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この歌みんなに届け

 有紀は、2011にあの東日本大震災で家族と家屋を失った。当時、家から近い大学を卒業し憧れていた東京での就職が決まっていたので、友人の恵美と卒業旅行に出掛けていた。そこでニュースを見て、お互いに家族に連絡を試みたが繋がらなかった。あと3日残っていた旅行も何もする気になれず、ホテルでほとんど会話もせずテレビに釘付けになっていた。

 最終日の朝に恵美は、父親から連絡があった。そして羽田空港へ私たちを迎えに来てくれるとのことだった。

 羽田に着くと恵美の父は、すでに待っていた。早速2人は、恵美の父の車に乗った。車に揺られながら有紀は、依然家族と連絡が取れないままで、恵美の父から聞かされる仙台の惨状に絶望感を覚えた。

「有紀さん、もう遅いしとりあえず今夜はうちで泊まって、明日家に向かってみたら」

 その提案を受け入れ高台に建つ恵美の家に着くと被害を受けたようなところは、ほとんどなかった。

 翌朝、恵美は、

「一緒に行く」

 と言って、有紀の家に向かった。2人とも変わり果てた街の風景に言葉を失った。無言で1時間程歩いた。

 もうすぐ家が見えるはずだったが、ない。隣の家も向かいの家も。両親が働いていた海に近い工場も。有紀は、その場で泣き崩れ、恵美は立ち尽くすしかなかった。どういう言葉をかけたらいいのか考えていた恵美は、

「きっと家族は、どこかの避難所にいるんじゃないかな? 探しに行こう」

「この状況で生きているわけないでしょ。恵美の家や家族が何もなかったからって空気の読めないこといわないで。もう帰って」

 有紀は、現実を受け入れられずやり場のない怒りを恵美にぶつけた。

「わかった。帰る。今夜も行くところなかったら泊まりに来ていいよ。私に何かできる事があれば、いつでも頼って」

「そんな事あるわけない。もう2度と行くことも会うこともない。恵美に私の気持ちがわかるわけないでしょ」

 恵美は俯いて家の方向へ歩いていった。泣いていた。有紀は、この時にあろうことか恵美からの連絡手段を全てブロックしてしまった。

 有紀は、行くあてもなくなり避難所へ向かった。ここで2夜を過ごした有紀は、この生活に疲れていた。毎日どこかで泣いている人がいる。夜は寒いし、いびき、寝言、歯軋り。この先、どうしようか考えている時、携帯に着信があった。誰だろう。登録のない番号だった。出るのをやめようとも思ったが、こんな時だから出ることにした。

「もしもし」

「渡辺有紀さんの携帯で、間違いありませんか? 」

「はい」

「ご無事でよかったです。私は、東京の株式会社〇〇の白井真央と申します。渡辺さん、今、どういう状況ですか? 」

「今、避難所にいます。津波で、家がなくなって、両親とも連絡が……」

 有紀は、泣き出してしまった。少し落ち着くのを待って、真央は、

「渡辺さん、住むところがないのでしたら、東京にいらっしゃいませんか? 私、少しでも渡辺さんの力になりたいです」

「ありがたいお話ですが、東京に出る手段も、お金もありません」

「お迎えに行かせてください。しばらくお待たせしますが……。どちらの避難所ですか? 」

 由紀が、場所を言うと、真央は、すぐ出発すると言って電話を切った。有紀は、とりあえず、この絶望的な状況から少し抜け出せるのが、嬉しかった。それも憧れの東京で、試験に行って、面接の時に会った社長さんや社員さんの印象が、とても優しそうだったので、この会社を選んで間違いなかった。さっきの電話の白井さんも若そうな声なのに言葉遣いも丁寧だったし……。私も頑張ろう。でも、4月から働くなんて状況になるかな。働かないとお金ないし……。時間が、たっぷりあるから、いろいろ考えてしまう。しばらくして、避難所に大きな声が響いた。

「渡辺有紀さん、いらっしゃいませんか? 」

 金髪に濃い色のファンデーションの、いわゆるギャルが、OLの服装で大きな箱を抱えて立っていた。テレビや雑誌では見たことあるが実際にそういうのを初めて見た有紀は、少し恥ずかしそうに一瞬手をあげ、ゆっくり、その声の主に俯きながら近づいていった。すると、また大きな声で、

「あっ、渡辺さん。はじめまして。大変お待たせして申し訳ございませんでした。皆様、こちらおにぎりです。人数分あるかわかりませんが、お召し上がりください」

 と言ってその箱を置いた。有紀は、自分にも好奇の目が向けられているのを感じ「お願いだから黙って」と言う言葉を飲み込んだ。想像していた人物像と真逆だったので、急に不安になった。

 有紀が、すぐ近くのところで立ち止まるとにっこり笑って今度は普通の声で

「改めまして私は、東京の株式会社〇〇の白井真央と申します。お会いできてとても嬉しいです。よろしくお願いします」

 と握手を求められたので有紀が、手を差し出すと、それはほんの数秒で、すぐにハグされていた。有紀は、照れくさくなり、離れようとした。すると真央は、

「申し訳ありませんでした。では向かいましょう」

 と手を引いて車の助手席のドアを開けて有紀が座ると、

「もう少しお待ちください」

 と言って今度はトランクを開けて水やお茶の箱、計6箱を避難所に運んだ。その様子を見ていた有紀は、手伝おうかと声をかけるが断られた。真央は、それを終えると運転席に乗り込み、

「では、出発します」

 と言い車を走らせた。

「有紀。へへへ、やっと言えた」

 突然、呼び捨てにされ驚いて真央を見ると、

「私、高校を卒業して、すぐこの会社に就職したから同い年なんだよ。今までは会社の一員としての顔もあるからビジネス用の言葉を使ってたけど、もう2人きりだから同居人として遠慮なくタメ口で話せるね。私のことは、真央ってよんで」

「同居人……、ですか? 」

「タメ口で、いいって。そうだよ。今日から有紀は、私のアパートで暮らすの。」

「迷惑じゃないですか? 」

「だからタメ口。全然。それに有紀は、他に住むところないでしょ? もしかしたらもうアパート決めてた? 」

「父親が予約してくれてたところに今度の3連休に敷金、礼金払って引っ越しすることになってたけど……」

「何もない状態なら住めないね。諦めて私と一緒にルームシェアしよ。まあ、そんなに広くないけど……」

 有紀は、迷っていた。大卒のプライドもある。高卒のギャルで急に馬鹿丸出しみたいになった真央と一緒に暮らせるだろうか。でも、働かないとお金もないし、どこに行ったら何が買えるかもわからない。

 いろいろ考えを巡らせていると

「そんなに嫌? 実は、お金なら社長から義援金として、とりあえず100万円、有紀のために出させたから敷金、礼金は払えるよ。私、迷惑かけないようにするから……。家事もするし……。1人になりたい時には言ってくれたら私は、実家に帰ってるから……。まあ、数日間だけでも一緒に暮らそう」

 そう言って、鞄から封筒を取り出し、有紀に渡した。

「これは? 」

「100万円」

「こんな大金、受け取れないよ」

「私に返されても困る。私から社長に返したら渡さなかったと思われるでしょ。社長、ケチだから出させるの大変だったんだから」

「真央が、社長さんに出させたの?」

「そんなことはないけど優秀な人材を確保するには、それくらいの投資は、するべきだとアドバイスをしただけ。それに有紀は、多分、社長の好みだから」


 いつの間にか眠っていた有紀が、目を覚ますと眩しいくらいのネオンが、飛び込んできた。キョロキョロ見回していると

「起きた? 都内に入ったから、もうすぐ着くよ」

「ごめんなさい。随分、寝てたみたい」

「うん。随分、寝てた。仕方ないよ。疲れてたでしょ」

「でも私、運転できないからよくわからないけど長距離だと疲れるでしょ? 」

「平気。居眠り運転してたから」

「えっ」

「そんなわけないでしょ。私タフだから」

 と言いながらレンタカー屋さんに入った。

「着いたよ」

「これレンタカーだったんだ」

「そうだよ。東京で車持ってても邪魔になるから」

 車を降りて2人は、並んで歩いた。仙台と違いもう夜だというのに結構、人が歩いていた。そして、ここでは、真央の髪やメイクも普通だった。

 それよりも驚いたのが、すれ違う多くの人が、それも老若男女問わず「真央」とか「真央ちゃん」と声を掛けてくる。彼女は、笑顔であいさつをする。そんなに有名人なのか?

