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10.街の西側で

次の日は、オティーリエはエリオットと一緒に朝食を摂った後、エリオットが王都に向かうので、それをお見送りした。

おかげでヨハンと新聞チェックしている時間が取れなかったので、転移の魔法陣がある場所にバッテンした地図と転移の魔法陣を描いた紙をヨハンに渡し、逆にヨハンからはオティーリエとアーサーの写真を受け取った。


その写真をアーサーに見せると、アーサーもまんざらでもない様子で、机の上に置いて、ずっと眺めていた。


アーサーがそんなことをしている間にも、オティーリエは今日の予定をこなす。

毎週火曜日の予定通り、教師を招いてダンスと語学の勉強。

それから昼食を摂り、午後からはお城を抜け出して魔獣の事件の調査だ。


もっとも、抜け出すと言ってもすでに城内の人々も黙認状態なので、特に障害もなくお城を出てくる。

そして、西の駐車場まで車で移動した後、車を降り、車はヨハンに託してお城に戻してもらって、昨日、教えてもらったカルロズ彫金会へと向かった。


道中、人に道を尋ねながら行くと、ほどなくカルロズ彫金会に着いた。

西の街道の西門寄りで、街道からは通り二本分、街道から離れた場所にあった。

小さな町工場、というヨハンの言葉通り、小さな販売所が併設され、中では5人ほどの人が作業している。


オティーリエは、とりあえずジロジロ見ないように気をつけながら、カルロズ彫金会の周囲を回って様子を伺ってみたところ、特に注意を引くところもなく、ごく普通の町工場のようだった。


販売所を見てみると、彫金会という名前の通り、細工物を扱っている工場のようだ。

ただ、扱っているのは金ではなくて鉄製の物が多い。


オティーリエも貴族の娘だけあって、目が肥えている。

本人はアクセサリーにはあまり興味はないものの、体面を保つためにアクセサリーの類は必要なので、物の良し悪しは幼いころから教えられてきた。


そのオティーリエから見ても、このお店の細工は非常に凝っていて、技術の高さが伺える。

惜しむらくは鉄製ということで、上流階級は見向きもしないだろうけれど。

鉄製だけあって一つ一つの価格は安いので、安価でいい物を提供する、というコンセプトで商売をしているように見える。

と、販売所の製品を見ながらオティーリエが考えていると。


「お嬢ちゃん、ここに置いてるのは見本で、価格は卸値だよ。

 買いたきゃ、壁中のメインストリートの商店に行きな。

 いちおう、ホルトノムルの特産品として各商店に卸しているからね。」

「え、そうなの?

 残念、せっかく安くていい物が買えるお店見つけたと思ったのに。」


販売所で店番をしているおばさんが声をかけてきたくれた。

ここでは販売自体はしていないらしい。

そう言われてみれば、販売所の中に商談スペースが設けられているようだ。


「そういえば、この辺じゃ見ない子だね。」

「うん、ちょっと用事があって壁中から来たの。

 ところで、ちょっと気になったんだけど、犬飼ってるの?

 あれ、犬小屋だよね?

 今、お散歩中?」


オティーリエが、販売所脇にある犬が一匹入るていどの小屋を指さした。

横にリードを留めるための杭もある。

状態は綺麗で、放置されていたようには見えない。


「目ざといね、アンタ。」


店番のおばさんが感心したように言った後、販売所の中から出てきて、オティーリエの耳に内緒話をするように、手を添えて顔を近づけてきた。

左肩にはアーサーが乗っているので、右耳に。


「実はね。

 飼ってたんだけど、知ってるだろ?昨日の魔獣騒ぎ。

 あの騒ぎの後からいなくなっちまってね。

 あの魔獣の元にされちまったんじゃないかって、ウチの連中が戦々恐々としているのさ。

 仮にそうだとしてもウチは関係ないんだけど、痛くもない腹を探られるのも嫌だからさ。

 アンタも黙っといとくれ。」


小声で一気に言うと顔を離して、腰に両手を当ててオティーリエを見下ろした。

見下ろした、と言っても、威圧的な態度なのではなくて、単に身長差のせい。

オティーリエはそんなおばさんを申し訳なさそうに上目遣いで見た。


「えっと、ごめんなさい、第二騎士団の人には話していい?

