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聖女嫌いな皇帝陛下 6

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 昼食後、わたしとアンとミナ、セバスチャン、マクシミリアン、そしてブライト、マクシミリアンの護衛騎士の面々は、古城の裏の貯水池にやってきた。

 作ってから数日がたったけれど、池にはまだなみなみと水が張られている。


 作った直後は水が泥で濁っていたけれど、数日たったからか、泥が沈殿して透明度の高い水になっていた。さすがにこれをそのまま飲むのは抵抗があるけれど、農業用水にするのなら問題ないだろう。……というか、この水をもらいに来ている村人や町人たち、これをそのまま飲んでないよね? 

 ちょっと不安になったので、わたしはセバスチャンに確認してみた。


「ねえ、ちょっと聞くけど、これ、飲み水にしてないよね?」

「どうでしょう? ……飲んではいけませんか?」


 何故ですか、みたいな顔をしないでほしい。いけないでしょう。まだ水を張ったばかりだし、腐ってはいないだろうけど、飲んで腹痛とかになったらわたしが恨まれそうじゃない? せめて飲むならろ過して煮沸してから飲んでほしい。


 これはあれだろうか? 用水路のほかに水のろ過装置も作っておく必要があるのだろうか。……そういうこと、詳しくないんだけど、わたし。覚えているのは漏斗と濾紙で泥水をろ過した理科の実験くらいだし。


 そこまで考えて、わたしはふと、あの錬金壺――もとい、「聖王シュバルツアの壺」の存在を思い出した。司祭様の言うところの、万能薬を生成できるあれだ。

 司祭様は万能薬は泥水を透明な飲める水に変えたと言っていた。ならば、この貯水池の中に万能薬をざばーっと入れたら、飲んでも安全な水に変わらないだろうか。


 マクシミリアンに確認したところ、水の浄化技術はもちろんあるのだそうだけど、貯水池すべてにそれを設置して回るのは一苦労だという。それならば用水路ができたあとに、各村や町に水の浄化装置を作った方がいいというが、時間がかかるので、しばらくは村や町の人々がそれぞれ水を煮沸したりろ過したりして飲んでもらう必要があるのだとか。

 ……うん、面倒くさいね。


「陛下、例の薬ですけど、薬の用途を伏せて水の浄化用だと言って各町や村に格安で提供できないですかね?」


 司祭様の実験結果によれば、大きなたらいに入った泥水を浄化するのに、万能薬は一滴あればよかったらしい。充分に使える策だと思うしわたしも小金が入って嬉しい。

 マクシミリアンはギョッとした。


「格安で⁉ お前、あの薬の価値を――」

「だーかーらー、水の浄化用の薬だって言えばいいじゃないですか。浄化装置を設置するまでの代替案なんですから、せいぜい数年くらいなものでしょう?」


 こう言うのは格安で売らないと意味がないのだ。高かったら買わない人も増えるだろうし、きちんと消毒せずに水を飲んで病気になられたら大変なのである。

 マクシミリアンは腕を組んでしばらく考え込んだあとで、前向きに検討するとだけ言った。すぐには判断できないそうだ。だけどまあ、水不足を憂いて貯水池を作ろうとしているマクシミリアンだ、悪いようにはしないだろう。


 よし。じゃあ、万能薬を売るか売らないかという小難しい問題は皇帝陛下に委ねて、わたしは単純な作業だけさせていただくことといたしましょう。


 ええっと、村の方が南西で、街の方が東よね?


 目視でやると間違う可能性大なので、騎士の皆様がマクシミリアンが記した地図を頼りに目印の棒を立てていってくれている。この調子で村まで少しずつ作っていくとなると時間がかかるが、適当にやって怒られるのは嫌なので指示に従うことにした。


 今日は村側の用水路を進めて、ついでにメイドさんたちに頼まれていた城に引き入れる用水路をつくってしまうことにする。

 騎士のみんなが大体……百メートルほど先まで等間隔に木の棒を立てたのを確認し、いったんそこまで用水路用の水を掘ってみることにした。

 貯水池とつなげるのは最後になるので、池と用水路の間五メートルほどはあけておく。最初にここを通しちゃうと、行き止まりのところで水が溢れちゃうからね。予定地まで全部掘ってからつなげないと。