「生まれてからずっと、ここに住んでいるからね。悪い事は、しないほうがいいね」

 そんなことを言っていた。それから立ち止まって、

「ここが駅。それで、そこに大きいビルがあるでしょ。私達の会社が6階に入ってる。お腹空いたね。もう少し歩こう」

 それから300メートル歩いて、

「ここに入ろう」

 と言ってカレー屋さんに入った。店員が、

「真央ちゃん、いらっしゃい」

 と言うので、

「ここ、よく来るの? 」

 と聞くと、

「滅多に来ない。外食自体あまりしない。有紀には、明日から私の不味い料理を食べてもらうから、もっと不味いここで舌をおかしくしておかないとね」

「真央、それ失礼だよ」

「そんなことないよ。食べればわかる」

「真央ちゃん、それはないよ」

 と言いながら店員がカレーを持ってきた。一口食べたところで真央が、有紀に聞いた。

「どう? 」

「おいしいよ」

「おかしな。自分が作った料理で私の味覚が、おかしくなっちゃったみたい」

 とか言いながら帰る時には、

「ご馳走様でした。美味しかったです」

 とか言っていた。そこから2件隣のところが、真央のアパートだった。そんなに広いわけではなかったが、収納が多く置いてあるものが少ないせいか2人で住んでも問題無さそうだった。

「ベッドは有紀が使ってね。あっ、その前にお風呂だよね」

 風呂の準備をしている真央に聞いた。

「真央は、どこで寝るの? 」

「ダイニングのソファ。ベッドにもなるやつだから」

「それじゃあ悪いから代ろうよ」

「ダメ! だって私、キッチン使うから。明日は、仕事に行くから朝食はテーブルの上に昼食と夕食は冷蔵庫に入れておくつもり。レンジで温めて。ただし寝てしまって作ってなかったら隣のコンビニで買って。説教は、仕事から帰ってから受ける」

「そんなことするわけないでしょ」

「あ、お風呂沸いたよ。しまった。下着持ってる? パジャマもないよね? 」

「そうだった。スーツケースに何着か入ってるけど洗濯していない」

「それは洗濯するから貸して。ベッドの下とか箪笥の中とか着れそうなのを探してみて。新しいのも使っていいから。この部屋にある物は、全部、共有しよう」

 翌朝有紀が、目覚めるとすでに真央は、出かけていてキッチンのテーブルには、朝食と鍵が置いてあった。昨夜も遅かったのにいつの間に準備したのだろう。冷蔵庫には、昼食と夕食が、入れてあった。

 さらに驚いたのが、ベランダには洗濯物が、干してありトイレや風呂も綺麗になっていた。完璧だ。食事もとても美味しかった。

 この日、LINEで「残業で帰るの遅くなる。明日は、休みだから買い物に行こう。疲れてたら先に休んで」と真央から連絡があった。22時頃にドアが開く音がして有紀が起きているのを確認すると

「ただいま。ごめんね。遅くなって……。いろいろ教えてなかったことがあったので不自由だったでしょ」

「おかえり。特に不自由なことはなかった。いつもこんなに遅いの? 」

「そうだね。あっ私の服。似合ってる。下着は、どんなセクシーなのにした?」

「一番普通の」

「普通のなんか持ってないのに。サイズは、どう? 」

「ブラが、少し大きいけどあとは、丁度いいのを選んだ」

「やった。私の方が、胸大きい」

 真央は、そう言って夕食を一口食べ、

「今日は、そんなに不味くないように思うけど、どうだった? 量は? 」

「3食とも美味しかったし量も丁度良かった」

「じゃあ1日目は合格? 」

「もちろん」

「有紀の採点甘いね。あ比較の対象が、避難所なのか。それよりましだった? 」

「避難所は、比較の対象にならないよ。少し寂しさを感じる程度」

「なるべく早く帰りたいけどね。有紀が、仕事に出られるようになったら24時間一緒にいられるのに。あ、まだここは、お試し期間だったね。でもお父さんが予約してたアパートは、キャンセルしておいた」

「どこかわかったの? 」

「何件か不動産屋さんに電話して探し当てた。入らないとこに家賃とか取られるのは、もったいないでしょ」

「ありがとう」

 翌日は、朝からいろんなところへ行った。服屋さん、靴屋さんなどとりあえず必要な物を買い揃えた。それほど高い物を買ったわけではないが真央を見るとどの店も嬉しそうに迎え入れ安くしてくれた。

 会計を終えると決まって真央は、嫌な顔ひとつせず荷物を持ち有紀には何も持たせようとはしなかった。

「真央って人気者だね」

「今までさんざん安くしろって脅してきた店だから。怖がられてるね」

 もちろん有紀は、それが嘘だということはすぐにわかった。

 それ以降も真央は、手抜きもせず同じように有紀のために尽くしてくれた。料理も毎食美味しかった。

 3月も終わりかけた平日、仕事中のはずの真央から「今暇? 出かけられる? 」とLINEが入り「大丈夫」と返信すると慌てたように帰って来た。

「どうしたの? 」

「社長が、4月1日の入社式には有紀にも出てもらえって。だから今からスーツとか靴を買いに行こう」

 真央に連れられ、いつもの商店街へ行く。

「こういうところの専門店だと高くない? 」

「そうかも……。量販店より高い分は私が、払うね。金額によっては社長に払ってもらおう」

「社長さんには、この前にももらってるのに……」

 店に入り値札を見るとやはり高い。選びかねていると店員が、やって来た。

「今日は真央ちゃんと一緒だから赤字覚悟。安くするよ」

「ありがとうございます。オーダーすると何日ぐらいかかりますか? 」

「明後日にはなんとか…」

「だったら有紀思いきってオーダーにしようよ」

「じゃあ早速採寸させていただきます」

 有紀は、店員に聞こえないよう小声で真央に抗議する。

「安くしてくれると言っても元の値段が、結構するよ」

「じゃあ早速採寸させていただきます」

 有紀は、不満だったが店員にメジャーを当てられ始めた。真央もすぐに手伝う。店員は、

「また真央ちゃんが……。相変わらずいい子だね」

「やめてください。私は、もう立派な大人ですよ。あ立派ではないですが……」

 そんな2人のやりとりを聞きながら、採寸は終わった。スーツの色を決め鞄、靴なども選び問題の会計。店員は大手量販店のチラシを持って来て、

「ここが、スーツ、靴、鞄セットで、この値段だからこれから千円未満切り捨てってことで勘弁してよ」

 と真央を見る。

「私が、買うわけではないから……。どうする? 」

「買います。本当にこんな値段でよろしいのですか? 」

「もちろん。今日は、久しぶりに真央ちゃんに会えてすごく嬉しいから。有紀ちゃん真央ちゃんをよろしく」

 またいつの間にか買った物を真央が持っていた。スーツも仕上がったら真央の会社に届けてもらえるようになった。アパートに荷物を置くと真央は、また仕事に戻って行った。

 2日後の3月31日真央は、いつもより早めにスーツを持って帰って来た。

「もう夕食食べた?」

「まだ」

「じゃあさっさと食べて早速着てみてよ」

 真央は、嬉しそうにレンジから夕食を取り出してテーブルに置いた。平日に初めて夕食を一緒に食べた。

「今日もこの後仕事に戻るの?」

「さすがにもう行かないよ。明日は、10時から入社式でそれに間に合えばいつ出社してもいいって。もちろんそれは有紀だけで他の新入社員は、定時出社だけど」

「真央と一緒に行く。その方が、心強いし」

「じゃあ8時にここを出よう」

「いつもは、もっと早く出かけてない? 」

「そうだけど、そんなに早く出なくていいよ。明日は」

「ところで話があるけど……」

「ついにきた。お説教? それとも……、出て行っちゃうの? どっちにしてもファッションショーが、終わってからにしよ」

「お説教なんてするわけないでしょ。毎日一生懸命頑張ってくれてるのに」

 夕食が終わり真央が片付けている間に有紀は、スーツに着替えた。

「すごく似合う。新入社員みたい」

「新入社員だからね」

「きついところは、ない? 」

「ない。さすがオーダー」

「よかったね。でもあの店で脅したことなんてないのに何であんなに親切だったんだろ? 」

「あのね。私、真央さえよかったらしばらく一緒に暮らしたい。というか一緒に暮らさせてください」

「また敬語の無駄遣いする。もちろんいいよ。喜んで」

「ありがとう。私、1人暮らしってしたことないし真央のように完璧にやりこなす自信がない。今まで必要な物しか買ってないけど結構お金使ったし真央に食費とかも払わないといけないし……」

