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デンジャラス・ネイバス

作者: はづき愛依

※ハーフフィクションシリーズとして、公式企画に春〜冬まで全4作投稿していく予定でしたが、申し訳ありませんが投稿は夏までとなりました。シリーズとしては未完になりますが、1話完結の物語としてお楽しみ下さい。




 三月。桜の開花宣言がされた頃。新社会人の山田智晴は、就職の為にS市のアパートに引っ越して来た。大学までは実家暮らしだった智晴の、初めての独り暮らしの始まりだった。

 アパートは、道路に面した2階建て。駅に近いこの周辺は再開発が進み、最近人気のエリアらしく、紹介された部屋はアパートの最後の一部屋だった。しかも、担当した不動産仲介業者のスタッフが大家に値下げを交渉してくれたおかげで、五千円も安くなった。そんなに下げていいのかと聞いたら、部屋が埋まるなら、との話だった。そんなラッキーにも恵まれて、この部屋を契約した。

 慣れない荷解きは、引っ越しの手伝いで来てくれた母親と叔父のおかげもあり、予想より早く終わった。時刻は夕飯どきになる前。智晴はこの時間なら大丈夫だろうと、隣と上の階の住人に挨拶をしに行くことにした。

 まずは隣の部屋に行った。ドアの前で一度大きな深呼吸をしてからインターホンを鳴らし、数秒待った。しかし、中から「はーい」とも「今出ます」とも聞こえない。静か過ぎて、智晴は留守なのかと思った。

 もう一度鳴らして応答がなかったら、明日出直そう。そう思いながら再びインターホンを鳴らそうとした、その時。内鍵が開けられる音が聞こえてドキリとする。そしてドアが開き、住人が顔を出した。


「あ。こ、こんにちは」

(あれ。こんばんは、かな)

「隣に引っ越して来た、山田と言います」


 智晴は少し緊張した。人見知りで初対面の人と話すのが苦手だからというのもあるが、住人の男の目に緊張していた。

 年齢は智晴よりいくつか年上で、顔立ちは良く見える。けれど若干目付きが悪く、右のこめかみの古傷が相俟って、怖そうだという印象を受けた。


「ご迷惑をかけることもあるかもしれませんが、宜しくお願いします」


 威圧感を感じた智晴は、畏縮しながら挨拶代わりのお菓子を差し出した。智晴を睨むように見ていた男は無言でお菓子を受け取ると、会釈もせずにドアを閉めた。


(全然しゃべらないし、目付き悪いし、なんだか怖そうな人だな……)


 名前も聞けなかったので、智晴は表札を見た。どうやら「中西」という隣人らしい。第一印象はあまりいいとは言えないが、普通に挨拶をするくらいは努力しようと思った。

 ところがこの男、普通の住人ではなさそうだった。





 その後暫くは、中西と顔を合わせることなく日々は過ぎていった。

 ある日。環境の変化で胃痛を起こした智晴は、仕事を休んで病院に行った。診察を終え、近所の薬局で処方箋をもらい、お昼過ぎに帰って来ると、自転車置き場で自転車のメンテナンスをする中西と出会した。


「こんにちは」


 中西は背中を向けていたが、ご近所さんとのコミュニケーションは大事だと母親からアドバイスされていた智晴は、思い切って挨拶をした。

 自分に声がかけられたとわかった中西は、智晴を振り返った。ところが、また睨み付けるような目を向け、挨拶を返さない。ビビった智晴は、そそくさと自分の部屋の鍵を開けて入った。


「なんで?また睨まれたんだけど。俺、何か悪いことしたかな」


 引っ越して来た日から思い返し、迷惑をかけるようなことをしたかと考えるが、一つも思い当たらない。人見知りの所為で、幼稚園の時から定期的に軽くイジメられてきた智晴は、友好的な意志は示せても、意図的に他人に迷惑をかけるようなことはできない。


