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3

 

 ☆

 私は可愛くない。それに気がついたのは小学生になってすぐでした。

「やーい、でかっぱな!」「がんぐろたまごちゃん!」

 新しいクラスメイトは、そういった心ない言葉を私に浴びせてきました。



 ○


 見覚えのある女の子が泣いている。何もない真っ白な空間で、のっぺらぼうの女の子数人に囲まれて、悪口雑言の限りを浴びている。そして、心から傷ついているのが伝わってくる、まさにテレパシーのように。

 遥ちゃんだ、僕の知る遥ちゃんよりも少し成長した遥ちゃんだ。


 僕はまた、無力三人称になっているようだ。遥ちゃんの剥出しの記憶の中で。


 遥ちゃんは所謂ミックスルーツだった。お母さんは生まれも育ちも日本(大和民族)だったけれど、お父さんが南アジアにルーツ持つ少数民族出身の元イギリス人で、父親譲りの褐色の肌と大きな鼻が特徴的だった。

 遥ちゃんは小学校に上がってすぐいじめに遭ったんだ。幼稚園では誰も笑わなかったそれが、自身ではどうにもならないそれが、小学校のクラスメイトからは憂さ晴らしの格好の餌食にされてしまったのだろう。なんてひどい話だ。


 ☆


 私はそれはもう家族に泣きつきました。お父さんとお兄ちゃんの胸でよく泣きました。しかし、お母さんの胸ではうまく泣ことができませんでした。お母さんはとてもきれいな人でした。私は小さいながら、お母さんと自分の容姿を比べて、黒い気持ちを抱いていたのです。……私の肌よりもずっと。


 ○


 遥ちゃんのお母さん、確かにきれいな人だった。子供ながら、なぜこの人はテレビにでないのだろうと思ったくらいだ。切れ長の涼しげな目と小さな鼻と豊かな黒髪。身長も平均より高くて、スラッとしている。かといって、遥ちゃんのお父さんもけして容姿に優れない訳ではない。彫りの深いしっかりとした顔立ちに、大きな鼻はとてもよく似合っていた。しかし、その他のパーツが母親の要素を強く受け継いでいる遥ちゃんにとって、父親譲りの大きな鼻と肌は些か不釣り合いにクラスメイトには映ったのかもしれない。まったく、勝手な話だ。お兄さんの方は遥ちゃんよりも父親の特徴を色濃く受け継いでいて、いまにして思えばむしろミックスルーツとすら――日本人の目からは――思われないような顔立ちだった。

 遥ちゃんのお父さんの身長はいまの僕と変わらないくらいだったけれど、元イギリス海兵隊員らしくがっしりとした体躯をしていた。幼稚園の友達の複数でどこか遊びにいきたいとなった時は、よく車を出してくれてそのまま面倒も見てくれた。メルセデス・ベンツのVクラスで、カーステレオから「Beetles」と「Backstreet Boys」が流れていた。


 ほとんど忘れていた記憶を、僕は鮮明に想起している。それはきっと、「ハルカ」の魔術がなせる業だ。


 ☆


 両親はもちろん、私に対する()()()を学校に抗議してくれました。抗議した直後は指導が入り収まるのですが、しばらくするとまたはじまりました。それを何度か繰り返しました。両親はついに転校も視野にいれたのですが、私と親しくしてくれる友人も少ないながらいましたから、転校は嫌だったのです。幼稚園の頃から好きだった絵を描いていれば、多少は気も紛れましたし。ですので、私も次第にいじめについて話さなくなりました。幸い目につくような傷や痣をつけられることはありませんでした。ただ、女の子のいじめはまた特殊で、加害者は「私はあんたよりも愛される存在なの」といった気持ちが透けて見える言動や行動をするのです。あるいは、それは目につく傷をつけられるよりもひどいことでした。


 ○


 それは僕にとって、まるで想像のできない世界だと感じた。いじめの被害自体は、僕はこれまで運良く免れてきたのだけれど、とりわけは遥ちゃんの感じた女の子の加害性とそのスタンスに、僕は目眩を起こしそうになった。誰かを愛することに恥を感じてしまうような立場から可及的速やかに離脱することを暗に脅迫されてきた男にとって、愛されやすいことを武器として攻撃することが可能だという事実を、脳みそ自体が拒絶しているみたいだ。

 あるいは、光希さんもそんな世界に身を置いていたのだろうか? 