「それはいらないよ。私なりの復興支援だと思って。そんなに豪華食材使っているわけじゃないし……」

「でも私にも何かやらせてよ」

「じゃあ何か食べたいものがあったら買ってきてよ。レパートリーもなくなりつつあるし……。でも難しいものを作ってと言われても上手く作れないかもしれないけど……」

「それだけ?」

「うん。それだけで充分。さあ明日は大事な日だから早めに休んだら? 」

 翌朝目覚めると真央が、食事の準備していた。

「おはよう」

「おはよう。いよいよだね」

「真央は、朝から元気だね」

「だって有紀と一緒に出社できるなんて、こんな嬉しいことないよ。さあ食べよ」

「いただきます」

「有紀が、化粧したの初めて見た」

「失礼な! 今までも昼間は、してたよ」

「色薄過ぎない?」

「これで充分。真央みたいなメイクは、絶対しない」

「もったいない。似合うと思うけど」

 そんな会話をしながら出社の準備をしていると8時になった。アパートから会社まで歩いた。エレベーターを降りると受付で、

「こちら新入社員の渡辺有紀さんです。よろしくお願いします」

 真央に続いて有紀も

「渡辺有紀と申します。よろしくお願いします」

 というと真央は、

「じゃあ後で。頑張ってね」

 と言って奥へ向かって行った。

 入社式を終えた社長が、

「渡辺さんが、こっちへ来たら通してくれ」

 と真央に言って、社長室に入って行った。その後案内係の方に連れられた有紀が、真央の隣に来た。

「渡辺有紀と申します。よろしくお願いします」

「有紀」

 緊張していたためそこで初めて真央の存在に気づいて表情が和らいだ。

「社長が、お呼びだよ」

 と言って社長室に通した。

「社長、渡辺有紀さんです。口説いちゃダメですよ」

 と言って真央が、ドアを閉めた。

 有紀は、改めて、

「渡辺有紀と申します。よろしくお願いします」

 と言って社長に促されたソファに腰掛けた。義援金のお礼など震災関連の話が終わると真央の話になった。

 まず東京に来てからの生活について社長からいろいろ聞かれ真央に助けてもらい満足していると話すと嬉しそうだった。

 そして社長は、今までとは声のトーンや表情を変え真央の過去を話し出した。真央は、全く興味なかったが中学1年の時にこの辺の商店街の会長に推薦されご当地アイドルに抜擢された。この会長は、地域の信頼も得ていたので、推薦された真央は、断る事ができなかった。さらに他は高校生との5人組にも関わらずセンターでリーダーになった。運営は、商店街の役員だったが当時の会長が、グループのデビュー直前に急逝された。次に会長になったのは、前会長の後釜を元々狙っていて、とりあえず前会長の理解者のふりをしているが、陰では悪口ばかり言っていた。そんな人だから前会長の息がかかった真央が、気に食わない。真央は、最初のステージから歌もダンスも、そこそここなし称賛されたが新会長を始めスタッフである他の役員は、ますます真央を嫌った。事務所の近所の方々に聞くと真央は、毎日呼び出され夕方から深夜まで音楽や怒声が聞こえたらしい。さらに客が、少なかったら真央の責任にされイベントが決まるとその前日まで毎日学校が終わってから終電まで駅で真央だけが、チラシ配りをさせられていた。そんな時でも真央は、駅で困っている人を助けていた。道に迷っている人や落とし物をした人、転んだ人とにかくそういう人の側には真央がいた。イベント当日も真央だけが、準備から片付けまで手伝っていた。さらに他の準備をしていた人にお茶とかを差し入れしていた。イベント当日も少しでも他のメンバーが、失敗するとスタッフから「真央が悪い」と叱られ特に1日に何回か公演がある時は、その間の休憩中ファンや親まで近くにいるところでも怒鳴られ、さらにビンタや蹴りをされ頬を腫らしたり衣装に足跡がついていても元気に笑顔で次のステージに上がっていた。CDが発売され売り上げが悪いとこれも真央の責任で休みの日には、自分でCDショップにお願いして店頭販売に行っていた。運営資金の経理を真央に任せ資金が足りないときは、商店街や企業に頭を下げて資金集めをしていた。それでもスタッフの分はきっちり取るがメンバーには、ほとんどお金を渡さなかった。真央だけ着ている時間が長いから衣装もぼろぼろで自分で縫っていたら大切に着ないからだと怒られ、どうせすぐにそうなるからと2度とアイドルらしい格好はさせてもらえず真央だけいつも安っぽいTシャツにショートパンツだった。それでも真央のパフォーマンスが、一番目立っていた。それだけ忙しい生活でも学校の宿題は、やって行かなかったことがなかったそうだ。みんなが、真央が頑張っているのを見てきたからスタッフに抗議すると真央が、告げ口したと叱られていた。メンバーも自分が叱られたりすると真央が庇ってくれるのに真央が、叱られてるのは知らん顔。彼女たちも自分がミスしても真央のせいにしておけば……という感じだった。みんなが、グループではなく真央の人柄に惹かれてファンになったこと。真央が、高校生になる頃にはイベントもやるたびにいっぱいになるようになった。真央は、ファンはもちろんメンバーやスタッフさんのおかげと言っても他のメンバーやスタッフは、自分のおかげで真央は何も貢献していないと言われていたこと。真央の評判は、広域になり複数の大手の事務所からスカウトされかなりの金額を提示されたが運営は、そんな金額では話にならないというし真央は、他のメンバーと一緒でないと嫌だと言って決裂した。

「どうして真央は、そんなに辛いアイドルを続けたんだろう? 」

「どうやら推薦してくれた前会長と約束していたみたいなんだ。アイドルもセンターもリーダーも高校卒業までの6年間は続けると。だから新会長にどれか1つでも剥奪されそうになると必死で続けさせてくれと頼み込んだらしい。もちろんメンバーにも「私なんかがセンターでリーダーっていうのは嫌だとわかっているけど絶対がんばりますのでそれだけは続けさせてください」と言ったらしい。それで高校2年生の時に駅でチラシ配りをしていた真央に声を掛けてベンチに腰掛けて聞いてみた。アイドルは、高校まででやめるってことだけどその後何するの? と聞くと「この辺りで私を雇ってくださるところが有ればそこで働いてファンやお世話になった方々に恩返ししたい」って言うんだよ。思わず真央に恩返ししたい人は、たくさんいるかもしれないけど真央が恩返ししなきゃいけない人なんてほとんどいないでしょ? と聞くと「私のアイドル人生は、確かに辛くて悲しいこともいっぱいありますが、それは私の力不足によるところが多くファンの方の応援や励ましで夢のような時間を過ごしていますから」と答えた」

「真央ってすごい人なんですね」

 黙って聞いていた有紀が、涙を浮かべながら言った。

「そうなんだよ。それで真央にうちで働かないか? と言ったら「私、大学には入れませんので無理です」って。今から勉強すれば間に合う。と言ったら「私、この活動高校卒業までは続けるんです。どんなに頑張っても他の人より勉強する時間がありません。せっかくグループを応援してくださる方が増えてきて、全国区になれるチャンスがありそうですし」というのでみんなは、真央の応援に来ているし真央以外のメンバーに全国区になれるチャンスなんてあるわけないと言ってしまったら「私は、たまたまセンターでリーダーってことで他のメンバーよりほんの少し脚光を浴びているだけです。他のメンバーのこと悪く言われるのは、耐えられないので失礼します」ってチラシ配りに戻ってしまった」

「なんでそんなに他のメンバーを庇うか理解できません」

「そうだろ。真央にとって他のメンバーなんて足枷に過ぎないのに。どうしても真央にうちで働いてもらいたくて後日真央に実は、来年うちの会社も高卒の採用をしたいと思うので是非来てくれというと「社長さん、いつも私を応援していただき誠にありがたいのですが、私を採用するためだけにルールを変えるのは良くないと思います」と言って断るので困っていると「じゃあ試験を受けさせてください。大学生と同じのを。それで成績が、悪かったらあきらめてください」というので自信があるか尋ねると「いいえ。全くありません。だからと言って私に勉強する時間は、ありません」だって。他人のためなら全力を尽くすのに自分のことになると急に欲が、なくなってしまうんだよ」

「でもここにいるってことは……」

「そう。見事な成績だった。天才だよ真央は。で実際働いてからも。あ、ここからのことを話すと君からの正当な評価が、できなくなってしまうから。とにかく君も辛い思いをしているところ申し訳ないが、真央を支えてやってくれ。真央は、もう引退したからアイドルじゃないというけど俺やこの界隈の人たちには、アイドルなんだ。実は今回の採用は、真央のための仕事のパートナーを雇いたかった。真央に誰がいい?と1次試験合格者の履歴書を見せたら「この人、渡辺有紀さんが、いい」と言ったので君を選んだんだ。俺は、真央の目を信じているから……。よろしく」

「こちらこそよろしくお願いします」

 有紀が、社長室を出るともうすぐ13時という頃だった。真央は、

「随分遅かったね。社長に襲われた?」

「そんなわけないでしょ」

 と答えると、

「私、午後休暇をもらってるからランチ行こ」

「えっ、私は、仕事は?」

「まだしなくてもいいよ。じゃあ行くよ」

 真央が、選んだのはパスタだった。ここでもやはり店員は、真央を見るなり

「真央ちゃん、久しぶり。おいしいのを食べてほしいからお任せして」

「以前この店で、無銭飲食したので毒入りパスタが出てくるよ」

「またそんなこと言って……。社長さんから真央の黒歴史のことを聞いたよ」

「黒歴史じゃないよ。ちょっと恥ずかしい過去だけど私を成長させてくれたと思うから……。社長は、どっちかというと私を高く評価してくれるからスタッフや他のメンバーを悪く言っていたでしょ? 少数派だ」

「私は、真央の性格から考えてそっちの方が、多数派だと思うけど……」

「その通り、正解です。お待たせしました」

 と言って、店員が、パスタを持ってきた。

「何が正解なの。じゃあ何で、自分で言いたくないけど歌やダンスの動画より怒鳴られてビンタや蹴りを食らった動画の方が、圧倒的に再生回数が多いの? 」

「それは、真央ちゃんみたいにかわいい人の滅多にない光景が観られるのは、いいよ」

「何言ってるの? 恥ずかしい。スケベ、変態。再生回数増やしてるのあんたか? もういい。あっち行って」

 店員が、厨房に戻っていくと有紀が、聞いた。

「そんな動画まで残っているの? やっぱり黒歴史だ」

「スタッフさん、みんながいる前であんなことするから……。完全に終わってからならいくらでも罰は受けるって言うのに。でも実は、私もたまに観る」

「えっ」

「自分の怠け癖が出そうになった時とか挫けそうになった時、頑張らないとまたこんな目に遭うぞ。ってまた大切な人を失望させるのか。って自分自身への戒めとしてアイドル時代の衣装に着替えて正座して……。でも全然、私を知らない人に観られるのは、屈辱的」