「ただ目付きが悪いだけ、だよな」


 そう望んだ智晴だったが、中西の奇怪な行動によって彼の希望的観測は簡単に裏切られる。





 帰宅したばかりのある夜。中西が突然訪ねて来た。相変わらず目付き悪く、おまけに表情も殆ど動かない。しかも、隣人になって一ヶ月くらい経過したこの日、初めて中西の声を聞き会話をすることになる。その第一声が、


「電波を操るな」だった。

「え?電波?」


 中西は、意味不明なクレームを言ってきた。智晴は理解できず、対応に戸惑った。勿論、電波を操ったなんて心当たりはない。そんな趣味はないから特殊な機器は一つも揃えていないし、持っていたって大して得をしなそうな能力を保持している自覚も全くない。


「な、なんのことですか」

「操ってますよね。知ってるんですよ。迷惑なんで、やめてもらえますか」

「え。いや。あの……」


 嫌がらせかとも思ったが、中西はいたって真面目にクレームを言いに来ていた。表情が真面目……というか無表情なので、智晴は余計に中西に恐れを抱いた。


「謝れば許すので、もうしないと神に誓って下さい」


 意味不明なクレームだけならよかったが、宗教じみた謝罪まで求められた。怖そうでよくわからない人物なら智晴もどうにか割り切れそうだったが、この1分という短い時間で、ちょっとヤバイ人物なのではと中西の印象がアップデートされた。


「わかりました……すみません」


 やってもいないことを認めるのは癪だったが、あまり深く関わってはいけないと感じて、事を早く収めるべく仕方なく謝った。それを素直な謝罪と受け止めたかはわからないが、聞いた中西はすんなり隣の部屋に帰って行った。


「俺、ヤバイ人の隣に住んじゃったな……」


 智晴はふと、もしや家賃が安くなったのは中西が関係しているんじゃないか、と考えた。上の階の住人に挨拶に行った時、「あぁ。そうなんだ」と気の毒そうに言われた。一体なぜそんな表情で?と不思議だったが、それは中西のことだったのではと思う。

 一気に後悔の念に襲われ、引っ越しが智晴の頭を過ぎったが、部屋の契約は二年。新生活を始めたばかりで金もないし、実家に逃げ帰ろうにも片道一時間は通勤には遠過ぎる。

 現実をやむ無く受け止めた智晴は、胃薬が常備されることにならないように祈るしかなかった。





 その後も、中西の奇怪な行動は続いた。

 とある夜。0時半を過ぎてベッドに入りスマホを弄っていると、壁の向こうで突然ドンッ!ドンッ!と何度も大きな物音がした。もしも寝ていたら完全に覚醒するくらい壁の間近で、それこそ仕返しのクレームを言える程だった。智晴はビクついて何もできなかったが、何か大きくて重いものを落としたような、人が盛大に転んだか少し高い位置から落ちでもしたかのような、重量感のある音だった。

 また、ある日曜日の昼間には。軽くて高い音がしてなんの音だろうとドアを開けて見ると、共有スペースの通路に幾つもの酒類の空き缶が散乱していた。それはどう見ても、隣の部屋から投げ捨てられていた。

 その他。夜に大声で叫ぶ、共有スペースをペンキのようなもので汚す、幾つものゴミ袋を何日もドアの前に放置するなど、迷惑行為は続いた。智晴の脳に「中西はヤバイ人物」だと刷り込まれるには十分だった。


「今すぐ引っ越したい」


 度重なる迷惑行為は、誰がどう見てもおかしな人物としか思えない奇怪な行動だ。殆どコミュニケーションのない隣人の人格を、勝手に決め付けるのもよくないとは思うが、智晴の脳内で意見がまとまる。

 中西は、普通の精神状態ではない人物だ。

 無論、異常な言動を毎日繰り返している訳ではないが、少なくとも対人関係に支障をきたしていそうだった。こんな人物が社会で集団生活をしたり協力関係を築けるとは、智晴には到底思えなかった。


