今日はどうしたの?」

「あ、はい。

 魔獣の事件に関わるか分からないのですけど、ちょっと気になることがあったので、報告に来ました。

 あ、いえ、報告と言うより、お願いしたいことがあるのですけど。」


ハイリが、オティーリエがやってきた理由について質問すると、オティーリエは真面目な表情になった。

ハイリも柔和な笑みを浮かべていたけれど、オティーリエの返事を聞いて、顔を引き締める。


「何か分かったのね?」

「分かった、というほどではないんですけど。

 あ、でも、その前に一つだけ。

 上流階級の人の尋ね人の捜索依頼などは出ていますか?」

「いいえ、出ていないわ。

 わたし達も、そういう依頼があればすぐに連絡くれるように関連部署に連絡してるけど、まだ連絡ないわね。」

「そうですか。

 分かりました、ありがとうございます。」


依頼が出ていないだろうことは想定済み。

なので、確認が出来れば元の話題に戻す。


「それで、分かったことなのですけど。

 まず、魔獣が発生した場所から西の街道を挟んで反対側にあるカルロズ彫金会という工場で飼われていた犬が、魔獣騒ぎの頃から行方不明になっています。

 犬の名前はカルロで、犬種はボーダーコリーだそうです。」


オティーリエの言葉に、ハイリが驚いた表情を浮かべた後、ふう、と大きな溜息をついた。

そして、少し呆れ顔で口を開く。


「さすがティリエちゃんね。

 わたし達もまだ掴んでないわよ、その情報。」

「わたしも教えてもらった情報なんです。

 それで、さっき工場に行ってきたんですけど、工場関係者は犬がどこに行ったか知らないようでした。」

「そうなのね。

 分かったわ、とりあえず目撃情報がないか周辺の聞き込みをしてみるわね。」


オティーリエの情報源については秘密。

捜査部の人達もこれまでの付き合いでオティーリエが絶対に教えてくれないことは分かっているので、聞き出すことを諦めている。


「それから、こちらが本題です。

 その工場の近くに、手入れのされていない小さな家があります。

 その家、人は住んないらしいのですけど、時々、誰かが来るらしいのです。」


オティーリエがそこでいったん言葉を区切ると、ハイリは視線で先を促す。


「ペースは半月に1回ていど。

 そして、その出入りしている人というのが、どうも上流階級の女性のようなのです。」


ハイリはオティーリエのその言葉に大きく反応した。

思わず立ち上がって、オティーリエの両肩に手を置こうとしたけれど、左肩に常駐しているリスの存在に気が付いて、危うくそれは踏み止まる。

ハイリは上げた手をちょっと見つめてニギニギした後、そっと手を下した。


「何やってるんだ。」


そんなハイリに、横から呆れたような声がかかった。

ウォードだ。

ちょうど部屋に入って来たところらしい。


「あ、キャップ、お疲れ様です。

 ちょうどいいところに。

 ティリエちゃんが、スゴイ情報を持ってきてくれたんです!」


ハイリは興奮冷めやらぬ様子で、ちょっと声が大きい。

ウォードはハイリに向かって手をパタパタさせながら、それに答えた。


「とりあえず落ち着け。

 それより、ティリエちゃん、こんにちは。

 どんな情報を持ってきてくれたんだい?」


途中からオティーリエの方を向いて。

オティーリエもウォードに視線を移して話し出した。


「こんにちは、ウォードさん。

 はい、情報と言うのは・・・。」


先ほど、ハイリにした内容をそのままウォードに話した。

そして、最後に。


「ですので、その怪しい家の捜索をお願いしたくて、来ました。」


と、付け足す。

ちなみにハイリには言わなかったのではなくて、ちょうどウォードが来たので言うタイミングを逸しただけ。


「そして、それに同行させて欲しい、ということだね?」

「はい、そうです。

 よろしくお願いします。」


ちょっと苦笑いのウォードを、オティーリエが上目遣いに見る。


「仕方ないな。

 今から行けるかい?」

「はい!