「真央の箪笥に変わった衣装があるので不思議に思ってた。まだ着ることあるんだ」

「着なくてもいいぐらい立派な人間になりたい。有紀は、そうなるための監視役」

「こんなに大勢の人から愛されている真央を私みたいな人間が怒鳴ったりしたら、そこら中の人を敵に回すことになるじゃない」

「そう言えばこれから美容院行くよ」

「えっ、急に行っても大丈夫なの? 」

「予約は、してるよ。本当は、初出勤の前にしたかったけど今日になるとは思わなかったから。さあ行こう」

「会計は? 」

「済ませたよ。私のエロ動画を見た罰で安くさせた」

「エロ動画ではないでしょ? 」

「私が、恥ずかしいって言っているから似たようなもの」

 美容院もやはり歓迎された。

「この店はね……、……あれ? ……何も思いつかない」

「いいよ。もう。真央が、この街で愛されているのは充分わかったから」

「芸人やめて4年だもんね。衰えた」

「芸人なんてやってないでしょ」

「ハハハ2人で芸人目指すの? 頑張って。で今日は、どうする? 」

「有紀、あ、この子の髪を私と同じ髪型に」

「こんなに可愛くて純粋そうな方にそんな髪型させられるわけないでしょ」

「私は、真逆って言われたみたい。じゃあ逆でその子をカットして私を同じ髪型に」

「どうしても同じにしたいんだ」

「そう。同じの2つの方が、だいたい安くなるでしょ」

「美容院は、服屋さんとかとは違うけど。違う髪型でも安くするよ」

「ありがとう。でも同じにすると私も可愛くて純粋って言ってもらえるから」

「それは、やってみないとわからない」

「私だけそう見えないようにカットするつもりでしょ」

 そんなやりとりが、ひと通り終わると有紀の話題になった。真央は、

「まだ有紀は、悲しみが癒えてないから、あまり深く聞いたり失礼なことは言わないでね」

 そう言って真央は、寝てしまったようで、声がしなくなった。

「真央と一緒だといいでしょ?」

「はい。実は、アイドルだったこと今日初めて社長さんから聞いて。それまでも一緒にいると周りの人達から声かけられたり会っただけで喜ばれたり。何か普通の人とは違うとは思ってましたが」

「オーラでしょ? 芸能人とかから出てる」

「そうなんですか? 芸能人に会ったことないのでわかりませんが……」

「芸能人、特に大物の人ほどオーラが見えるの。真央もすごいと思うよ。全国区になってほしかったな。絶対活躍できたのに」

「そんなに凄かったですか? 」

「また動画でも観てみたら。本人の前では、絶対やめた方がいいけど。他のメンバーとは、明らかに違う。でも真央がそれを目立たせないようにしてる。スタッフたちは、素人とはいえ何を見ていたのか」

「さっき行っていたパスタ屋さんで店員さんが、真央の動画を今も観るって言って、私のエロ動画をって怒られてました」

「確かにビンタや蹴りは、恥ずかしいだろうけどその後がすごいの。顔が腫れるぐらいだから相当痛かったと思うけどステージに立つ頃には、アイドルの顔になっているの。誰もが、何があったかわかってるのに「トイレ混んでて遅くなってしまった」とかいいながら登場してメンバーから「アイドルはトイレ行かないんだけど」ってツッコミ入れられると「メイク直しだよーー」って言うと「ノーメイクのくせにどこ直す」ってまたツッコまれ「頬に赤い手型のメイクをした。そのうち青くなるようにしておいた。おしゃれでしょ」と言って音楽が流れるとキレのいいダンスを始める。一連の演技だったんじゃないかと思えるからかなりおすすめ」

「また観てみます。真央に見つからないように」

「はい。じゃあこんな感じでいい? 」

「はい。ありがとうございました」

「あのね有紀さんも今こんな状況だからお願いしにくいけど真央は、この街の宝物だから大切にしてください。真央は、人助けはしても自分が苦しい時にも絶対に助けてもらおうとはしないから」

「わかりました。真央、起きて。終わったよ」

 真央は、ゆっくり目を覚まし今の状況を把握すると、

「寝てしまってた。有紀に私の寝顔を見せてしまった。さらに今からこんな髪型にされるのか。ショック」

「さあ早くこっちに来て座って」

 店員に促され真央が、スタイリングチェアに座る。

「本当に有紀さんと同じでいいの? 色も黒くなるよ」

「いいよ。今日から可愛くて純粋になるから」

「何か聞こえた気がするけど無視して始めるね」

 1時間後、可愛くて純粋に……

「なってないよ。真央、この後どこか行くの? 」

「これから有紀の歓迎会で、居酒屋へ」

「じゃあメイク落とすね」

「何で私が、有紀の完コピしなきゃいけないの? メークは有紀が、私のコピーにしよ」

「私、メイクしてるよ。今朝見てたでしょ」

「見たよ。あんな薄い色、スッピンと 1時間後、可愛くて、純粋に…

「なってないよ。真央、この後、どこか行くの?」

「これから、有紀の歓迎会で、居酒屋へ」

「じゃあ、メイク落とすね」

「何で、私が、有紀の完コピしなきゃいけないの? メークは、有紀が私のコピーにしよ」

「私、メイクしてるよ。今朝見てたでしょ? 」

「見たよ。あんな薄い色スッピンと変わらないよ」

「さあ落とすよ」

「酷い」

 すっかり化粧は、落とされた。

「双子ができた」

 美容師は、からかったが実際見た目は似ている。

「真央は、元がいいからほとんど化粧なんてしなくていいのに」

「でも、何もかも恥ずかしい過去に近い……。今日は恥ずかしいことばかり」

「居酒屋は、他のお客さんに見られないところにしないと大変だね」

「そう羞恥プレイだ」

「そうじゃなくて写真とかサインねだられるかもって意味」

「それはマネージャーが、断ってくれる」

「有紀さんは、主役でしょ? 」

「そうか。どうしよう。でもみんなそろそろ忘れてるでしょ。私のファン少なかったし」

 居酒屋に到着してすぐに個室に変更をお願いしたが歓迎会の予約で空いていなかった。あとは、真央を知らない人ばかりカウンターに来るのを期待するしかない。ちなみに5人いる店員さんに、

「私、誰かわかる? 」

 と聞くと、

「白井真央さんですよね? もちろんわかります」

「当時先々のことを考えず本名で活動したのは、失敗だった」

「名前が云々ではなく顔バレするのが問題なんでしょ? 」

「さすが有紀。頭いい」

「馬鹿にされた気分」

「どうしよう。店変える? 」

 というと店員が、

「そんなこと言わないでください。僕、真央さんのファンだったんですよ」

「やっぱり居心地悪い」

「でも、この辺りだとだいたいどこでもそうだと思います。じゃあ真央さんの前に酒瓶を並べます」

「ここでいいんじゃない? 」

「お連れ様もそう言っていらっしゃいますし……」

「わかった。私は、生だけど有紀は? 」

「私も」

 すぐに生が2つ運ばれてきた。

「乾杯」

「有紀おめでとう。お酒は強いの? 」

「そこまでではないけど普通かな。真央は? 」

「強くはない。ただ飲むと翌朝が、弱くなる」

「じゃあ明日は朝食は、いらない」

「ありがとう。助かる」

 カウンターには、何組かのお客さんが来店したが、真央に気づいて手を振ってくる人、写真を一緒に撮らせてほしいと頼まれる人、飲み物を奢ってくれる人などはいたが、囲まれたり長時間話しかけてくる人などは、いなかった。

 翌週から有紀は、仕事に出ることに決めた。1人でいるより真央と一緒に出かける方が、気持ちが落ち着いた。もちろん真央の気遣いのおかげではあるが……。

 真央は、会社でも仕事をテキパキこなし社長や同僚からの信頼も厚かった。また、有紀にも丁寧に教え間違いを見つけると優しく指摘した。取引先の方にも有紀を紹介してくれた。

 有紀が仕事にも少し慣れてきた頃真央は、ゴールデンウィークに被災地にボランティアに行かないかと誘ったが、さすがにまだ行きたくないと断った。真央は、その間の食事も何とかしようと考えていたようだが結局期間が長いため思いつかなかったということで出発前日に、

「有紀、ごめんなさい。帰って来たらお説教をしてください。衣装も有紀にお任せします」

と言ってきた。

「仕方がないでしょ? 私のことなんだから食事は、どうにでもするよ」

「有紀が、そうやって甘やかすとどんどん怠けてしまうよ」

「私は、真央に任せてばかりだからとっくに怠け者になってしまったよ」

「じゃあ、2人で恥ずかしい衣装に着替えて私のエロ動画観よう。有紀に観られるの嫌だけど仕方がない」

 有紀は、ゴールデンウィークを1人で過ごしていた。特に何もする予定がなかったのでスーパーに買い物に行きネットで検索して、料理に挑戦していた。卒業旅行から帰ったら母から教えてもらうはずだったのに震災で叶わなかった。真央は、働くまで1人暮らしをしたことなどないはずなのにどうやって覚えたのだろう。ほぼ初めてで真央と比べて見た目も悪く不味い料理を食べながら考えていた。

 一緒にいる時間が長くなるほど真央の凄さが、どんどんわかってくる。仕事でもいくら4年の差があるとは言え4年後に自分が、今の真央に追いつくことは到底無理な気がした。過去に真央は、高卒だから仕事ができないだろうと決め付けていた自分を恥じた。

 連休の間の平日真央は有給休暇を取っているため初めて1人で出社した。帰りは真央が、遅くなることがほとんどだったが朝いないと不安だった。会社に着いてもいつもなら真央が、仕事を振ってやり方も教えてくれたが、今日は座っていても何もすることがない。

