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君は私で鏡越し

作者: waka

この小説はサッと目を通すように読むと、作者の表現の甘さを自分のイメージで上書き出来るのでオススメです。


ほら、急いで急いで!

 私は私が嫌いだ。

 生まれた時から体が弱く、入退院を繰り返す生活をしていた。

 ろくに学校にも通えないまま年月が過ぎていき、気がつけば、過ごしてない中学生活も2回目の夏休みが近づいてきていた。


「ははっ、私何か悪いことしたっけ?」


 鏡宮(かがみや)(つかさ)は病院のベッドの上でそう呟く。

 口元には酸素マスク、腕には点滴を付けており、自由に身動きが取れない状態を強いられている。

 もし、私の身体が元気であったなら、学校で友達と何でも無いこで笑ったり、やりたい部活に入って大会に出たり、みんなでカラオケに行ってはしゃいだりして、良い事も悪い事ももっと沢山ある日々を過ごせてたはずなのにな。

 そう思っていても、現実は思った通りにいかない。

 筋肉も脂肪も余りついていないこの細い体は、とても健康とは呼ばない代物だった。

 特に嫌いなのは、血の気のない青白い肌に、輝きを失った力のない目が付いている顔だ。

 ベッドの横に置かれている台から、手鏡を取って自分の顔を見る。


「えっ!?」


 鏡の向こうには、勿論自分が映っていた。しかし、映った自分は自分の部屋に居る。

 顔は少し焼けていて活気に満ちた肌に、大きく開いた目をしていて、私とは対照的な私がそこには存在していた。

 向こうの私も私に気付いたようで、大きい目を更に広げて驚いていた。

 何が起こっているのか分からないが、とりあえず話しかける。


「え〜っと、あなたは私ですか?」


 なんて違和感のある文章だろうか、口の中がムズムズする。しかし、それを堪えながら放った言葉は相手には伝わっていないようで、何を言っているんだろうかと首を傾げていた。

 まあ、ただの鏡にマイクやスピーカーの機能が付いてないのは当たり前のことなので、妥当な反応だろう。

 だとしても、何とか情報を交換したいので、筆談をする事にした。

 手鏡をベッドに付いている机に、筆箱で立てかけるように置き、ノートとシャーペンを取り出し、自己紹介と質問を書いた。

 相手に見えるように、顔の近くまでノートを持っていく。

 

 私は鏡宮司です。

 あなたの名前は何ですか?


 ちゃんと内容が伝わったらしく、相手も手にペンを持ってせかせかと何かを書き始めた。

 

 私も鏡宮司です。

 これって何が起こってるんですかね?

 

 鏡越しの文字は反転しておらず、普通に読むことができた。

 やはり、私と鏡越しの私は同一人物であった。しかし、向こうの私は、病弱な私とは逆でとても元気そうである。

 私たちはどうせ解明しないであろうこの現象の原因について意見を交わし合った。


 別世界の私が鏡を通して見えるようになってるんだと思うよ


 でも、鏡って光を反射することしか出来ないでしょ?


 じゃあ、あなたの鏡が何か特別なやつなのでは?


 この鏡は昔から使ってる奴で、そこら辺で買える奴だよ


 私のも同じくそこらで買った奴だから、関係ないか……


 結局、原理は分からずじまいだった。

 そんなことは最初からわかっていたため、気を落とすことは無かった。

 暇な病室でせっかく不思議な事が起こってるんだから、色々聞いてみるか。


 あなたはどんな生活してるの?

 私は病弱だから学校にもほとんど行けてないんだけど

 あなたはとっても元気そうだよね?


