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聖女嫌いな皇帝陛下 7

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 わたしの予想通り、おおよそ二キロ強の場所まで用水路を掘り進めて、今日の作業は終了した。

 とことこ歩いて古城に戻ってきたころにはすっかり夕暮れで、歩いて汗もかいたから、夕食前に入浴することにする。


 んー、ふくらはぎがパンパン! さすがにずっと立ちっぱなしは足にくるようだ。「クリスティーナ・アシュバートン」は公爵令嬢だけど使用人扱いだったから、それなりに体力がある。だから歩きつかれてくたくたというほどではないけれど、まあまあの疲労感。特に病み上がりで体がなまっていたこともあったのだろう。


 入浴は一人でゆっくり湯船につかるのが好きなんだけど、夕食前だからあまり時間もなくて、ミナに手伝ってもらうことにする。

 猫足のバスタブにつかったまま髪を洗ってもらうって気持ちいいのね。知らなかったわ。あまりに気持よくて眠ってしまいそうだ。

 ふわあと欠伸をしていると、ミナがくすりと笑う。


「それにしても、聖女様の魔術と言うのは何度見てもすごいですね」

「穴を掘っただけよ?」


 特別珍しいことは何もしていない。人力でもできることをしただけだ。魔術だからただ時間がかからないというだけで、時間があれば誰にだってできることだ。

 まあ、魔導士自体珍しいからね。わたしは魔導士にお目にかかったことはないけれど、魔導士でも大半は火を起こすくらいの小さな魔術しか使えないのだと聞いたことがある。するとわたしの魔術はかなり強大だってことになるのだけど、まあ、聖女なんていうチート能力が備わっているのだからこんなものだろう。ほかの聖女が出し惜しみして魔術を使わないから馴染みがないだけで、わたしが使えるんだからほかの聖女も同じことができるはずだ。


「思いつくことがすごいんですよ。誰も、貯水池や用水路を作ろうなんて思いつきませんでしたし、思いついたところでできなかったと思います」


 そう言われてみたら、マクシミリアンも、このあたりの水不足は気になってはいたものの手は付けられていなかったと言っていた。人力で穴を掘ったり溝を掘ったりするのは、思っている以上に大変な作業のようだ。

 この世界には重機なんてないから手作業だもんね。水不足で水がたりないから、喉が渇いても浴びるように水が飲めない中で、せっせと穴掘り。うわ、大変だわ。そりゃなかなか取りかかれないよね。うん、納得。


「水って、大切なんだね」


 お風呂の水を両手ですくいあげながらつぶやく。水がなければお風呂にも入れないのだ。当たり前のことだが、生きていく上で欠かせない存在。蛇口をひねれば水が出てくる世界じゃない。喉が渇いても水が飲めない人がいるのだと考えるとゾッとした。


「わたくしたちはこれまでもお城で仕事をしておりましたから大丈夫でしたけど、水不足で苦しむ人たちは大勢います。深刻な水不足になれば国から水が配給されますけど、充分な量には程遠いですからね」


 日本と違って運搬技術も発達していない。水を遠いところまで運ぶのは大変な作業だ。だから、国としても対応できるのは目に届く範囲内にとどまってしまう。皇帝の直轄地でない地域に行けば、それこそ水不足に陥っても放置する領主もいるという。一番水不足に悩まされているのが王都と皇帝の直轄地。そして西の地域だというが、それ以外の地域でも数年に一度は日照りに悩まされるそうなので、帝国全体の問題と言っても過言ではないらしい。


 大陸の各国を飲みこみながら大きくなった帝国の弊害とでも言うのか、各地をおさめているのはその当時の王族も多いようで、皇帝が国全体の水不足の対策に乗り出そうとしても、毎回誰かが足を引っ張って、計画が進まないのだそうだ。

 まあ、どこにでもある問題と言えばそうなのかもしれない。ほら、国会の与党と野党が言い合いをしているやつと一緒だ。協力し合えない関係があるのは、異世界だって一緒。


 もちろん、強引に推し進めようとすればできないこともないのだろうけど、上から圧力でねじ伏せれば必ず亀裂が入るもので、帝国のように大きすぎる国は、圧政による弊害が大きすぎて、強引な手段がとれないらしい。


 うーん、このあたりからはちょっと難しくて、わたしには半分くらいしか理解できないや。

 わかったことと言えば、皇帝って、玉座にふんぞり返っていればいいだけの存在じゃなくて、とっても大変なんだなってことくらいかしらね。


 マクシミリアンは二十歳の時に帝位を継いで、今二十三だと言うから……なるほど、ちょっとかわいそうになってきた。こういう表現もどうかと思うけど、二十三って言ったらあれでしょ? 大学を卒業した新卒と同じ年齢。それで国と言う、言い換えれば「大企業」の社長をしろと言われているようなものだから――わたしならストレスで禿げそうだわ。マクシミリアンの艶々な銀髪に禿の兆候は見られないけど、将来の彼の髪事情が心配になってきた。


 どうか将来、マクシミリアンが禿げませんように。わたしの祈りでどうこうなるわけはないけど、彼はいい人そうだから心の中でお祈りしておいてあげる。イケメンは禿げてもイケメンだろうけど、髪があるに越したことはない。


 もし禿げたら万能薬を進呈するからねー。傷が治るくらいだから髪も生えてくるよ、きっと。


 ミナによると、水不足と、それに伴って発生する食糧不足で、栄養失調で子供や妊婦が死亡することが多いらしい。アンの弟の一人も、五年前に水不足と食糧不足が原因で命を落としたそうで、あまり顔には出さないが、今回の貯水池と用水路の件を一番喜んでいるのはアンではないかとのことだった。

 アンにそのような悲しい過去があったなんて知らなかったけれど、水不足で死ぬ人がいなくなることを願って、明日も用水路づくりをがんばろうと思う。

 用水路が完成したら、食べられる魚を放してみたりしてもいいかもしれない。やがて用水路の中で魚も取れるようになれば、食糧事情も少しは上向きにならないだろうか。わたしの浅知恵で考えることだけど、あとでマクシミリアンに提案してみようっと。彼ならば、わたしのちょっとした思い付きをうまい具合に調整してくれるだろう。


 髪を洗ってすっきりしたわたしは、バスタブからあがると、バスローブをまとって浴室から出た。

 髪を乾かした後で着替えるワンピースは、部屋の中にすでにアンが用意してくれている。

 ソファに座って、背後からミナが髪を拭いてくれるのありがたく思いつつ水を飲んでいると、突然がちゃりと部屋の扉が開いた。


「聖女、相談したいことが――」


 思うんだけど皇帝陛下、レディの部屋の中に入るときにノックをしないのはいかがなものでしょうか。

 バスローブ姿と言うしどけない格好のわたしはもちろん、彼の顔面に容赦なくクッションを投げつけた。

 きゃーっと悲鳴をあげなかっただけ、感謝してよね。まったく。


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