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蒸気と白騎士 ~お忍び令嬢と従者とリスの事件手帖~  作者: 桐原コウ
第6話 正義と不義の交わるところ
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13.捜査開始

現場百遍。

ウォードに教えてもらったことしか情報がないオティーリエは、まずは捜査の基本として事件の現場である東地区の壁外の廃倉庫に向かった。

ウォードに廃倉庫の持ち主と大きさについて聞き忘れていたなぁと、ちょっと後悔と反省をしつつ。


オティーリエは壁中については完璧に頭の中に入っているけれど、壁外はあまりしょっちゅうは出歩けないし、入れ替わりも激しいので、街道沿いと、あと用事のある孤児院や教会などしか把握出来ていない。


ちなみに、今まではカモフラージュも兼ねてヨハンが街へ出る用件を持って来てくれていたけれど、さすがに週三も用件を用意出来ないということで、それは止めることにした。

何か尋ねられた時は、オティーリエがなんとか誤魔化すことにして。


廃倉庫に着いてみると、捜査もすでに終わっているようで、規制も解除されていた。


この廃倉庫、東の街道から大きく外れた所にあって、確かにあまり人は通らなさそう。

住宅街の中に突然、ぽこっと出来たような感じで、道路もあまり広くないので大型車も入りにくそうで、どうしてこんな所に作ったのだろう?と思うような立地だった。

今、周囲に通行人はいないし。


周囲に誰もいないことをこれ幸いとばかりにオティーリエは念のため持って来た手袋をして、正面の大きなシャッターからではなく、そのシャッター横の人が出入りをするための設けられているだろう入口を開けて中に入った。


オティーリエが入ったのは、きっと元は受付と事務スペースだった部屋。

今はがらんとしているけれど、入ってすぐにカウンターがあって、その奥におそらく机が並べられていたのだろうスペースが広がっている。

広さはだいたい、事務机が4つで一島として、4島入るくらいの広さで、倉庫の事務室らしく天井が高い。

高い所に採光用の窓があるおかげで、昼下がりの今の時間、中はそんなに暗くなかった。


オティーリエは、まずは廃倉庫全体を見てみようと入口から入って左側の壁に設けられている扉に入った。

その扉の中が倉庫。

こちらも高いところに採光窓があって、ちょっと暗めだけど、全体を見渡すことは出来る。


倉庫の中は広く、アーサーが寝転がって、縦に4~6体、横20体くらい並んでちょうど収まるくらいの広さがありそうだ。


『いや、そこで私を比較に出さないでくれ。』

『分かりやすいかと思ったのです。

 逆に分かりにくくなった気もしますけれど。』


オティーリエが倉庫全体を眺め見たところで、背後の扉が開いた。

オティーリエは誰が入って来たかは予想がついているので、落ち着いてゆっくり振り返る。


「だから、そんなホイホイと怪しい所に入らないでくれ。」

「ここはもう誰も来ない場所ですので、大丈夫かと思います。」


オティーリエが答えると、ヨハンは少し眉を歪めた。

入って来たのは、もちろんヨハン。

中は誰もいないだろうからと、一人にすることを心配したのと、誰もいないから話しかけても大丈夫だということの、二つの意味でここに入って来た。


「誰も来ないから、危ないんだろう。」

「ヨハン様もメイ様も付いて下さっていますから、心配ありませんよ。」


ヨハンが、さらに顔を顰めた。


「そういう問題じゃない。

 それから、なんだよ、そのヨハン様って。

 話し方もなんかむず痒いんだが。」

「ヨハン様はお嬢様の付き人で、執事から直接お仕事を任せられる従僕です。

 (わたし)のような一介の家女中にはお話するのも恐れ多いことでございます。」


オティーリエの答えに、ヨハンははあ、と大きな溜息をついた後、頭痛がするとでも言うように手を額に当てつつ天を仰ぎ見た。


「・・・普通にしゃべってくれって言っても無駄なんだろうな。

 こんな弊害が出るとは思わなかった。」

「こればかりは慣れていただくしかありません。」


ヨハンはちらっと視線だけオティーリエに向けた後、再びはぁぁぁ、と大きな溜息をついてから、オティーリエを見た。

その時にはもう表情は元に戻っている。


「それで?

