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「優しくなんかないよ」と僕は言った。「臆病で意気地なしで、情けなくて、弱っているだけだ」
「……そんなことないよ。現にさっきまでの、彼を演じていた奏くんは、とても逞しくてかっこよかったよ」
「それは彼のがわを借りていたからだし、結局のところ、夢だと思ってたからだよ」そう、つまりはアナーキーだったからだ。「いまの僕を見て、それでも任せたいと思えるの?」
「思えるよ」彼女'の回答に間髪はなかった。「私は奏くんの優しさを信頼しているからね」
信頼している、なんて、軽々しく言わないでくれよ。
「さっきまで、何度もひどい言葉を、君たちに浴びせたのに?」
「それでも私は、奏くんが本物の優しさを持っているって信じてる」彼女'は尚も食下がる。
「……大体さ、優しさなんてのが何の役に立つんだよ」僕は彼女'の信じるものを吐捨てる。「『ラストアクション・ヒーロー』だってそうじゃないか。映画の悪役が現実世界にやってきた時、彼らはまず何に驚いたか。現実の世界の人々の、あまりの心の冷たさじゃないか」
彼女'は口を噤む。彼女'にだって、それは分かっていることのはずだから。
「当たり前だよなぁ。少しでも優しさや温かさを見せたら、まるでジョージ・ハリスンのいうタックスマンのように、自身を貪り尽くされてしまうんだ。――あの人も、そのようにして失われた」
光希さんの最後の出演(主演)作品こそ、その人の主催する長編映画だった(光希さんが自死する10日前に劇場公開されて、そして、自死の翌日に公開中止された)。光希さんがその人の作品に配役されたのは、それがはじめてだった(別作品での共演は何度かあった)。しかも、その人の企画・脚本・監督、さらには助演のフルコースだ。逃げ場はどこにもない。だから、光希さんもご多分に漏れず、輪を掛けて峻烈なハラスメントを受けた。しかし、それまでの被害者とは異なって、光希さんは容易には屈しなかった。デビューからずっとセクシュアル・ハラスメントを受けてきたことで、ある種の耐性もついていたのだろう。僕はそれに全く気づかなかった。いや、あるいは、気づきたくなかっただけなのかもしれない。いま思うと、それらしい伏線を幾つか思浮かべることができる。笑顔が常に魅力的で、一定以上の品質、悪しくいえば営業的に調整されていたのも、まさしくそれだったのだろう。笑顔は元来、自己防衛反応であること。僕の内で、それは仮説ではなく確信となっている。
映画の内容は所謂スパイもので、光希さん扮する架空の情報機関の女性諜報員が、日本国内で華麗に暗躍するといったストーリーだった。シナリオに奇抜さはないが、アクションやエフェクトのクオリティは十二分だった。実写とCG、本人とスタントマンの切替も絶妙だった。同ジャンルの名作のオマージュも取り入れて、親しみやすさを担保していた。そして、光希さんの役柄において、女の武器を利用し男を手玉に取るシーンが多々あった。新しい役に挑戦という尤もらしい文句に依って、光希さんは様々なことをやらされた。PG12指定の映像作品で可能な表現は総て行なわれたといっていい。某大泥棒のビジネス・パートナーを思浮かべてくれたら、俗耳に入りやすいだろう。しかし、その人はそれだけでは満足できなかった。光希さんが期待した反応をくれなかったのもあると思う。素直に自身のアクセサリーとならない光希さんに対して、苛立ちを募らせていったのだろう。そこでその人は、当初の演出を一部変更した。光希さんが篭絡する相手の陰部を衣服の上からまさぐるというシーンを追加した。勿論、それは映像には直截映らず説明もなく、画角に依ってそのように聯想させる遣口な訳だけれど、その人は実際に触るように指示した。かててくわえて、その相手が自分ときたもんだ。光希さんのマネージャーに半ば強引な撮影許可をとりつけて、何よりも最優先で実行した。うまくできないのをひどく叱責しながら、人格否定を織り交ぜて、執拗に、断乎として徹底的に。
