7.従者の想い
「いや、お嬢、なんで俺が護衛につかなかった途端に事件に首突っ込んでんだよ。」
いつもの夕食の後の新聞チェックの時間。
ヨハンは新聞を持って部屋に入って来て、テーブルに新聞を置いた後、椅子にどさっと勢いよく座りながらオティーリエに言った。
これは機嫌の悪い時の仕草。
とはいえ、まあ、仕方がないとはオティーリエも思うので、出来るだけヨハンを視界に入れないようにしてみた。
それに、今、オティーリエが気にしているのは、もっと別のこと。
『主、ヨハンがこう言いたくなる気持ちもよく分かるぞ。』
『まったくです。
まだ目立つ行動は控えるべきでしょう。』
アーサーとベディヴィアが口を挟んできた。
ベディヴィアは今もルカについているが、アーサーとベディヴィアは【念話】ではなく【共有】という、また別の魔法で常時繋がっていて、この魔法でお互いの状況を把握している。
おかげでベディヴィアはオティーリエの位置は把握しているので念話も届けられる。
ただ、オティーリエはベディヴィアの位置を把握していないので、今はアーサーが中継して念話をしている状態。
もちろん、アーサーに聞けばベディヴィアの座標を教えてもらえるけれど、とりあえずはアーサーが中継してくれているので、そこまでは必要ない。
『なぜここにベディヴィアが参戦するのですか。』
『諫言する者は多い方がよろしいでしょう。』
『分かりました。
ですけれど、知ってしまった以上は止められません。
これがすでに終わっている事件でしたら手を引きましたけれど、まだ続くのですから。』
そのオティーリエの返答から、アーサーとベディヴィア両方から溜息のような気配が漂って来た。
『まあ、主ならそう言うだろうな。』
『言うべきは言いました。
後はオティーリエ様の御心のままに。』
「不可抗力です。
ミドルスクールで、たまたまウォードにお会いして、事件のお話を聞いたのですから。」
「いや、それ、不可抗力じゃないだろ。
お嬢が聞き出したんだろ?
そうじゃないと第二騎士団が民間人に事件について話すわけがない。」
「ウォードが口を滑らせたことは事実ですよ。
確かに、その後、少々交渉は行いましたけれど。
ですけれど、もともと、ウォードも話をしたかったのだと思います。
ウォードが迂闊に口を滑らせるとは思えませんもの。」
「まあ、そうかもしれないが、しかしだな。」
そこで、ヨハンはわざとらしく溜息をついた。
それから。
「で、どうするつもりだ?」
ヨハンが軽く睨むようにオティーリエを見る。
「せっかく街へ出る回数も増やしましたので、犯人捜しをするつもりです。
その後は、犯人次第ですね。」
その答えに、ヨハンは再び大きな溜息をついた。
まあ、分かっていた答えだ。
「分かった。
なら、しばらくは俺が護衛につく。」
「いえ、ヨハンはお城での業務が忙しいでしょうから、無理をする必要はありませんよ。」
「いいや。
俺が就く。
それに、その方がお嬢もやりやすいだろう?」
「確かにそうなのですけれど。」
と、言った後、すぐにオティーリエは観念した。
「分かりました。
では、よろしくお願いします。」
ヨハンも言い出したらそれを翻すことはない。
なので、多少の無理はさせてしまうかもしれないけれど、オティーリエは受け入れることにした。
ヨハンはそれに頷くと、オティーリエに手紙を一通差し出した。
「旦那様からの返信だ。」
「ありがとう。
確認しますね。」
オティーリエはそう言って手紙を受け取ると、中身を確認した。
便箋2枚分。
1枚目にはオティーリエの質問と報告への答えが書かれていた。
第二王子妃ではなくて、王太子妃として身辺調査が行われていたことは、オティーリエにとって少し意外だった。