 朝からいろいろな人が、うちの部署にやって来て、

「今日は、真央ちゃんは? 」

「今日は、休みです」

 そんなやりとりが、何度もありあきらめてそのまま戻って行く人と真央の机に書類を置いて行く人とに分かれた。

 このままじゃいけないからと同じ部署の人に、

「何かすることありますか? 」

「じゃあ、これやって」

「これ、どうするんですか? 」

 一応、教えてくれたが、わかりにくい。こうしろってことかなみたいな想像も含めてやり遂げ、

「出来ましたが、いかがでしょうか? 」

「あれ? こうしちゃったんだ。まあいいや」

 やることが、違ったのかな? きちんと言ってくれればいいのに。別の人は、

「じゃあ、これやって」

「これ、どうするんですか? 」

「これをこうやって……」

 さっきの人より教え方うまいみたい。

「これをこうしろってことですか? わかりました」

 できた。

「出来ました。これでいいですか? 」

「ありがとう。そこに置いといて」

 本当に大丈夫ちゃんと見てよ。そんな時、社長室のドアが開いて社長が、

「渡辺さん。ちょっといい? 」

 と有紀を社長室に呼んだ。

「どう、仕事は?」

「少しは慣れたと思っていたのですが、真央がいないと何もできません」

「真央は、すごいだろ? 」

「はい。正直なところ今は、私のコピーとか言って髪やメイクもこんな感じですが、初めて会った時には、あんな見た目だし高卒だから仕事もできないだろうと決めつけてました」

「そうだろうな。最初は、この会社の全員が、そう思っていて真央のこと社長がアイドル採用枠を作って特別に入れた。とか社長がおかしくなった。って散々言われた。真央の提案通り同じ試験を受けてもらって正解だった。その試験で1番だったというと少しの社員は、何も言わなくなった」

「真央は、それを予想していたんですね」

「そうなんだろうな。でも、まだ納得できない社員も多くて営業から特別に研修をさせてやりたい。と言ってきた。真央に話すと「やらせてください」と言うからもし、自信がないならやめておかないと会社に居れなくなるぞ。おそらくかなり厳しいノルマをかけてくるぞと言うと「自信はないですが、やらないとそれも居場所をなくすことになりますから」って。でも、何となく真央ならできるだろうという期待もあった」

「できたんですね? 」

「それも1か月のノルマを5日で達成してしまった。うちは、そんなに安いものは扱わないのですごいことなんだ。営業部長は「ファンだった人に頼んで買ってもらったみたいだ」と報告してきたが、リストを見ると地域的にも年齢的にもファンとかではないと思って電話してみたら「アイドルをしていた人とは知らなかった。わかりやすい説明をしてもらって納得して買った」と言われた。まだ、うちの製品をよく知らないと思っていたのにいつの間にか勉強していたみたいだった。さらにその後、真央が営業に出ていることを知ったファンから真央から買わせてほしいと来る人や電話してくる人が大勢いて会社も利益が、過去最高を記録した。もっとも、全く自分のためにならない資金集めやCDやグッズなどの販売で物凄い金額を動かしてきた真央にとっては、楽なことだったかもしれないが……。真央に褒賞をしたいと言ったが「自分だけが頑張ったのではなく今まで営業の方であったり広報の方のおかげです」と固辞してしまった。以前、真央にうちの製品の宣伝ポスターに使ったこともあったのでそのおかげでもあるだろうと言うが「たった1回。それもスタッフが、怒ってすぐ回収させられたのであれを見たことある人は、社長室に入った人だけだと思うので全く貢献できてません」だって。それ以降も真央のファンには「真央のためなら」と購入してもらっている。真央は、中、高生の6年間に大学に通う4年分以上の経験をしたと思う」

「もしかしたら、そこのポスターが、貴重な真央のですか? 」

「そう。真央に少しでもお金を稼がせてやろうとメンバー全員撮影するが、とりあえず1人ずつ撮るからと騙してせっかくポスターができたのにスタッフにバレて……。真央は、相当怒られたと思う。スタッフは、お金は返しておくと言って取り上げたみたいだが、返ってきていない」

「自分たちが、儲けたなら真央を怒ったりすることないですよね? 」

「本当にどうしようもない奴らだ。俺は、そんなことの積み重ねで入社後は真央のために何かしてやりたいと思った。仕事もどんなことを頼んでも完璧にやってくれるし取引先に連れて行くと評判もいいので、逆に頼ってしまって……。でも、今は、渡辺さんがいる。前にも言ったけど真央を頼む。助けてやってくれ」

「真央は、完璧すぎて……。私は何をしたらいいですか? 」

「たとえば、今多分、真央の机は、たくさん書類が置かれている。今まで頼まれた仕事で見たことある書類は、何をしたか思い出して同じようにする。プライベートでは、真央がしたいと言ったことになるべく付き合ってほしい。被災地に行くとかは、さすがに断ってもいい」

「そんなことで、いいんですか? 」

「真央は、ずっと孤独だったんだ。今でもファンはいるが、所詮、黒歴史時代のだから友人ではない。アイドルをやめたんだから、普通の生活を取り戻して欲しい。遊ぶこともなかったから仕事が、生きがいみたいになりつつある。そういう状況を変えてやってほしい」

「真央は、黒歴史ではなく恥ずかしい過去と言っています。自分を成長させてくれた時だったと」

 有紀は、社長室を出ると早速真央の机の上の書類に目を通した。確かに見たことあるものもある。これは、こうやっておくんだったな。そういったことをやっていると、すぐ夕方になった。とはいえ片付いたのは、ほんの僅かだ。上司が、

「もう帰っていいよ」

と言うので後ろめたいが、帰ることにした。

 もう1日そういう日がありゴールデンウィークの最終日、真央が帰宅する日だ。有紀は、真央の恥ずかしい服を着て料理を2人分作った。そのときドアが開いて、

「ただいま、有紀。遅くなってごめんね」

「おかえりなさい」

 有紀の格好を見て真央は、呆気にとらえていた。

「どう、似合う? 」

「有紀にそんな格好、似合うわけない。可哀想な人に見える」

「じゃあ、反省するには、ちょうどいい」

「なんで有紀が、反省しないといけないの? 」

「今まで散々真央に迷惑かけたから」

「そんなことない。それで、私には、どんな恥ずかしい服を選んでくれたの? 」

「選んでないよ。真央こそ、反省するようなことしてないでしょ? 」

「今日までのご飯作らなかった」

「そのおかげで、ご飯作ってみようと挑戦できたし……」

「うわーー、私の分まで作ってくれたんだ。ありがとう」

「うん。でも、真央と違って全然美味しく作れないから……。さあ、食べよ」

「待って、すぐ着替えるから」

 真央は、恥ずかしい服に着替えた。

「有紀だけが、恥ずかしい格好してると罪悪感が……」

「うわーー、恥ずかしい格好だ」

「色違いの同じやつじゃん。有紀も恥ずかしいよ」

 そう言って食事に向かう。

「なんだ、有紀、上手に作れるんだ。おいしいよ」

「本当に? でも、慣れてないから、1食作って食べて何作るか考えて買い物行っての繰り返しであっという間に1日が終わった。真央は、いつ料理を覚えたの? 」

「恥ずかしい過去の学校が休みの日にだいたい営業かイベントだったけど、その日の朝にスタッフさんの昼と夜の分を作ってた。「お前、休みの日ぐらい普段お世話になっているスタッフ様にご飯を作って、振る舞うとかできないのか? 」とか言われて……。自分の分も作って夜食べようと思うとなくて聞くとそれも食べている。そのくせ「また不味いの食わせた」とか「嫌いなものが入っていた。嫌がらせか? 」とか言って毎回怒られたからね。どんな風に作ったらいいかいろいろ勉強した。こっちは、お腹減らして帰ってるのに。この服着てるとあの屈辱が、蘇る」

「それは酷いね。「美味しかった」とか「ありがとう」ぐらい言えばいいのに」

「そんな言葉は、どうでもいい。私は、実力もないのにリーダーもセンターも絶対譲らないとワガママ言っていたから嫌われても仕方なかった。でも私の分まで毎回食べてしまうのは、酷いでしょ? 昼も食べずにやっと食べれると喜んで帰るのに……」

「そうかもしれないけど問題なのは、そこなのかなぁ。ちょっと違う気がする。それに、真央が、リーダーでセンターだったからファンもいたんじゃないの? 」

「アンチがね。じゃないと、私のエロ動画ばかり再生回数が多いわけない」

「でも、美容師さんもあの動画が、一番いいって言っていたよ」

「あの人、ドSなんだね。私からお気に入りのメイクも奪って恥ずかしい過去に戻してしまうし……」

「いいじゃない。私は、今の方が好きだけど……」

「有紀は、こんな辱めに遭ったことないからだよ」

「あるよ。今の格好」

「ハハハ、確かに。じゃあ、有紀に観られるのは、すごく嫌だけどエロ動画で反省会だ」

 と言ってスマホから動画を流した。

「うわーー、本当に恥ずかしい格好だ」

 有紀が、声を上げた。

「しかも、微かに乳首が、透けている気がするんだよね。一体誰が撮ったんだ」

「ノーブラなの? 」

「そのときが、どうだったか忘れたけど人気のためならセクシーさも必要だとブラジャー取り上げられることもあった」

「可哀想」

「人気ないしスタッフさんに嫌われてたから仕方ない。全裸にはされなかったから少しは、優しさもあったんだね」

「結構、お客さんいるから人気あったんじゃないの? 盛り上がっているように見えるし……。真央、歌もダンスもすごく上手い」

「こんなもんじゃダメだよ。他のメンバーは、もっと上を目指してたし……」

「悪いけど、お世辞にも真央以外のメンバーは、そんなレベルじゃないと思う」

「私が、周りを見ずに突っ走って目立ち過ぎなんだ。ってことで、このあとこっぴどく叱られる。あっ、今からだ。ステージから降りてファンから声援をもらっている中、明らかにそれとは違うトーンで「真央〜〜」来るよ、来るよ」