 さすがウォードさん、ありがとうございます。」


呆れ半分な表情に変わったウォードの横で、諦めたような溜息をつくハイリ。

オティーリエは満面の笑みだ。

それから、ウォードは頭を一つかくと、ハイリを見た。


「覆面で行くぞ。

 お前も付いてこい。

 その家の鍵は・・・。」


と、ウォードはそこで言い淀むと、ティリエを気まずそうに見た。


「任せて下さい。」


オティーリエがポケットから短い針金を出して、軽く曲げて見せる。

要は、ピッキングしますよ、という合図。

そして、捜査部の人達はオティーリエがピッキングの名手であることを知っている。


「まあ、僕が責任を持つよ。

 じゃあ、行こう。」


言うと、ウォードは入って来たばかりの扉から出ていき、ハイリとオティーリエもそれに続いた。


 ◇ ◇ ◇


ウォード、ハイリ、オティーリエの三人は、西門を出た所で通過待ち車両用の駐車場に車を止めると、例の怪しい家まで歩いてきた。

周囲に人影がないのを確認すると、門の中に入って行く。

門扉には鍵はなかったので、すんなり中に入れた。


玄関ドアには当然、鍵がかかっていたので、オティーリエが針金を使って鍵をこじ開ける。

指紋が付かないように、ハイリから手袋を借りて。

オティーリエは慣れたもので、玄関ドアの鍵の構造が単純だったこともあり、すぐに鍵を開けることが出来た。


オティーリエは鍵を開けると、玄関ドアの前を退き、ウォードに場所を譲って一つ頷いた。

ウォードは頷き返すと、オティーリエに庭の隅に行っているように手で合図を送る。


オティーリエはその合図に頷いて、手袋をハイリに返してから人目に付かないように壁際に行ってしゃがみこんだ。


それを確認したウォードは両手に手袋をはめた後、右手に拳銃を持ってドアの横に立ち、左手を伸ばして音を立てないようにドアを開いた。

ハイリもオティーリエから返してもらった手袋をはめると、拳銃を持ち、ウォードの斜め後ろでフォローの体制を取る。


ウォードは顔だけを覗かせて家の中を見ると、拳銃を両手で持ち直し、一つ息を吐いてから家の中に駆け込んで、銃を構えた。

その後ろからハイリも家の中に入って拳銃を構える。


特に何の反応もなし。


二人は何もないことを確認すると、オティーリエに待っているように手を上げて合図をしてから、家の中の探索を始めた。


オティーリエは外で待っていると言っても大した時間を待つこともなく、すぐに窓を開け放つ音が聞こえてきた。


中には誰もおらず、凍らされた遺体の入った棺を発見して本格的に鑑識を入れることにしたのだろうと判断したオティーリエは、立ち上がって扉の前に移動した。

すると、ちょうど扉が開いてハイリが顔を覗かせた。


「ティリエちゃん、もう入って大丈夫よ。

 想定以上の物が出てきたわ。」

「はい、ありがとうございます。

 何があったのですか?」

「入って、直接見てもらった方が早いわね。」


ハイリが言いながら、オティーリエを中に入れる。


扉の中は入ってすぐに狭いエントランスになっていて、正面と左右に扉があった。

今はそのどれも開け放たれていて、中が見える。


右側の扉の中はどうやら脱衣所にトイレ、バスルームのようだ。

正面の扉の中はリビングルーム。

奥にキッチンらしき場所が続いている。


それから、左側の扉。

ウォードはその扉の中にいた。


中にあるのは机と椅子、それから中央に棺。

アーサーからのイメージの通り、その中は氷漬けとなっていて。


その氷の中には、一人の少年が眠るように入っていた。

歳の頃はおそらく11~12歳ころ。

静かに、眠りに就いているように目を瞑っている。


ウォードは、その棺の横に跪いて棺を観察しているようだ。

オティーリエはハイリに伴われて部屋に入ると、やはり中央にある棺に目を奪われた。


・・・かと言うとそうでもなく。


棺全体を目にした途端、顔を覆ってばっと後ろを向いてしゃがみこんでしまった。

その顔が赤い。

と、言うのも、氷の中の少年は裸で氷漬けになっていて、つまり、見えてはいけない所まで見えてしまっていたから。

こんな状況で不謹慎だと思いつつも、オティーリエは顔が赤らむのを止められない。


「どうしたの、ティリエちゃん?