 ☆


 そのいじめも、気づけば2年が経っていました。小学3年生になったばかりの春、きっとこれからもいじめは続くんだろうなと考えていた矢先、素敵な出会いがありました。1学年上の男の子が、私のいじめを目撃して止めに来てくれたのです。まるで少女漫画のような展開でした。背が高くてくりっとした目が特徴の、アイドルのような男の子でした。正義感のかたまりで、まさにディズニーの王子様のようでした。私は友達に彼のことを聞きました。名前は筒井 春美(はるみ)。この春に隣県から転校してきて、とりわけ3,4年の女の子の間で密かに噂になっていたようです。頭もよくてスポーツ万能、特に野球を嗜んでいるらしく、地元の軟式少年野球チームに途中加入しながら既に次の大会でクリーンナップを打つことが決まっているそうです。そんな彼のことを、もちろん私をいじめていた女の子たちも好意を抱いていました。当たり前です。少し歳上の目立つ男の子が気にならない女の子なんていませんから。そのお陰もあってか、私へのいじめは途端になくなりました。彼にこれ以上いじめの現場を見られたくなかったのでしょう。私から告げ口されるかもとも思ったのかもしれません。遠くから私を見てひそひそと言っているくらいです。もう気にするのも馬鹿らしいくらいでした。

 気がつくと、私()彼のことをずっと目で追っていました。それが、私の初恋だったのです。


 ○


 ヴィジョンは当初、小学1年生相当の遥ちゃんが何もない空間でのっぺらぼうに囲まれ泣いているだけの状態から、遥ちゃんが通っていたであろう小学校に場面を転換した。踊場でまたのっぺらぼうの女の子に詰められる小学3年生の遥ちゃん。そこに王子様が現れたのだ。竜巻のように激しい初恋だ。

 僕は心の底からよかったと思った。素敵な話じゃないか。映画だったらハッピーエンドが約束されるような展開だ。しかし、その恋が実らないことを、僕は既に報せされている。ただそのお陰で、僕は『レオン』の物語に出会うことができたのだ。


 ☆


 彼はその後も、私に気さくに声をかけてくれました。彼の通学路途中に私の家がありましたし、彼なりの責任を感じていたのかもしれません。あるいは、自身の信ずる善を遂行するのに、私という存在がとても都合がよかったのかもしれません(人々はそれを偽善というのでしょう)。それでも、私は嬉しかった。お父さんともお兄ちゃんとも違う、家族以外の異性から気にかけてもらえることが。もちろん、幼稚園時代にまで遡れば、仲のいい男の子も何人かいました。私に『はてしない物語』という素敵な物語を教えてくれた男の子もいました。それでも、思春期に親しくなれた男の子というのは、やはり特別なものなのです。


 ○


 突然、僕と思わしき男の子の話が出て虚を突かれた。遥ちゃんもぼんやりとかもしれないけれど、僕のことを覚えてくれていたのだ。しかし、遥ちゃんの王子様とはっきりとした線引きをされてしまったことに、ムッとした気持ちになってしまった。分かっている、ただのエゴだ。僕とその彼とでは、関わった年月もその密度も大きく違うのだから。


 ☆


 私の変化は、家族も敏感に察知していました。そして、通学路で彼と一緒にいるところも目撃されてしまいました。お父さんは父親らしい複雑そうな反応をして、お兄ちゃんはとても喜んでくれました。お母さんも概ねお兄ちゃんと同じ反応をしてくれました。ただ、私はお母さんの反応だけは素直に受け止めることができませんでした。その2日後、私と彼が下校しているところに、買い物帰りのお母さんとばったり会ってしまいました。「遥ちゃんと仲良くしてくれてありがとうね」と、彼と目線を合わせるために膝に手をついたお母さんを、彼はボーッと見つめていました。素敵な異性を認めた時のあの視線です。私はそこではじめて、お母さんに嫉妬していることをはっきりと認識したのです。