「真央が、悪いようには見えない」

「スタッフさんに捕まえられ私、必死の懇願。「申し訳ございませんでした。事務所に帰ってから罰は、いくらでも受けますのでここでは、ファンの方の前では、やめてください」スタッフさん「今言わないと次のステージでも必ず同じ失敗するだろう。いいから座れ」「悪かったところは、わかっています。次は、絶対に修正します」抵抗虚しく座らされ「正座しろ」やった途端ビンタそして背中に蹴り。痛いよーー。恥ずかしいよーー。で、怒鳴られまたビンタ、蹴り、前からも蹴りきた。無抵抗でやられ放題」

「ひどい……」

「しばらく続いて司会者さん「そろそろ2回目の公演ですが、準備は、よろしいでしょうか? 」やった神の声。でも、どんな顔してステージに上がろう。恥ずかしいよーー。ここは、芸人根性でギャグでも……。やった、ちょっと受けた。音楽鳴った。歌だダンスだ」

「これって、まだ中学生の時? 」

「確か、そうだね。初めての2回公演じゃないかな。同じような動画が、まだあるけどステージに上がった時に鼻血出てるのやお決まりのステージ上がってからのギャグが、Tシャツがシンプル過ぎたので足跡つけてフットマークに変えましたバージョンが、人気かなぁ。というか、あんな見せしめみたいなことまでしたら事務所に帰ってまで、お説教しなくていいのに……」

「中学生の女の子にあんなに思いっきりビンタしたり蹴ったりするなんて……。でも、その後何もなかったようにアイドルしてる真央は、すごい。プロ根性あるね? 」

「そんなんじゃないけど、ものすごく恥ずかしい。音楽鳴ると夢中になって歌ったり踊ったりしてるだけ。どうだった? 反省会は? 」

「私の反省会には、なってない気がする。真央に圧倒された」

「それなら有紀は、何も反省する必要が、なかったということだ」

「真央は、反省したの? 」

「2人で見ると、解説に夢中になってしまって……」

「それなら真央も何も反省する必要が、なかったということだ」

 翌朝は、久しぶりに2人で出社。やっぱり真央が、隣にいると安心だ。部署内の雰囲気も違う気がする。

「これ、有紀が、やってくれたの? ありがとう。助かった」

 少し違うものには、

「これは、こうしておかないといけない。ごめんね。教え方が悪かった」

 優しいな。一方、教え方が悪かった上司。真央に

「渡辺さんにこれを頼んだらこんなことしてくれて……」

「ちゃんと教えたんですか? やったことない仕事を頼む時は、1から10まで説明しないとできるわけないです」

 もう一方のやってもらったものを確認しない上司。

「渡辺さんに頼んだ、これ部長に出したら間違いがあったよ」

「誰もが、ミスするんですからチェックしなくちゃいけないです」

 真央が、庇ってくれてる。

「すみませんでした」

「有紀だけが、悪いんじゃない」

 真央は、優しいうえに強いんだ。だから大好き。

 有紀が、働いて半年かなり仕事もできるようになった。3連休以上あれば真央は、ボランティアに行くが、それ以外は、いつも一緒だった。休日には、あちこち遊びに行った。有紀は、徐々に元気を取り戻しつつあったが、やはり地震があった時やテレビで震災関連の番組やニュースには、敏感に反応し明らかに表情が変わった。

 そんな時、真央は、突然、

「有紀、合コンって行ったことある? 」

「大学の時、何回かは……」

「私、まだ行ったことないんだ。行ってみたい」

「いいけど……。突然、どうしたの? 」

「私、恋愛禁止期間が、長かったでしょ? 」

「恋愛禁止だったんだ」

「特にそうではなかったけどそんなことしてる余裕なかった。新しい友達もできるかな。ぐらいな感じ。あ、有紀に不満が、あるわけではないよ」

「そうだね。私、まだ東京に知り合いも少ないしいいかな。でも、当てはあるの? 」

「特にないけど、街コンとかお祭りみたいで楽しそう」

「行ってみよう」

 2人で検索して3駅離れたところで興味をそそられるのが、あったので申込む。ちょうど2週間後の土曜日だ。明日は、勝負服を買いに行くことにした。

「私、やっぱり買い物は、この街の商店街でしたいけどもう少しおしゃれなとこにした方が、いいのかな? 」

「大丈夫でしょう。この街割とおしゃれだと思うけど……」

「勝負下着をこの街で買うのは、勇気がいる」

「下着も買うの? 今、持っているのも全部セクシーなのばかりでしょう。どこで買ってるの? 」

「この街だよ。セクシーって普通のTバックじゃないか。有紀もたまに履いてるくせに」

「そうだけど、普通ではないかも……」

 結局、この街で買うことにした。

「あら、真央ちゃん。また下着買いに来たの? 」

「いきなり、それは、ないでしょう。下着しか買いに来ないみたいに……」

「でも、それも買うんでしょ。セクシーなの」

「そんなこと言うと普通の服を買いたくても「これは、どう? 」とか言って下着しか持って来てくれなくなるよ」

「持って来ようか? 」

「遠慮しておきます」

 そんな会話の後、店内を眺めながら歩いた。1時間位迷って2人とも似たような服を選んでしまった。レジに持って行くとセクシーな下着も用意されていてそれも買わされた。かなり安くしてくれたので下着代は、ほとんど払ってないけど……。

 当日は、秋晴れで心地良かった。参加者が多く圧倒された。

「有紀先輩、どうすれば良いですか? 」

「急に何言ってるの? 」

「私、こういうの初めてだから」

「私もこんな規模のは、出たことないからどうしていいのかわからない」

 とりあえず、カフェにでも入ろうと歩くと1人の男性が、こっちに向かってやってくる。

「真央ちゃんですよね? 会えて嬉しいです。ファンでした。よくイベントに行ってました」

「こんなとこにもそんな人が、いるんだ。もう随分昔のことだから忘れてしまえばいいのに……」

「忘れるわけないですよ。当時、いろんなご当地アイドルを見に行ったんだけど真央ちゃんを初めて見た時から惹かれてしまったんです。隣は妹さんですか? 」

「同じ歳の友達」

「2人が、似てたので姉妹かと思いました。ところで、どうしようとされてたんですか? 」

「とりあえず、カフェに入ろうとしてたところ」

「奇遇だなぁ。俺たちもカフェに入ろうと思ってました」

「俺たち? 」

「あっちにいる2人、連れです。人数のバランス悪いですが、カフェに入れば何とかなるかもしれないし……」

 とりあえず、ついていくことにした。店内は、大勢の若者で賑わっていた。5人は、同じテーブルを囲み座った。全員が生ビールを頼み乾杯して飲み始める。すると、最初に声かけてきた男性が、さっきの続き。

「真央ちゃんは、俺らが見に行ったご当地アイドルで一番良かった。ルックスも歌もダンスも……。秋葉原のグループに入っても遜色なかったのに……。何で、辞めちゃったの? 」

「契約満了したから」

「あんなグループや事務所は捨ててソロで大手の事務所と契約すれば良かったのに……。妹さん……じゃなくてなんて名前? 」

「有紀です」

「有紀さんもそう思うでしょ? 」

「私は、今年から東京に出てきたので引退後に動画で観たから……。確かに凄かった」

「どこの出身なの? 」

「仙台」

「えっ、あの震災があった? 」

 有紀が、黙ってしまうと真央が、

「あなたたちとは、話が合わないみたい。出よう」

 と言って有紀を引っ張って、店を出た。そして言った。

「ごめんね。もう帰ろ」

 2人は、無言で駅まで歩いた。アパートに帰る途中、焼肉チェーン店に寄って腹ごしらえと飲み直しをするが、ほとんど話をしなかった。真央は、アパートに戻るといつも通りの家事を終えると恥ずかしい服を取り出すと鞄に入れて

