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異質な聖女 6

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 夜になって、マクシミリアンは、古城の二階の客室から、暗い庭を眺めていた。

 城に近いところは、各部屋の灯りに照らされて、庭に植えられている野菜の木々がぼんやりと浮かび上がって見える。

 奥の方は完全に闇に覆われてよくわからないが、それにしても、これだけ広い庭をすべて掘り返して畑に作りかえようなどと、よくもまあ思いついたものだ。


「……変な女だな」


 ぽつり、とつぶやく。

 そう、変な女だ。

 ドレスや宝石類に囲まれて、まるでこの世のすべては自分のものだと言わんばかりに偉そうな態度でふんぞり返っている、それが聖女だ。少なくともマクシミリアンはそう認識している。

 だというのに、ここに来てまず取りかかったことが、ドレスや宝石を買うのでもなく、庭を掘り返して畑にすること? 聖女ではない普通の令嬢ですらそんなことは思いつかないだろう。

 空から水を降らせて城を丸洗いしたことにしてもそうだ。たとえできたとしても思いつかないし、思いついたとしても実行しない。無茶苦茶だ。


 貯水池も、ちょっと思いついたからで作ってしまうような簡単なものではない、はずである。

 マクシミリアンもこのあたりの水不足については頭を悩ませていたが、そう簡単に着手できる問題ではなかったのだ。人手も時間も金もかかる。地方の水不足を解消するくらいならほかの金を割けと、議会はなかなか承認しない。そんなこんなで、この地はずっと後回しにされていた。

 それを、貯水池一つだけとはいえ、思い付きで一瞬でやってのけるとは。

 ああ、わけがわからない。

 ここまで奇想天外なことを思いつく人間にはついぞ会ったことがないからだ。

 思考が追い付かず、マクシミリアンは考えることをやめた。

 どれだけ考えたところで、一生理解できる気がしない。


「しかし畑……、…………ぷっ」


 闇色の庭を眺めていたマクシミリアンは、耐え切れなくなって吹き出した。

 驚きが少しずつ沈下していくと、この状況が急におかしく思えてくる。


(城の庭が畑だぞ? 例えば王都の城の庭が次の日に畑に変えられていたら、どれだけの人間が驚くと思う?)


 使っていない城だったとはいえ、普通、城の庭を畑に変えたりしないだろう。

 どうやったらこんな突飛なことを思いつくのだろう。……ああ、だんだんその「変人」の顔が見たくなってきた。

 マクシミリアンは窓のカーテンを閉め、廊下に出た。

 聖女が使っている部屋の場所は、セバスチャンに聞いたから知っている。

 体調が悪くて寝ているというが、瞳の色は確認できずとも、顔立ちくらいはわかるだろう。


(どんな女だろう。畑で野菜を作るくらいだ、そばかす顔の村娘みたいな女だろうか)


 ちょっぴりわくわくしてしまうのは何故だろう。素朴な顔立ちをしていたら、聖女とはいえ少しは愛着がわくかもしれない。平凡な顔立ちの女に悪人はいないとは言わないが、どうしても着飾って派手に化粧をした女には嫌な印象しかない。聖女に限らず、皇帝の地位にすり寄ってくるあざとい女は後を絶たないからだ。


 聖女の部屋を開けると、当然と言えば当然だが、部屋の中は真っ暗だった。

 廊下の灯りが部屋の中に差し込んでも、奥までは見えない。

 しかし不用意に灯りをつければ目を覚ましてしまうだろう。

 仕方なく、マクシミリアンは部屋の扉を全開にして、少しでも室内に灯りを取り込みつつ、そっとベッドへ近づいた。

 天蓋は降ろしていない。

 少し苦しそうな小さな寝息が聞こえる。


(暗いからはっきり見えないな)


 そう思いつつ、少しでもよく見ようと、ベッドで眠る女に顔を近づけたときだった。

 ぱちり、と眠っていた女の目が開いた。

 暗闇でばっちり視線が絡む。――その、次の瞬間。


「ぎっ、ぎゃあああああああああああああ――――――‼」


 聖女が、とてもではないが妙齢の令嬢とは思えないような大音量で悲鳴を上げた。

 マクシミリアンは思わず息を呑んで後ろに飛びずさったが、その顔面に容赦なく枕が投げつけられる。


「おばけええええええええええええええええ‼」


 何を言っているのかわからないが、聖女が叫んでぼかすかと枕で殴りつけてきた。


「うわ、ちょ、ま……っ」


 枕だからそれほど痛くはないけれど、絶えず殴られるからまともに言葉が紡げないし、何より激しく枕を振り回すから羽毛が飛び出て顔の周りにまとわりつく。


「まっ、まっ、ふえっくしゅん‼」


 羽毛のせいで盛大にくしゃみをしたけれど、聖女の手は止まらない。


「おばけ――‼ おばけええ――ッ‼ うわあああああん、おかああさああああああん‼」

「おばけ⁉」


 ようやく聖女が何を叫んでいるのかを理解できたが、どうして「おばけ」なのかがわからない。

 聖女の悲鳴を聞きつけて、隣の部屋で休んでいたメイド二人とセバスチャン、それからブライトまでやってきた。


「どうされたんですか⁉」


 セバスチャンが声を裏返して訊ねるも、そんなこと、こっちが聞きたい。


「し、しるっ、とめっ」


 知るか、止めろと言いたかったのに、枕で殴りつけてくるから最後まで言えない。

 いち早く我に返ったアンとミラが、慌てたように聖女を取り抑えにかかった。


「落ち着いてくださいませクリスティーナ様!」

「お、おばっ」

「お化けではございません、陛下です!」

「へ、へい?」

「へいじゃなくて陛下です、いいからとりあえず枕を離しましょう!」


 ミラが聖女から枕を取り上げて、アンが部屋の明かりを灯した。半泣きのその顔があらわになり、マクシミリアンは思わず息を呑んだ。

 金色の艶やかで長い髪。涙で濡れた瞳は綺麗な水色。くるぶし丈の薄ピンクの夜着の襟元から見える首は細く折れそうなほど華奢で、その上に載っている顔もびっくりするくらいに小さい。

 白い肌に、大きな目。泣き叫んだからなのか、それとも熱があるからなのか、頬は薔薇色に染まっている。


(…………綺麗だな)


 純粋に、そう思った。

 半泣きで、桃色の唇はへの字に曲げられていて、じっとこちらを睨んでいるその顔ですら、美しいと、そう思ってしまった。

 聖女クリスティーナ・アシュバートン。

 彼女は、マクシミリアンが今まで見たことのあるどの女性よりも美しかった。


(あの顔であの悲鳴を上げたのか……)


 そして枕でぼかすかと殴りつけてきた。あの細腕で。


(信じられないほどの美人なのに……)


 くらくらと眩暈に近いものを覚える。

 そうか。この美人が聖女で、マクシミリアンの妻で、庭を畑にして城を丸洗いし貯水池を掘って、ぎゃあとカエルがつぶれたような声の悲鳴を上げて枕で殴りつけてきて――誰か、嘘だと言ってくれ。

 人は見かけで判断すべきではないというが、あまりに外見と行動にギャップがありすぎる。

 聖女はぐすんと鼻を鳴らして、じろじろこちらを睨んでから、こう訊ねてきた。


「人間?」


 マクシミリアンはがっくりと肩を落とした。


「それ以外に見えるのなら今すぐに医者に診てもらうことを薦める」




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