 ・・・ああ。」


ハイリが声をかけてオティーリエの横にしゃがんだ後、オティーリエの様子から、どうしたのか察したらしい。


「ちょっとティリエちゃんには早かったかな?」


ハイリがそう言いながら、オティーリエの頭を撫でてくれる。


「は、はい、ちょっと・・・。

 あ、でも、ありがとうございます、もう大丈夫です。」


オティーリエもすぐに落ち着いて、両手を顔から離してハイリの方を向いた。

まだちょっと顔の赤みは引いていないけれど、それもすぐに収まるだろう。


「分かったわ。」


ハイリはちょっとオティーリエの様子を見て、大丈夫そうだと判断して頷く。

それから立ち上がると、オティーリエに手を貸して立ち上がらせてから、ウォードの方を向いた。


「では、キャップ、行ってきます。」

「ああ、頼む。」


ハイリはそう言うと、右手をかざすような敬礼をしてから、きびきびとした動作で部屋を出て行った。

ウォードも棺から目を離し、ハイリの方を向いて見送る。

それから、ウォードは再び棺に向き直った。


「うーん、棺自体には特に目を引くものはないな。

 問題は中身だけだ。」

「ウォードさん、棺をほんの少しでいいのでズラせませんか?」


ウォードが言いながら立ち上がりかけると、オティーリエが声をかけた。

もうすっかり大丈夫な様子だけど、わずかに棺から視線を逸らしている。


「うん?

 ああ、少しくらいなら構わないよ。」


答えたウォードが、棺の端の方を少しだけズラす。

中身が氷だけあってかなり重かったが、引きずるようにしてわずかに動かすことが出来た。

ズラしてみると、棺の下だった場所はわずかに凹んでいるようで、棺がそれなりの期間置かれていたことが分かる。


「やはり、棺は長い間、ここに置かれていたようですね。」

「ああ、そのようだね。

 だとすると・・・ふむ?

 とりあえず、他の物も調べてみようか。」


ウォードはそう言いながら立ち上がると、今度は机と椅子を見に行った。

オティーリエもその横に付いて机と椅子を見に行く。


机は引き出しのない物で装飾もされていない、実用本位の安物のようだった。

椅子も同様な安物で、どちらもただ使えればいいという感じ。


机の上にはインクと羽根ペン、それから綺麗な装丁のされている分厚いノートが置いてあった。

ウォードがまず、インクと羽根ペンを持ってよく観察してみたけれど、特に変わったところはない。


それから、分厚いノートを手に取った。

パラリと捲ると、びっしり手書きで文字が書き連ねられていた。

一番上に日付が書かれている。

数ページパラパラと捲ってみると、同じように一番上に日付が書かれていたので、おそらく日記なのだろう。


「何が書かれていますか?」


ウォードが最初のページを読もうとしたところに、横にいるオティーリエから声がかかった。


「どうやら日記のようだね。

 日付は1年前からだ。

 毎日は書かれていなくて、不定期だけど1~3週間に1回って感じかな。」


ウォードがとりあえず、パラパラと捲って目に入った情報だけを答える。


「そうすると、それを読めば、何か分かるかもしれませんね。

 今度、読ませて下さいね。」

「分かってるよ。

 でも、今度って・・・ああ。」


ウォードが言いかけて、何かに気が付いたように時計を確認する。

もうすぐ16時、オティーリエが帰らないといけない時間だ。

オティーリエは何をしていても、いつも必ず16時前になると帰宅する。


「時間なんだね。

 ありがとう、ティリエちゃん。

 今日はずいぶんと捜査が進んだよ。」

「お役に立てたのなら良かったです。」


オティーリエはウォードの傍を離れて部屋の入り口に立つと、ウォードに向かって頭をぴょこっと下げた。


「それでは、今日はこれで失礼します。

 また今度、お伺いしますね。」

「ああ、分かった。

 待ってるよ。」


ウォードが返事を返すと、オティーリエは部屋を出た。


いちおう、右側と正面の扉の中も確認しておく。

予想していたけれど、この二つの扉の中には特に何も置かれていなかった。

生活感がまるでなく、やはり棺のあった部屋にのみ用事があったのだろうことが伺える。


オティーリエはそれらを確認すると、今度こそ家を出ていった。

目的地は西の駐車場。

ちょっと約束の時間に間に合わなさそうなので、走って向かう。

走りながら、アーサーにあの家であったことを説明した。

当然のことながら、ピッキングについて呆れられたりしつつ。

捜査員に協力してもらっての捜査でした。

ご令嬢は手先が器用で捜査に実用的なので持っている特技でしたが、アーサー君が呆れている通り、貴族令嬢としてはどうかと思いますね。

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