「だけど多分、仕事はしてるんだよな。でも会社勤めっぽくないし。アルバイトか?」


 できれば関わり合いたくない隣人だが、短くてもあと二年弱は隣人として付き合っていかなければならない。また意味不明なクレームを言ってきたり、迷惑行為防止条例に引っかかることをされるかもしれないが、新しい街での新生活をなるべく円満に過ごしたいと思うのが智晴の本心だ。

 そこで、中西について自分なりに考えてみることにした。どんな性格でどんな仕事をしているのかを自分から考えれば、少しは理解ができるのかもしれないと思った。人見知りの智晴が他人と関わる為に考案した、彼なりの処世術だ。

 それに。不思議と中西が気になってしまっていた。防衛本能で避けた方がいいとは思っているが、理性は彼を知るべきだと言っているような気がした。

 智晴は早速、これまで得た中西の情報と自身の想像力で補完を試みた。


(年齢は、20代後半くらい。体格は、普通かな。特徴は目付きの悪さと、こめかみの傷。性格は無口で、他人と関わるのが嫌なのか、話しかけても基本は無言。でも不満を主張するくらいの意志はある。

 多分、宗教の信者。キリスト教なのかなんなのかはわからない。でも、信者があんな言い方で相手に謝罪を求めるかな。俺は宗教に詳しくないけど、相手に無理やり罪を認めさせるのが神の教えとは思えないよな……。

 それから、仕事は不明。だけど、夜中にベッドでスマホを弄ってると、隣の部屋のドアが閉まる音がする。時間は、いつも1時になる少し前。俺が寝るまでに一度しか音はしないから、長時間出かけてるんだと思う。それが平日で、ほぼ毎日。

 夜勤で働いてるのかな。昼間に姿を見たこともあるけど、服装めちゃくちゃラフだったし。主に夜働いてるのかもしれない。じゃあ、昼間は何してるんだろう……籠もってゲームしてるとか?昼間だけ、自宅警備員てやつ?

 主に夜に活動してるなら、あの騒音級の謎の物音は仕事に関係してるのかな。謎の電波クレームとかも、何か繋がってるのか?)

「夜の仕事……物音……電波……」


 智晴は少ない情報で、隣人・中西の正体を考えた。深夜の仕事なら、ビルの警備員や道路工事の交通整理やホストなどあるが、キーワードにピタッとはまりそうな職種はない。特にホストなんて、無愛想な男に務まるはずがなかった。笑顔で接客する姿を想像したが、顔が怖くて客が逃げて行く様子しか浮かばなかった。

 想像すればする程、中西の正体は謎を深めていく。


「仕事で電波が必要な仕事なんて、そんな特殊な……」


 その時、智晴の脳内にキーワードと答えを繋ぐ一本の道が現れた。


「もしかして……スパイ!?」


 智晴は、海外の映画が好きだった。中でもスパイ映画が好きで、主演俳優のファンになるくらいだ。特に『ミッ○ョン・イ○ポッシ○ル』や『00○』はシリーズを網羅しているし、DVDで繰り返し観ている。それに引っ張ら……ではなく参考になったのか、その可能性に辿り着いた。


(あり得ないか?いやでも、可能性はなくないかも。

 例えば。夜中の外出はターゲットの家や勤務先に忍び込んで、極秘データを盗み出すミッションに行っていて、電波のクレームは、ターゲットの会話を聞く為に盗聴しているからかもしれない。クレームを言いに来たのは夜だから、きっと昼間は籠もってターゲットの行動を探ってるんだ。

 盗聴してるんだったら、住んでるのはこの近所か。でもこの辺は普通の住宅ばかりだぞ……いやいや。普通の住宅を隠れ蓑にしてるターゲットなのかもしれない。一体どんなやつなんだ……。

