「2番目で良いから。都合の良い女で構わないから」と言っていた彼女と何気に一番長く付き合っている
俺・大倉耕一には、恋人がいる。
彼女の名前は、棗秋菜。秋菜はとても良い女である。
容姿は整っているし、スタイルも決して悪くない。勉強だって、それなりに出来た筈だ。俺の記憶が正しければ、確か試験ではいつも真ん中より少し上の順位をキープしていたと思う。
顔良しスタイル良し頭も良し。だけど秋菜の最も評価すべき点は、そこじゃない。
秋菜の魅力は、良い女であること。それもただの良い女ではなくーー都合の良い女なのだ。
中学3年の夏休み、クラスメイト全員と行った海水浴。その帰り際に、俺は秋菜に呼び出された。
夕日の沈む海をバックにしながら、誰もいない砂浜で、秋菜は俺に告白する。
「好きです」
告白自体は、凄く嬉しかった。
彼女みたいな女の子に好かれているというのは、まるで自分の価値が認められたようで、自信に繋がる。
だけど……俺には当時、既に恋人がいた。だからどんなに秋菜が魅力的でも、彼女と付き合うことは出来ない。
秋菜からの告白を断ろうと思った俺だったが、しかしながら彼女の一言で、状況はガラッと変わる。
「2番目で良いから、私を好きになってくれませんか?」
本能的に失恋を感じ取ったからなのか、或いは最初からそうするつもりだったのか。秋菜は自身が俺の2番目の女になることを希望した。
「誰も好きな人がいない時だけ、暫定1番にしてくれれば良い。可愛い子が出来たらそっちの子を優先して良いし、私なんて片手間で相手してくれて構わない。そんな都合の良い関係でも、私を受け入れてくれないかしら?」
秋菜と関係を持ったとしても、それは決して最優先されるものじゃない。
例えばクリスマス。恋人同士なら二人で過ごすのが一般的だけど、俺に本命がいる以上秋菜と過ごす必要はなくなる。
例えばバレンタイン。もし俺が「本命以外のチョコは受け取らない」と宣言したら、秋菜は俺にチョコを渡すことすら出来なくなる。
「2番目」である以上、1番大切な人に与えられる当然の権利を、一切放棄する。
ただもし恋人と別れることになって、俺に恋愛をしない期間が出来たのだとしたら、ぽっかり空いたその椅子に暫定的にでも座らせて貰えれば良い。
それこそが、秋菜の提案だった。
何だよ、その提案? 俺にデメリットなんてないじゃないか。
彼女のことを嫌いなわけじゃないし……ここまで言われたら、断る道理もない。
こうして秋菜は俺の2番目の彼女となった。
有言実行と言わんばかりに、秋菜は2番目の女を務め続けた。
俺に恋人がいる間、秋菜は決して俺とのイチャイチャを望んでこない。多少メッセージのやり取りをすることはあれど、デートに誘ってきたりキスをせがんできたりすることなんて一度もなかった。
万が一恋人にトーク画面を見られても修羅場にならないように、メッセージの内容にも気を遣ってくれている。
間違っても「好き」とか「一緒にいたい」などという勘違いを誘発するような言葉は使わない。
しかし俺が恋人と別れるやいなや、我慢してきた欲望を一気に発散するかのように、俺に甘えてくるのだ。
そしてまた俺に恋人が出来たら、一線を退き2番目の女に戻る。
そんな付かず離れずの関係を繰り返し、気付けばーー三年が経過していた。
◇
「私たち、ただの友達同士に戻ろっか」
高2の冬、俺は付き合っている恋人にフラれた。
大した理由があったわけじゃない。勿論、秋菜の存在が露呈したわけでもない。
敢えて理由を挙げるとしたら、倦怠期というやつだろうか? 付き合いたての頃の熱はとうの昔に冷めきっており、互いに対する関心もだいぶ薄れていた。
そんな恋愛感情を抱いているのかどうかもわからない中途半端な状態で、無理に付き合い続ける意味もないだろう。俺たちは、そう判断したのだ。
彼女のことは、好きだった。そう、過去形だ。別れ話を持ちかけられても、不思議と未練はない。
だから俺は彼女から差し出された三行半を、素直に受け取った。
恋人と別れて晴れて独り身になった俺は、早速電話をかけた。
電話の相手は、決まっている。2番目の女・秋菜だ。
恋人と別れた直後に他の女に電話なんて。普通の人間なら、そう思うだろう。
しかし俺と秋菜の関係は、普通じゃない。「恋人と別れたらすぐに電話する」というのは、彼女との約束なのだ。
俺が電話をかけると、秋菜はすぐに出た。
『耕一くん? どうしたのかしら? もしかして……別れた?』
「……それは希望的観測か? それともどこかで見ていたのか?」
『さあ? それはどっちでしょうね』
「……因みに今どこにいるんだ?」
『屋上よ』
成る程、学校全体を一望出来る場所にいるんだな。つまりは見ていたんじゃねーか!
