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プロローグ 1

新連載開始いたします!

プロローグが少し長いので2回に分けさせていただきました。

 今の気分を一言で表現するなら「ドナドナ」が適当だろう。


 ドナドナって売られて行く子牛を歌ったものだけど、さしずめ売られて行く子牛の気分ってこと。

 乗っているのは荷馬車ではなくて黒塗りの四頭立ての豪華な馬車だけど、だから何だって感じ。


 ちらっと馬車のカーテンを開ければ、外にはずらっと馬車を取り囲んでいる帝国兵が見える。一様に分厚い甲冑に身を包んで、頭のてっぺんに青色の毛をはやした兜をつけていた。

 帝国兵の奥に見える木々の常緑樹の葉には、うっすらと雪が積もっている。

 二月も半ばだが、このあたりは標高が高いので、まだ時折雪が降るみたいね。

 道が滑りやすくなっているからか、馬車の速度はゆっくり目だ。


 わたしはカーテンをきっちり閉じると、ふかふかのえんじ色の座面にごろんと寝そべった。馬車の中は広いけれど、さすがに足を伸ばして寝られるほどではないので、足をくの字に折って仰向けになる。

 馬車の中はわたし一人きり。帝国の意向で、同行者は誰一人認めないとのことだった。

 馬車が豪華だろうと何だろうと、厳重に帝国兵に囲まれての移動なんて、囚人を護送しているのとなんら変わらないだろう。

 逃亡を警戒しているだろうけど、逃げませんよ。逃げられないし!


「ドナドナ、ドーナドーナ……ってこんな歌だったかしらね?」


 前世の記憶を取り戻したのはついこの前のはずなのに、なんだか何十年も昔のことのように朧気に感じるのは、前世の夏希と今世のクリスティーナ・アシュバートンの記憶が融合しちゃっているからかもしれない。

 っていうか、この道ガタガタすぎない?

 スピードを落としてこれだから、きっと普通に走っていたらさぞ乗り心地が悪かっただろう。

 がったんがったん馬車が上下に揺れて、油断していると舌を噛みそうだった。


「はー……ドナドナ、ドーナドーナ……花嫁なのにぃ~」


 つい恨み節のように口から出てしまうけれど、どうせ馬車の中には一人きりなので、誰も聞いていない。

 それをいいことに替え歌の「ドナドナ」を気持ちよく歌いながら、わたしは腕を伸ばして、もう一度カーテンを小さく開いた。

 昨日雪が降ったけれど、今朝はよく晴れていて、だいぶ柔らかくなった木漏れ日がカーテンの隙間から細く差しこんでくる。


 今が上り道。下り坂に差しかかれば国境が見えてくる。

 国境と言っても、小さな標識が立っているだけらしいけどね。

 国境を抜けると、そこから先は、小国フィサリア国を除いて大陸全土を支配しているソヴェルト帝国に入ることになる。

 ソヴェルト帝国が圧倒的な軍事力を持ってして大陸を掌握して早四百年。

 この四百年の間に、いったい何人の「聖女」がこうして帝国に「ドナドナ」されたのだろうか。


「聖女ねえ……」


 替え歌を歌うのをやめて、わたしは人差し指を小さく動かした。途端に、少し肌寒かった馬車の中かぽかぽかと温かくなる。

 前世の記憶だと、聖女って悪魔とか瘴気とかを浄化する神聖な存在だったはずなんだけど、どういうわけかこの世界では、ほぼ「大魔導士」的な存在として認知されている。つけ加えるならば「何一つ不可能はない天才大魔導士」というところだ。


 誰かを傷つけることも癒すことも、滅ぼすことも守ることも、望めばすべてができてしまう万能な存在。それが聖女だと言われているのだが――、はっきり言って、この手にそんなすごい力があるとはあまり思えない。

 そりゃあ、何もないところから水を出したり、こうして部屋の中を温めたりすることはできるけど、自分にどこまでの力があるのか限界まで試したことはないから、よくわからないのである。


 第一、残されている文献によると、この四百年、聖女がその「万能な力」を振るったという記述は一つもない。それどころか小さな魔術すら使った記録もなく、一説によると、聖女は神聖な存在だからむやみやたらに力は使わないかららしい。

 そう言うことだから、フィサリア国にいる「本物の聖女」も、魔術を使わないのだろう。異母妹アンジェリカが魔術を使ったことなど、一度も見たことがない。


 とまあ、その「聖女」であるが、フィサリア国が帝国に吸収されない条件として、大陸で唯一フィサリア国でのみ誕生するらしい聖女はもれなく帝国の皇帝、もしくはその子に嫁がせるという盟約があった。

 それは、名誉なんだって。

 帝国の皇帝の正妃として大切にされるから、幸せなことなんだって。

 実際アンジェリカも、突然「嫁ぎたくない」と我儘を言い出す前までは、帝国で女帝として君臨するとかなんとか御大層な夢を声高に語っていたけれど、正直わたしにはドナドナされているとしか考えられませんよ。


 三十五年前に嫁いだ聖女セラフィーナも、聞けば、王都の離宮に押し込められて淋しく暮らしているって言うじゃない?

 セラフィーナの夫は今の皇帝マクシミリアンの祖父だったはずだけれど、年の離れた夫との間には子供がいなかった。現皇帝の父、前皇帝はセラフィーナの夫の側妃が産んだ子で、当然、マクシミリアンにはセラフィーナの血が流れていないから、冷遇されているという噂もある。

 真偽のほどはわからないけれど、帝国兵たちの義務的な感じを見ても、聖女がそれほど歓迎されているとは思えない。

 むしろ人質に近いんじゃないかなあとまで思ってしまうのは、疑いすぎだろうか。


「ま、いっか。なるようになるだろうし、一応皇帝陛下のお妃様になるんだから、家にいるよりは多少ましだろうしね」


 わたしはむくりと起き上がると、反対の座面に置いていた箱の中からクッキーを取り出した。

 ソヴェルト帝国の王都レグースまで馬車で二か月くらいかかるらしいので、わたしの身の回りの世話をする女性が数名いるけれど、後続の馬車に乗っている。

 聖女様と同じ馬車に乗るのは恐れ多いというのが彼女たちの言い分だが、なんだか怯えられているような気がするのは気のせいだろうか。っていうか、世話をするためにいるのに、移動中は聖女を一人ぼっちにしているなんて、本末転倒だと思うけれど。

 だからせっかくおいしいクッキーなのに、一人でもそもそ食べるしかなくて、ちょっと寂しい。

 クッキーを食べながら、次の宿泊先まではあとどのくらいかなあと考える。


「まったく、アンジェリカも、聖女を名乗ったんなら最後まで責任持ちなさいよね」


 つい恨みごとが口をついて出てしまうのは許してほしい。

 なぜなら本来、わたしはこうしてドナドナされる予定ではなかったのだ。

 わたしはつい二か月前の雪の日のことを思い出して、はーっと大きなため息を吐き出した。





お読みいただきありがとうございます!

完結まで毎日更新予定です。

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