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「うぅ……ありゃ? ここはどこだ?」
俺は気づけば訳の分からない場所にいた。
天井も床も白い雲。
まるで子供用のアトラクション広場に潜り込んでしまった気分だ。
「おお、目覚めたかの、勇者静彦よ」
いつの間にか目の前に年老いたお爺さんがいた。
一捻りで殺してしまえそうなほどの、白髪でヨボヨボの老人だった。
「誰なんですかあなたは。そんなに年老いて、もう死んだほうがいいんじゃないですか」
「何を言うておるんじゃ頭大丈夫か。まぁよい、今回はお主に頼みがあって呼び出したんじゃ」
そんな腑抜けたことを言い出した。
なんなんだこの爺さんは。初対面だよな確実に? 随分馴れ馴れしいし、それに頼みとか言ってくるのがますます怪しいな。
「僕を元の場所に返してください。普通に誘拐ですよ」
「ふむ、まぁ気持ちは分かるぞ。普通の人間であればこんな場所にいきなり連れて来られれば取り乱すのも無理はない。まずは落ち着くのじゃ」
落ち着いてるんだけどな。むしろ警戒しまくってる感じなんだけどな。
「お主を元の場所に返すことは、残念ながら無理じゃ」
「どうしてですか? そんなことを言ってると、例えば今僕があなたの首に掴みかかって縊り殺したとしても文句は言えないということになってしまいますよ」
「そう物騒なことを言うでないさっきから。お主は死亡したのじゃ、地球でな」
俺が死んだだって? 何を言ってるんだ。もう流石にこの懐の深すぎることで有名な俺でも我慢の限界だ。
「何を仰るんですか、ブチギレますよ」
「そうは言っても事実なんじゃ。お主は地球で学校からの帰り道世間を騒がす通り魔にばったり出くわし刺されて死んでしもうたのじゃ」
「は、そんなバカなことあるわけ……」
あれ……ちょっと待て、そういえば俺って最後何をしていた? 普通に地元の高校に通っていたのは覚えている。でも分かるのはその事実のみであって、昨日や一昨日何をどうしていたのかがまるで思い出せない。
「あ、れ……なんだか……記憶が……」
「ふむ、記憶が散漫になっておる様子じゃな。まぁそれも無理はない。お主は永らく眠りに付いておったんじゃからな」
「眠り……?」
「うむ。お主が死んだのは何も昨日今日の話ではない。およそ十一万四千年前に死亡しておるのじゃ」
「は? 何を言って……」
「儂ら管理者が住まう世界を天界とでも呼称するか。地球に限らず数多の星で死亡した生きとし生けるもの全ての魂は、一度天界のとある場所へと保管される。いわゆる墓場と呼ばれておる場所じゃ。そこに眠っておったお主を、儂が引き出し、肉体を付けて再構築したといった経緯じゃ」
「そ、そんなバカなこと、デタラメ言ってるんじゃないだろうなっ!」
「まぁ信じろと言うつもりはないが。結局魂はメモリのようなものじゃ。その者をその者たらしめる情報が格納されておる。よってお主はそのメモリを元に再構築されはしたが、心臓や脳を始めとする全ての肉は以前のお主のものとは異なっておるということじゃ」
マジでいきなり何言ってるんだよ……だって俺は俺だろ? そんな言い草されたら……まるで俺が上位種に自由に弄られるおもちゃの人形みたいじゃないか。
「嘘だ、嘘に決まってる!」
俺は己の正当性を確かめるため、爺さんに殴りかかった。
ヨボヨボの爺さんだ。
武器等も持っているように見えない。
因果が正しく機能しているなら、俺はこの爺さんを殺すことができる。
ビリりりっりり!!
だがそれは叶わなかった。
爺さんに触れる瞬間、爺さんの目の前にバリアのようなものが展開され、俺の拳を弾いたのだ。
「うぅ、くそ」
「まぁ透明になって『あれ、俺の攻撃が届かない!?』という感じにしても良かったのじゃが、まぁ物的にこうするのが一番わかり易いと思っての。悪気はないのじゃ、すまんの」
うぅ……信じるしか、ないのかもしれない。
そもそも変だった。
直近の記憶もそうだったが、高校での友達の存在、また親やいたはずの妹の存在もはっきりと思い出せない。顔が思い浮かばないのだ。ましてや……自分の顔がどうなっていたかすら覚束ない。
そんなことありえないことだった。
確かに自我は持っている。俺を俺と認識している。
だがそれと同時に自分が自分でないような、どこか大事なものを失ってしまっているような感覚に陥っていた。
「俺は……誰なんだ」
「ほぉ、そう悲観するでない。少し考えすぎじゃ、確かに体は全くの別物じゃし、記憶も毛虫に食われたように穴ぼこになっておるじゃろう。しかし魂はお主そのものなのじゃ。人の本質は魂そのものじゃ。お主は紛れもなくお主なのじゃから、もう少しは自信を持って良いと思うがの」
「俺は……春日野静彦……名前は覚えてる」
「そうじゃ、それは合っておる。何も記憶が改ざんされておるわけでもないのじゃ。ただ忘れてしまっただけ。これも一度死んだ者の定めじゃ、受け入れていくしかないの」
俺は自分が死んでしまったことを知った。
そんな自分のことで手一杯な俺に、今後どんな展開が待ち受けているか予想することなど、できるはずもなかった。