「彼女のことは本当に気の毒だよ、けど」
「僕だって、タックスマンになっていたかもしれない」僕は彼女'の言葉を遮る。「いや、いまからでもなろうと思えば、いくらでもタックスマンになれるんだ。君たちの物語の中でなら尚更に」
「そんなことは絶対にない。私は奏くんを信じてる」
「男を簡単にに信じるな!」僕は声を荒げた。「……本当は言いたくなかったんだけどさ、僕は屋敷の湯船に浸かっていた間、君の裸体を妄想して欲情していたんだ。あのお湯はサラとの共有かもしれない。その可能性が頭に過っただけで、こびりついて離れてくれなかった。奥歯の辺りに甘い汁が溜まっていくような感触が生々しくて気色悪かった。――僕はあの日已来、性というものにひどく失望している。それ已前は、恋や性愛というものは、まるでバックスの歌うラブソングのように綺麗なものだと思っていた。でも実際は、ただ下品なだけのロックソングに過ぎなかったんだ。それを理解したのに、本能的に性に触れるものに反応してしまうことが、どうしてもある」
僕は一息ついてから、下腹部を擦る。「あの事件から暫くして、僕は自室であそこを切り取ってやろうと刃物を突立てた。でもビビってしくじった。下腹部が切れてドバッと血が出て、悲鳴で駆けつけた父に救急車を呼ばれた。7針くらい縫ってその跡がいまも残っている。それでも僕は、已前と変わりない反応を示してしまう。血は流しきれなかった。でも、もう両親の手前切り取るなんてことはできない。……あれ已来、とりわけお母さんの僕への態度がおかしくなった。よそよししくて、僕の暴力を恐れてる。それに、実際に刃を当ててみるとすごく痛くて恐ろしかったし、僕の中で性をとり除くことよりも、痛みの方が勝ってしまった。光希さんの首に刻みつけられた痣のかたちが、頭から離れないんだ。僕の縫痕なんかよりも大きく太く凶悪な縄の跡が。僕はもう、これを抱えたまま生きていかなきゃいけないんだって。だったらせめて、誰にも干渉せず、独りでひっそりと生きようなんて思ってたんだ。そんな僕が、彼の完璧な容姿とチート的能力を借受けたら、絶対に君を損なわせる。僕の中にそれを否定できるだけの材料がないんだ」
「……奏くんは、大切な時期に運悪く事故に遭っただけだよ。性欲とか性愛とか、そこまで悪いものではないよ。運用さえ間違えなければ」
「じゃあ世界で正しく運用できているやつなんてどれほどいるんだよ? 遥ちゃんだって、それを誤ったからこそこうなったんじゃないのか?」
彼女'はまた口を噤む。ああ、僕はなんて嫌な人間なんだろう。
「それに、性だけの話じゃないんだ」少しの沈黙を置いて、僕は言った。「僕の演技へのアプローチやメソードは、総てあいつに仕込まれたものだ。僕のものじゃない。たとえそれに則って遥ちゃんと君たちを救えたとして、きっと僕は納得ができない。それでもし失敗したら、僕はあいつの加害を君たちに対して再生産したことになるんだ。どちらにしろ気色が悪い。だから、僕はもう演技はしないと決めたんだ。手前勝手な言分だけどね」
「……でも、別にその人が教えたことだって、完全なオリジナルの演技法というわけではないでしょ? 教本だったり他の先達が言ってきたこと、それを継承しただけ。気にしすぎなんじゃないかな?」