 平日は学校で授業をウトウトしながら聞いて

 放課後は部活のテニスを暗くなるまでやってるよ

 土日はほとんど部活だけど

 休みになった時は友達と遊びに行ったり

 一日中家でゴロゴロしてたりするかな


 私にとっては、嫉妬してしまうほどの理想的な生活である。

 いいなぁそっちの私、などと感じながら筆談を続けた。

 流石は私と言ったところだろうか、話が合う事この上ない。私のオススメする歌や漫画は向こうの私の好みに刺さっていたし、その逆もまた然りだった。

 消灯時間までとくになんでも無い事を話し合い、明日また会うことを約束して、その日は解散した。

 今日は久しぶりに楽しい時間を過ごすことが出来た。




 次の日も約束通り鏡越しの自分と会った。

 向こうの私には学校と部活があるため、夜の8時から私の病院の消灯時間の9時までの、1時間程しか会えない。

 今日は一緒にテスト勉強をする予定だ。

 まだテスト週間前らしいのだが、向こうの私は早くから対策しておきたいらしい。

 その理由は、テストの点が悪いと大会に出させてもらえなくなるからだ。

 特に酷い点を取っている訳では無いとのことだが、万が一の事に備えて準備しておきたいようだ。

 勉強にはそこそこ自信がある。何故なら、病室では勉強ぐらいしかする事が無いからだ。

 私は向こうの私より勉強ができるようなので、教えてくれないかと頼まれたのだった。


 この問題の式の立て方が分からないんだけど………

 

 それは大人と子供の料金をxとyとおいてから

 連立方程式を使えば解けるよ


 この日本文の英訳はこれで合ってる?


 これは疑問文だからyouの後じゃなくて

 How longの後にareを入れないとダメだよ


 そんなこんなしているうちに1時間が経過し、お別れの時間になった。

 勉強をしているときは、特に早く時間が進む。

 期末テストが終わるまではこのような感じで進めていく。

 テスト週間に入ってからは部活も休みになるため、より一層勉強に励んでいた。

 

 明日からいよいよテストだね

 テスト週間も頑張ってたし

 なんとかなるよ


 いつも教えてくれてありがとね

 明日のテスト頑張ってくるよ


 自分がテストを受ける訳でも無いのだが、不安と緊張で少し眠りに就くのが遅かった。




 期末テストが終わって、テスト返しが始まった。

 テストの点数は国、数、理、社、英の5教科が全部揃った後に、同時に見せてくれと頼んであるので、まだ何点取っているのか分からない。しかし、向こうの私の顔を見る限り心配はいらなさそうだ。

 今回は副教科のテストもあったが、そっちは1人でなんとかしているだろう。

 一時的に勉強から解放された私達は、また何気ない話をしながらその時を待った。




 遂に、結果発表の日がやってきた。

 大丈夫そうではあるが、安心するのはちゃんと点数を見てからだ。

 今、向こうの私はテスト用紙を5枚を扇状に広げて私に見えないように持って、ウズウズしている。

 私がオッケーの合図を出すと、下から勢いよくテストが飛び出して来た。

 結果は……。

 1番低い点数で68点、力を入れていた数学と英語は80点を超えていた。

 私が良く出来てるよ、とジェスチャーで伝えると、やっと緊張がほぐれたのか笑顔を見せてくれた。

 向こうの私はいつもは60点前後の点数を取っているが、1度だけ20点を取ってしまった事があるらしい。

 出来ると思ってサボった結果そうなってしまったため、大会出場が関わっている今回はいつも以上に頑張ったのだろう。


 これで夏休みの大会にも出場できるようになった?


 うん!

 お陰様で無事に目標達成できたよ!

 本当にありがとう!


 互いの文章を読み合った後、笑顔に交わした。

 そこからはテスト中に起こった事や凡ミス、珍回答などを教えてもらい、笑い過ぎて次の日は腹筋が筋肉痛になっていた。




 夏休みを迎えた。

 相変わらず私は病室で生活している。だけど、最近は何故かちょっと調子が良い。

 薬が効いているのか、筆談が楽しくてストレスが減っているからなのかはよく分からないが体が軽くなっている気がした。

 向こうの私はテニスの練習に明け暮れている。そのため、会った時はいつもヘトヘトになっている。

 手の平にはマメができていたし、転んだのか右の膝と肘には擦り傷があった。


 大変そうだね

 

 めっちゃ大変だよ〜

 でもテスト勉強を手伝ってもらったし

 これで1回戦敗退とかじゃ恥ずかしいもんね


 そんなことで気負わないでいいから

 ちゃんと実力を発揮することに集中してよ

 

 少し肩に力が入っているようだったので、空回りしないように注意した。

 大会が近くなると練習でもピリピリとした空気になるのだろう。

 家でも緊張が抜けきれていない様子の向こうの私は、余裕が無く危なっかしい感じがした。


 大会はいつから始まるの?


 今週の土曜日からだよ


 土曜日か……

 私は土曜日に検査があるんだよね

 結果が良かったら退院出来るようになるんだ


 そうなんだ!

