プロローグ
まるで巨人でも出入りするのかと思えるほど重厚な黒曜の扉を開け、私はそこへ踏み入った。
「…………」
コツンコツンと私の歩む音だけが、その広々としていて質素とも思えるような王座の間に響く。
眼前にはたった一つ金色の巨大な王座。
装飾らしい装飾は一つもないが、人間が座るには大きすぎるその玉座の真ん中に、黒髪の男が気怠げに、足をぶらつかせ膝に肘を乗せてこちらを見下ろしていた。玉座に近くなるごとに少し、胸が苦しく冷たく感じる。
「…………」
無言の圧力。目に見えないプレッシャーが私を襲い身震いする。
右手に魔力を込める。
使い慣れた剣をイメージして顕現させる。
立ち塞がって来た敵を討ち倒した剣の切先を真っ直ぐ、その男に向ける。
「……………」
こちらが明確な敵意を見せても、その男はただこちらを見下ろして眺めるだけ、その傲慢な態度に警戒を解くことなく、この部屋の配置を把握する。
床の状態、壁の装飾の配置、天井の高さ、全てを把握し戦うイメージを整える。如何にこちらが動こうとも、眼前の男は動く気配を見せない。それどころか虫でも見つけたかの様な冷たい視線でこちらをただ見つめている。
何千、何万と罪のない人々の屍を築いてきた張本人。長期間に渡る戦争を始め、終わりなき戦いを始め、凡ゆる国、凡ゆる生命を冒涜し蹂躙した『死の皇帝』。
たった一人で世界を相手取り、その全てを討ち滅ぼした諸悪の根源。その『皇帝』から滲み出る『死』のオーラを感じ取り、顳顬から冷汗が僅かに流れる。
息を呑む。
・・・・ようやくここまで来たのだ。刺し違えてもこの男を倒さなくては、この世界の不幸の連鎖は終わらない。
「守備が居たはずだが_____倒したのか?アレを。」
ここに来て初めて皇帝が口を開く。野太くも高くもない中性的な声色には、ただ淡々と状況を整理している無感情なもの。皇帝は僅かばかりに眉が吊り上がり腕を組みこちらを睨む。
この砦を守って居た、たった一体のゴーレム。それの事を言っているのだろう。
「手強い相手でした。………ですが『皇帝』。貴方を倒すまで、私は負ける訳にはいきませんので。」
「フハッ!良い心意気だ。……ならばこの『皇帝』、貴様に『死』の恐怖をくれてやろう。」
「………ッッ!!」
皇帝が玉座から降りた。
たったそれだけの動きで、目の前にいるその存在の格の違いを思い知る。
_______見える。否、見えすぎる。
魔力感知なんて必要ない膨大な魔力量。まるで巨大な星がそこにあるかの様な理解し得ない程の溢れ出る魔力。相当優秀な魔法使いが何千と束になっても勝ち得ないと悟ってしまう程、圧倒的で暴力的な魔力。
進めば間違いなく圧し潰されるこの感覚を前に身体の何も動かない、思考が全てを放棄してしまいそうになるのをグッと堪える。
恐れない。私は、絶対に_____
「_____逃げたりなんてしないっ!」
「ほぅ……『死』を前にして恐れずか。…………それが蛮勇でないことを願おうか。」
剣を両手で握り締め、皇帝との間合いを計る。鼓動が速くなるのを感じ、息を吸う事すら忘れ時間がただゆっくりと進む様に感じる。皇帝は未だ構えない、否。皇帝は魔法使いだ。得物をもって戦場に現れた話など聞いた事がない。魔法使いであるならば、近接戦は不得意。だがしかし魔法使いである以上その攻撃手段は多岐に渡る、つまり既に私は皇帝の間合いの内に居る。
_____それならッ!
床を蹴る。
魔法を使われる前に、その首を断つッ!!
速度は重み、時間を置き去り皇帝の反応よりも速く、そして強く。私の奮う刃が皇帝の首元に襲い掛かる刹那、視界が大きく歪み暗転した______