脱線
あなたは時計をポケットに仕舞い、窓の外を見た。
すると向かいの席の女性が「夏が来たわね」と呟いた。
あなたはニコリと微笑み、「そうだね」と返した。
あなたたちは雄大に咲き誇るヒマワリ畑をしばらく眺めた。
「アンナはお花が好きな女の子でね」
「アンナって誰?」
「私の、一番の親友よ」
「そうなんだ」
「私はよく、アンナと花畑に行くの」
「花畑で何をするの?」
「花の冠を作ったり、スケッチをしたり、色々よ」
「へえ」
「スケッチと言えばね、ローズマリーは絵が上手なの」
「ローズマリーって誰?」
「アンナと同じクラスの子でね、その子も私の友達よ」
「友達が多いんだね」
「ピーターって意地悪な男の子がいてね、
よくローズマリーにちょっかいをかけては、
その度に先生から叱られているそうよ」
「ピーターはローズマリーを好きなのかな?」
「そうなの!
きっと、ピーターはローズマリーに構ってほしいのよ
でもローズマリーには、他に好きな男の子がいるのよね」
「三角関係というやつだね」
「その彼、リチャードには、ジョゼフィーヌという想い人がいるわ」
「三角じゃなかった」
「ジョゼフィーヌはとっても活発な女の子でね、
よく男の子たちに混ざって、虫を捕まえたりしているの」
「夏が似合いそうな子だね
あの花をあげたら喜ぶかな?
1本採ってこようか?」
「いいえ、いらないわ
あの子はアンナに意地悪をするんですもの
こないだなんか、嫌がるアンナの頭の上にカエルを乗せたのよ
そしたらアンナは泣いちゃって、宥めるのが大変だったわ」
「ジョゼフィーヌはアンナと友達になりたいんじゃないかな?
ほら、ピーターがローズマリーをからかうようにさ
彼女も構ってほしいんだよ、きっと」
「あら、言われてみれば、たしかにそうかもしれないわね……」
「アンナはジョゼフィーヌをどう思っているの?」
「できれば仲良くしたいと言っていたわ」
「じゃあ、友好の証が必要だね」
あなたは窓枠を乗り越え、ストンと着地した。
そして目についた中で一番力強さを感じたヒマワリを採取し、
それを彼女に手渡したのち、再び窓から中へと乗り込んだ。
「ありがとう、助かるわ
これで2人が仲良くなれるといいのだけれど」
「そうなるといいね」
「リチャードについては話したかしら?」
「ううん、名前だけ」
「リチャードのお父さんは空軍のパイロットでね、
大戦中に数多くの敵機を撃墜した功績を認められて、
陛下直々に勲章を賜ったそうよ」
「すごい人なんだね
ところでジョゼフィーヌには誰か好きな男の子はいるのかな?」
「さあ、それはわからないわ
でも、ピーターとは気が合うみたい
よく2人でこそこそと悪巧みをしているそうよ」
「それはいけないね
誰かに意地悪をするための相談じゃなくて、
どうすればみんなと仲良くできるのかを話し合うべきだと思う」
「ええ、私もそう思うわ
きっとアンナも同じ意見よ」
「アンナは優しい子なんだね」
「そのアンナだけど、
もしかしたらリチャードを好きなのかもしれないわ
リチャードは、優しくてハンサムな男の子なのだそうよ」
「それはややこしい事になりそうだね」
「ええ、ローズマリーとの仲がこじれなければいいのだけれど……」
「だけどリチャードにはジョセフィーヌがいるから、
アンナともローズマリーともくっつかないんじゃないかな?」
「そうなってしまいそうね
悲しい恋の物語だわ
……あら、誰か来たみたい」
あなたは反対側の窓へと駆け寄り、外を見た。
すると見覚えのある馬車が線路沿いに駆けつけ、
停車すると、中から軍服の紳士が降りてきた。
紳士は焦燥した様子で汽車へと乗り込み、
あなたの無事を確認すると、今にも泣き出しそうな笑顔を浮かべた。
「もうお迎えが来ちゃった
あなたともっとお話しをしたかったけど、僕はもう行くね
楽しい時間をありがとう!
おかげで退屈せずに済んだよ」
「ええ、こちらこそ楽しい時間だったわ
またいつか、恋の話に花を咲かせましょう」
あなたは紳士に抱え上げられ、老婦人に手を振りながら汽車を降りた。