3.悟りは前世の記憶でした
アル兄様と仲良くなってしばらく経った。アル兄様は前よりも随分私に積極的に話がてくるようになった。
あまりの推しの強さに最近困っているくらいだ。仲が悪いよりはいいと思うが、グイグイ来られるとどうしてもツンが出てしまい冷たくしてしまうことが多い。
けれどアル兄様はそんな冷たい私の態度すらも愛おしそうな目で見つめるのだから、本当に不思議な人だ。
ほとんど誰も喋らなかった家族四人の食事の時間は退屈なものだった。けれど、私とアル兄様の間に会話が生まれたことで前よりも食事の時間が楽しみだ。
私とアル兄様が並んで座り、少し向こう側にもう一人の兄であるジルトアお兄様が座る。そして私達とは一番遠い席にお父様が座る。
これが最近のスパージアン家が食事をとる時の定位置だ。前までは四人それぞれ等間隔に離れた席に座っていたのに。
「ペル、口にスープがついているよ」
「…っ!自分で拭けます」
「はは、そうか。怒ったペルも可愛いね」
アル兄様は昔のようによく喋り、よく笑うようになった。ふと私はちょうど向かい側にある目の前の席を見た。そこには誰も座っていないのに、一人分の食事が置かれている。
「どうした、ペルシア」
黙りこくって食事をしていたお父様が初めて口を開いた、私を見るその目には明らかに刺がある。
「いえ、なにもありません」
誰も食べない食事に不満があると思われたのかもしれない。これはお父様が用意させているものだから。
目の前の席はお母様の特等席だった。お母様はこの席を誰にも座らせなかった。けれど、私は一度だけ座らせてもらったことがある。
「ペルシアおいで。座ってごらん」
「いいの?すわるすわる!」
「あなた達の顔と家のなかの光景が、ここからは全部見えるの。だからこの席私のいちばんのお気に入り。つい独り占めしちゃうのよね」
そうやってこっそり私だけに教えてくれた。
「二人だけの秘密よ」
と言って茶目っ気たっぷりにウインクするのも忘れない。その表情はアル兄様とそっくりだった。
優しい母が、家族みんな大好きだった。私達だってどこの国にもあるような暖かい家庭を築いていたのだ。
けれどお母様が亡くなってしまったあの日から、変わってしまったのだ。会話も事務的なものだけの、冷たい家族になってしまった。
お父様は、まだお母様のことを忘れられないでいる。いやお父様だけではない。子供三人も、それは同じだった。
私のツンデレは生まれつきだったけれど、今のように酷くは無かった。無意識ではあるものの、ツンが強くなったのはきっとお母様が亡くなってしまったショックによる影響もおおきいのかもしれない。
「うっ…」
急に鋭い痛みに襲われ、手に持っていたスプーンが音を立てて落ちていく。そのまま、意識が深いところまで落ちていくような感覚。遠くでアル兄様が私を呼ぶ声が聞こえた気がした。
ふわふわと白い霧に囲まれながら、懐かしい暮らしを見た。
風呂上がりの女が部屋で一人、画面に向かってぼそぼそ呟いてる。
「このペルシアとかいう悪役令嬢、どこのルート選んでも出てくるし、ほんとムカつくわ〜」
(なに言ってんのよ!私だって悪役令嬢なんかにはなりたくないわ!)
「キャー!ルルル兄弟かっこいい!正規攻略対象の第一王子ももちろんいいんだけど、やっぱ私は兄弟推しだわ〜」
女がプレイしているのは『ガクコイ♡〜パニザール王立学園〜』という乙女ゲーム。
「ガクコイは全シリーズすきだけど、やっぱパニザールはイチオシ。あーあ、パニザールの世界に転生したい。今転生モノ流行ってるし、私も転生したいよ〜!」
『ガクコイ』は〝貴女に学園で素敵な恋を〟というテーマの乙女ゲームだ。本来は最初の一作のみの予定だったが、あまりの好評具合に続作が出たり、恋の舞台を変えて新章を制作したりとガクコイシリーズとして定着している。
「ま、所詮フィクションだしね。さ、明日も仕事だしそろそろ寝るか〜」
そう言って電気を消そうとした時、下に積んである大量の漫画に足を滑らせ、女はテーブルの角に頭をぶつけてしまった。それと同時にペルシアの視界もだんだんと歪み始める。
(これ、私の前世ね……)
気づいた時には自分のベッドで寝ていた。外はまだ暗くて、アル兄様と仲良くなろうとして失敗してしまった日を思い出す。
けれどその日のようにペルシアは落ち込んでたりはしなかった。ペルシアは随分とハッキリした口調で言った。
「何もかも思い出したわ。私の前世も、この世界のシナリオも」
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