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コォンコォン
ヴィクトリオさんが食堂の扉をノックした。手首を固定して、小さな力で芯の通った心地いい音を響かせていた。
「どうぞー」
扉の向こうから彼女が応えた。
ヴィクトリオさんは丁寧に扉を開けて、先に食堂に入る。「お待たせいたしました」
僕も続いて入室する。
準備の整い次第、食堂に戻る約束になっていた。しかし、僕が衣装の着心地を確かめている合間に(ヴィクトリオさんは仕事が残っているため後で着替える)、彼女はテレパシーを用いてヴィクトリオさんに伝達してきた。
『やっぱり食堂で先に待っていたいから、しばらくそっちで時間潰しててね。また連絡するわ』
それもシナリオ通りの段取りである。僕とヴィクトリオさんは、その間を談笑して待つことにした。ベッドに横並びに腰掛けて。まさに夢の中の僕と彼みたいに。彼女が小さい頃の話を、ヴィクトリオさんは提供してくれた。僕から催促した訳ではなく、ヴィクトリオさんから能動的に語ってくれた。あくまでも、自然な会話の成行きで。
ヴィクトリオさんは8歳の頃に、マリオさんの手伝いとしてフェデリコさんの許で奉公をはじめた。当時の彼女は0歳の赤ちゃんで、ヴィクトリオさんは彼女のおしめの交換や食事の補助もしてあげた。彼女が大きくなるに連れて本を読んであげたり、言葉や文字や数の数え方に、泳ぎ方も教授した。まるで近所の歳の離れた幼馴染みのように。
よくある少女的ラブ・ストーリーにおいて、それは恋のライバルに対する戒めの意味を含むのだろう。けれど、ヴィクトリオさんの口振りから、そういった攻撃性は露聊も感じなかった。本当に家族を紹介するみたいに、ヴィクトリオさんは彼女のことを僕に教えてくれた。
ヴィクトリオさんがゲイという設定を与えられたのも、そこのある種の公平性を担保するためだったのかもしれない。
彼女は素敵な微笑みで迎入れてくれる。その左斜め後ろにソフィアさん、右斜め後ろにマリオさんがいる。にんまりと目を細めて。
「あら、とてもお似合いじゃないですか」
とんでもない、君の足許にも及ばないよ、と僕は思った。彼女はイエローのシンプルなワンピースに身を包んでいる。丈は膝下10cmほどで、より身軽になっている。垣間見得る脛はまるで巨大な琥珀のようだ。首周りとウエスト部分に今度は緑の飾り紐があって、胸許の赤い薔薇を模したブローチがとても印象的だ。彼女の内の、とりわけ聡明さを引出そうとしているように伺える。靴はお馴染みの幾何学的サンダル。そして、うっすらと化粧もしているようだ。実のところソフィアさんが遅れてやってきたのは、彼女にぴったりな化粧品を見繕うためだったのだ。普段は時間を見つければ海に泳ぎにいく彼女にとって、化粧はある意味無用の長物だ。スキンケアに関しては幾つか所持しているのだけれど、それも海水に依る肌ダメージを軽減するためである。
僕を誉めてくれた彼女自身も、何かしらの反応を期待した顔をしている。僕も素直に口を開いた。「サラさんもとてもお似合いです。まるで満月のようです」
えへ、と彼女は控えめに笑った。「ちょっと、気合いが入りすぎてしまったようですね」
僕たちのそのささやかなやりとりを、サーヴァントの3人が温かく見守ってくれている。
少しして、フェデリコさんも食堂に戻ってきた。




