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まあ、お馬鹿さんってどこにでもいるよね? 3

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 馬車で揺られて三日。

 わたしは王都レグースにあるセラフィーナの離宮に到着した。


 あー、腰が痛い。

 馬車って車と違ってガタンガタン揺れるから、長時間乗っていると腰とかおしりが痛くなるんだよね。アスファルトなんて優秀なものはないから、道は凸凹してるし。今度マクシミリアンが許してくれたら、魔術で道を真っ平にしてみたい。そうしたら、馬車のガタガタも多少は改善するでしょう?


 わたしが離宮に到着すると、なんとセラフィーナ自らが出迎えてくれた。

 たしか御年五十五歳になるそうだけど、三十代のように若々しい外見の美女だった。

 艶やかな金髪はふんわりと結われて、真っ赤な大輪の薔薇で飾っている。出るところは出て引っ込むところは引っ込んでいるという、ナイスバディ。深い胸の谷間に思わず釘付けですよ。小玉のメロンくらいありませんかね? でか!


「いらっしゃい。待っていたわよ」


 マクシミリアンはセラフィーナのことを毒花と言ったけれど、ニコリと微笑むさまはまさしく「聖女」という神々しさだ。妖艶な聖女。いや、聖女に妖艶って形容詞はおかしいのかしら? 普通、清純とか純粋とかをくっつけるのかしらね? うん、残念ながら清純って感じはしないかな。綺麗なのは間違いないけど。


 どうやらわたしは歓迎されているようで、セラフィーナ自ら部屋まで案内してくれるという。

 わたしのあとをついてくるアンとミナのことは、気にしていないようだ。セバスチャンが言った通り、世話をする人間がついてくるのは当たり前のことだから、不審には思わないみたいね。


「あなたも来て早々あんな遠いところに追いやられるなんて、お可哀そうにね」


 セラフィーナの声は同情的だったが、それが本心なのか演技なのかはわからない。しかしわたしは彼女の企みを探らなくてはならないので、それが本心だろうと演技だろうと気にする必要はない。とにかくフレンドリーに接するのみだ。

 マクシミリアンからは、とにかくセラフィーナの話に同調し、マクシミリアンを嫌っているように演技をしろと言われていた。頑張らねば。


「陛下は、わたしにはお会いになりたくないそうですので……」


 悲しみに暮れるように、そっと目を伏せてみる。ちなみにこの演技は、ここに来る前に散々練習した。アンがなかなか及第点をくれなくて大変だったが、しっかり練習したおかげか、悲しそうな表情は板についたもので、セラフィーナもすっかり騙されてくれた。


「そのようね。あなたも国の意思が果たせなくてさぞ困ったでしょうね。でももういいのよ。フィサリア国にはアンジェリカがいますからね」


 案内された部屋は、びっくりするほど豪華だった。

 広いし、高そうな家具が揃っている。売ったらいいお金になりそう。

 あまりの豪華さに目を丸くしていると、セラフィーナは怪訝そうな顔をした。


「どうかした? 気に入らなかったかしら。あなたのために、ホレイシオが用意したのだけど」


 ホレイシオって誰だっけ、と首を傾げそうになってハッとする。そうだった。なんか、わたしの未来の夫になるらしい人の名前だ。もちろんわたしは、そんな人に嫁ぐつもりはないけどね。


「い、いえ。豪華すぎて驚いただけです」

「あら、そう? たいしたことはないと思うけど」


 これをたいしたことないと言い切るあたり、セラフィーナの生活環境が垣間見えた気がした。どれだけ贅沢をしているのだろう。銅貨十枚で氷を売って喜んでいた過去のわたしが虚しく思えてきた。うまくセラフィーナの企みを阻止した暁には、ここにある家具類を売り払って、その金を懐に入れてもいいだろうか。……怒られるかな、やっぱり。


 座るように促されたので、クリスティーナは部屋の真ん中にある高そうなソファに腰を下ろす。うわ、ふっかふかだよ。体が沈みこんじゃう。馬車に揺られ続けて疲れているから、油断したらこのまま寝そう。


 セラフィーナが、ベルでメイドを呼びつけた。やがて表情筋が死んでいるのかと思われるほど、にこりともしないメイドが一人やってくる。そう言えば、古城に来たばかりの時のアンとミナもこれに近い表情をしていた気がした。王都で働くメイドは、笑ってはいけないルールでもあるのだろうか。


 セラフィーナがメイドに紅茶を入れるように命じると、アンとミナが早く仕事を覚えたいのでと適当な理由を言って彼女について行った。おそらくそれとなく離宮の様子を探ってくるのが目的だろう。うん、優秀だよねふたりとも。