オティーリエはお父様も仰って下さればいいのに、と思いつつ、続きを読んだ。
ちなみに返事だけなら、便箋1枚にも満たずに書き終わる分量。
残りの1枚強は近況報告と雑談がぎっしりと書かれていた。
つまり、返事を出すように、という意味である。
と、いうことで、オティーリエとしては疑問が解消して満足だったけれど。
それとは別に、心配そうにヨハンを見た。
「ヨハン、どうしようもないことで自分を責めないで下さいね。」
「・・・ああ。」
ヨハンは小さく呟くように答えながら頭を垂れた。
まだ、悔恨の念はヨハンを責苛めている。
オティーリエが王家に嫁ぐかもしれないという事実にも押し潰されそうだ。
表面上は取り繕っていたつもりだったけれど、それが、僅かに所作に出ていたのだろう。
まあ、でも、相手はオティーリエ。
いつも一緒にいる従者のほんの僅かな動揺も見逃すハズがない。
しかし、前者はともかく、後者は絶対にオティーリエに悟られてはいけない。
幸い、オティーリエは前者で落ち込んでいるのだろうと思っているようなので、ヨハンはそれをそのまま利用することにした。
オティーリエは、ヨハンが気落ちしていることは夕食の時から気付いていたのだけれど、声をかけるタイミングがなく、今も部屋に入って来てすぐに先手を打たれたので、どうしてなのか聞けずにいた。
だけど、手紙を読んでその理由も分かったし、ここでようやく心配している気持ちを言葉に出来たのだった。
「まあ、お嬢の目は誤魔化せないか。」
ヨハンは一言、ぼそりと呟くと、顔を上げてオティーリエを見た。
心配してくれている相手に大丈夫だと伝えないといけない。
暗澹としている気持ちを吹っ切るように、ヨハンのその表情は、いっそ晴々としていた。
ぐっと右拳をオティーリエに突き出す。
「確かに落ち込んではいるが、大丈夫だ。
明日には元に戻ってるさ。」
それでもオティーリエは心配そうにヨハンを見た。
それから、何かを思いついたようにパチンと手を叩くと、アーサーを両手で持ち上げた。
ぷらん。
「本日はアーサーをお貸ししますので、どうぞご一緒に休んで下さい。」
「・・・は?」
あまりにも斜め上の発言に、ヨハンの落ち込んでいた気持ちは一瞬で吹き飛んだ。
『・・・は?』
そしてそれはアーサーも同様だった。
「可愛いものは気持ちを癒してくれますから。
頬ずりしても構いませんよ。」
ずいっとアーサーを差し出すオティーリエに、ヨハンが頭痛でもするかのように頭に手を当てる。
ついでにオティーリエにぶら下げられながら、アーサーも引いている。
逃げ出さなかっただけ偉いのかもしれない。
「いや、俺はいい。」
『私もご免蒙る。』
「そうですか?
名案だと思ったのですけれど。
残念です。」
とりあえず、すげなく断られたので、オティーリエはアーサーを引っ込めた。
机に降ろす。
『以前、癒して下さったではありませんか。』
『あれは主が問答無用で行った所業だ。
私は承諾しておらぬ。』
『ご納得いただけましたよ。
事後でしたけれど。』
『それを承諾とは言わぬ。』
「なんか一気に気が削がれたな。」
ヨハンが頭に当てた手で、そのまま頭を軽くかきながら言った。
でも、こうして気遣ってくれるのはありがたい。
とは口には出さず。
「まあ、とりあえず新聞チェックするか。
今日は久々に白騎士の記事で目白押しだぞ。
まあ、内容はどれも似たり寄ったりだが。」
「それはちょっと楽しみかもしれません。」
そうして、二人で新聞に目を走らせ始めた
従者も色々と想うところがあって、それがほんのわずかに態度に現れていました。
さすがに、最も身近な存在の異常を見逃すような令嬢ではありませんでした。
慰め方は斜め上でしたが。