 ○


 同性の親に対する、ある種の対抗心や嫉妬。僕にも覚えがある。僕も子役時代に、父に対してすごい、敵わないと言わせたいと思うことが多々あった。父はそんな言葉を1度もくれなかったけれど。でも、それはきっと悪ではない思うんだ。進歩や成長のために必要なことなんだよ。


 ☆


 私は彼ともっと仲良くなりたいと思いました。手はじめに野球好きの彼と話題を合わせるために、テレビでプロ野球観戦をはじめました。お父さんもお兄ちゃんも野球には疎かったので最初は苦労しましたが、いまの世の中、スマホがあれば大抵のことはできるものです。野球はメジャースポーツの中でもルールが多くて複雑な部類ですが、にわかと言われないくらいには基礎知識を頭に入れることができたと思います。そして、彼に自分も野球を見はじめたことを伝えると、とても喜んでくれました。会話の幅は見るからに膨らんで、私も個人的に、彼の好きな読売ジャイアンツを応援するようになってました。

 いま思えば、そこで彼を球場観戦にでも誘えばよかったのかもしれません。しかし、私にはその勇気がありませんでした。密かに彼から誘ってくれないかなと思ったりもしましたが、誘ってくれることはありませんでした。いえ、誘ってくれなかった彼のことを、非難がましく言うのは卑怯ですね。


 野球だけではなく、音楽についても私たちは多くの話題を共有しました。JPOPにKPOPに洋楽。彼は私の勧めた「Backstreet Boys」を気に入ってくれて、彼も私にアヴリル・ラヴィーンを強く推してくれました。1歩進んで、親がカーステレオで流してくれていたという共通項を慈しみました。野球や音楽以外にも、映画やドラマやアニメも共有しました。そうやって私たちは、少なくとも友達くらいの関係にはなれたのだと思います。


 ○


 僕も、光希さんと似たやりとりをしたことを想起する。その彼にとっての野球が、光希さんにとってはバスケットボールだった。NBAやBリーグを見て勉強し、チームには所属しなかったけれど、学校の昼休みにバスケットボールを持って運動場のバスケットゴールのもとへ向かい友達とプレーした。体育で素人相手に無双できるくらいにはうまくなった。勿論バスケ部連中には歯たたなかったけれど。贔屓のチームは特に作らなかったが、選手としてはアレン・アイバーソンを尊敬している。


 音楽についても、僕の場合その共通項に係る音楽こそが「Oasis」だった。いまこの無力の三人称から飛出して、3人で改めて話題を深められたら、どれほど愉しいのだろうと思う。


 ☆


 月日が経って、彼は一足先に小学校を卒業して地元の公立中学校に上がりました。家の固定電話しか連絡先を交換していなかったので会える回数は減ってしまったけれど、その分会えた時には濃密な会話をすることができました。

 私をいじめていた女の子たちが彼の卒業を機にまた攻撃を開始するのではないか、とも考えましたが、そんなことはありませんでした。もう完全に私の存在に飽きているようでした。()()()()()()()()()、と学習した瞬間でした。

 そうやって私の小学校最後の1年も、足早に過ぎていきました。そして、少し大きな制服に身を包んで、彼と同じ中学校へ上がりました。また彼とたくさん会えて、いっぱい話せると思いました。


 ○


 遥ちゃんは小学3年生の姿から小学6年生を経て、制服(セーラー服)を着た中学1年生の姿に変わった。背丈は165センチメートルくらいになり、聡明な面持ちが印象的な女性になっていた。勿論、遥ちゃんは世間一般的には美人とは見られないのかもしれない。成長しより特徴的となった大きな鼻を、大衆は評価してくれないのかもしれない。それでも僕は、遥ちゃんが醜いなんて絶対に思わない。それは憐れみからでも、遥ちゃんの中に彼女を、サラを見いだしているからでもない。幼稚園の2年間と『レオン』の物語を通して、遥ちゃんの美しい心の色と像を、具に知っているからだ。

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