 第二騎士団に知り合いがいて、黙っているのも申し訳なくて。」

「そうなのかい。

 うーん、まあ、第二騎士団に話すのは仕方ないかねぇ。

 でも、あまり言いふらさないでおくれよ。

 ま、ご近所さんはみんな気が付いてるとは思うけどさ。」


おばさんが仕方ないというように腰に両手をあてて頷く。

それにオティーリエも頷いて、今度は真正面からおばさんの顔を見た。


「うん、ありがとう。

 第二騎士団と関係者の人以外には話さないように約束する。

 それにしても、小屋が綺麗だもの、可愛がっていたんでしょう?」


オティーリエは犬小屋の方をちらっと見ながら話題を変えた。


「うん、まあ、ウチの工場のマスコットみたいなもんだったからね。

 知らない人にも尻尾振って近づいていくくらい人懐っこい子だったんだよ。

 ご近所さんからも可愛がられてたんだけどねぇ。

 いちおう、知り合いにも声かけてみたけど、見つからないねぇ。」

「そっか、見つかるといいね。」

「まあ、いなくなっちまったもんは仕方ないさね。

 ところで、アンタこそ可愛いペット連れてるじゃないか。

 よく慣れてるようだね。」


店番のおばさんが、アーサーに視線を移して言った。

見つめられたアーサーはオティーリエの左肩から右肩に移ると、腕を伝って降りてきた。

それに合わせて、オティーリエも右手を差し出すようにすると、アーサーは手のひらに乗って、それからまた右肩に登って行った。


「そうなの。

 いい子でしょう?」

「ああ。

 さて、それじゃあ、そろそろおしゃべりはおしまい。

 おばさん、これでも店番してるからね。」

「分かったわ。

 どうもありがとう。」


オティーリエはお礼を言うと、手を振りながら店を離れた。

少なくとも、工場の関係者の手によっていなくなったわけではなさそうだ。

いなくなったタイミングはともかく、まだ関係は掴めないし、この先を追いかけることも出来なさそう。

ということで、オティーリエは犬の件はいったん置いておいて、怪しい家の方を追いかけてみることにした。


 ◇ ◇ ◇


その怪しい家。

オティーリエはカルロズ彫金会の近所としか聞いていないので、見つけるのは難しいと思っていたが、実にあっさり見つかった。

カルロズ彫金会から3軒隣の家が、いかにも手入れがされておらず、雑草は生え放題、木も伸び放題になっていた。

周囲は手入れの行き届いた清潔な家が立ち並んでいるので、その差にオティーリエも思わずその家の前で呆然と佇んでしまう。


とは言え、それはほんの少しのこと。

気を取り直したオティーリエは、とりあえず門のところに行き、表札が出ていないかを見てみた。

やはり出ていない。


『我が主よ、この家がどうかしたのか?』


ただ家を見上げて佇むだけになったオティーリエに、アーサーが声をかけた。


『分かりません。

 誰も住んでいないにも関わらず、月に2回ていど、誰かが訪問している家なのだそうです。』

『中の様子を見て来るか?

