8.情報屋からの情報
オティーリエはお風呂から上がって、今日の不寝番のゾーイに髪を乾かしてもらいながら雑談をした後。
普段ならベッドに向かうところだけれど、今日はまず机に向かった。
鍵付きの引き出しから封筒に入った書類を取り出す。
この書類は、キャット・ウォークで受け取った書類。
「ゾーイ、これから少し資料の確認をします。
ベッドに持ち込みますので、確認が終わるまで部屋の灯りは消さないで下さい。
20分もかからずに終えるつもりです。」
「かしこまりました。
それでは、灯りを消さずにベッド傍に控えさせていただきます。」
「お願いしますね。」
ゾーイも慣れたもので、すぐにオティーリエの指示に従った。
オティーリエは誰にも見せられない極秘の資料を読む時、ベッドで天蓋を閉めて読む。
オティーリエは存外忙しい上に、立場上、常に誰かが一緒にいるため、こうして一人でいる時間はこのタイミングしかないためだ。
ベッドでヘッドボードに枕を立てて、その枕に軽くもたれるように座ると、袋から書類を取り出す。
今日はアーサーも一緒。
定位置の左肩の上にいる。
オティーリエはそのアーサーにも書面が見えるように持って、中身を読み進めた。
『よく調べられているな。
確かに貴重な物だ。』
読み終わって、アーサーがそんな感想を伝えて来た。
感心している様子が伝わって来る。
『猫さんとは数年来のお付き合いなのですけれど、いつも助けられています。』
『確かに、頼りになりそうだ。』
書類によると、キャット・ウォークが把握したホルトノムル侯爵領に潜り込んでいるネルガーシュテルト帝国の諜報員は20名。
この20名に、マージナリィから報告をもらった産業スパイは含まれていない。
だから、20名全員が白騎士絡みの諜報員ということ。
ルカが把握していたのはルカも含めて4名のみ。
果たしてルカが故意に情報を言わなかったのか、本当に把握していないかったのかは本人に確認が必要だろう。
『個人的には、ルカが隠し事をしているとは思えませんけれど。』
『同感だ。
あの者は主のように民を守るという矜持や、私のように騎士としての誇りのようなものを持っていない。
語っていた国家観もコミュニティのような認識だった。
そのような者が捨てる国へ義理立てして、これから仕える主君に対して隠し事をするとは思えない。』
『アーサーに太鼓判を押していただけるのでしたら、安心ですね。』
ちなみに、この20名のうち1名はルカで、ルカに関しては死亡と書かれていたものの、その後、街中で目撃されたので調査して、現在は第一騎士団にいることまで突き止められてしまっていた。
ただ、侯爵令嬢の騎士になったことまでは記載されておらず、あくまで第一騎士団の騎士とされている。
ルカ以外の諜報員は、一度にやってきたのではなくて、この3ヵ月の間に何度かに分けて、数人づつやってきたそうだ。
つまり、アーサーが出現してから、さほど間を開けずに人が送り込まれていたということ。
そんなに早くからネルガーシュテルト帝国が動いていたことは、オティーリエにとって、まさに青天の霹靂。
そして、このことはネルガーシュテルト帝国がアーサーをそれだけ注視しているということだろう。
『間に国を二つ挟むほど遠い場所に、巨大な人型ロボットが出現して魔獣を倒したというだけにしては、関心が高すぎる気がします。
ルカは地下を魔力探知しようとしていましたし、ネルガーシュテルト帝国、いえ、皇帝陛下は、アーサーもしくは騎士に関して、何かご存じなのかもしれませんね。』
『そうだな。
それも、かなり詳細に、だ。
しかし、どうして皇帝に限ったのだ?』
『爺やからの報告では、アーサーに関する話題はありませんでした。
爺やの耳は、軍や国民へは入り込んでいますから、そちらからの報告がないということは、軍や国民に知らされていないということです。
それから、アーサーの情報収集は産業スパイには命令が出ていませんし、ゼリルダ皇女殿下が直接動いているとのことですので、国の上層部にのみ情報開示と指令が下ったのではないかと推測しています。』
『なるほどな。
主の読みは正しいと思う。
上層部のみに限った理由は分からないが。』
『領土拡大を推し進める皇帝陛下に対して失礼かもしれませんけれど、アーサーの持つ強大な力を恐れたのではないか、と想像しました。』
『確かに何者とも知れない者を調査に出して、その者が私の主になどなろうものなら、羊の毛を求めて出ていったのに逆に刈られて帰ってきたようなものだからな。』
『はい。
あくまで想像でしかありませんけれど。』
ネルガーシュテルト帝国に潜入した諜報員は、ホルトノムル侯爵領で様々な職に就いていて、住んでいる所も壁中壁外合わせて領都内の様々な所に散らばっている。
中には夫婦として家を構えている者もいるらしい。
現状は目立った動きはなく、普通の一般市民として生活しているそうだ。
『マージナリィの情報網には引っかからないのか?』
『爺やの目は裏社会に向いていますから。
今回のように市民として入国して、裏社会に関わらずに生活している方々の情報を得るのは難しいでしょう。
むしろ、これに気付いて情報収集する猫さんが特別なのだと思いますよ。』
『まあ、そうだな。
とはいえ、仕える主君の安全に関わることだ。
もう少し、しっかり情報収集をしてもらいたいところだな。』
『手厳しいですね。
誰にも向き不向きはありますから仕方ありませんよ。』
ただ、キャット・ウォークの調べでも各諜報員がネルガーシュテルト帝国においてどのような地位に就いているかまではさすがに調べられていない。
あくまで、ホルトノムル侯爵領に入って以降の情報のみが記載されていた。
それから、各諜報員間の連絡方法はキャット・ウォークにもまだ調べがついていないらしい。
おそらく、まだキャット・ウォークも把握していない人物がいて、その人物こそがリーダーなのだろうと記載されていた。
各諜報員の情報には隠し撮りしたらしい顔写真と全身写真も添付されていて、とりあえずオティーリエは各諜報員についての情報を頭に入れて、書類を袋に戻した。
『それで、主はこの情報をどうするつもりだ?』
『お父様、爺や、ヨハンに話すつもりはありません。
情報源を秘密にする必要がありますので。
ただ、ルカとは情報のすり合わせをするつもりです。
明後日、ルカを訪ねます。』
『明日ではないのか?』
『はい、明後日の方が都合がいいのです。
理由は明晩、説明しますね。』
『ふむ?
了解した。』
『それでは、今日はそろそろお休みしましょう。
せっかくここにいるのですから、一緒にお休みになりませんか?』
アーサーが返事をするのに、一瞬、間があった。
この間は、何を言われたのか、アーサーがすぐに理解出来なかったから。
『断る。
主よ、何度問いかけても、応じることはないぞ。』
『そうですか。
分かりました、残念ですが諦めます。
今日のところは。』
『今後も諦めて欲しいのだが。』
アーサーの要望に、オティーリエはアーサーを両手に乗せると顔の前に持ってきて、にっこりと笑顔を見せた。
情報屋から提供された情報でした。
領都に根付いた組織なので、領都外は疎いのですが、領都内の情報収集は確かです。
本当に少しづつですが、帝国の情報が出てきました。