『お電話、お待ちしておりました』
「どこのセールスマンだ」
『自分を売り込んでいるという点では、あながち間違いじゃないわよ。……それで、また私と付き合ってくれると考えて良いのかしら?』
「そういう約束だからな」
『約束?』
どうやら嫌々交際をするような言い方が、気に入らなかったようだ。
秋菜を怒らせるのは吉ではないので、俺は自身の言葉を訂正する。
「……お前のことが好きだからな」
『はい、よろしい』
「つきましてはデートの予定を決めようと思うんだが……」
『この後なんてどうかしら? 私は空いているわよ』
早えよ。答えるスピードも、デートの予定も。
しかし事を急ぐ秋菜の気持ちも、わからないでもない。
なにせ彼女は2番目の女。今は繰り上がって暫定的に1番になっているに過ぎない。
いつまた2番目に落ちるのかわからない恐怖が、早急なデートを切望させているのだ。
「別に良いよ。特定の相手がいない時は、お前を最優先すると決めているからな」
『映画に行きたいわ。是非とも観たい作品があるの』
「もしかして、先週公開されたアニメ映画か?」
『流石は耕一くんね。わかってるじゃない』
そりゃあ、もう3年以上の付き合いだからな。
それにその映画、実は俺も気になっていたりして。
さっき別れた恋人とも映画に行ったわけだが、その時は「カップルだから」とかいう訳の分からない理由で興味もないラブストーリーを観させられたし。
趣味や価値観が合うというのも、関係が長続きする秘訣なのだろう。
結局その日は二人とも観たかったアニメ映画を観た。そしてその後、ファミレスで夕食を取った。
別れ際、秋菜がキスを求めてきたので、俺はそれに応じる。
なにもおかしなことはない。だって今は、彼女が俺の1番なのだから。
◇
翌日。登校するなり、俺は親友の武田海斗に声をかけられた。
「おはよう、耕一。ちょっと聞きたいことがあるんだけど、良いかな?」
「おはよう。……で、聞きたいことって何だ? スリーサイズなら、公式ブログを見てくれ」
「どこの芸能人だよ! それに男のスリーサイズなんて聞きたくないっての! ……そうじゃなくて、耕一、昨日別れたろ?」
……相変わらず耳が早いことで。
いつかは海斗の耳にも入ると思っていたけれど、まさか翌日の朝とは思わなかった。
恐るべし、現代社会の情報網。
「誰からのタレコミだ?」
「本人だよ。彼女グループチャットで、「大倉くんと別れましたー」って呟いてたから」
「別に宣言することじゃないだろうに」
「そうだけど、敢えて宣言することで他の男子たちに「自分はフリーですよ」ってアピールしたかったんじゃないかな?」
「新しい恋に前向きなのは、元カレとして喜ばしいことだな」
「だったら耕一も、かなり前向きな方なんじゃないの?」
いきなり海斗の矛先が、俺に向く。
「昨日映画館で、棗さんとデートしていたろ?」
「……見ていたのか」
「偶然だけどね。……不思議だったのが、耕一と棗さんの距離感なんだよね。耕一が彼女と別れたのって、昨日の放課後のことだろ? 仮にその直後に付き合ったとしても、距離が近すぎないかな? あの関係性は、一朝一夕で出来るものじゃないよ」
……本当にめざといやつだ。
親友の海斗に誤魔化しが通用するとは思えないし、それに秋菜がビッチと誤解されるのも面白くない。
俺は「ここだけの話なんだが」という前置きをした後で、海斗に俺と秋菜の関係を説明した。
説明を聞き終えた海斗は、「成る程」と一つ頷く。
「棗さんは2番目の女の子だったのか。だけど耕一に恋人がいない現状では、1番に繰り上がっている、と」
「そういうことだ」
「それだったら、あの熟年カップルみたいな雰囲気にも納得がいくよ」
「……え? 俺たち、そんな雰囲気醸し出してた?」
