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「……痛い、でしょう。きっと日々の痛みはもっと辛いものだと分かります」
「…………」
「貴方は私に、いい人だと言っていました。でもそれは貴方の方だと思うんです。現に、告発することも抵抗することもしない、その優しさに、私は怒ってしまっています」
慈しむような、憐れむような、そんな目だった。あたしの体をじっくりと眺めて、ようやくあたしに目を合わせた。
「……あたしは、昔暴行をされてたの。だから慣れてるの。それだけ」
「それ、だけ……?」
「それだけ」
「だけと言うには、あまりにも重いですよ。本当に」
彼女は跪き、あたしのお腹に、口づけをした。それから少し吸うように数秒キスを落とした。数秒人間の温かさとは別の、何かを感じ、彼女が口を離すとそこの痣は消えていた。魔法を使ったんだろう。
それを何度も、何度も行われる。痣がある数の分だけ、献身的に。彼女は皇族でありながら、あたしにここまで尽くしてくれている。
「……どうして?」
「普通ですよ。ここまでされた人を見逃すような、教育を受けていません」
「…………ごめん」
「それと、少しクロイドのことで調査していて、結果が出ました。それもあるでしょうか」
「そう……」
「昔、誰に暴行をされていたんですか?」
「父に……」
「今は?」
彼女は体を抱きながら、ずっとあたしを見つめてきていた。
縋ってもいいのか、分からない。けれど今は縋られているような気持ちになっていた。
だからだろうか、一つ一つ、話していた。彼女は無言で聞いていた。何も言わず、真っ直ぐあたしを見る目が変わらなくて、声が震えた。
「──ってだけ。多分いつか終わるから、気にしないで」
「全て終わっても貴方の心の傷は癒えるでしょうか。全てが終わるまでの痛みや苦しみは、ずっと変わらないでしょうに」
彼女は鎖骨に、キスを落とした。そして生暖かな感触を感じた後、噛みつかれ、少しの長い痛みを感じた。
「……これの、比ではないでしょう」
「…………」
「貴方の、父のことを教えてもらってもいいでしょうか」
「なんで」
「今、どこに」
「知らないよ。他の女作って逃げた。あたしと弟二人と、母を置いて」
「そうですか……」
「あたし、嫌いな父の料理でシルビアを笑顔にしたんだ。そんなの、嫌だよね」
とてつもなく、嫌だ。
家業を手伝わされていたのは、無理やりだった。家族なら給料を払わなくてもいいし、逃げられることもないし、いつでもシフトに入れるから。それに、間違えたら死ぬほど怒られるし自然と得意と呼べるような状態になっていた。
「忘れてたや、もう、あんなこと。なのに、思い出しちゃうなんてね」
「すみません。私のせいで」
「え、なんで?」
「私がいなければ、貴方に傷をつけることも、嫌なことを思い出させることも無かったのに。」
「悪くないよ。悪いのはあたし。それにみんなの気持ちも分かるからね、気にしてないよ。痛いことはやめてほしいけどさ」
一つ次元を挟んだ、ゲームのキャラだったからここまで慕われていたとは思わなかった。あたしの勉強不足だし、関わり方を間違えたのはあたしだ。
「悪いのは、行動に起こした人でしょう」
「…………」
「少し、そこで待っていて下さい」
「待つって、この状態で?」
手を繋がれ、こんな暗い部屋に一人きりなんて結構寂しい気はする。
「貴方が次に目を覚ました時、全てが終わっているでしょう。何も気にしないでください」
「え? どういう意味……」
甘い匂いが充満する。途端に瞼が重くなり、その重さには耐えられなかった。