 もちろん、入る場所があればだが。』


言われて、オティーリエはハッとした表情を浮かべた。

アーサーに様子を見て来てもらうなんて、考えてもいなかった様子。


『お願いします、アーサー。

 助かります。』

『心得た。』


手を差し出す間もなく、オティーリエの身体を駆け下りたアーサーが、そのまま門の隙間を抜けて、家の庭に入っていく。

その様子を見送った後、オティーリエは家の前でただアーサーを待っているのも時間の無駄なので、聞き込みを開始した。

つまり、隣の家の呼び鈴を押す。


ほどなくして、隣の家の奥さんらしい女性が「はーい。」と返事をしながら出てきた。

扉を開けた途端、見たこともない女の子が扉の前に立っているのを見て、怪訝な表情を浮かべる。


「えっと、どなた?」

「はじめまして、ティリエと申します。」

「はじめまして。

 そのティリエちゃんがうちになんの用?」

「お隣のお家について教えて欲しくて。

 空き家ですか?」


オティーリエが怪しい家の方を指差しながら質問すると、奥さんは苦虫を嚙み潰したような顔になった。


「さあね。

 何、あんた、あの家の関係者?」


態度も口調もあからさまに悪くなる。

そんな奥さんに、オティーリエは慌てて両手と頭をぶんぶんと振りつつ否定した。


「いいえ、違います。

 こんな綺麗な街並みの中に、一軒だけ手入れされていない家があったから、気になっただけです。」

「ああ、やっぱ気になるよね?

 まったく、この一軒のおかげで、街全体の景観も悪くなるんだから、なんとかして欲しいんだよね。

 なんか雰囲気暗いし、汚いしさ。

 うちなんか、特に隣だからすっごく迷惑してるんだよ。

 草木がぼうぼうでウチの敷地にまで入ってきてるんだからね。」


険悪な感じはなくなったものの、我が意を得たりとばかりにいきなりまくし立てだした奥さんの勢いに、オティーリエは目を白黒させつつ、返事をする。


「確かに草も木も塀越えちゃってますもんね。

 やっぱり、誰も住んでないんですか?」


オティーリエが奥さんの文句に同意した上で質問したせいか、少し気が削がれたようで、奥さんは少し勢いを弱めて答える。


「ん?

 ああ、住んでないと思うよ。

 夜に明かりが付いてるところ、見たことないからね。

 ただ、時々、誰か来てるみたいだよ。

 一回、文句言ってやったんだけど、はいはい言ってたくせに、全然良くならないんだよね。」


言ってるうちに苛立ちを思い出したようで、最後は語気を強めながら。

でも、オティーリエは自分が怒られているわけではないので、それに怯まず、でも反感を買わないように注意しながら質問を重ねる。


「使ってる人がいるんですね。

 どんな人でした?」

「どんなも何も。

 ごく普通の女の人だったよ。

 あ、でも、妙に上品な雰囲気で、こんな場所には似つかわしくない感じはしたねぇ。」

「えっと、服が上等だったとかですか?」

「服は・・・ああ、いや、言われてみれば、デザインは普通だったけど、布はいいの使ってそうだったね。

 でも、上品ってのは、服なんかじゃなくて、なんて言うか、こう、さ。」


考えながら返事をしているおかげか、奥さんも落ち着いてきたようだ。

口調が普通の会話の調子になってきた。


「立ち居振る舞いが綺麗だった、ということですか?」

「そうそう、それそれ。

 背筋なんかピシッと伸びててさ。

 どこの奥様なんだよって感じだったよ。

 でも、そんな人が、こんな所に何しに来てんだろね。」

「ホントですね。

 あ、時々って、どれくらい来ていたのですか?」

「さあ?

 半月に一回くらいじゃない?

 別に監視してるわけじゃないから、ホントに合ってるかは分からないけどさ。」

「そうなんですね、分かりました。

 どうもありがとうございました。」


最初の剣幕もなくなり、すっかり落ち着いたらしい奥さんに、オティーリエが頭を下げてお礼を言うと。


「ん?

 あ、ああ、こんなんでいいのかい?」


ちょっと毒気を抜かれたような表情で返してきた。


「はい、どうしてお隣さんだけ手入れされていないのか不思議に思って聞いてみただけですから。

 おかげさまで、疑問が解けました。」

「ふうん。

 まあ、それならよかったよ。」

「はい!