 あなたの検査結果が良くなるように

 願っておくよ


 私は試合結果が良くなるように

 願っておくね


 互いに互いの幸運を願いながら結果を待つ。

 私は体の調子が上がってきてるし、向こうの私も練習を頑張っているので、後は運が味方をしてくれるかどうかである。

 今回は大丈夫の割合の方が高いだろう。

 そんな期待をしながら検査結果と試合結果を楽しみにしていた。




 土曜日を迎えて、私は検査を行っていた。

 昨日の夜から食事を摂れなかったり、待ち時間が長かったりとなかなか大変だ。

 昼前に検査が終わり、午後に結果が伝えられる。

 不安で、昼食が喉を通りにくかったのでいつもより食べるのに時間が掛かってしまった。

 いよいよだ、両親と一緒に先生の話を聞く。


 「検査の結果ですが」


 心臓が痛くなるぐらい脈打ち、次の言葉が出てくるまでの時間が永遠のように感じる。


 「今回の結果では異常は見当たりませんでした」


 「……つまり?」


 「おめでとうございます、今日中にでも退院が可能です」


 勝手に涙が出てきたので、慌てて袖で拭こうとする。しかし、両親が抱きついてきたので腕が動かせず、涙も鼻水も垂れ流し状態になってしまった。

 やっと家に帰れる。

 病室にある私物をまとめて車に詰め込む。

 1番大切な手鏡は割れないように袋の上に乗せた。

 後は試合結果が良ければ完璧だ、私は向こうの私と会うのが楽しみで仕方なくなっていた。




 その日の夜、私は自分の部屋でいつもの手鏡を机に立て掛けて、向こうの私を待っていた。


「おかしい」


 待ち合わせの時刻になっても向こうの私は現れなかった。

 何が原因か分からない。

 病室じゃないからなのか、健康になったからなのか、試合結果が悪くて会える状態じゃないのか、またはそれ以外の何かがあったのか。


「ダメだったのかな……」


 この時の私は試合結果が悪くて、合わせる顔がなかったのだと判断した。

 いつか話せるようになるまで待とうと思い、私は毎日夜8時に鏡の前で向こうの私を待っていた。




 あれから1ヶ月が経過した。

 学校生活にも慣れてきて、途中ながらテニス部にも入部した。

 体を強くしたかったし、共通の話題で盛り上がれるかなと考え入部したが、運動と縁がなかった私にとっては難しすぎたし、練習はキツかった。

 毎日クタクタになってた向こう私の気持ちがよく分かる。

 肝心の向こうの私と会う事だが、未だに1度も出来ていない。

 ここまでくると試合結果が悪くて会えないというのは違うのだと予想できたが、それ以外はからっきしだった。

 でも、毎日鏡には向かっている。

 このまま会えない可能性は大いにあるが、まだ諦めたくなかった。




 ある日。


 「あ〜今日も疲れた〜」


 布団にダイブして鏡を見る。

 最近は机に座ることもせずに確認作業をしていた。


「うわぁ!」


 そこには私が写っていたが、あまりに衝撃的な姿をしていたため、思わず鏡を手放してしまった。

 このままではいけないと、急いで紙とペンを用意して机に向かう。

 伝えたい事を殴り書き、バッと音が鳴るぐらいの勢いで見せる。


 何があったの?


 向こうの私は包帯だらけの体で、見たことのある部屋のベッドの上にいた。

 腕をプルプルさせながら返事を書いているが、利き手じゃない方で紙を押さえることが出来なくなっているため、とても書きにくそうにしている。

 数分後にようやく書き終え、紙の角を持ち上げてこちらに見せてくれた。

 斜めに傾いた紙には大会の日に何が起きたのかが、曲がりくねった字で書かれていた。


 大会の日にね車にはねられたの

 その日は朝から緊張してて

 失敗しないようにってことばっかり考えてた

 そんな状態だったから会場に向かう途中で

 突っ込んで来た車に反応できなかったの

 次に目が覚めた時にはこの姿でここにいた

 だから、大会に出ることもできなかった

 ごめんね……

 

 そうだったんだ

 大変だったんだね

 それで、怪我は治りそうなの?


