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蒸気と白騎士 ~お忍び令嬢と従者とリスの事件手帖~  作者: 桐原コウ
第6話 正義と不義の交わるところ
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11.騎士からの情報

翌日の昼食後、予定通り、オティーリエはリーエの恰好でルカを訪ねた。

あくまで家女中のリーエとしての訪問である。


とりあえず騎士団寮の庶務でルカを呼んでもらって、応接室に通された。

もちろん、オティーリエとして来た時に通される迎賓用の応接室ではなく、普通の応接室。


オティーリエが椅子に座って少し待っていると、扉を開けてルカが入って来た。

オティーリエはパッと立ち上がると、両手をお腹にあてて頭を下げて、一礼した。

そのオティーリエに、ルカが優し気な声音で声をかけた。


「レディ、どうぞお顔をお上げ下さい。」

「失礼いたします。」


言われて、オティーリエが顔を上げると、ルカが仰々しくボウ・アンド・スクレープで挨拶した。

ただ、ネルガーシュテルト帝国ではこの習慣がなかったらしく、ルカは練習を始めたばかりなので、まだまだぎこちないけれど。


「私がルカ=テリオス・ベルナールです。

 レディのようなお美しい方と知り合えて光栄です。

 以後、お見知りおきを。」

「初めまして、リーエと申します。

 こちらこそ、第一騎士団にご入団されるほどの騎士様にお会い出来て光栄でございます。

 よろしくお願いします。」


オティーリエの挨拶を聞いて、ルカは顔を上げると、どこか微妙な顔をした。

この声には聞き覚えがある。

しかし、その人物とは髪も瞳も雰囲気も全く違う。


思わずじっと見つめてしまったルカに、オティーリエはにっこり笑みを返した。

それに、ちょっと顔を赤らめたルカは慌てて視線を逸らして、オティーリエの反対側の椅子の傍に来た。


「どうぞ、お座り下さい。」


ルカはオティーリエに着席を促しつつ、椅子に座った。

オティーリエも椅子に座ると、ルカは再びオティーリエを見た。

気を取り直して、イイ笑顔でキラキラを飛ばしつつ。


「それで、私にどのようなご用ですか?」


ルカの様子を見て、オティーリエはふふ、と嬉しそうに笑った。


「やはり、バレていませんよね。

 よかったです。

 ルカ様、(わたし)が誰か分かりませんか?」


問われて、ルカはビクっとした。

そして、下を向いた後、そーっと窺うように視線を上げた。

声からして、ひょっとしてとは思ったけれど、この問いかけで確信した。


「まさか、姫さん?」

「はい、そうです。」

「えええ?!」


オティーリエが答えると、ルカはひどく驚いて顔を上げた。

思わず立ち上がってしまうほど。

そして、テーブルに手を付いて身を乗り出しつつ、じっと食い入るようにオティーリエの顔を見つめる。


「ルカ様、落ち着いて下さい。

 今の私はホルトノムル城の家女中、リーエです。」

「いやいや、落ち着いてなんかいらんないでしょ。

 なに、あんなに綺麗だった髪、染めたの?

 目の色なんかどうやって変えたのさ。」


ルカはテーブルに手を付いて身を乗り出しつつ、じっと食い入るようにオティーリエの顔を見つめている。

オティーリエはそれに落ち着いた表情で答えた。


「もちろん、染めたりしていません。

 魔術です。」

「髪と瞳の色変えるって、どんな魔術?!

 聞いたこともないよ。」

「私の家系には伝わっているのです。」


言うと、オティーリエは髪と瞳の色を戻した。

態度もリーエではなく、侯爵令嬢としてのそれに戻す。


突然、目の前でいつものオティーリエに戻ったことに、ルカがさらに目を見開いた。

驚愕のあまりに言葉が出てこないようで、ぱくぱくと口が開閉する。

ルカの様子を見て、オティーリエはちょっと眉をひそめた。


「それより、そろそろ本当に落ち着いて下さい。

 血圧が上がって倒れますよ?」


オティーリエがそっと手を伸ばしてルカの額に触れた。

その暖かくて柔らかい手の感触に、ルカは目をパチクリさせると、ふうう、と大きく息を吐いて気を落ち着かせた。


乗り出していた身体を起こして、それから軽く頭を振って気を取り直すと、力が抜けたようにどさっと椅子に座った。


「ホント、姫さんの家系ってどんな魔術師よ?