 ここが現場か?」

「はい。

 とりあえず、中を見てみます。」


言うと、オティーリエは歩き出した。

ヨハンもそれについて歩き出す。

とりあえず、左側の壁沿いに壁と床の両方を注視しながら。


床はコンクリートで壁はレンガ造り。

こちらの壁沿いには等間隔に3つ、大きなシャッターがあって、大型車の停車場がある。


そうやって反対側の壁まで行くと、横に数歩ズレて、今度は床だけをじっくり見ながら戻っていく。

これを繰り返して、倉庫内をじっくり見て歩いた。

廃倉庫、と言う割に埃が積っていないのは、おそらく第二騎士団の鑑識係がくまなく捜査を行ったためだろう。


その中で、特に気になったのはほぼ中心辺りにある4つの穴。

そして、その穴の中心の少し下くらいから広がる黒いシミ。


オティーリエは工場内を一通り見て歩いた後、その場所に戻って来てじっと見つめた。

ここが、おそらく殺人のあった場所なのだろう。


4つの穴はアンカーボルトが打ってあった所で、黒いシミは血痕。

血痕らしき黒いシミは、アンカーボルトの近くにも小さな物が出来ていたので、きっと被害者の手足が縛られたところから擦れて血が出ていたのだろう。


それほど、激しく手足を動かしていたということだろうけれど、性器を切られてさらにそこを切り広げられるということをされたのだから、尋常でなく暴れたのだろうことは想像に難くない。


とはいえ、もう死体や使われた道具はすでになく、手掛かりになりそうな物も見つからない。


オティーリエは次に、シャッターを見に行った。

シャッターは上下開閉の蒸気機関を使った自動巻き上げ式。

蒸気機関とシャッターの巻き上げ部を繋ぐチェーンの油の状態と、シャッターと地面が接する部分を見て、最近、少なくとも数カ月は動かされていないだろうと見当を付けた。


次は倉庫の入り口の扉の確認。

ドアノブは少し硬いけれど、特にガタツキもなく、開閉する際にひっかかったりすることもない。

少なくとも、ドアにガタがくるほど乱暴に扱われていなかったようだ。


それから、事務室らしき部屋の確認。

この部屋も、きっと鑑識係が隅々まで捜索したのだろう、埃が積っていなかった。


オティーリエも隅々まで部屋の中を見てみたけれど、特にこれといって気になる点もなく。

これだけ何もない所だと、逆に何かを見つけるのは難しくなる。


仕方ないか、とオティーリエは捜索をこれで止めることにした。

もともと、何も見つからないだろうとは思っていたことだし。


「ヨハン様、この倉庫の捜索はここまでにしておきます。

 次は南地区に向かいます。」

「何か分かったのか?」

「いえ、特には。

 もともと第二騎士団でも証拠は見つからなかったと仰ってましたし、あまり期待はしておりませんでした。」


それに、殺人犯は暴行からそれほど日数も立たずに証拠の捜索を行って、それでもおそらく見つけらなかったのだろうし。

と、オティーリエは思っていたけれど、それは口には出さなかった。


「ヨハン様は何かお気付きになられたことはありませんか?」

「いや、特にないな。」


ヨハンはちょっと考えた後、そう答えた。

倉庫、ということに限定すれば、持ち主は誰かとか、いつ物が運び出されたのかとか気になることはあるけれど、その程度のことはオティーリエも考えているだろうし。


「承知いたしました。

 ありがとうございます。

 それでは、ここを出て次に行こうと思います。」

「次は?」

「とりあえず、お隣さんをお伺いしようと思います。」


オティーリエはにこっと微笑むと、倉庫から出て行った。


 ◇ ◇ ◇


廃倉庫のお隣は民家。

オティーリエはとりあえず事務所側のお隣さんの呼び鈴を鳴らしてみたけれど、特に反応はなし。

なので、倉庫を挟んで反対側のお隣さんの呼び鈴を鳴らしてみた。


少し待つと、奥からパタパタと音がして、玄関扉の向こう側に人の気配がしたかと思うと、今度はパタパタと遠ざかっていく音がして、それから少し待っていると玄関扉が開いた。

と言っても、ドアチェーンをかけたままで、わずかに開けているだけ。


「どちら様ですか?」


中から顔を覗かせたのは、この家の奥さんらしい女性。

20代に見える。


「初めまして。

 リーエと申します。

 不躾に申し訳ございませんが、少しお話をお伺いしてもよろしいでしょうか?

 すぐに終わります。」

「お隣のこと?

 あなた、良い所のメイドさんみたいだけど、どうして?」


この反応から、オティーリエはすでに第二騎士団が聞き取りをした後なんだろうなと見当をつけた。


「事情がありまして、お隣の倉庫で起こった事件の調査をしております。

 それでお聞きしたいのですが、倉庫の中の荷物はいつごろ運び出されたかご存じですか?」


話の流れに乗って、相手の承諾を得る前に質問を始めてしまう。


「捜査員にも答えたけど、確か去年の秋頃だったと思うわ。」


奥さんは素直に答えてくれた。


「その後、誰かが倉庫に来ることはありましたか?」

「さあ、あたしは知らないけど。」

「倉庫を使っていた会社の名前は分かりますか?」

「ガルシア・リードって名前だったと思うわよ。

 街道沿いにお店があるでしょ。

 ここは使いにくいから倉庫を移転したって話だったわ。」

「そうだったのですね。

 おかげさまで知りたかったことを知ることが出来ました。

 快くご対応いただきまして、ありがとうございました。」


と、言うと、オティーリエはペコリと頭を下げた。


「そう?

