15.手がかりを探して
翌日の午後、オティーリエは南地区の入り口近くに店舗を構える商店を巡っていた。
目的はトリスタン家の雑役女中についての聞き込み。
主に昨年末までいた雑役女中と今年に入って雇われた雑役女中について。
ただ、それだけだとトリスタン家の調査を行っているとバレてしまうので、この近所の他家のメイドについても適度に織り交ぜて聞いて行く。
そうして聞き込みをすること2時間ほど。
南地区は他地区の商店街のようにお店が並んでいなくて、お店が街の各所に点在しているので、いくつかのお店を訪ねて回るだけでもそれなりに時間がかかってしまった。
南地区内だけでなく、中央広場周辺のお店にも少し聞いて回ったことでもあるし。
でも、その甲斐があって、色々と話が聞けた。
想定通り、昨年末くらいからトリスタン家の雑役女中が二人、商店に姿を見せなくなったらしい。
そして、今年の頭からは別の雑役女中が買い物に来るようになったことから、この雑役女中二人は入れ替えられたのだと認識されていた。
二人同時期だったので、トリスタン家のお屋敷内で何かあったのでは?と憶測している人もいたけれど、実際に何があったかを知っている人はいなかった。
入れ替えられた雑役女中二人の名前は、マリアとナリサ。
それぞれ10代後半と半ばの少女で、住み込みで働いていたらしい。
新しく来た雑役女中はルイーズとラナ。
どちらも20代半ばの女性で、住み込みではなくて通いとのことだった。
どうして住み込みから通いにしたのかは、知っている人はいなかった。
ただ、ナリサ、という名前にオティーリエは心当たりがあった。
東地区の壁外の孤児院にいた女の子。
3年前、ジュニア・スクールを卒業すると、運よく働き口を見つけて孤児院を出たハズ。
さすがにどこに就職したかまでは把握していないけれど。
もちろん、同じ名前の人は何人もいるだろうから同一人物とは限らないけれど、それでも、手掛かりが少ない現状では当たってみてもいいだろう。
そういうわけで、オティーリエは次に東地区の壁外にある孤児院へと向かうことにした。
◇ ◇ ◇
オティーリエが向かったのは東地区の壁外にあるドナシアン孤児院という名前の孤児院で、教会が運営している。
このため、院長を始めとする全ての職員は教会から派遣された聖職者。
オティーリエとこのドナシアン孤児院の関係が始まったのは4年前。
当時の院長が寄付金を懐に入れて私腹を肥やしているのを、オティーリエが見つけて告発したことが始まり。
この事件をきっかけに、児童への虐待もあったこの孤児院は職員も刷新して、各段に住みやすい孤児院へと生まれ変わった。
以後、オティーリエは時々、と言っても季節毎に一度ていどだったけれど、孤児院を訪れては孤児達と一緒に過ごしていた。
今日はティリエとしてではなくて、リーエとして赴くので、ティリエの時のように子供達と触れ合うことは出来ないだろう。
そのことに少し寂しさを感じながら、オティーリエは孤児院へとやってきた。
すでにジュニア・スクールから帰宅している子供達が、孤児院の掃除などのお手伝いをしている時間。
中から子供達の声が聞こえてくる。
その声に、ふっと優しい笑みを浮かべたオティーリエは、孤児院の入り口をノックすると、扉を開けて中に入った。
◇ ◇ ◇
孤児院の院長室兼応接間に通されたオティーリエは、現在の院長であるラファエルと向かい合っていた。
この院長は横領で捕まった前院長の後に派遣されてきた神父で、まさに神父様、という言葉がぴったりの優しい雰囲気を持った40代くらいの男性。
「院長先生、初めまして。
私はお城にお仕えしておりますリーエと申します。
本日は突然の訪問にも関わらず、お時間を取っていただきましてありがとうございます。」
「いえいえ、お気になさらず。
私は院長のラファエルです。
よろしくお願いします。
どうぞ、お座り下さい。」
ラファエルが柔和な笑みで応じる。
お互いに挨拶をして、椅子に座った。
ローテーブルを挟んで向かい合わせに置かれた黒い革張りの3人掛けの応接椅子。
少々皮肉な話だけれど、ここの椅子は前院長が横領したお金で高価な応接椅子を買って、それをそのまま使っているので座り心地はいい。
「それで、本日はどのようなご用件ですか?」
「ナリサさん、という方のことをお聞きしたくて伺いました。
今、どこで何をされているかご存じでしょうか?」
「どうしてナリサについて知りたいのですか?」
これは当然の質問だろう。
卒園するとすっぱり縁が切れる孤児院もあるけれど、この孤児院はそうではなくて、卒園後も連絡があればきちんと面倒を見る。
だから、子供達に関する情報を安易に漏らしたりもしない。
「事件に巻き込まれた可能性がありますので、現在、どちらにいらっしゃるのかを知りたいためです。
どのような事件かにつきましては、お伝えするのを憚られる事件、と言うに留めさせて下さい。」
「それは・・・。」
オティーリエの答えに、ラファエルは顔を曇らせた。
何かを言いかけて一度、言い淀んだけれど、気を取り直して話を続けた。
「本当なのですか?
