27 百年の恋
「ローウェル、呼んだか?」
ベッドに横になる老人、ジェイソン・ローウェルは未来を視る力を持った預言者であり異世界人だった。
転生の時のギフトだったらしい。だから妾の母親に気に入れられエンブレムを貰った。そして、彼から異世界の事を学び、また妾達はこちら側の事を彼に教えていたのである。
「このローウェルの命も終わりに近付いていると言うことは、キール様の革命は成功したのですね」
もう、彼の命は消えるだろう。そして、彼は妾の心の一ページに刻まれるのだ。
「母上と父上は三百年も闇の女王が死んでから生きてきた。全く、闇の女王が死んだと言うのに・・・お陰で地下の魔物がトンネルを通ってやって来るようになった。だから、二人は八つ裂きにしてやったよ。涙も出ない」
「光と闇のバランスが崩れし時、この地に悪が蘇り、闇の時が魔の力で満たされる。ですが、この場で止められたのは良かったのでしょう」
「どうする?このまま看取ればいいのか?それとも、妾が今一度エンブレムを与えるか?そうすれば、ローウェルはまだ生きていけるぞ」
ローウェルは首を横に振った。
「一度受けし者は、その時の女王と死ぬしかないのです。それが、この地に舞い降りた天使、ティアラエル様の御言葉。キール様にはそれを守って頂きたい」
「分かった」
「このローウェル、最後の予言の代わりに絵を一枚プレゼント致します。そこの、枕元の肖像画をご覧ください」
「この布の下か?」
妾は布を取った・・・!?
その絵を見て妾は衝撃を受けた。雷に打たれた、そんな言葉が妙にしっくり来るほどだった。
「この・・・肖像画は?」
美しいなんてもんじゃ無い。この幼い少女は全てが美しく、見る者に涙を流させる程に神々しいじゃないか!
こんな少女が現れたら世界を争いに巻き込む事も、世界に名を馳せる事も出来るだろう。
目も鼻も唇も・・・全てを奪いたくなるこの少女は誰なんだ?
「ローウェル、この者は誰なんだ?」
「次期の闇の女王。バルキリクス家の令嬢に御座います。キール様に対なる女王は、今から百年程後に御生まれになられます。この地に現れたらキール様の傍に居るでしょう」
妾は涙を流していた・・・母親のせいで時の流れが壊れたから、妾が生きている間は、次の闇の女王は生まれないと思ったからだ。それなのに、生まれるだけではなく、こんなに美しい対なる女王が生まれるとは・・・。だが、妾も魔の力が色濃く入っていたのだろうか?魔の心を持ってしまった。
この少女が欲しい・・・独占したいと思ってしまったのだ。
⚪
「それからは、妾はイリアの為に魔族やモンスターを倒し、他国との戦争にも勝利してきた。イリアの為なら百年など一瞬の事に思えた。生きる事を許されたあの日から待ち続けられたのだ」
キール様はタバコを灰皿で揉み消すと、今度は葉巻を渡されて銜えた。私は最後の一吸いをして消すが、ノエルに差し出された葉巻を断った。
「だが、イリアは二つの心を持っている。ハジメは妾の事に好意を持っているが、もう一人のイリアは例の使用人との恋を止めた事により振り向かないが」
確かに同年代にしか見えない者に淡い恋心を邪魔されたら腹も立てるだろう。それには、百年待ったと言われても意味は大して無い。何故なら、お互いが相手の気持ちになれないからだ。
そして、強制は出来ない・・・なら、前世のイリア様に御退場を願うしかない。それか、こちら側で説得するかだ。ハジメ様に問題が無ければだが。
でも、イリア様は決して分かっていない訳じゃない。イリア様が「ごめん」と私へ伝言をキール様に残されたのだからな。つまり、理解はしているはずなんだ。
「恋だから下心がある・・・私にはイリア様が自分を見て欲しいと言っているのではないかと思います」
「心か?」
「はい。イリア様にとって、今が一番大事なのかは分かっていますが、少し違うところがあるのです。高貴であるが故に、周りの期待に応える。何かその辺が違うのであれば、ハジメ様に帝王学を学ばせるべきでしょう。上に立つと言うことはどう言う事か。それにハジメ様はキール様を求めて居るのですから」
「本当か?ハジメは妾を求めているのか?」
気付かなかったのか・・・前のめりに聞いてくるキール様は私には都合が良いがな。
だから、私はイリア様の体と心、そして、ハジメ様の体と心の成長に関して話をしてみることにした。
「イリア様が奴・・・例の使用人に恋したのは身体が求めたからと考えた事はございませんか?心の前に?浮気も似たようなモノですよ」
「つまり、妾は心を見ずに否定から入ったと言うことなのか?」
「心は常にキール様の元にあったのに気づかれなかったのですか?」
キール様は窓の外の月を見上げていた。そして、何かを考え私を見据えた。
「一人占めは出来ぬようだな。もっと早くレイに相談するべきだったよ」
「遊戯子女のお陰です」
そして、私は続けて言う。
「ハジメ様に対してはどうですか?」
「正直な話をしよう。ハジメが振り向くなら誰でも抱かせてしまっても、妾の傍にいて欲しかった。ノエルでも構わないともな」
やはり、絵に描いたような高貴ぶりだな。私にはイリア様がキール様を嫌う理由が分かってしまった。
私は覚悟を決めてそれを口にする。
「男でも女でも、ハーレム。特に若い男には生命がある以上は否めません。ですが、男に対して無知であったと言えます」
「レイ、貴様キール様に対して何を!!」
ノエルはスカートをはね上げて、ナイフを取り出すが、キール様に手で制される。
「やめろ」
「キール様への冒涜許せません!」
「知識と聞いた話だったのは本当だ。耳年増だったな。だがノエル、それ以上レイに言うならば下がっていろ」
ノエルは奥歯を噛みながら私を睨むが、そんな彼女が子猫の威嚇にしか感じないのは、私自身が乗っているからだが、ノエルはこれで静かになるなら丁度良いな。
「レイ、一つ問おう」
「なんでしょうか?」
「今の現状を変えられるか?」
私は肯いていた。
「術を掛けて下さい。「魂の術」を。キール様の相手の心に干渉するあの術を」
「何でソレを知っている?」
「先祖に聞いていた話です。イリア様と話しが可能なら、説得出来るかもしれません。如何ですか?私の命を賭けた勝負、私に賭けませんか?」
命を落とす可能性がある術だと祖先は言っていた。相手の魂があれば術で送り込む事が可能だとも。そして、死んだ者と会話が出来ると。でも不可能な事をする訳ではない。ハジメ様の中に居るイリア様はキール様に対して同族嫌悪からくるモノ。全てはただの思春期からくるワガママなのだ。
「良いだろう。この術は相手の同意と認識が無ければ出来きぬ技。行ってこいレイ。イリアを説得、もしくはハジメの心に干渉したら褒美を与える」
キール様は立ち上がり、手の中に無から光の剣を生み出した。
「全てはキール様の為に!キール様、万歳!!」
そして、私の胸をキール様の剣が貫いた!
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「ローウェルは妾に言った。「フレイザー家」、そして「レイ」を使えとな。その者が妾に救いを与えると」
血は出ていないが、死んだ様に椅子に寄りかかるレイを、妾は見下ろしながらノエルに告げた。
「そして、試練を与えよと」
「誰か兵士を呼んで、レイを医務室に運ばせます」
「バークとジャックを呼んでやれ」
「分かりました。失礼致します」
レイ・・・良い兵士だ。