 それならよかったわ。」

「はい。

 それでは、失礼いたします。」


オティーリエは再び頭を下げると、その場を後にした。


 ◇ ◇ ◇


ガルシア・リード社はオティーリエも把握していた。

小売業者ではなくて、仲介業者。

店舗は持たず、他国の商人からの輸入品をオリベール王国の各地へ卸したり、オリベール王国内の商品を他国の商人に卸したりして、その商品の移動で儲けを出す商売をしている。

大企業とまではいかないまでも、中小企業の中ではかなり大きな規模の会社だ。


その経営者は二コラ・トリスタン。

今回の殺人事件で、第二騎士団が警護を行う4人のうちの一人、ノエ・トリスタンの父親。


今回、第二騎士団が警護を行うのはノエ・トリスタン、デヴィッド・ノアール、カイエ・ミジェリアン、ティモテ・ギヨムの4人。

4人とも中小企業や個人商店主の子息で、その中で一番大きな商いを行っているのがガルシア・リード社だ。


商売人グループの中では、商いの大きさがそのままグループ内での順位付けになっていることも多い。

特にこの5人組では、トリスタン家は圧倒的に規模が大きい。


なので、オティーリエは、もともとトリスタン家で何か起こらなかったか、調べるつもりでいた。

ただ、トリスタン家に直接行っても、相手にされずに門前払いされるだけだろうと想定しているので、そのつもりはないけれど。


だけど、先ほど、殺人の行われた倉庫はまさにガルシア・リード社の物で、倉庫が空けられたのが昨年秋という情報を入手出来た。


なので、オティーリエは、まずはここを足掛かりにして情報収集をすることにした。


 ◇ ◇ ◇


と、言う訳で、オティーリエがやってきたのは東の大通り沿いで中央広場から少し東門寄りにある図書館。

ここには、ホルトノムル侯爵領で発行された全ての新聞が保管されている。


ここで、オティーリエはまずはホルトノムル侯爵領を代表する新聞であるホルトノムル・クロニクルを昨年9月1日から順番に見ていくことにした。


ホルトノムル・クロニクル一誌だけとはいえ、いかんせん、膨大な量があるのでそれなりに時間がかかる。

全ての記事に目を通していたのでは、いくら時間が経っても終わらない。

なので、注目するべき記事を絞って見ていく。


アーサー出現以降は夕食後にヨハンと一緒に国内国外の複数の新聞を読むようになっているけれど、それまでは朝食前にホルトノムル侯爵領の新聞を読むようにしていた。


政治、経済、文化、社会、地方といった各紙面は領主代行を行うようになってから毎朝読んでいた。

その中で、ガルシア・リード社やトリスタン家に関する記事は特になかったはず。


そうすると、どの記事に目を付ければいいかということだけれど、今回、目を付けたのは求人欄。

社会の動きを読むためにどのような求人が出ているかは見ていたけれど、さすがに求人主まではチェックはしていなかった。

なので、ガルシア・リード社もしくはトリスタン家で求人が出たことがなかったかを探してみる。


さすがに求人欄だけなら、1日当たりにかかる時間はほんのわずか。

そうして、次々にホルトノムル・クロニクルの求人欄を探していくと。


見つけた。


12月26日。

住み込みの雑役女中を二人、募集している。

年末という時期が悪かったようで、1月5日にも改めて募集していた。

それ以降は募集されていないようなので、この1月5日の募集で決まったのだろう。


ここまで見つけたところで、今日はおしまい。

ちょうど求人広告にお屋敷の場所が掲載されていたので、お城へ戻る途中でお屋敷を見て帰ることにして、オティーリエは図書館を後にした。


 ◇ ◇ ◇


トリスタン家のお屋敷は南地区の入口付近にあった。

それほど大きなお屋敷ではないけれど、それは南地区の中での話であって、一般的な家屋に比較すれば十分すぎるほど大きなお屋敷。


ただ、南地区の入口付近にあるだけあって庭はほぼないし、使用人棟のような別棟があるようには見えない。


住み込みの雑役女中はお屋敷内に部屋が与えられているのかな?と疑問に思いつつ、オティーリエは注視しないように気を付けて観察しながら、その前を通り過ぎた。

こちらが第6話の本題です。

ようやく、捜査を開始しました。

現場からはあまり情報を得られませんでしたが、なんとか細い糸を探して手繰ろうとしています。

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