「今日は、1人になりたいから実家に帰る」

 と言ってアパートを出て行った。有紀は、黙って見送り恥ずかしい服に着替えた。翌日も真央は、帰って来なかった。

 月曜日、出社すると真央は、すでに来ていて有紀を見ると立ち上がり、

「有紀、あんなのに誘ってしまってごめんね。当分、あんなのに行きたいなんて言わない。本当にごめんなさい。反省した」

「別に真央は、何も悪くないでしょ。私も行くって言ったんだしあの人も被災地から来たと分かればいろいろ聞いてくるのは、当然だよ。私も反省した」

 その日から、また元の生活に戻った。


 震災から5年になろうとしていた。有紀は、そろそろ本格的に独立を考えていた。

「真央、不動産屋さんに行きたいんだけど」

「えっ、私、有紀に何か悪い事した? 」

「そうじゃない。真央が、いてくれてすごく良かった。ありがとう。でも、このまま一緒に暮らしていたらなかなか自分が成長できない。引っ越し費用ももう払えそうだし……」

「寂しい。いつかこんな日が来ると思っていたけど……」

「まだ、すぐに決まるとは限らないしそれに休みには、いままで通り遊んだり寂しい時には、行き来すればいいでしょ? 」

「わかった。不動産屋さん行ってみよう。ところで、私、今度の4月に異動で社長秘書になることになった。公私とも離れることになるとは……」

 2人が、不動産屋さんで物件を探すと今2人が住んでいるアパートも空きがあった。ちょうど、今の部屋の2階上4階の同じ場所だった。

「これなら引っ越しも楽だし行き来もしやすくない。今まで通り一緒に出社できるし慣れた間取りだし……」

「寂しさも半減だ」

 こうして、有紀の新居も決まった。あとは、電気屋さん。それと家具屋さん。最低限、必要な物を選ぶ。相変わらずこの街で真央の力は、絶大だ。割引きクーポンみたいだ。かなりサービスしてくれた。

「付き合ってくれたお礼に飲みに行こう。真央のおかげで思っていたよりかなり安く買えたし……」

「いいね。新居決定祝いだ」

「でも、本当は、とても不安なんだよ。1人暮らし初めてだから……。今まで、ほとんど真央にやってもらっていたでしょ。ちゃんとやっていけるのかな」

「大丈夫だよ。私が、ボランティアに行っていない時とかちゃんとやってたよね。それが、ずっと続くだけで……」

「だから不安なんだよ。最初の数日だけであとは、だらけた生活になりそう」

「いいんじゃない。その時は、頼ってよ。今日ご飯作るの面倒だ。とか、洗濯物溜まってしまって1回では終わらない。とか」

「それでは、1人暮らしの意味ないような気がする」

「でも、私だって有紀のためだと思うと頑張ってこれたけど1人になると怠け癖が出るだろうな。私、自分に甘いから」

「私は、真央が、自分に甘いとは思わないけど……」

「でも、料理も洗濯も1人分やるのも2人分やるのも手間はほとんど変わらないから協力しよう」

「そうだね」

「また合コンでも行ってみない? 私たちもいい歳になって来たしそろそろ私の恥ずかしい過去を憶えている人も少なくなったと思うし……」

「私も真央のおかげで少しずつ震災の悲しみから立ち直れたから行ってみたいな。もしかしたら2人とも新たな同居人が、できるかもしれないしね」

 街コンは、参加者が多すぎてお祭り的要素が強かったのでやめようということになった。ネットで検索して婚活パーティーにしようと決めた。3駅離れた街。日程は、次の休みに服でも買ってその次の土曜日。ちょうどいいのがあった。

 今日は、服を買う日だ。いつもの店は、店員が、いつも通り真央をからかう。

「あら、真央ちゃん、この前買ったばかりなのにまた下着買いに来たの? 」

「この前も普通に服を買いに来たのに勝手に下着までレジ打つからでしょ」

「下着も買ったってことじゃない」

「押し売りされたってことだよ」

「それで、気に入らなかったのでもっとセクシーなのってこと? 」

「下着は、今日は買わないから」

 2人で、店内を見て廻る。春物だとまだ寒いかなぁ。でも、今買うのなら冬物ではないよね。上にパーカーでも着れば大丈夫だよね。なんて時間をかけて選んだ。いつも通りレジには、下着が準備されている。

「2人で来る時いつも2人とも似たような服を買って行くから下着も同じようなのを2つ準備しておいたよ。大丈夫サイズは、それぞれ合うのを選んだから」

「下着は、いらない。レジは、この服だけ打ってくれたらいいよ」

「ハイハイ」

 と言いながら店員さんは、まず下着をレジに打った。

「あっ、また……」

「今日のは、布の面積が小さいから安くしとく」

「布の面積で値段が決まっているわけじゃないでしょ」

 真央の言葉を無視して、

「真央ちゃん、勝負下着ばかり持って……。毎日が、勝負なんだね? 」

「いつも、そんなのを買わせるんじゃないか」

「ハハハ」

「この店、服屋じゃなくランジェリーショップにしたら? 」

「お客さんでいつも下着を買うのは、2人しかいないのに? 」

「もういい」

「毎度あり」

 いよいよ、婚活パーティーに行く当日、有紀は、真央を迎えに行った。別居してもう10日。少しずつ要領よく家事もこなせるようになった。真央の部屋のインターホンを鳴らすとすぐに出てきた。

「今回のパンティ面積が小さいし新しいせいかちょっと食い込み強すぎて痛くない? 」

「Tバック歴が長い私でもちょっと違和感あるかも……」

「こんなので勝負になるかなぁ」

「そのうち馴染んでくるかも……」

「真央、あんまり早く歩かないで。余計食い込んで痛くなる」

 そんなことを話していると店に着いた。もう、すでに半分以上の席が、埋まっていた。受付でお金を払って名札を渡されてくじを引いてその番号の席に座る。真央とは、少し離れたところだった。早速、隣の席の30代半ばくらいの男性から声をかけられる。

「1人で参加させてますか? 」

「いいえ。友人と……」

「どの方ですか? 」

「あちらにいる……」

 と真央の方を見る。すでに隣の席の同じ年代の男性と笑いながら話していた。

「あちらの……。何かよく似てますね」

「時々、言われます。ただ、髪型とか服が、似ているだけではないですか? 」

「顔もどことなく似ている気がします。姉妹と言われてもそうだと思ってしまいます」

「出会った頃は、彼女はギャルしてたんですが、美容院で「2人とも同じ髪型にしてください」って頼むから私に合わせられて似合わなくなったということですっぴんにし続けています」

「あなたもですか? 」

「いいえ。私は、しています。彼女に言わせると「そんな薄い色の化粧ならしてないのと同じ」だそうです」

 そんな話をしていると席替えの時間になった。10分経ったら隣の人が、変わるようだった。それを6回。自己紹介して相手が話上手か聞き上手だとほぼその時間話っぱなしか聞きっぱなしになりなれないせいもあって疲れる。食べ物も飲み物もほとんど口にしていなかった。とりあえず始まって1時間ということで休憩みたいな感じだった。料理を一口食べビールを少し飲んだら真央が、隣に腰掛けた。

「結構、疲れるね?喋りっぱなしで……」

「そうだね。私は、聞きっぱなしもあったけど……」

「楽でいいね」

「そうでもないよ」

「でも、楽しんでいるみたいで食い込み気にしなくなったね? 」

「もう感覚が、麻痺してる」

「ところで、誰か気になる人っていた? 」

「10分話しただけでは、わからない」

「有紀って面食いじゃないの? 」

「そんなことないよ」

「あれ?私と初めて会った時こいつ何? みたいに見られたからてっきり面食いだと思ってた」

「同性は、より警戒するでしょ。私、ギャルと話したことなかったし……」

 そんなことを話していると30歳位の男性2人が、近くに来て、

「もし、よろしければ一緒に飲みませんか? 」

 有紀と真央は、顔を合わせ2人揃って答えた。

「はい」

「2人は、姉妹なんですか? 」

「違います。他の人にも真央と一緒に参加してるって話すとそう言われました」

「有紀もなんだ。私もそう言われた」

「だって、髪型や服装も一緒じゃないですか。顔もどことなく……」

「真央は、私のコピーなんですよ。同じ髪型にしてほしいって美容院で頼むし同じ服屋で買った服なんです」

「本当は、有紀を私のコピーにしたかったんですけど美容師さんが、間違えてしまいました」

「私は、当時の真央みたいにギャルにされたらすぐ別の美容院に行き直したと思う」

「真央さんは、ギャルだったんですか? 」

「ちょっと、過去を隠したくてそんなことしてました」

「ところで、この後気になる人を紙に書いて一致しているとカップル成立ってなるんですけどお互いに書き合ってもらえませんか? 」

「カップル成立ってなるとどうなるんですか? 」

「みんなの前で発表されて景品がもらえます。その後、店を変えて飲み直しませんか? 」

「どうする? 」

 有紀が、真央に尋ねる。

「せっかくだから景品もらおう。店を変えるのも賛成。ほとんど何も食べてないからお腹すいたし……」

 有紀は、細谷雅登さんを真央は、戸田優馬さんを書き合うことにした。そして、当然カップルになり景品をもらう前に困ったことが……。司会者さんが、

「それでは、カップルになられた方にお互いのどこに惹かれたか聞いてみましょう」

 えー、そんなの聞いてない。何て言えばいいの。そんな中、真央が答えている。

「この会場に入った時から気になってましたが、話してみて私にぴったりの人だと思いました」

 嘘つき。でも、大人数の前でも堂々としているのは、さすがだ。ついに有紀の番だ。

「優しそうですてきな人だと思いました」

 自信なさそうな小さい声だった。なにぶん、人前で話すのに慣れていない。でも、うまく言えたんじゃないかな……。景品の少しだけ良さそうなボールペンを受け取って婚活パーティーは、終わった。