 多才すぎ。」


呆れたように言うルカ。


「ご先祖様についてはほとんど教えていただいていないのですよ。

 ですので、詳細は分かりません。

 そのようなことより、今月から週三回、火木土の午後に先ほどの姿で街に出ています。

 なにかあった時にはルカに助けていただくつもりですので、覚えておいて下さいね。」

「あー、うん、りょーかい。

 なんかもう疲れたよ。」


ルカがそう言って、いきなり全身から力を抜いてだらりと手足を投げ出した。


「それにしても、ルカは初対面の女性に対して、あのように自己紹介をするのですね。

 とても素敵でしたよ。」


オティーリエが楽しそうに言うと、途端に、ルカは顔から火が出るように真っ赤になった後、顔を隠すように横を向いて頭を抱えた。

ちらりと目だけでオティーリエの方を伺う。

興奮したり脱力したり恥ずかしがったり、なかなか忙しい。


「忘れてくれ、いや、下さい。

 姫さんにあんな挨拶したなんて、穴掘って入りたいよ。」

「穴掘って入りたい、ですか?

 ひょっとして、非常に恥ずかしくて、穴を掘って中に入って姿を隠したい、という意味ですか?」


そう言われて、ルカはオティーリエから視線を逸らして、身を縮こませた。


「いやいや、そんな細かく解説しないでよ。

 余計、恥ずかしくなるじゃん。」

「聞きなれない言葉だったものですから。

 ネルガーシュテルト帝国ではそのように言うのですね。

 こちらでは土の中のムカデになりたい、と言いますよ。」


ニコニコと楽しそうに言うオティーリエ。

そんなオティーリエの様子に、ルカは顔を隠した格好のまま、今度は目を細めてオティーリエを見た。


「姫さん、僕のこと揶揄って遊んでるでしょ。」

「ご挨拶のことを話した時は、少し、そのような気持ちはありました。

 ですけれど、恥ずかしさの表現についてのお話の時は、いたって真面目でしたよ。」


オティーリエの答えに、ルカはさらに目を細めた後、それまでのことをなかったことにするようにすっと姿勢を戻した。


それから、腕を組んで憮然とした表情でオティーリエを見た。

目を細めて、見定めるようにオティーリエを見る。

そうして、少しの間オティーリエを見つめた後、ルカは大きな溜息をついた。

それから、ぷいっとそっぽを向く。


「分かった。

 んで?