「これは経路の問題なんだ。汚い表現だけど、同じ食事を取っても、誰の腸を通って排出されるかで全然違うんだよ。同じくそでも、僕にとってはね。――それにね、表現に関して僕に投掛けたあいつの言葉は、総てが客観的にみて正しいんだ。『表現は誰を救い誰を傷つけるかの選択だ』。あいつがよく僕に言い聞かせていた言葉だ。いまにしても正しい言葉だ。そして、あいつは一貫してその言葉に則った行動をしていた。1人の女優の魂を犠牲にして、何万何十万という受け手の心を癒していたんだ。……あいつのやったことは許せない。それでも、あいつの根底にある規範を僕は否定できない。それはあいつに心酔して、自分自身の表現哲学を確立してこなかった自分の所為でもある」僕は大きな溜め息をつく。「結局僕は、光希さんと同じかそれ以上に、あいつに縛られているんだ。あいつの帝国から、僕は一生逃れられない。あいつが、憎い」
「奏くん……」
「いや、あいつだけじゃない」と僕は言った。「僕は僕自身が憎い。僕だって、光希さんの優しさを食い物にしていたんだ。あの映画が公開された直後、光希さんと会って話をして感想を聞かれた時、僕はあのシーンをとり上げて「すごくきれいだった」って言ってしまったんだ。まんまとあいつの意図に嵌まって。総ては彼女も望んだ選択だと決めつけて。――光希さんは、「嬉しいわ」って応えてくれたけど、内心その時の僕にあった性的な眼差しに失望したに違いないんだ。いや、もしかすると、光希さんはずっと前から僕の中にあるそれを感じ取っていたのかもしれない。僕は巧妙に隠しているつもりだったけれど。でも、その時についに決定的になった。ああ、やっぱりこの子も同じなんだ、って思ったに違いないんだ。そして、光希さんは遺書に書いたんだ。もう限界です、って。春秋の筆法ってやつかな。僕も、光希さんを叩潰した1人なんだ」
本当の地獄は、録音のリークがあって暫く経ってからだった。当初の世間は、光希さんに味方してくれた。かわいそうだ、なんてひどい、と至極全うな言葉を並立たせてくれた。しかし、その勢いは日に日に減衰した。事件に対して正しい反応をすることで満足するマジョリティが離れていくと次第に、とりわけSNSでは、その人を擁護する意見や光希さんへの誹謗中傷で溢出した。
最近の女優は調子に乗っているって意見は尤もだ、芸能界はそもそもそういう場所じゃないか、彼の言うとおり良い作品をつくるには必要なことだったんだ、遺書の内容が総て本当とは限らない、女はいくらでも嘘をつける、彼女だってリターンをもらっていたはずだ、一方的な被害者面は不愉快だ、などと。
そして、その人が謝罪と反省、今後の活動自粛について声明を出すと、今度はその人の女性ファンが反応した。
また戻ってきてほしい、私はいつまでもあなたのファンです、これであなたの作品を観られなくなったりしたらいやだ(実際先の作品は放送・発売・配信が禁止になった)、私だったらあなたの言う通りのことを何でもしてあげられるのに、これくらいで死ぬ意味が分からない、とか、とかくたくさん。個人的に、光希さんの死に次いで驚愕したのがこれらだった。
そして、遂にはそういった意見しか残らなくなった。
業界にしてもだ。海外に拠点をもつ日本人・日系の俳優がコメントすることはあれど、ほとんどの業界人は今回の事件について沈黙を貫いた。彼女のマネージャーだった人すらも。マスコミも面白おかしく囃立てただけで、旬が過ぎるとそそくさと次のネタへ移ってしまった。
司法でさえ、僕の気持ちに応えてはくれなかった。陰部をまさぐらせるという演出が強制わいせつに当たると書類送検されたけれど、結果は不起訴。映像としての証拠は一切なく、そもそも指示されたというのは彼女の遺書だけで書かれていたことであり、その人は否定したからだ。あくまで触っているように見える演技をしろと言っただけだし、それだとうまくできないからとあっちから実際に触れてきたのだと。むしろ、それを我慢したのはこちら側なのだと。まぁ、その前段階の指導に、熱が入りすぎたのは否めないが、なんて。それらを覆す第三者の証言も得られなかった。次いで、民事訴訟に移るかと思われたが、早々に示談というかたちで落着してしまった。恐らくは、その人の顧問弁護士に遺族が何かしら吹込まれたのだ。これ以上は光希さんの名誉をただただ損なわせるだけの結果にしかなりませんよ、といったことを。
