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「いたッ!」


背中に当たった石が足元に転がった。


「やーい!まおー!」

「石ぶつけたら死ぬんだろ?」「もっと投げろよ!」

「きもちわりー!近づくなー!」

「ぎゃははははっ!」


「…………っ、やめて!」


次々と飛んでくる石ころ。小さな手から投げられるそれは力は弱いはずなのに、何倍も痛く感じる。私は腕で頭をかばいながら蹲る。笑い声が耳を塞いでも聞こえてきて、胸がぐちゃぐちゃになる。涙が溢れそうになるけど、絶対に泣かない。泣いたら、きっともっと面白がられるから。


村では、昔からこう言われている。

__魔王は、不幸を齎す。

__魔王は、鉛色の髪と琥珀の瞳を持つ。


だから、私の髪と瞳を見るだけで、大人たちは眉をひそめる。

子供たちは、大人の真似をして笑いながら石を投げる。


……本当は、誰も魔王なんて見たことがないのに。。


石つぶてが止んだあとも、私は泣かなかった。

……泣いてしまったら、本当に魔王になってしまう気がしたから。


村の人たちは私を見ると、眉をひそめたり、舌打ちしたりする。それでも私は朝になると畑に出て、誰よりも早く草を抜いた。

井戸から水を汲んで、道端にこぼれていた水瓶をそっと戻した。

やることはいくらでもある。私がやれば、少しは誰かが楽になる。


「……あの子、また手伝ってるよ」

「ふん、どうせ魔王の気まぐれだろ」

「でも……助かってるのは確かだ」


そんな声が、背中越しに聞こえる日もあった。

石を投げられることはなくならなかったけれど、時々_____ほんの時々_____パンのかけらを分けてくれるおばさんもいた。

それが嬉しくて、私はもっと働いた。


夜になると、空を見上げる。

星はいつもきれいで、私を笑わない。

「大丈夫。私は魔王じゃない」

そう呟くと、胸が少しだけ軽くなる気がした。


……少しずつ。ほんの少しずつだけれど、村の人たちは私を避けなくなっていった。

誰も優しくはしてくれなかったけれど、冷たい目も少なくなった。

だから私は、この場所が好きになり始めていた。


ある日、夕方の畑で草を抜いていたときだった。

背後から小さな足音がして、私は少し身構えた。

また石を投げられるのかと――。


「……あの」


振り返ると、泥だらけの頬をした小さな男の子が立っていた。

前に一番大きな声で「魔王!」って叫んでいた子だ。


「な、なに?」

思わず、少しだけ警戒した声が出る。


男の子は目を逸らして、静かに頭を下げた。


「……この前は、ごめん。オレ……みんなが言うから……」


声が震えている。そんな姿を見て無理しなくて良いのにと、肩の力がスッと抜けた。


「いいよ。……ありがとう」

笑うと、男の子は驚いたように目を丸くして、すぐに走り去っていった。


その日から、少しずつ変わっていった。

「おはよう」と声をかけてくれる人が現れ、

「ありがとう」と言ってくれる人もいた。


たとえ完全に受け入れられなくても、それで十分だった。

私はこの村が好きだった。

もっと役に立ちたいと思った。

この場所が、やっと居場所になり始めたから。


薬草採りのため、森の奥へと足を延ばしていた。

村を出るときは、いつも通りの朝だったはずだ。

誰かが笑って、子供たちが騒いで……。


森を抜けるころ、空は赤く染まり始めていた。

少し遅くなった、と急ぎ足になる。


_____そのときだった。

地鳴りのような轟音が遠くから響いた。

空気が震え、鳥たちが一斉に飛び立つ。


嫌な予感が胸を締め付ける。

私は無我夢中で走った。


そして_____。


「……っ……あ……」


目に飛び込んできたのは、地獄のような光景だった。

村は跡形もなく踏み荒らされ、家々は崩れ、炎と煙が空を覆っていた。

焦げ臭さと血の匂いが混じり、吐き気がこみ上げる。


「……うそ……いや……」


瓦礫を必死にどけ、叫びながら探す。

「誰かっ!……誰か!いないの!?……お願い……返事を_____」

返事は、どこからも返ってこない。

血に染まった地面と、無惨な屍だけが残っていた。


「いやぁぁぁああああっ!!」


声が枯れるまで泣き叫んだ。

胸が裂けそうだった。

どうして、どうして……。


「あなたの倒すべき敵は、【皇帝】です。セリカ。」


私の前に何の前触れもなく現れたのは目元まで深くフードを被った魔法使いだった。耳をすり抜けるような安らかな声であり口元は静かに微笑んでいる様に見える。


怪しい魔法使いは言う。


「南方に現れた、皇帝を名乗る者の仕業ですセリカ。この惨劇は、あなたの仇はそこにいます。」


いきなり現れた怪しい魔法使いの言葉に、まともに相対したのは偶然ではない。

それはきっと私に、生きる意味を与えた言葉だったから。

そこに自分の意思はなく、ただ流されるままにその言葉を聞いた。


「しかし、今のあなたではかの皇帝に遠く及ばない。ですから、力を目覚めさせましょう。」


何が見えているのかも、その表情すら見せることの無い魔法使いは、私の中にある眠った力を呼び起こすという。

そこに拒否権はなく。ゆったりと魔法使いの指先が私に近づく。指先を私の額に触れさせた瞬間、全身を貫く熱が走る。

灼けるような痛みと共に、耳の奥で無機質な声が響いた。


《称号『勇者』を付与します》


光が爆ぜ、視界が白に染まる。心臓が暴れる。血が逆流し、骨が軋む。

叫びそうになった瞬間、それは終わった。


「さぁ、皇帝を……殺しに行きなさい。」

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