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16 閑話休題

 私に敬語を使わない平民がいると、彼女が噂になっているのは知っていた。ただ、それで私が必要以上に関与したり何かを言うことは違うと思っていた。

 皇族にとても忠誠を誓っている公爵家もあったが、話を聞く限りでは何か害を成すことも無さそうだったので、放置してしまっていた。


 異変に気が付いたのはすぐだった。彼女が制服を少し汚すようになっていたし、忘れ物が増えたり、そもそも私に話しかけなくなったり、色んな要素があったのだ。

 それを突き止めたいので、連れて行かれるところに付いていこうとしたが、何故かそういう時に限って大事な相談があると足を止められることが多かった。それを断れるほど、私にも勇気がなかった。

 クロイドは結果から言うと、あまり良いことをしてこなかったことが分かった。なので護衛というよりは一生徒として関わることにした。私への忠誠心は未だあるように感じられたからだ。

 そんなクロイドに何が起きているか探るよう頼んだが、彼も足止めを食らうようで、何かが起きているがその何かが分からない状態が続いた。

 ただその元凶の人物ははっきりと分かっていた。公爵家のマリアだ。古くから忠誠を誓い、我々に楯突くような連中は殺すほど、血の気の多い家だ。

 確認のため、少し声をかけて聞いてみた。


「何か、良くないことをしていませんか?」

「何かが起きたとしても、それは皇女様の為ですよ」


 黒だ。

 そもそも彼女の側近がアスカを連れ去るのを見ていた。けれど、その現場に立って何かを見てない以上、注意することも出来ない。


「お優しい皇女様の目には、全て毒でしょうから」


 笑う彼女の目は、嘘にしか見えなかった。

 優しいと、それは全て偽善だろうと、私の行いを知ってのことだろう。そう、私は決して優しくない。


「お気遣い、ありがとうございます」


 しかし私は焦っていた。何も掴めていないからだ。

 そんな時、平民のニコと呼ばれる女が、声を掛けてきた。


「アスカが、暴力を振るわれてる。魔術具で上から撮った証拠もある。捨てられたアスカの物もある。嘘だと思うならこれを見てほしい。わたしじゃ先生に相手にされなかった。だから、」

「ありがとうございます。私に任せてください」

「皇女様、代わりに説得してくれるの?」

「いえ、説得というよりかは、全て終わらせます」


 私の動く理由ができた。それだけでいいのだ。

 早速、アスカを誰も立ち入れぬところに匿った。軽く問いかけたが、何も答えてくれないみたいだった。だから、両手を魔術で拘束し、服を破った。


「これ、は…………」


 酷い惨状だった。体は痣だらけ。彼女の白い肌には似つかない、色のついた体。何も言うことができなかった。見せてもらっていたが、こんな傷になっているとは。


「…………ッ!」


 どうして、私を睨むのだろうか。私は何も悪くないのに。彼等でなく、どうして私にその顔を向けるのか。

 ──悲しい。


「っ……なんですかその顔は。まるで私を憎いと言いそうですね」

「拘束して、人の服を破って、人の裸体見られたらそうなるよ」


 その通りだった。私は無理に体を見た対象であり、彼女からしたら嫌になるのも分かった。


「……それは、謝ります。すみません。私は、貴方のこんな痣を知りません。どうして、こんな事になっているんですか」

「分かんない」

「貴方の魔術の力なら、治療することも容易いはずです。これは後から告発するつもりでしたか?」

「治療……告発……? そんなことしなくても、これくらいどうってことないよ」

「どうってことあるから、私は今こんなにも怒っています。分かりますか?」


 どことなく、普段と違う彼女の様子に、私はなんだか高揚していた。加虐心を刺激されてしまったのだろうか。あんなに明るく振る舞う彼女が、こんなに弱って強がって、いやもしかしたらこの姿が彼女の本来のものなのかもしれない。

 ただ、自分は、そんな彼女に惹かれてしまっていた。


「アスカ、様」


 お腹を撫でてみた。それから、痣を強く押して刺激ししてみた。 


「いっ…………」


 少し歯を食いしばり、歪ませた顔に、胸が満たされている。それが初めてで、不思議な感覚だった。人を痛みつける趣味なんてない。痛みつけられ殺さないでくれと泣き喚く人間に興奮なんてしたことがなかった。