そのようにして現在、光希さんについて語られることはなくなった。覚える者は――僕も含めて――一様に口を閉ざし、忘れた者や知らない者のなかに光希さんが思描かれることは金輪際ない。そして、後者の人々の割合が日に日に増していくのは自明だ。やがて、悉く後者になる。光希さんは1度だけじゃない。2度、3度、それ以上と殺されるのだ(あるいは、彼女'たちの畏れる未来よりも、それは地獄的なのかも知れない)。
その人も一線からは姿を消したものの、いまでは名前を変えて活動を再開している。一線にもいつ戻ってくるか分からない。その際にも、光希さんのことは徹底的に透明化されるのだろう。歴史は修正される、男の都合のいいように。
そう、成功と快楽を生み出す男は、何をしても最終的に皆が守ってくれる。守りたがる、蜜に群がる蟻のように。そして、その男のアクセサリーを演じることを拒絶した女性は、殺される。それこそが、資本主義というシステムなのだ。強者と弱者のリレーションシップなのだ。
「僕はあいつと僕、そして、光希さんを寄って集って食い物にして殺した奴ら、そのシステム、総てが憎い。人を傷つけたもの勝ち、最後には傷つけられた側が許しや我慢を強要される仕組みが憎い。中立にいる素振りをして、実のところ加害者側に寄ってものを言う部外者が憎い。子供に直截は見せられないくらいに都合の悪いものを扱っていると理解しているくせに、それでも隠し続けようとする大人が憎い。力や立場を利用して相手を支配しようとする男が憎い。痛みに耐えながら助けを求める同姓を蹴散らして、自ら強い男の、システムの奴隷になることを望む女が憎い。その総てを蹴散らしてやりたい。ぶちのめしたい。滅ぼしてやりたい。まさに巨大隕石のように、近くにいるやつらを一瞬で蒸発させて、遠くにいるやつらも光と熱を奪って完全に凍てつかせてやる。刹那と延々を掌握して、毛髪1本すらもこの世には残さない」
僕はここまで息継ぎもせずに捲立てると、大きく息を切らした。喉の奥が切りつけられたように痛い。
「――っはっは、まるで魔王じゃな゛いかぁ。僕の言っでいることは」僕は息を整えてから言った。それでも、どうしようのない歪みやノイズが含まれてしまう。まるで土砂降りの大通りのように。「……だからざ、こんな思いを抱いている人間が英雄になってはい゛けないんだ。性欲をうまぐ運用できず、おまけに絶滅衝動まで抱いでるよ゛うな人間が、主人公になってはいげないんだ。僕はいまのままでいだいんだ。ただの地味なNPCでいたい゛んだ。だから勘弁じてくれよ。お願いだよ、もう誰も傷つけたくないんだよ……」
目頭もまた火傷したみたいに熱くなって、その一端が溢れて頬を伝う。一度流れてしまうと、もう止処なく流落ちていく。1つ1つが大粒で、確かな質量を感じる。その熱さと重さが、宛らアマゾン川水系の如きカオスを僕の頬と口許に形成する。こんな涙を流すのは久方ぶりだ。本当に、あの時以来だ。
痛みを堪えて、うっすらと開かれた眼から見える世界に、彼女'たちの姿はない。自室を模した空間も消失している。僕の眼前は、ただただ掻毟るように無数の絵の具を塗りたくるキャンバスのような様相を呈している。宛ら巨大な渦で掻回される海中のようだ。いや、まるで怪獣の胃袋の中みたいだ。白や銀の鈍い反映は粘膜から飛び出た回転する無数の刃で、震えは不規則な収縮運動。赤黒い胃壁がだんだんと縮むように迫ってきて、遂には噎返るような青い臭いまでしてきた。……胃袋か。もういっそ、その溶解液で溶かし尽くして欲しい。僕を、世界を、総てを。喜びも悲しみも、痛みも傷も、記憶も実存も、救いも、赦しも、何もかも。