 わたしが魔術を使おうとすると、マクシミリアンをはじめ、ブライトや騎士の面々が興味津々にこちらへ視線を向けた。

 セバスチャンやアンやミナはもう慣れっこなので気にしていない。


 ……あんまりじろじろ見られるとやりにくいなあ、もう。


 そう思いながらも、その場にしゃがみこんで、地面に手のひらを向けた。イメージイメージ。横幅三メートル、深さ二メートルの川。それが目印の木の棒がある百メートル先まで伸びているのを想像し、魔術を発動。――むん、と念じたその直後。

 ゴゴゴ……と地響きのような音を立てて、幅三メートル、深さ二メートルほどの溝が百メートル先まで一気に伸びた。直角に側面が伸びていると落ちて怪我をしそうだから、緩やかな傾斜の土手をつけた台形を逆さまにしたような形だ。


「――!」


 マクシミリアンが目を見開いた。

 ブライトも騎士の面々も茫然とした顔で、できたばかりの溝を覗き込む。


「……そんな……一瞬?」


 ブライトが溝に降りて土壁をこんこんと叩いて顔をあげた。


「強度も問題なさそうです」


 それはそうだろう。水を流して崩れるようなものを作っても仕方がない。そのあたりはしっかりとコンクリート並みの固さをイメージしましたからね。

 マクシミリアンはごくんと喉を嚥下させて、そして言った。


「……続けよう」


 マクシミリアンの指示に異論はない。百メートルほどの溝を掘って満足していたら、いつまでたっても村にたどりつかないからね。

 騎士たちがまた木の棒を突き刺していくから、わたしはその間に溝を終着点まで歩いて行く。マクシミリアンが馬車を出そうかと言い出したので、ちょっとあきれてしまった。


 馬車? 百メートル歩くのに馬車が必要? まあ、このままずっと進めばそれなりの距離になるけど、ちょっと掘ってはちょっと歩くのをくり返すのに、馬車なんてあったら邪魔だろう。


「わたしは歩くからいいですけど、陛下が必要ならどうぞ。ただここに用意されると邪魔なので、下の道に出たところからにしていただけませんか?」

「歩くと言っても……それなりの距離になると思うぞ」


 そうは言うけれど、作業して歩いてをくり返すのだから、夕方までかかっても、二、三キロ先がいいところだと思う。地図を確かめつつ木の棒を刺しているから、時間もかかりそうだし。二、三キロなら普通に歩いて戻れる。まあ、明日以降になるとそれなりの距離があるから、馬車はあった方が助かるけど、今日はいらない。


「歩けるのか?」


 しつこいなあ。何がそんなに不思議なんだろう。


「歩けますよ。わたし、元気な両足がありますから」


 ちゃんと二本の足がついているのが見えないのだろうか。ワンピースの裾はくるぶし近くまであるけど、その先に二つの足があるだろう。歩くことを想定して靴もぺったんこだ。

 そう返せばマクシミリアンは沈黙して、それ以上何も言わなくなった。馬車も用意しないから、マクシミリアンも不要らしい。

 変なのと思っていると、小さく笑ったミナがそっと耳打ちする。


「陛下は、クリスティーナ様のことを心配なさってご提案なさってくださったんだと思いますよ」


 なんと、わたしのことを心配してくれたらしい。

 そうとは知らず、ちょっと失礼な言い方をしてしまったかしら?

 わたしは、黙って隣を歩く、背の高いマクシミリアンを見上げた。


「その、陛下……、言い方が悪かったです。ご心配いただきありがとうございました」


 すると彼はちらりとこちらを見下ろして、小さく笑った。……そう、笑った!

 わあ、イケメンが笑うと破壊力絶大。


「別にいい。歩くのがつらくなったら言え。馬車を出す」


 ……この人、やっぱり悪い人じゃないみたい。

 わたしはもう一度「ありがとうございます」とお礼を言って、マクシミリアンと並んで歩いて行く。距離が開かないから、たぶん、わたしの歩く速度に合わせてくれているんだろうな。


 こんなにいい人そうなのに、どうしてそれほど「聖女」が嫌いなのだろう。

 ちょっぴり気になってしまったけど、「聖女」という時点でわたしも嫌われているんだろうから、訊ねるわけにもいかない。


 聖女って言っても、ちょっと魔術が使えるくらいで、普通の人と何ら変わらないのにね。

 この力は確かに便利だけど、もしこんな力がなければマクシミリアンとも仲良くなれたのだろうかと考えると、ちょっぴり淋しいような気がした。


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