2.才能ナシのお兄様
コンコンコン。多くの使用人がやるように規則的に扉を叩くと、中からソプラノボイスが応えた。
「入れ」
ゆっくり開けて入ると、こちらには目をくれず必死に机に向かう男の子がいた。いっこうに目が合わず、こちらから声をかける。
「アルヴァお兄様」
「ペルシア」
やっと顔を上げた兄は、大きな目を更に大きくしてこちらを見つめた。しかしそんな驚きの表情よりも、幼い顔にははっきりと疲れがでている。
(作戦中断、今は休ませてあげることが優先ね。)
少し頭を下げて考えたあと、心でそっと呟いてお兄様に向き直した。お兄様はこちらを見て、私が喋り出すのをずっと待ってくださっている。
「今はお忙しいようですので、また後で来ます」
その言葉に少し考え込むような素振りを見せたあと、アルヴァお兄様は疲れを隠すような笑顔を貼り付けて言った。
「お前がここに来るなんて何か急ぎの用があるのではないのか?」
お兄様は机の上の書類を片付けて、優しそうな笑みを浮かべながら続ける。
「遠慮はしなくていい。今、話しを聞こう」
ただ一緒に過ごしたかっただけなのに、お兄様に勘違いされてしまった。
今まで兄と必要以上に関わろうとはしてこなかった自分が悪いのはわかっている。けれど恥ずかしいのと悔しいのが渦巻いて、自分でもうまく気持ちが整理出来ない。なぜだか視界がぼやけてきたので、慌てて背を向けた。
「…別に。ただ、私はアルヴァお兄様とお茶しに来ただけでしたのに」
それだけ言い捨てて、兄の部屋から走り去る。何人かの使用人とすれ違って、泣いているところを見られた恥ずかしさでまた涙が込み上げてくる。
やっと自分の部屋に戻ってきてから、大声をあげて泣いた。久しぶりにこうやって泣いた気がした。
気がつくといつの間にかベッドで横になっていた。泣き疲れ
て寝てしまっていたのを、侍女が運んでくれたのだろう。
アルヴァの部屋に行ったのはお昼だったのに、もう外は暗くなっている。時計を見れば、夕食の時間はとっくに過ぎてしまっていた。
「…第一作戦は失敗ね」
本当ならばいつもは言えないけれどアルヴァに対して心に思っている事を、素直に伝えようとしたのだった。
これがツンデレキャラなのか。思ったよりも自分の性格を変えるのは手強い。けれど、結果はこの有り様だ。
皆が寝静まった屋敷でそっとため息をついていると、小さく部屋のドアが叩かれた。
(こんな遅くに…誰かしら?)
寝ていると思ったのか、今度は先程よりも控えめにノックされた。
「…どうぞ」
とりあえず返事をしてみると、ゆっくり扉が開いて幼い少年がひょっこり顔を出す。
「アルヴァお兄様!?」
「シー、みんなもう寝てしまっているからね」
思いがけない人の来訪に驚いて大きな声が出てしまうと、アルヴァはいたずらっ子のように笑って人差し指を立てた。
とりあえず寝ていて乱れた服を直して、アルヴァと二人向かい合って座った。
「ごめんね、起こしちゃったかな」
「さっきちょうど起きたところでしたから大丈夫です」
しばらくの間、二人に沈黙が流れた。なんだかいたたまれないこの空気を破ったのは、お兄様のほうだった。
「昼間はごめんね」
「…別に」
やはり昼のあのことを言われると覚悟はしていたけれど、やはり実際に面と向かって言われると気まずい以外のなにものでもない。自然と顔が下を向く。
そんなペルシアの様子を汲み取るように、アルヴァは目尻を下げて優しく笑った。
「ペルシア、僕とお喋りしてくれないかい?」
思わぬ提案に思い切り顔をあげて、アルヴァを見る。ペルシアの顔を上げる勢いがあまりに強く、そんなペルシアを見て少し笑みをこぼして続けた。
「ペルシアとお喋りなんてする機会は取れていなかったからね。ごめんね」
「いえ、大丈夫です」
(今が第一作戦を決行するチャンスね。お兄様は…私が喋り出すのをずっと待ってくれているし。)
覚悟を決めて思い切り息を吸って、吐き出すように言葉を連ねる。
「その……お兄様は、いつも大変そうにしていらっしゃいますよね」
「そうだね。長男でスパージアン領主を継がなければならないのに、僕には魔法の才能がないからね。……人一倍頑張らなくちゃいけないんだよ」