 僕は姫さんが外出する時に護衛すればいいの?」

「必要な時には連絡しますので、その時にはお願いします。

 普段はヨハンが護衛に就いてくれていますので、これまで通りです。」

「なんだよ、普通は付き人じゃなくて騎士を連れてくもんじゃない?」


ルカが不満そうに言う。


「あくまで、一般市民として街に出たいと思っていますので。

 ヨハンには周囲の方々にそうと悟られないように護衛していただいています。

 ルカはまだ隠れて護衛できるほど街の地理に詳しくないですよね?」

「町人に交じって護衛するくらいなら出来ると思うけど?」

「いえ、護衛が出来る方は他にもいますので、ルカは騎士の修練を優先して下さい。

 そちらは、ルカにしかお願い出来ないことですから。」


言われて、ルカは残念そうに頷いた。


「ちぇ、分かったよ。

 用事はそれで終わり?」


ルカはなんだかとてもめんどくさそうに尋ねると、オティーリエは表情を引き締めて答えた。


「いえ、ここからが本題です。

 ルカ、こちらの書類をご覧下さい。」

「書類?」


オティーリエが手提げかばんに入れて持って来ていたキャット・ウォークから受け取った書類が入った封筒をルカに差し出した。

ルカはその封筒を怪訝な表情で受け取ると、中から書類を取り出した。

そして、1ページ目から食い入るように見る。


「え、姫さん、何これ。」

「とりあえず、最後まで目を通して下さい。」


言われて、ルカは少し強張った顔で最後まで目を通した。

最後まで見終わると、書類をばさりとテーブルに投げ出した。


「なるほどね。

 こいつらが来てるってわけだ。

 姫さん、よくこんなの調べたね。」

「ルカのお知り合いの方々でしたか?」

「何人かはね。

 知らないのもいるけど、知ってる連中は全員ヴァイス=シュヴェーアトだ。

 知らないのも、たぶんそうなんだろうな。

 こんなに来てるなんて知らなかったよ。」


じっと書類を睨みながらルカが答える。

ルカはヴァイス=シュヴェーアトでは下っ端だったので、ヴァイス=シュヴェーアトの全容は知らない。


『やはり、ご存じなかったようですね。』

『ああ。』


オティーリエとアーサーは、ルカの様子から、そう判断した。


ルカは、しばらく書類を睨んでいたかと思うと、ハッと気づいてオティーリエを見た。

わずかに焦りがその顔に浮かんでいる。


「姫さん、誓って言うけど、僕はこんなに来てるなんて知らなかった。

 知ってたのは僕と一緒に来た3人だけだ。」

「はい。

 ルカが情報を隠蔽していたなどとは疑っていませんので、ご安心下さい。」


『まあ、確信したのは今だがな。』

『もともと隠し事はしていないと思っていましたし、万が一を考えていただけですので、そこは目を瞑って下さい。』


オティーリエの答えを聞いて、ルカはほっと胸を撫で下ろした。


「信じてもらえてよかったけど、そんな簡単に信じちゃっていいの?」

「え、ルカは嘘などついていませんよね?」

「いや、そうなんだけどさ。

 まあ、いいや。」


きょとんとした顔で答えるオティーリエに、毒気を抜かれたルカは素直に頷いた。

気を取り直して話を続ける。


「それにしても、他にも来てるなんて、なんで教えてもらえなかったんだ?」

「トカゲのしっぽ切りだと思いますよ。

 誰かが捕まったとしましても、被害はそのグループだけで済みますから。

 実際、この書類を入手するまで、ホルトノムルではルカに教えていただいた方々しか把握出来ていませんでしたし。」

「そっか、なるほどね。」


オティーリエの推測に、ルカは軽く溜息をつきながら、頷いた。


「それで、ルカにやっていただきたいことがあります。

 この書類をいったん預けますので、ルカがご存じの方だけでも、本名とヴァイス=シュヴェーアトでの役割を書き込んでいただけないでしょうか。」

「了解。

 いつまで?」


オティーリエの依頼に、ルカは真面目な顔で頷いた。


「来週、同じ時間に受け取りに来ます。」

「わざわざ来なくても、僕が持って行くよ?

 キープの中にも興味あるし。」

「キープの中は、また後日、案内しますね。

 受け取りに来るのには理由があります。

 この書類、城内では他には誰も知りません。

 お父様も、ヨハンも、爺やも知りません。

 それと言いますのも、この情報は個人的な伝手で入手したもので、その情報提供者は他の誰かに知られることを嫌いますので、誰にも言えないのです。

 ですので、この情報はルカにしか開示しません。」


オティーリエの説明に、ルカが驚いた。


「は?

 いいの、そんな重要な物、僕に見せて。」

「ルカには情報を確認していただく必要がありましたから。

 それに、ルカは(わたくし)の騎士なのですから、このような情報は共有すべきとも思いましたので。」


ルカはそう言われて内心嬉しかったけど、それを素直に言うのはなんか悔しいので顔には出さないように堪えた。

でも、実はルカの顔が少し緩んだので、オティーリエにはそれが透けて見えていたのだけど、それは黙っているべきだろう。


「このような事情ですので、ルカもこの書類は他の誰にもお見せにならないようにお願いします。

 もちろん、話すのもダメですからね。

 二人だけの秘密です。」


オティーリエがウィンクなんかしながら、人差し指を口にあてて、シーっというポーズをした。

突然、そんな可愛らしい仕草をしたオティーリエに、ルカはちょっと顔を赤らめながらオティーリエの顔に見入って、それから、ハッと気づいて平然とした顔を作りながら視線を逸らせた。


「そんな揚げ足取りしないよ。

 でも、分かった、誰にもバレないように気を付ける。」

「お願いしますね。

 それでは、これで私からの用事は終わりです。

 ルカから、なにかありますか?」


いつもの様子に戻ったオティーリエに、ルカはなぜかほっと胸を撫で下ろした。

それから、オティーリエからの質問に再び腕を組んで憮然とした表情になる。


「そりゃもうたくさんあるけど、どうせ聞いてもらえないからいい。」


ルカの答えに、オティーリエは小首を傾げて一瞬考えた後、本当に言いたいなら言ってくれるだろうと考えて追及するのはやめた。


「分かりました。

 それでは、本日はこれでお終いです。

 ルカ、先に部屋を出て下さい。

 髪と瞳を変えて、後から出ますので。」

「あ、ツッコんではくれないのね。」


当てが外れた、という感じにルカが言うと。


「本当に言いたいことでしたら、仰っていただけますよね?

 ですので、本気半分、冗談半分と受け取りました。」


オティーリエは心配している様子もなく答えた。

それに、ルカは小さく溜息をつく。

この人は優しいのか厳しいのか。


「本当に判断に困るお人だね。

 ん、でも、それで正解だよ。

 それじゃあ、書類は預かるよ。

 また来週ね。」

「はい、お願いしますね。」


ルカは机の上の書類を封筒に戻すと、それを持って、ひらひらと手を振りながら部屋を出て行った。

オティーリエはルカを見送ると、髪と瞳を黒に変えてから、部屋を出て行った。

情報屋からの情報を、当の本人に確認する令嬢。

とはいえ、下っ端騎士では、情報が限られていました。

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