 一応、回復はしてきているらしい

 完治するのは3ヶ月後ぐらいだって言ってた


 怪我が治ると聞いてホッとした。

 今回は立場が入れ替わり、私が学校で起こったことや学んだ事を向こうの私に伝えるようになった。

 早く治ると良いなと思いつつも、何か心に引っ掛かるものがある気がしていた。




 次の日の夜、私はお風呂で疲れた体を癒しながら、私達が会えなくなった日のことを思い出していた。

 

「まさか、私が退院した日に入院してるなんてね」


 不意に出た言葉に昨日のモヤモヤの正体を見つけた。


「もしかして、向こうの私が怪我しただけ私が治るようになってる?」


 最初に調子が良くなったのはテストが終わって、練習が厳しくなってきた時だ。

 その時の向こうの私はいつも疲れていて、手のひらのマメや肘と膝に擦り傷ができていた。

 私が健康になって退院した日には、向こうの私は事故に遭って病院に送られている。

 根拠は少ないが、なんとなくこの予想は間違っていない自信があった。

 そして、この予想が正しいのであるのなら……。


「完治するのは3ヶ月後だって言ってたっけ……」

 

 向こうの私が回復すると同時に、私はまたあの味気のない生活に戻ることになる。

 あの生活はもう嫌だ。だけど、向こうの私の元気の無い姿は見たくない。

 まだ確定している訳では無いが、このジレンマは確実に私の不安を大きくした。




 その日の夜、私はその可能性を伝えた。

 向こうの私はその可能性については割と納得しているようだったが、私のこれからについては納得していなかった。


 あなたはそれでいいの?


 大丈夫

 病室で生活するのは慣れてるから

 それより早くあなたが元気になってほしいよ


 本当は?


 その言葉を見た途端、胸の奥にしまっていた辛い思いと涙が溢れ出てきた。

 紙に涙の染みをつくりながら、あるだけの思いを書き出す。


 怖いよ

 辛いよ

 やっと学校に行けるようになったのに

 やっとささやかな夢が叶ったのに

 またあそこに戻らないといけなくなるの?

 そんなのもう嫌だ

 それに……

 この生活を続けるために

 あなたの怪我が治らなければなんてことも考えてた

 そんな自分がだんだん嫌いになっていった

 もう何もかもが嫌……


 心配しないで

 私があなたの人生を楽しませるから


 どうやって?


 それはまだ考え中だけど……


 そこでやっとクスッと笑う事が出来た。

 不安な事を全部吐き出した私は少し気が楽になったので、いつもよりぐっすりと眠る事ができた。

 そこから日が経つにつれて、私の体調は悪くなり、向こうの私の包帯は少しずつ取れていった。




 あれから3ヶ月が経った。


「はぁ、またこの部屋で過ごすのか……」


 久しぶりに戻ってきた病室は前と変わらず無機質な感じだった。

 夜の8時まで暇になったので、机の上に参考書を広げて勉強をする。

 向こうの私がテスト週間に入った時に教えてあげられるくらいにはなっておきたいな、などと考えながら問題を解く。

 ただやっていた時と比べて、明らかに効率が良くなっている。

 とはいえ勉強は勉強である。

 近くに置いてある時計をチラチラ見ながら、まだかまだかと、その時を待ちわびる。




 そして、やっと来た夜8時。

 筆箱に手鏡を立てかけて固定し、向こうの私と無音の挨拶を交わす。


 今日は調子どう?


 あんまり良くは無いね

 あなたの体調が絶好調なお陰でね


 そう伝えると少し申し訳なさそうにして、両手を合わせてヘコヘコしていた。


 そんな事より

 まだ大会で勝ってくる約束が果たされてないんだけど?


 ちょっと待ってよ

 何ヶ月もやってないから

 腕が鈍りきっちゃってるんだよ


 別に勝たなくてもいいけど

 ちゃんと試合には出てよ


 今度はもっと周りに注意します……

 ご迷惑をおかけしました……


 次また入院したらもう治さなくて良いからね!

 私が代わりに大会に出てくるから


 そんな酷い事言ってると

 ずっと元気でいてやるからね!


 そういって私達は笑い合った。

 私は今も昔も病室のベッドの上で酸素マスクと点滴を付けている。

 そこに変わりは無いが、その顔は昔とは違い、色白ながらも血の気の通った肌と輝きに満ちた目をしていた。

 

 

 

 




ここまで読んでいただきありがとうございます。

面白く加工していただけたら幸いです。

じっくり読んでも面白い小説が書けるように、もっと努力が出来たらなとは思っています。

そう思っても体は楽な方へ......。

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