 どうもありがとうございました。」


オティーリエは元気いっぱいに再び頭を下げると、踵を返して、その場を走り去った。

怪しい家とは逆方向に。

そして、角を曲がると、角から顔だけ覗かせて、見つからないように奥さんの様子を確認する。

奥さんはオティーリエを見送った後、一度、肩を竦めてから、家の中に入って行った。


オティーリエはそれから少しだけ待って、再び怪しい家の前に行った。

門扉の上にアーサーがちょこんと座っている。

妙に可愛らしい。

それはさておき、オティーリエはアーサーに近寄りながら、念話で話しかけた。


『待っている間に他の用事を済ませていました。

 大丈夫でしたか、アーサー?』

『問題ない。』


オティーリエがアーサーに手を伸ばすと、その手から腕を伝って、アーサーは定位置の左肩に収まった。

言葉の通り、気にした様子はない。

オティーリエはアーサーが落ち着いたのを確認すると、さっさとその場を離れた。

通り二つ分ほど離れた四つ角につくと、足を止めてアーサーに首尾を確認する。


『ありがとう、アーサー。

 それで、中には入れましたか?』

『小さな調理場らしき所に換気口のような穴が開いていたので、そこから入れた。

 我が主の目の付け所は正しかったぞ。

 中に氷漬けの少年の遺体があった。』


アーサーの報告に、オティーリエは思わず声が出そうになったので、慌てて両手で口を塞ぐと、そのままキョロキョロと左右を見回した。

誰にも見られていないようだ。


『ヨハンのお手柄ですね。

 情報源はヨハンですから。

 それより、遺体、ですか?

 しかも氷漬けって・・・光景が想像も付きませんね。』

『このような感じだ。』


アーサーが一言言って、部屋の中の様子をイメージで伝えてきた。

写真で撮ったかのように正確なイメージ。


オティーリエは突然、頭に浮かんできたイメージにビックリして再び声を上げかけたものの、今度もかろうじて抑えた。

もともと口を塞いでいたおかげ。


そのイメージは、がらんと何もない部屋の真ん中に小さめの棺が置かれており、その棺の中が氷で覆われているものだった。

そこから棺の中へと視線が移り、氷の中で眠る少年の顔が映る。


とても綺麗な顔立ちの少年で、眠るように目を閉じていた。

ただ、その顔色は血の気が通っておらず、不自然なほどに青白い。


『確かに、とても生きているようには思えませんね。

 これは、やはり魔法でしょうか?』


写真のように精細ながら、イメージの伝達で実感を伴わなかったおかげで、オティーリエは死人を見ても驚いたりせずに済んだ。

これ以上驚かされてなるものか、という意味不明な意地みたいなものもあったりする。


『魔力は感じなかった。

 だが、永続的に凍らせる魔法をかけたのではなくて、水を凍らせるだけの魔法を使ったのではないかとも考えられる。

 この時代に、これだけの量の水を簡単に凍らせる技術があるのならば、話は別だが。』

『無理ではありませんが、大掛かりな施設が必要です。

 この小さな家では不可能ですね。』

『凍らせた状態で運び込まれた可能性もあるが、魔法によるものというのも考慮しておいた方がいいであろうな。』

『そうですね。

 とりあえず、魔獣との関係あるなしに関わらず、この件についても調査した方がよさそうですね。』

『そうやって、我が主はいろいろな事件に足を突っ込んでいくのだな。』


オティーリエは虚を突かれたような表情になった後、苦笑を浮かべた。


『はい、そうです。

 未解決の事柄を残しておくと、後で足元をすくわれますので。』

『なるほど、了解した。』


アーサーの了解にはちょっとだけ含みがあった。

けれども、オティーリエは話の流れから、アーサーにも自分の主について思うところがあるのだろうと考えて、あえて、それに追及することはせず、次の目的地へと歩き出した。

リスのアーサー君大活躍の回でした。

アーサーがいなかったら、大きく回り道しないといけなくなるところでした。

そして、着々と騎士(姿はリス)に把握されていく主。

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