 なのに、彼女のそんな顔には、とても興奮してしまっていた。

 何度も、そんな行為を繰り返す。不思議そうに私を見つめる目が、何も分かっていなさそうな彼女がどうしてか愛おしく思えた。


「……痛い、でしょう。きっと日々の痛みはもっと辛いものだと分かります」


 この行為に理由があるのだと、言い訳をした。私欲を満たす為だけの、この行為を。 


「…………」

「貴方は私に、いい人だと言っていました。でもそれは貴方の方だと思うんです。現に、告発することも抵抗することもしない、その優しさに、私は怒ってしまっています」


 それに、こんなことをしてしまう私は、優しいとは程遠い人間だろう。 


「……あたしは、昔暴行をされてたの。だから慣れてるの。それだけ」

「それ、だけ……?」

「それだけ」

「だけと言うには、あまりにも重いですよ。本当に」


 跪き、痣にキスを落とした。それから、魔力を込めてその痣を消した。治療魔術だ。それをゆっくり時間をかけて行っていく。

 ただ、こんな風にしなくたって、一瞬で全ての痣は消すことが出来る。この行為に意味はない。魔術が使える癖して彼女の恐ろしいほど乏しい知識を利用して、この行動をしている。

 呆然とする彼女に、許しを請うように、丁寧にじっくりとキスを落とす。今何かをされても、私は動くことができずに彼女を抱き続けるだろう。


「……どうして?」

「普通ですよ。ここまでされた人を見逃すような、教育を受けていません」

「…………ごめん」

「それと、少しクロイドのことで調査していて、結果が出ました。それもあるでしょうか」

「そう……」

「昔、誰に暴行をされていたんですか?」

「父に……」

「今は?」


 狼狽え、私の目を怯えながら見る彼女は、ぽつりぽつりと話し始めた。震えた声で、時折視線を逸らしながら。誰も怒りはしないのに。


「──ってだけ。多分いつか終わるから、気にしないで」

「全て終わっても貴方の心の傷は癒えるでしょうか。全てが終わるまでの痛みや苦しみは、ずっと変わらないでしょうに」

 

 私は鎖骨に、キスを落とした。それから、舐めて、強く噛みついた。跡が残るくらいに強く。


「……これの、比ではないでしょう」

「…………」

「貴方の、父のことを教えてもらってもいいでしょうか」

「なんで」

「今、どこに」

「知らないよ。他の女作って逃げた。あたしと弟二人と、母を置いて」


 捜索するのは容易ではなさそうだ。彼女はグリーン王国から来たと言っていたし、あそこは永久中立を宣言している。私情で人を調べることは嫌うだろう。


「そうですか……」

「あたし、嫌いな父の料理でシルビアを笑顔にしたんだ。そんなの、嫌だよね」


 そんなの、何一つとして関係が無いのに。私は、貴方のその気持ちが嬉しかったのに。


「忘れてたや、もう、あんなこと。なのに、思い出しちゃうなんてね」

「すみません。私のせいで」

「え、なんで?」

「私がいなければ、貴方に傷をつけることも、嫌なことを思い出させることも無かったのに。」

「悪くないよ。悪いのはあたし。それにみんなの気持ちも分かるからね、気にしてないよ。痛いことはやめてほしいけどさ」

「悪いのは、行動に起こした人でしょう」

「…………」


 とうしてそんな簡単なことを、彼女は自分のせいにしているのだろうか。


「少し、そこで待っていて下さい」

「待つって、この状態で?」

「貴方が次に目を覚ました時、全てが終わっているでしょう。何も気にしないでください」

「え? どういう意味……」


 部屋中に催眠ガスを充満させた。ぐっすりと眠ってしまった彼女の全ての痣を消してから、私は空き教室に向かった。




 クロイドに関係者を集めるように頼んでいた為、そこには彼女を虐めていただろう人々が集まっていた。


「最近、皆様が愉快そうで何よりです」


「彼女は、私と友人以上の関係があります。彼女を侮辱し、不当な扱いをすることは、私を侮辱し、不当な扱いをしているのと同じです。」


「これから、首を切られたく無ければ、行動を慎むように。」


 子供らしいことをしてしまったか。


「と、言えれば良かったんでしょうが。上手くいかないものですね。精霊達から嫌われたらどうしましょう」


 赤く染まってしまった教室にただ私の声だけが木霊した。私の話をしっかりと聞いてくれたら、ここまでするつもりは無かったのに。

 精霊達は、私の行動に意見する気は無かったようだ。ある者は感嘆し、ある者は恐怖し、私の周りを舞っていた。

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