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「あれ、クロイドが今ここにいるってことはシルビア様は?」
「今一人だ。学園にいるぞ。まあ俺がいてもいなくても変わらん」
「じゃあチャンスじゃん! ね、あたしの鞄もう用意できてるからそれ持って学校来て!」
「は? はあ……?!」
あたしは急いで馬車を駆け下り、学校へ向かう。
寮から学校までは徒歩二分。走れば相当速い。あたしは一年二組らしく、一年生の教室は一階だと入学した時の書類に書いてあった。
まずは一年一組。
──いない。
一年二組。
──いたッ! 同じクラス!
「シルビア様〜あたしと話さない? 二人きりで」
「ふ、二人きり!? ホームルームが始まってしまいますよ」
「確かに、皇女がいないとか流石に駄目だな。」
「それより、荷物も無しに教室に駆け込んでくるなんて……」
「それは護衛の、ほら。クロイドが持ってきてくれるよ」
「く、クロイドが…………?」
何故? という顔をして固まってしまった。クロイドは皇女様に何も伝えずにあたしに会ったらしい。
「それよりシルビア様、あたし友達いなくて、友達が欲しいんですけど」
「え? ええ」
「シルビアって呼んでもいい? 友好の証として!」
え? という困惑した声がシルビア──ではなく、教室の中の人々から聞こえてきた。
真っ先にシルビアに突撃したあたしは気が付かなかったが、シルビアを中心に五メートルは離れたところにクラスのみんながいた。こっそりあたし達の会話を聞いていたのだろう。怪訝な顔をして見つめている。
「か、構いませんが」
「友達になるのは?」
「大丈夫ですが……?」
「ほんと? 嬉しい! シルビアも敬語使わないでよ、同級生でしょ?」
「私は、敬語を好きで使っているんです。落ち着くんです」
「……そっ、か。それなら仕方ないか」
不敬だ、という声が聞こえてくる。
全く、皇女様を中心に離れるどちらが不敬なのか。どちらも不敬だ。問い正したいが、喧嘩する気は更々ない。あたしは言葉を続ける。
「いや〜嬉しいです。シルビアと友達になれるなんて!」
「友達が欲しいって、私と友達になるよりかは、もっと一緒にいて楽しい人がいると思いますよ」
「……楽しい人?」
「趣味も合うような、そんな人が。私と話していても、みんな笑顔になりません。それどころか、避けられます。クロイドとは友達にならないんですか? それとも、もうなった後ですか?」
「なってないけど。どうしたの? そんなネガティブなこと言って」
「いえ、客観的な事実を言ったまでです。現に、私は誰とも話していなかったでしょう?」
気まずそうに周囲のみんなは目を逸らした。自覚はあるみたいだ。いや、皇女様に近付きにくいし普通に話せないよな。気持ちは分かる。でも、
「……誰と友達になりたいとか、誰と一緒にいたいとか、そういうのってあたしが決めるもので、誰かが決めるものじゃないよね」
「え?」
「あたしは、シルビアと仲良くなりたいの。で、シルビアのこと大切にしたい」
「は、はい?」
頬を赤らめるシルビア。あたしはそんな彼女の手を取って、叫ぶ。
「あたしが、シルビアの旦那候補を査定するから! シルビア、見る目ないと思うし、もし、あんまりにもいい人いなかったらあたしが拾う。この人生あげるね!」
「な、なにを……!? 皇女って知ってますか!? 言いたくは無いですが、私モテますよ!?」
「変な人と付き合うのはやめよう。だから、あたしが友達になって、アドバイスさせてください!」
「貴方の言うことは、根拠もないでしょう。信じられません」
「あたし、シルビアのことずっと見てたから。色々知ってるよ」
(ゲームの中で。)
「例えば、意外とイケメンに弱いことと──っむぐ」
「いいです。変な推測は言わなくて」
私は小さな声で続ける。
「意外と恋愛小説とか好きなこととか?」
目を大きく見開いてあたしを見つめるシルビア。どこで知ったのか分からないだろう。あたしもどうしたら知れるのか分からない。ゲームという、小説という、カンニングだ。
「あたしも、そういうの読むの好きなんだ。趣味、合うよね」
そう言って微笑むと、そうですねと小さな声で返ってきた。
「な、なんの騒ぎですか?」
遅れてきたクロイドが不思議そうにして入ってきた。
「タチバナ様、お鞄です」
「くるしゅうない」
ニコニコと胡散臭い笑みを浮かべる彼はシルビアの前では完璧な好青年を演じるらしい。白々しい、笑えてくる。
「クロイド、どうして彼女の鞄を?」
「たまたま道に落ちていたので拾ったんですよ。急いで学園に行こうとしてたので、落としたんでしょう。おっちょこちょいですね」
「はあ?」
「でも、彼女はクロイドに鞄を持ってきてもらう、と確信めいて伝えていましたよ?」
「……そうですか」
笑顔だが、なんてことをしてくれたんだ、と今にも飛びかかりそうな気配だ。そっちが勝手に来て変な種蒔いたんだろ。仕返ししよう。
「クロイドが、あたしに会いたい〜って話がある〜って朝一で、寮の前まで来たんですよ。まさかあたしに一目惚れして、愛の告白をするなんて、思いもしなかったな〜びっくりして鞄置いてきちゃった〜あはは〜」
「まあ……」
「嘘ですよ。昨日のあの話を咎めただけです。それと、お嬢様に敬語を使うように、と」
「そんなことしなくてもいいのに……」
「俺がやりたくてやったんです。気にしないでください」
あたしの話なんてまるで信じていないみたいだ。鞄の話よりも信憑性あるのに。
「そうだ、クロイド。私タチバナ様と友達になりました」
「え? ああ、そうですか。よかったですね」
「ええ、本当に」
心底嬉しそうな顔をするものだ。そう思った。
そんなにも彼女からしたら友達という存在は貴重で、嬉しいものだったのか。理解ができなかった。
それだけ、孤独だったのか──。
彼女が、不憫に思えてしまった。そして一緒にいる護衛でさえ、彼女を想ってはいない、道具としてみている。
「後で何があったか、詳しくお聞かせください。」
笑顔だったが、その言葉は強く、強制力があった。私を鋭く見つめる彼とは長い付き合いになりそうだと、唾を飲んだ。