いえ、疑うわけではないのですが。」
「まだ、確定したわけではありません。
ですので、ナリサさんの所在が確認出来れば、それ以上はナリサさんに付きまとうようなことはいたしません。
出来れば、お教えいただけないでしょうか。」
オティーリエは少し上目遣いになって、真摯な表情でお願いする。
オティーリエをじっと見つめたラファエルは、その目の中に嘘がないことを確信した。
「分かりました、信じます。
実はナリサについては、私共も心配しておりました。」
そう言うと、ラファエルは膝の上に肘をのせ、両手を組んでその上に顎を乗せた。
その表情に柔和さはなくなって、苦し気なものになっている。
「ちょうど昨年末でした。
マリアという卒園生が孤児院に帰ってきたのです。
私の赴任前に卒園した子でしたので、私は知らない子だったのですが、私の赴任前からいた職員が覚えていました。
マリアは、ナリサと同じトリスタン様のお屋敷にお仕えしていた子です。
ナリサと一緒に辞めて来たとのことで、何かあったのかと聞いたのですが、大丈夫、何もないと答えるだけでした。
そのマリアは数日、孤児院にいたのですが、その間のお世話代のつもりなのか、いくらかのお金を置いて出て行きました。
どうも誰にも何も言わずに出て行くつもりだったようですが、出て行く時に子供に見つかって、問い詰められてナリサのお兄さんに会いに行く、と言って出て行ったそうです。
それ以降、マリアの行方も分かっていません。」
そこまで言って、ラファエルはふうっと息を吐いた。
『マリアとナリサ、そしてその兄。
当たりだったな。』
『はい。
こんなに上手く繋がるとは思っていませんでしたけれど、幸運でした。』
オティーリエはラファエルと会話をしながら、アーサーからの声かけに答えた。
「ナリサのお兄さんについては私共も分かりません。
仮にお兄さんがいるのでしたら一緒に孤児院に入っているでしょうし、お兄さんが成人しているのでしたら、ナリサは孤児院に入ることは出来なかったでしょうから。」
「お話し下さってありがとうございます。
おかげさまで、大きな手がかりになりそうです。
それで、もしよろしければ、なのですが、ナリサさんとマリアさんのお写真や記録がございましたら、お見せいただくことは出来ますでしょうか?」
ラファエルは目を伏せると、少し考えてからオティーリエを見た。
「マリアとナリサの所在が分かりましたら、教えていただけますか?」
「もちろんです。
院長先生がお二方をご心配されているのは、痛いほど伝わってきますので。」
言われて、ラファエルは再び目を伏せると、ふうっと息を吐いてから、姿勢を正した。
「分かりました。
よろしくお願いします。」
そう言いながら一つ頭を下げ、それから立ち上がって書棚に向かった。
書棚からファイルを二つ、取り出すと応接セットに戻ってきて、ファイルをぱらぱらと見たと思うと、広げてオティーリエが読めるようにテーブルに置いた。
クリアファイルで、1枚のポケットに複数枚の紙と顔写真が入っている。
「二人の記録と写真です。
ナリサは卒園した時に更新したものですので、この時より成長していると思います。
マリアは昨年末に帰って来た時に更新しましたので、外見もさほど変わりないと思います。」
「ありがとうございます。
それでは、少し失礼して読ませていただきますね。」
「どうぞ。」
オティーリエは、まずナリサとマリアの顔写真を見た。
マリアにはまったく見覚えがなかったけれど、ナリサには見覚えがある。
それから、ナリサの記録を読んだ。
ナリサが孤児院にやって来たのは8年前、7歳の時。
両親を病で失って天涯孤独になってしまったとのことだった。
それからは孤児院で暮らし、生活態度にも問題はなく真面目で優しい子だったらしい。
12歳になって、トリスタン家の雑役女中に就職して卒園。
記録としてはそこまで。
ただ、オティーリエの琴線に触れる箇所が一ヵ所あった。
それは、両親の名前。
両親の名前はリードエニアとメリッサ。
ナリサ、という名前だけならオティーリエも分からなかったけれど、リードエニア、メリッサ、ナリサ、と並べば、オティーリエに心当たりがあった。
オリベール王国で毎年発行される貴族年鑑。
名前の通り、毎年、貴族が顔写真入りで掲載される年鑑だ。
その年鑑に掲載されていたマルケラムーア男爵家。
ホルトノムル侯爵領の北側にあるマルケラムーア男爵領の領主で、家名はゲルセア。
10年前の年鑑には掲載されていたけれど、9年前の年鑑には記載されていなかった。
おそらく、この間に領地と爵位を返還したのだろう。