 よし、優秀な二人に負けないように、わたしも自分の使命を果たさなきゃね。


 わたしは対面に座ったセラフィーナをじっと見つめた。高そうなドレスに身を包んでいる。わたしのドレスも、フィサリア国王が用意したドレスだからそれなりの値段だ。よかったよ、全部売り払ってなくて。二着残すことにしたわたし、英断だった。もう着ないだろうなって思っていたけど、まさかここに来ることになるとはね。

 さっきは聖女のようだと思ったけれど、よくよく観察してみると、そのたたずまいは聖女と言うより「女王」と言った方が正しいような気がしてきた。誰もが自分に傅くものだと疑っていないようなと言えばいいのか、自信にあふれた雰囲気。ふと、アンジェリカを思い出す。


「でも、本当によかったのでしょうか? わたし……国の意思が果たせなくて……」


 国の意思が何かはわからないが、「果たせなかった」とさきほどセラフィーナが言ったから、それっぽく困った顔をしてみる。セラフィーナは微笑んだ。


「いいのよ。国の意思よりも、この方がいいの。女は何も、子供を産む道具ではないのだから。ジェラルド殿下は英断だったと思うわ」

「そう、ですよね……」


 頷きながら、わたしは頭の隅に引っかかっていた錘張りがぽろりと抜けるのを感じていた。子供! そうだよ! どうして忘れていたかな。そう言えば、アンジェリカのかわりに嫁げと言われた日、聖女の役割について国王陛下が話していた。


 聖女は皇帝の子を産み、その子を玉座につけること。それが四百年前からの悲願で国の意思。


 そんなことを言っていた気がする。すっかり忘れていたのはあれだね、帰りの馬車の事故で、前世の記憶を思い出すのと同時に抜け落ちたんだろうね。うん。断じてわたしが忘れっぽいだけじゃないからね。あはは。

 マクシミリアンに知られたらあきれられそうだが、忘れていたことをばらさなかったらきっと大丈夫だ。セラフィーナから聞き出したことにしておこう。

 それにしても、ここでジェラルドの名前が出てくるとは思わなかった。ジェラルドの計画についてはわたしは聞かされていないはずだから、知らない顔で訊ねても問題ないよね?


「その、国の意思が変わったというのはどういうことなのか、お聞きしてもよろしいですか? ジェラルド殿下のお考えについても、わたくしには知らされておりませんで……」

「あら、そうだったわね」


 セラフィーナは詳しいことを伝えていなかったことに今頃気が付いたとばかりに頷いた。


「あなたには特にしてもらうことはないけれど、知らないままなのは不安よね」

「はい」


 こくんと頷くと、セラフィーナはジェラルドの計画とやらを話してくれて――

 それを聞いたわたしは、大きく目を見開いたのだった。



     ☆



 クリスティーナから届いた報告に、マクシミリアンは眉を寄せた。

 セラフィーナの離宮に、マクシミリアンは密偵を潜り込ませている。

 密偵にはクリスティーナとアンとミナがセラフィーナの離宮に行くことは連絡済みで、あちらから三人にコンタクトを取らせるように指示を出していた。


 密偵から一度城のベンジャミンに連絡がいき、そこから鳥を使って古城まで連絡が来るようにしてある。

 クリスティーナはさっそく、彼を使って報告をよこした。

 クリスティーナは嘘がつけなさそうなので、情報収集についてはあまり期待していなかったけれど、予想外の健闘を見せた。


(まったく、無茶をしていないだろうな)


 それだけが気がかりだが、アンとミナがそばにいるので、何とかなるだろう。


「何かわかりました?」


 ブライトが訊ねてきたので、報告書をそのまま渡してやる。

 読んだ彼は、マクシミリアン同様に眉を寄せた。


「これ、正気ですか?」

「だろうな。まあ、少々荒っぽいが、悪い策ではないだろう。……アンジェリカが、本物の聖女ならばの話だがな」


 この報告書を読んだ時点で、ベンジャミンも動いただろう。彼は優秀だ。


「俺も戻るか」

「……なんだか楽しそうに見えますけど」

「そうかもしれないな」


 この状況を、もしかしたら自分は喜んでいるのかもしれなかった。

 油断しているわけでは決してない。しかし、これは絶好の機会だとも言える。今まで裏でコソコソしていた連中を一網打尽にし、なおかつ聖女を娶るという馬鹿馬鹿しい慣例を撤廃する絶好の好機。


(ここまで来れば、クリスティーナが俺に嫁いできたのは運命とさえ思えるな)


 正確には、まだ結婚誓約書にサインをしていないけれど、マクシミリアンは彼女を手放すつもりはない。

 誓約書にサインをしなかったのはひとえに、義務のようにサインをもらうのが、なんだか嫌になったからだ。


「いらぬ禍根は摘んでしまおう。残しておいても無益だからな」


 マクシミリアンは口端に笑みを浮かべて、立ち上がった。


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