ふと、頭頂部にささやかな圧力を感じた。柔らかい中に芯がある。そして、どこか懐かしい感触。――人の手だ。指を揃えず、僅かに開かれた優しいかたち。それがもぞもぞと、犬の頭をわしわしとするように撫でてくれる。
僕は右掌で涙を拭ってから見上げた。
彼女'が、充血し潤んだ目をたたえながらも、にっこりと微笑んでいた。それはまさに彼女の、サラの笑顔に他ならなかった。しかし、僕はそこに、光希さんの笑顔も重ねてしまった。僕と出会ったばかりの頃によく見せてくれた、天上から注がれる慈しみの笑み。こちらの在り方を見返りもなしに承認してくれる真心の表れ。守られている安心感。永遠に失われたと思ったそれが、いま目の前に、手を伸ばせば触れられるところにあるのだ。
彼女'は言った。「ごめんね。本当は抱き締めてあげたいんだけど、いまのあなたには強すぎると思ったから」
ああ、なんて的確な言葉をくれるんだろう。哀しみと痛みが、すーっと癒えていく。まるで魔法を掛けられたみたいに。
彼女'は続ける。「奏くん、君の言ったことは正しいよ。現実の優しさなんて、常に踏み躙られ続けるものなのかもしれない。憎まれっ子世に憚るというように、正しさなんて最後に敗れてしまうものなのかもしれない。でも、だからこそ、私たち物語がある。みんながひた隠しにしている優しさの報われる場所として。だから安心して。そこでは君を食い物にしたりする奴はいない。そのように見えるものも、総てはメタファーであり伏線なんだよ。本当の敵なんてどこにもいない。作者がその気になれば、総てが救われるのが物語なんだ。だから大丈夫だよ。君はそこで、暴虐の獅子にも、魔王にもならない。これまでの多くの創り手がそうしてきたように、救われる。物語を創るってそういうことだから。物語を創るということは、誰かの優しさや正しさが報われる場所をつくってあげること。そして、その最大の益者は、創り手自身なんだ。私たちは「ハルカ」だけじゃなく、奏くんにも創り手になってもらいたい。そうすれば、君の痛みも苦しみも、まるで線香を点して祈りを捧げるように、救われる。総てをメタファーと伏線に変換できるんだよ」
彼女'は僕に、遥ちゃんと同じステージに立つことを希んでいる。これまで他者の創作を台にして表現することしかしなかった僕に。でもそれは同時に、あいつと同じ創作をすることでもある。
「奏くんの言う通り、その人の表現論は基本的に正しい。『表現は誰に刃を向けて、誰を背中にして立つかの選択なんだよ』。でも、だからこそ、奏くんは私たちの前に立って、「ハルカ」をとり巻く闇をその刃で晴らして欲しいの」
「――でも、やっぱり僕には自信がないよ」僕は弱々しく言った。「遥ちゃんも救われて、自分も救われるような道を見つけ出すなんて器用なこと、僕にできる訳がないよ」
僕は生まれたての赤子のように震えている。けれど、その震えは、温め返してくれる存在が側にあることを知っている。呑込まれるかもしれない、なんて露も考えなくていい。もたれ掛かるように、能動的に甘える。いまの僕に、必要な手続きだ。
彼女は言った。「大丈夫だよ、奏くんがしたいようにしたらいい。私から見ても「ハルカ」と奏くんは似てるから、絶対に間違いないわ。それに、「ハルカ」が想定と違ったものになったとしても、それはより進化したものになっているとも思うわ。レノン=マッカートニーのように。いや、ジョンとヨーコのようにかな」
「……どちらにせよ、畏れ多い表現だね」
「そんなことはないよ。2人とも才能に溢れてる。きっと豊かな永遠を生きられる作品にしてくれるって信じてる。それに、そのために必要なヒントは、あの剣が教えてくれるよ」
「――分かったよ……」僕はやっと応えることができた。「確約はできないけれど、僕なりに頑張ってみるよ」
「うん、それでいいんだよ。ありがとう」
彼女は目許にも素敵な皺をつくった。すると、彼もまた僕の右隣に腰掛けて、背中をぽんぽんと叩いてくれた。