最後は少し言葉のトーンを下げたお兄様に負けじと言い返す。
「あの、でも……少し、お休みしても……いいんじゃないかな、って……」
「ペルシア…」
(まだだ。まだ足りない。あともう一歩、踏み出さないと……)
「……それに、本当は……もっと、お兄様達と遊んだりしたい……です ……!」
アルヴァは妹の言葉に相当驚いたのか、昼間にペルシアが部屋を訪ねた時のように大きく目を見開いた。
「わかった。教えてくれてありがとう。ペルシア、もっと言いたいことがあるならお兄様に聞かせて欲しいな」
「……アルヴァお兄様は、気張りすぎです」
一度覚悟を決めて素直に言ってみると、意外と言葉がすらすらと自然にでてくる。
「魔法が使えないことを気にしているようですが、魔法が使えなくたって、お兄様には良いところが沢山あると思うんです。頭の回転は誰よりも素早くて、計算だって早いし、この歳でお父様の手伝いをされていらっしゃいます」
自信をなくしてしまったこの人に、胸を張って自分を誇れるようになってほしい。ずっと思っていたことだった。そのために、的確な言葉を選んで渡してあげたい。
「きっとお兄様には領地経営の才能があると思うんです!そんな素敵な才能を持っているアルヴァお兄様に、魔法が使えないと嘆く必要なんてありません…!」
自信満々に胸を張って言ってみた。けれどアルヴァからの返事はないし、なんならうつむいてしまっている。
とにかく喋ることに夢中で、アルヴァの表情を確認する暇が無かったのだが、逆効果だったらどうしようか……。
「あ、あの……お兄様?」
「ありがとう。ありがとう、ペルシア」
アルヴァは隣までやってきて、思い切りペルシアを抱きしめた。その時のお兄様の声は微かに震えていて、目元は潤んでいるように見えた。
「驚いたな。ペルシア……いや、ペルが僕にそんなことを思ってれているなんてね」
久しぶりにお兄様が愛称で呼んでくれた。
(作戦成功……なのかしら?)
「ねえ、ペルも僕をアルと呼んでくれないかな」
急にグイグイくるお兄様に押し黙る。あんなに素直に褒め言葉を口にして、もうキャパオーバーなのだ。
「……」
「少し早すぎたかな。いつかは呼んでもらうからね」
アルヴァは妹の本来の性格をよく理解しているので、急に無口になった妹の様子を察したようだった。
「じゃあ、僕は戻るよ。おやすみ、ペル」
(このままじゃ……前のように逆戻りになっちゃうかもしれない!!)
焦りと不安で咄嗟に部屋から出ていこうとしているアルヴァの服を掴んだ。
「……」
「どうしたんだい? ペルが離してくれなきゃ僕は戻れないよ」
(言わなくちゃ。言うのよ、ペルシア……!)
「今日は、ここで一緒に眠りませんか…………アル兄様」
ペルシアの顔がみるみる紅くなっていく。自分でも顔に熱が集まっていくのを感じていた。
ペルシアの貴重な最大級のデレだ。それをくらったアルヴァが正気でいられるわけがなかった。
「こんなに近くにいたのに、この天使の可愛さにどうして今まで気づかなかったんだろう」
こちらを見つめたまま、お兄様がボソッと呟いたけれどなにを言ってるか聞き取れなかった。
「…… なにか言いましたか?」
「なにも言っていないよ。天使のお願いとあらば、なんだって聞いてあげるさ」
そう言ってアルヴァはお姫様抱っこでペルシアをベッドまで運んだ。そのアルヴァの腕の中であまりの恥ずかしさに、ペルシアが大暴れしたのは言うまでもない。
一方のアルヴァは妹のあまりの可愛さに倒れそうになっていた。
翌朝、目を覚ますと隣ですやすや眠るアルヴァの顔を見て、ペルシアは聖女のように微笑んだ。
(なんとか第一作戦成功……ね)
成功どころか大成功すらも通り越して、一人のシスコンをこの世に生み出してしまったということを、ペルシアはまだ知らない。
ペルシア・スパージアンの〝スパージアン〟は、某スーパー○ライからきています。〝ジアン〟がどこから来たかは、私にもわかりません……。
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