 あっ。まさか、反社勢力!?この辺にも事務所があって、銃や麻薬の取引があったりするのか!?もしかしたら、このアパート内に一派の仲間が住んでて、会話を盗聴して取引情報を得ようとしてるのかも)


 処世術で培ってきた想像力は、絶好調だった。その調子で、智晴は人物像を固めていく。


(そうか。だとしたらあの夜中の大きな物音は、動きを察知した一派の仲間が命を奪おうとして乗り込んで来て、取っ組み合いになったのか!でも怒号も銃声もなかったな……。

 わかった!きっと、襲いに来ることを事前に知って待ち伏せして、乗り込んで来た相手の口を一瞬で塞いで、柔道の技で捻じ伏せたんだ。それがあの物音だったんだ。さすがプロ!オリンピックにも出られるくらいの強者なんだろうな。凄い!

 じゃああの目付きは、相手が反社だからナメられないようにあんな目付きなのか。確か、こめかみに傷があったけど、あれも任務中に負った勲章ってやつか。かっこいいな。無口なのも、一般市民との馴れ合いを避ける為に、一線を引いてるのかな。

 でも。ここまで想像してみたけど、もしも本当にスパイだとして、その他の迷惑行為はなんなんだ?警察なのに住人に迷惑をかけるなんて、あり得ないよな)


 想像力に詰まった智晴は、腕を組んだ。そして少し考えると、典型的なひらめきのジェスチャーをした。


(なるほど、そうか!それにもちゃんと理由があるんだ!

 空き缶を投げ捨ててたのも、夜の叫び声も、共有スペースを汚したのも、ゴミ袋を放置してたのも、全部、ターゲットを含めた周囲への印象操作の為の演技なのかも。自分の正体が住人の誰か一人に気付かれただけでも、ターゲットの耳に入って任務遂行が不能になる可能性がある。だから正体を隠す為に、わざと警察とはかけ離れた印象を持たせようとしてるんだ!)

「凄いな。自分の印象操作までするなんて。ターゲットに怪しまれずに捜査をするのは、大変なんだな……」


 と、補完を完了した智晴は、満足気に頷いた。勿論、ただのスパイ映画好きが想像したと言うだけで、その全てが真実とは言えない。けれど少なくとも、“奇怪な隣人”というマイナス印象は拭うことができた。

 そのおかげで、智晴の中西への恐怖心や警戒心は解かれ、挨拶を無視されても睨まれても、仕事におけるキャラ作りだと思って異様に避けたりすることはなくなった。

 また何かクレームを言って来ても、仕事の邪魔をしたんだと思えば素直に謝罪ができる。そうすれば波風が立つようなこともなく、胃薬が常備されることはないだろう。





 そして、その数日後。

 智晴は、19時前に会社から帰って来た。これから、この春から始めたばかりの自炊で夕飯を作り、風呂から上がったらお楽しみの映画タイムだ。

 すると同じタイミングで、スーパーカブがエンジン音を唸らせてアパートの敷地に入って来た。運転手が着ているジャケットには、✕✕✕新聞社の文字が書いてある。


(配達は終わってる時間だよな?)


 そう思いながら見ていると、カブは知れっと駐輪スペースに停まった。どうやらアパートの住人のようだ。夕刊の配達が終わり、帰って来たのだろう。智晴もそこまではわかった。

 カブから下りる様子まで見ていると、運転手がヘルメットを取った。辺りはすっかり暗いが、アパートの照明に照らされてその顔が確認できた。

 その顔付きは間違いなく、隣人の中西だった。

 カブを停めた中西は智晴に気付くことなく、自分の部屋に帰って行った。


「………………」


 智晴はその瞬間、構築した人物像を全て白紙に戻した。そして、不動産会社に相談の電話をした方がいいだろうかと思うのだった。




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― 新着の感想 ―
[良い点] これは新聞配達に見せかけたスパイ活動ということでしょうか(違う)
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