出会い
バイクへ跨がり、最前線へ向かう。
キースの話していた敵を確認するため、イグニは頭につけていたゴーグルを装着した。これには熱源に反応し位置を表示する機能がつけられている。
大きく固まっている集団はおそらく最前線の現地部隊。その先に1体、巨大な熱源がある。
イグニたちの所属する組織、サルバシオン。その目的は、第一に異星生物の殲滅。第二に人命救助である。そして、異星生物の中でも特に強い、大型個体。これらの撃破が特殊部隊とされる者達の最大の任務となっていた。
真っ直ぐに、大型の熱源に向かい走る。
近付くに連れて、戦闘を行っているだろう音や、獣の咆哮のようなものがどんどん鮮明になっていく。
キースが言っていた教会に近付く頃には、飛び交う戦闘音は激しさを増していた。
「こちらイグニ・レーヴェ。今から最前線へ合流。No.066に対する戦闘行為を開始する。周辺の隊員は防衛ラインまで退避せよ」
イグニの視界に、体長6m、体高3mはあるだろう獣の大型個体の姿が写り、すぐさま通信で自身の介入を知らせる。ここから先は、自分の独壇場になる。他の隊員を巻き込むわけにはいかない。
『了解。退避を開始します。ご武運を』
プツリと切れた通信を合図に、一気に加速する。バイクに取り付けられたマナ鉱石から、強い光が放たれた。
イグニは背負った自身の武器へ手を伸ばす。そこには背丈程もある大太刀が納められている。
目前に迫る、獣。
柄を握り、引き抜くと同時にバイクを飛び降りた。
スピードが乗ったまま高く飛び上がれば、獣の頭上に躍り出る。
大剣にマナが流れ込む。それは熱を持ち、炎を生む。高温の炎を纏った斬撃が、獣の目玉を切り裂いた。
ギャァァオォォオオオオオ!!!!
大型の異星生物の口から、悲鳴とも怒声ともとれるような咆哮が上がる。
音が反響し、鼓膜が震える。耳鳴りの音を聞きながら、それでもイグニは獣から目をそらす事はない。
着地と同時に転がる。降り上がる獣の腕を避け、逆の前肢にもう一撃加える。炎が膨れ上がり、爆発する。獣がよろめくのを捉え、足に装着したブースターへマナを流し込む。キィィィンと高い音が鳴り、鉱石が輝く。瞬間。
ガァァアア!!!!
獣が吠える。加速した足で距離を詰め、また一撃を食らわせた。硬い外皮から鮮血が散る。
「これで終わりにしてやる!」
もう一度。今度はさらに強く、大太刀が炎を纏う。
―――しかし。
ウォオオオオオオオォォォン!!!!!
「くっ……!」
獣もまた、目の前の敵に強い殺気を放つ。遠吠えをあげ、つけられた傷からは新たな肉が再生し始める。初撃で潰した片目さえ、何事もなかったかのようにギョロリとこちらを見た。
さらに。
鋭かった爪がさらに一回り巨大化し、バチバチと音をさせながら雷を纏っていく。
背中には一直線に体毛が逆立ち、紫の光を放つ。
「チッ…!こっからが本番ってか」
体勢を立て直し、剣を構える。その時、周囲から近付く大量の熱源に、ゴーグルから警告音が発される。
「今の咆哮はそういうことかよ…!」
仲間を呼ばれた。それに気づき、イグニはすぐさま距離をとる。崩れかけた廃屋の屋根に跳び、視界を確保する。ここは元は市街地だ。遮蔽物の多い中で、小回りのきく敵に囲まれるのは避けたい。
獣は後退したイグニを追い、電撃を放つ。電撃は瓦礫を割き、こちらに向かってくる。それを、加速をかけて数m先の建物の屋根に跳びながら躱した。さらにその先で屋根に上がってきた、触手のような手足をたくさん生やした気味の悪い小型の異星生物たちを焼き払う。
キィキィと高く短い声をあげながら、群がるようにして集まってくる奴らを横目に、イグニは思考した。このまま大型の攻撃を避けながらこいつらを相手取るのは少々分が悪い。
いっそここら一帯を焼き払うか。しかしそれでは、爆炎と瓦礫で視界を閉ざす事になる。生き残りが出れば次に食われるのはこちらだ。
「だったら」
やはり、大型。No.066を早急に排除するしかない。奴さえ潰えれば、恐らく小型のやつらは撤退をはじめるだろう。
問題は、どうやってこの群がる小型を避けてNo.066に接近するか。
―――シルヴィアがいたなら。
一瞬、そんな言葉が頭を過る。彼女がいたなら、この戦場で、もっと自由に動くことができたただろう。
ギリリと、歯を食い縛る。彼女はもういない。そして、これから先も、自分の隣には誰も立つことはない。そう決めた。
「いくぞ!」
声を上げ、走り出す。弱い心など必要ない。必要なのは、何を失おうとも最後まで立っていられるだけの、圧倒的強さ。それだけだ。
『君にもいつか、わかるさ』
遠い日の記憶が脳裏を焼く。うるさい、わからなくていい。知らなくていい。それが弱さに繋がるのなら。
温かい手も、優しい声も、自分には必要のないものだ。
目の前の敵を見据える。飛び掛かる異星生物達を切り裂きながら、前へと進む。
No.066の電撃が迫る。それを避け、時には炎で相殺し、爆発させる。
「くそっ!」
電撃で歩みが止まれば、沸くように出てくる小型に囲まれる。
(ヤツに近付けない…!)
舌打ちが漏れる。ジリ貧とはこの事だ。何か、突破口を―――。
その時。
視界の端に、小さな機械が高速で過ぎていくのが見えた。
シュン!
それはレーザー砲を搭載した遠隔操作用の武器だ。それが小型の異星生物たちを次々に撃ち抜いていく。
ピピッと、通信音が入る。聞こえてきたのは、まだ幼いとさえ言える若い男の声だった。
『道を開けます。援護は任せて、前へ』
はっと、後ろを振り返る。遠く離れた屋根の上に、確かに人影が見えた。
あの位置からこれだけ精密に遠隔操作をするのは、並大抵の実力ではないだろう。
「はっ…!遅れて登場とはいいご身分だ。邪魔はするなよ」
遠くの影を睨み付ける。通信にそう返し、イグニは前に出た。開けた視界の先に、空洞のようなドロリとした目を向ける、巨体の獣の姿が見えた。