そのマルケラムーア男爵の名前がリードエニアで、妻がメリッサ、子供がリトバルとナリサだった。
年鑑に載っていたナリサは5歳。
孤児院の記録にあるナリサは12歳。
成長して外見は変わってしまっているけれど、その面影は残っている。
リトバルとナリサは6歳差。
ナリサが7歳で孤児院に入ったのならリトバルは12~13歳で、ちょうど孤児院に入れず、またリトバルがいれば、その年齢の兄がいるということで、ナリサも孤児院に入ることが出来ない。
とはいえ、その年齢の子供が二人分の生活費を稼ぐのは難しい。
だから、ナリサは兄のことは秘密にして、孤児院に入ることにしたのだろう。
つまり、マリアが訪ねて行ったというナリサの兄は、リトバルだと考えられる。
それから、マリアの記録も見る。
マリアは15年前、2歳で孤児院の前に捨てられていたらしい。
名前は孤児院で付けられて孤児院で育ち、ナリサと同じく12歳になってトリスタン家の雑役女中に就職して卒園したそうだ。
ナリサと違って家族の名前の記載もなく、何かの手がかりになりそうな記述はない。
しかし、ここまで情報が揃えば状況を組み立てるのは容易だ。
つまり、ナリサが五人組から暴行を受けて、その復讐のためにリトバルと、おそらくマリアが今回の事件を起こした。
そして、そうするとおそらくナリサはすでに亡くなっているだろう。
「この孤児院から二人も同じ家にお仕えされたというのには、何か理由がありますか?」
オティーリエは二人の記録を読み終えると、記録から顔を上げて質問した。
それに、ラファエルは軽く首を振る。
「マリアは分かりませんが、ナリサは自分で就職口を見つけてきました。」
「どのように見つけたかはご存じありませんか?」
「さあ、どうでしたか。
申し訳ございませんが、そこまでは記憶にございません。」
「何人も卒園されてますし、もう3年前ですからね。
こちらこそ、お答えしにくい質問をしてしまい申し訳ございませんでした。」
と、オティーリエは一度言葉を切った。
「それでは、マリアさんとナリサさんについてお聞きしたいことは聞けましたので、今日の所はこれで失礼させていただきますね。
それで、よろしければ、先生方や子供達に少しお話を伺って行ってもよろしいでしょうか?」
「ええ、構いません。
よければご案内しますよ。」
「いえ、さすがにそこまで院長先生のお手を煩わせるわけにはまいりません。
自分でお聞きして回らせていただきます。」
「そうですか。
分かりました。
院内は特に立ち入り禁止の場所はありませんので、自由に見ていただいて構いません。
職員の先生方も、子供達も、快く答えてくれると思います。」
「はい、ありがとうございます。
それでは、これで失礼させていただきますね。
本日はどうもありがとうございました。」
◇ ◇ ◇
その後、オティーリエは孤児院内で職員と子供達に話を聞いて回った。
特に色々と教えてくれたのはノエルというお婆さん先生。
この孤児院で唯一、前院長時代から残っている職員で、前院長時代でも子供達を最優先で考えていた職員だ。
オティーリエが前院長の横領を暴いた時も色々と協力してくれた職員だけど、今のオティーリエはリーエ。
お互いに初めましての挨拶をした。
そのノエルや他の職員、子供達の話から、マリアとナリサについていくつかのことが分かった。
マリアもナリサも新聞広告の求人欄から応募してトリスタン家の住み込みの雑役女中に就職したらしい。
この孤児院から二人、トリスタン家の雑役女中になったのはたまたま偶然という可能性が高そう。
あえて言えば、孤児院で購入している新聞だから、といったところ。
ナリサ自身については、特に気になることはなかった。
マリアについては、まず戻って来たのは、正確には12月20日の深夜で、出て行ったのは12月24日だったとのこと。
つまり、いたのは実質的には月曜日から木曜日までの4日間。
孤児院にいた間は毎日朝早くから外出して、夜遅くに帰宅していたらしい。
そして、出て行ってからは連絡もなく、誰もその姿を見ていない。
オティーリエは孤児院内を一通り話を聞いて回ると、最後に改めてラファエルに挨拶をしてから、孤児院を後にした。
とにかくどんなに細かいことでも徹底的に洗ってみることで、犯人へと近付いていきます。
令嬢本人も、ここまで上手く繋がるとは思っていませんでしたが、これも細かなことも見逃さなかったおかげ。
第6話もこれで半分です。
もしよろしければ、今後の励みになりますので、評価やご感想など、よろしくお願いします。




