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「これは先ほどの通信で知ったことなのですが、どうやら大陸へ渡る直前の海岸近くで、魔王軍の精鋭と勇者部隊の衝突があったようなのです」とフェデリコさんは言った。「大きな魔力の爆発が観測されて、勇者の付き人との連絡が途絶えたそうです。勇者たちは人間の探知の魔法では分からないほどに魔力を抑えていたそうですが、どうも魔王軍のそれは遥かに高精度だったようですね。直ちに捜索隊を送って勇者らしき1人は回収できたのですが、未だ意識が戻らないほどの重体で、他4人と付き人の生死は不明という状況だったそうです」

「――そんなことになっていたのね」と彼女が呟いた。

 彼女は父の書斎に赴くまで、魔王の復活とその討伐隊が組織されているなんて知る由しもなかった。そして、フェデリコさんの通信は彼女を食堂に向かわせた後に行われたため、その討伐隊が戦闘に依り壊滅状態であることはいまはじめて聞かされたのだ。

「サラも黙っていてすまなかった。魔王の封印とは謂わば正反対の位置にあるこの島国で、すぐに何らかの関わりが生まれるなんて思ってもみなかったんだ。それに、可能な限り他言しないように言われていたし、何よりサラを心配させたくなかったんだ」

 創作の教本に悪例として提供したくなるほどの説明台詞だと、僕はつい思ってしまった。しかし、魔王の本拠地と遠く離れたはじまりの地という舞台の明示は、僕の心を弥が上にもわくわくさせてくれる。物語の均衡を常に量りながら、時にはマイナスに手を伸ばす勇気も肝腎だ。創り手の取捨選択の跡を辿ること、それが僕の嗜好するところであるのは繰返し述べさせて頂く。

「お父さんは間違ってないわ」と彼女は答えた。「私がお父さんの立場でも同じことをしたと思う」

「そういってもらえると有り難いよ」とフェデリコさんは応えた。そして、再び僕を見た。「……アルくんもおおよその見当がついてると思いますが、つまりはその戦闘で、魔王軍の誰かが君の記憶と魔法を奪った、もしくは封じてしまったわけです。それは君だけかもしれないし、あるいは5ないし6人全員がその状態にあるのかもしれない」

「でもお父さん、それって実際に可能なことなの?」彼女は沸上がる不安を、とにかく疑問に変換する。「フィクションでは結構見聞きする話だけど、実際は途方もなく高度なプログラムが必要なはずよね」

「うむ。この500年で、人類の扱える魔法もかなりの進歩を遂げてきた。それでも、魔族の魔法体系は我々を遥かに超越するものなんだろうね。それゆえに魔力のみでなく、純粋な戦闘力でも秀でた者が勇者として選ばれた訳だからね。……記憶や魔法を奪うことなど、彼らからしたら造作もないことなのかもしれない」とフェデリコさんは答えた。「しかし、それはアルくん個人としてみれば、不幸中の幸いであるのかもしれません」

「と、言いますと」僕は委細な説明を求める。

「彼らが君たちを強襲したのは、もちろん君たちに驚異を感じたからでしょう。言ってみれば、それは一定の防衛を見せなければならないくらいの力を君たちが保持していたからに他ありません。そんな彼らが記憶や魔法を奪う術がなければ、それはもう殺すしか手はないわけです。5人全員をきっと、毛髪1本すら残さないほどに消滅させていてもおかしくない。とすると、少なくとも2人の生存が現時点で確認できているのは行幸です。彼らにとって、反抗する力さえなければわざわざ殺す必要もない。つまり、いまのアルくんを草の根を分けて探してでも殺しに来ることはないということです。ひとまずは安心ということですね」

 フェデリコさんはまたワインで喉を潤す。

「しかし、国家全体としては最悪の事態です。もう1度別の勇者部隊を組織し派遣するのか、それとも大軍隊で攻勢をかけるのか。もしかしたら大陸のどこかでいままさに、各国の勇者部隊が襲撃を受けているのかもしれません。どちらにせよ、戦線は拡大し、人類対魔族の総力戦が再び勃発することになるでしょう。いままでのような暮らしは、永遠に失われてしまうかもしれない」

「そんな…………僕のせいで」僕は俯いた。

「アルさんのせいじゃないですよ」

 彼女がすかさずに言ってくれた。日頃の彼女らしい微笑みを浮かべようとしている――のが分かる――けれど、表情がいやにこわばっていて不自然だ。顔の各パーツの端々が、バラバラに遁走しようとしているみたいだ。物語の肝腎な流れとはいえ、このような顔をさせてしまうのは実に忍びない。

「サラの言うとおりです」とフェデリコさんは言った。「アルくんのせいではありません。魔王軍の現在の戦力を見誤った中央の指揮官が悪いのです。戦闘の責任はその指揮官が取らなければならない。それができない指揮官など失格です。ですから、そんなに気に病まないで欲しいです」 

 フェデリコさんは1つ咳払いをして続ける。「それに、言い方が悪くなってしまいますが、ここまでの事態になってしまったら君たちがどれだけ心悩ましてもしようのないことです。私はこれから、アルくんのことでまたいくつか中央とやりとりしたり、要請があれば出頭して策を練ったり、陣頭指揮を取って魔王軍と直に戦闘にあたることになるでしょう。しかし、それこそが当然なのです。これは本来大人の領分なんです。2人のような若者に背負わせるものではない。後は我々に任せて欲しい。一切心配しなくていい、とは流石に言えませんが、明日もふつうに、大切に過ごして欲しいです」

 彼女は父親の、慈愛と知性と精強で充溢した発言を受けて、改めて尊敬の念を抱いた。僕も実際に目の当たりにして、眼球の裡面にじんわりと熱が帯びるほどに感動した。

 彼女は想像する。本来ならば、父親よりもまず彼が中央に引っ張り出されるだろう。そして、彼の身体は憐れな奇形生物のように隅々まで調べられて、彼の記憶や魔法を封じた魔法について解明しようとするだろう。そこから事態を解決する糸口を掴もうとするはずだ。もしかすると、運よくもとの記憶や魔法が回復するかもしれない。しかし、それにあたって彼の無事は保証されないだろう。中央にそこまでの冷静さが残っているとは思えない。父親は能う限りそこから遠ざけようと動いている。私の父親はそういう傑人なのだ。

 それにしても、10代後半を大人と扱わないところは実に現代的価値観だな、と僕は思った。

「――わかったわ、お父さん」と彼女は応えた。「アルさん、明日はさっきも言ったように町へ行きましょう。美味しいベーカリーの他にも素敵なところがたくさんあるんです。もっと私たちのこと、私たちの住む土地について知って欲しいんです」

 彼女も僕の空白を、少しでも温かいもので埋めようとしてくれている。それがベニーニ家の精神であると示すように。僕は僕個人として、そこに100パーセント以上報いないといけない。彼女らの器から溢出て、尚且つ器自体を浸してしまうほどのものを、僕は返さないといけない。それこそが、紛うことなき主人公の核心なのだから。



 僕は、改めて決意する。

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