「互いの思考や行動を把握していたし、あれが付き合いたてのカップルだなんて誰も思わないよ。「実は結婚してました」と言われても、驚かないね」
いや、そこは驚けよ。俺たちまだ高校生だぞ。
「棗さんとは、どのくらいの付き合いになるんだい?」
「あいつに告白されたのが中3の時だから……もう3年は経つのか」
「3年。それはあまりよろしくないね」
3年という年月を聞いて、海斗はそんなことを言い始めた。
「よろしくない? 何が?」
「だってこの3年間、棗さんとの関係は進展していないんだろ? それってつまり、棗さんは本当の意味で1番になれたことなんてなかったってことじゃないか」
「それは……そうなるな」
でもそれが、俺と秋菜との約束だ。秋菜自身が望んだことだ。
「……もしかして、「2番目の女でいることを他ならぬ棗さんが望んでいる」とか思ってないよね?」
「お前はエスパーか!?」
「仮に僕がエスパーだとしたら、耕一は間違いなく大馬鹿野郎だよ。……棗さんが2番で満足するわけないじゃん」
「だけど……2番で良いと言ったのは、あいつの方なんだぞ?」
「そう言うしかなかったんだよ。もし告白した時に、棗さんが「私を1番に見て欲しい!」って言ったら、耕一はその好意を受け入れたかい?」
「それは……」
中学3年の当時も、俺には恋人がいた。だから秋菜が俺の1番になりたいと望んでも、俺はその希望を叶えることが出来なかっただろう。
「誰よりも耕一を好きだからこそ、棗さんは2番目の女であり続けるしかなかったんだよ。本当は1番になりたいんだけど、耕一に拒絶されるくらいなら2番目で我慢しよう。そうやって自分の気持ちを押し殺してきたっていうのが、何でわからないかなぁ」
3年間。それだけの時間秋菜と過ごしてきたというのに、俺は何もわかっていなかった。
都合の良い女で良いという秋菜の言葉に甘えて、彼女のことをまるで考えていなかったんだと思う。或いは、自分に都合良くしか考えていなかった。
本当、俺は大馬鹿野郎だよ。
「2番目の関係も都合の良い関係も、もう終わりにしてあげたらどうかな?」
「つまり……秋菜をフるって意味か?」
「それも一つの選択肢だけど……。耕一は、棗さんが嫌い?」
「そんなことはない」
「じゃあ、好き?」
「それは……」
海斗に問われて、俺の脳裏に3年間秋菜と過ごしてきた思い出が過ぎる。
なんだ。答えなんて、既に出ていたんじゃないか。
「……好き、なんだと思う」
「じゃあ、やることはわかっているよね?」
そこまでの大馬鹿野郎になるつもりはない。
秋菜に1番大切な女の子になって貰うべく、今度は俺の方から告白するとしよう。
◇
学校が終わった後、俺は秋菜を季節外れの海に連れて来た。
「ここ、覚えているか?」
「えぇ。私が耕一くんに告白した場所よね? でも、どうして海なんかに? 泳ぐには気温が低すぎないかしら?」
「そうだな。今は冬だから、あの時みたいに水着を着ているわけじゃないし。だから来年の夏、またお前の水着姿を見てみたいものだ」
「……え?」
遠回しに言いすぎたせいか、秋菜はイマイチピンときていなかった。
だから次ははっきりと、自分の気持ちを伝えるとしよう。
「俺はきっと、お前を1番だと考えない。だからお前のことは、これからもずっと2番目の彼女として考える」
「そう……」
「だけどもう一つ、俺はお前に誓う。俺はこの先何があっても、1番の彼女は作らない。その椅子は何があっても開けておく。それじゃダメか?」
都合の良い関係だから、2番目の女だから、俺たちはここまで長続きしてこれた。だから俺にとって彼女は、2番目の女であり続けて欲しい。
全く。自分本位な、都合の良い考え方だ
でも、それで良いじゃないか。俺も秋菜も、そんな関係性を望んでいる。
だから秋菜、俺の2番目の女になって下さい。その代わり、絶対に1番の彼女は作らない。
未来永劫、そのことを誓おう。