 4人は、焼肉屋さんに行った。そこは、バイキングになっていた。ビールで乾杯をすると真央は、すぐに

「私、持って来るね」

 と言って適当に肉や野菜を持って来るとテキパキと焼き始める。いい感じに焼けるとそれをみんなの皿に載せていく。

「2人は、どういう関係なんですか? 」

「中学からの同級生。2人は? 」

「同じ歳の同僚で元同居人です」

「2人で一緒に住んでたんだ。それで、顔も似てきたんだ」

「関係あるんですか? 髪型のせいだと思いますけど……」

 そんな時、今まで何か考えてるようだった細谷さんが、突然、

「やっと思い出した。真央ちゃんだ。沙樹と同じグループにいた」

「真央は、その話一番嫌いなんです。やめてください」

 有紀が、敏感に反応するが、真央は、

「いいよ、有紀。もう活動期間より引退してからの方が、ずっと長くなったしね。どんな風に憶えてもらえてたのかわからないけど事実だから受け入れるしかない。それに沙樹ちゃんのファンだったみたいだし……」

「違うよ。俺ら沙樹の同級生でアイドルやってる。って言うから見に行って、センターの真央ちゃんのファンになった」

「沙樹ちゃんは、綺麗だったのに……」

「沙樹が、存在感発揮できるのって真央ちゃんとのMCでツッコミ入れてる時だけで、そもそも君以外のメンバーって必要なかった」

「実力ないセンターを輝かせてくれたのは、他のメンバーがいたから」

「本気で、そう思ってたんだ。ローカル雑誌のインタビューでもそう書いてあったけど、本心じゃないか事務所に言わされたと思っていた。当時、中学生だったのに……」

「沙樹ちゃんも私が、センターやってるようなグループに入って後悔したと思う。バイトしながら頑張ってたのに……」

「沙樹は、真央ちゃんと比べたら何も頑張ってなかったよ。有紀ちゃんも、そう思うでしょ? 」

「私、真央が、現役だった頃を知らないから……。動画を見たりその頃を知っている人から聞いた話では、細谷さんの意見と同じ」

「有紀ちゃんは、いつから東京に住んでいるの? 」

「5年前」

「どこに住んでたの? 」

 こんどは、真央が、敏感に反応する。

「どこでもいいでしょ? 」

「いいの、真央。私も乗り越えないといけない過去だから……。仙台に住んでたけどあの震災があって就職が決まってた今の会社から真央が、迎えに来てくれたんです」

「それで、2人で住んでたんだ。忘れたい過去を持った者同士で……」

 そんなことを話していると食べ放題、飲み放題が、終わる時間になった。

「まだ時間が大丈夫ならもう1件いかない? 」

 真央と相談して、

「もう少し位なら。どこ行きます? 」

「スナック」

 案内されたスナックは、ビルの2階の小さな店だった。ママさんと思われる人と真央が顔を合わせると2人は、同様に固まった。先に言葉が出たのは、真央だった。

「沙樹ちゃん」

「真央」

 また、少しの沈黙があり今度は、沙樹さんの方から、

「いらっしゃい。さあ、中に入って座って。ボックスの方」

 真央は、何も言わずにボックスに向かいもう1人の店員からおしぼりを受け取って促されたところへ座った。それぞれが、飲み物を注文して乾杯をする。真央の顔からは、笑顔が消えていた。間もなく沙樹さんが、ボックスに付いた。

「真央、久しぶりだね。元気だった? 」

「沙樹ちゃん、……私、……ごめんなさい」

 突然、真央は、泣き出した。

「どうしたの? せっかく久しぶりに会えたのに……。真央に謝られることなんてないよ」

「……だって、トップアイドル目指してたのに……。私が、私のせいで沙樹ちゃんの人生めちゃくちゃにしちゃった」

 真央は、号泣してしまった。有紀と沙樹さんは、必死で慰める。少し落ち着いたところで沙樹は、

「私、確かにトップアイドル目指してたしなれると思ってた。でも、イベントに出るたび真央には敵わないことを思い知らされた。悔しくて悲しくて4人で集まって練習した。それでも真央は、次のイベントでは、またレベルアップして……。スタッフが、悪過ぎた。いくら嫌っていても真央に100%のパフォーマンスをやらせてあげたら良かったのに……。私たち4人ともお客さんを集められるのは、真央だけだってことは、わかってたのに……。何回か辞めたいって言ったのに、怒られて……。辛い思いをしていた真央を助けてあげたかった」

「沙樹ちゃん、私のこと良く思ってなかったんじゃないの? 」

「正直、最初は、何で最年少の真央が、リーダーでセンターなの? って、しかも「何があってもどっちも譲りません」とか言って何こいつ。生意気な……。って思っていた。でも、さっきも言ったように真央には、私たちが、どんなに頑張っても何一つ勝てないってすぐにわかった。真央が抜けた後なんて私たち4人だけでは、お客さん呼べないし来てくれたお客さんをガッカリさせてたしCDもグッズも全く売れなくて資金繰りも悪化してすぐに解散。ごめんなさい。本当なら真央は、今頃トップアイドルになっていたのに……。ただし、私たちのことなんて踏み台にしようみたいな傲慢さがあれば……」

「私は、そんなのなりたくなかった。グループでそうなれば良かったけど……」

「そうだね。真央は、いつも自分よりメンバーのこと考えてくれてた。わかってたよ。その優しさ。性格も私たちより何倍も良かった。さあ、飲んで」

「いつからこの店をやってるの? 」

「3年前かな。元々、グループの時からスナックでバイトしてたから独立したの。真央は、そういう点でもいい判断したね。アイドルやってたせいで高校の時まともな就職活動できなかったし中途だといい仕事ないしね。真央は、憧れてたOLどうなの? 」

「なんとか続けてます」

「会社でも真央は、すごいですよ。仕事ができて社内の人の信頼も厚いし……。私なんて助けてもらってばかりです」

 有紀は、話に割って入った。

「同僚なの? 」

「はい。渡辺有紀といいます。真央とは同じ歳ですが私は、大学出てからなので……。入社した時、真央はバリバリ働いていたので4年経てば私もこうなっていると思っていたのに今でも当時の真央には追いついていません」

「そんなことないよ」

「まあ、私は、真央なら何やっても成功するとは思っていた」

「私は、公私とも真央がいなかったら今頃どうなってたのか想像できません」

「そんなの有紀がいなかったら私もどうなってたか……」

「有紀ちゃん、ありがとう。私たちは、真央に辛い思いばかりさせてしまったからいい人に巡り合ってくれる事を願ってた」

「沙樹は、ずっと真央ちゃんのこと気にしていたから……」

 戸田さんが、口を挟んだ。細谷さんも、

「20歳を過ぎてからは、沙樹の……、真央ちゃんのグループのイベント後いつも沙樹のバイト先に他のメンバーも集合して飲んでたけどみんな「またミスしてしまった。真央、今頃また怒鳴られてるだろうな。どうしよう」って気にしていた」

「そうだったんですか? でも、やっぱりメンバーがミスしたりするのは、私が、センターで変な動きをしたとか音程を外してしまったりとか何か私が、やったに違いないと思う」

 突然、沙樹さんが、真央を抱きしめて、

「真央は、何も悪くないよ。スタッフが、そんなことばかり言うから洗脳されたかもしれないけど……。ごめんね。ダメなメンバーばかりで……。有紀ちゃん、これからも真央をよろしくお願いします」

「はい」

 そう言ってから時間を気にすると終電が発車する頃だった。

「真央、どうしよう。終電逃した」

「えっ、もうそんな時間? 」

「もし2人さえ良かったら泊めてあげる。嫌ならタクシー使う? タクシー代は、出してあげるから……」

「真央だけならそうでもいいですが、私は、今日初めて会いましたし……」

「真央と2人きりになったりしたら私、殺されちゃう」

「そんなことするわけないでしょ。むしろ私が、危険だ」

 戸田さんが、喜んでいる。

「沙樹と真央ちゃんの漫才が、久しぶりに見れるのか」

「私たち、そんなことしたことない」

「じゃあ、歌を歌ってよ」

「いいね」

 細谷さんも乗ってくる。2人は、渋っていたが、歌うことにした。

「これとか、イベントとかで歌ったよね」

「そうだったね。覚えているかな」

「私、毎日のようにカラオケやってるから昔より上手くなったよ。多分」

「私は、昔、踊りながら歌ってたので、そのスタイルで……」

「やめて。店、狭いからいろいろな物が、壊れてしまう」

 曲が流れて2人が歌う。昔、流行ったボーカルグループのミディアムテンポのバラードだ。サビ以外は、1画面交替で歌っている。沙樹さんも上手いが、真央は、声量も上手さでも周りを圧倒する感じだ。顔もいつもと違って見える。カウンターのお客さんも話をやめて聴いていた。

「やっぱり真央ちゃん、すごいね」

 細谷さんが、言うので頷く。終わった。店内に拍手が、響く。

「悔しいなぁ。やっぱり真央には、敵わない」

「沙樹ちゃんも上手いよ。懐かしくてまた泣きそうになってしまった」

 店員が、

「ママ、この方何者なんですか? 私、知らない曲だったけど感動しました」

「この方は、真央って言って私たち同じアイドルグループだったの。真央は、センターでリーダーだった。ファンもすごく多かった。あっちの男2人も私を見に来て真央ファンになってた」

「わかります。今までママより歌が上手い人なんていないんじゃないか? と思ってたんですが、見た目も含めて完敗ですもんね」

「間違いではないけど、今日のバイト代は、少なくなって助かるわ」

「え〜〜、それはないですよ」

 ボックスでも2人の歌が終わると細谷さんが、

「真央ちゃん、全然衰えてない。声がいいのか心に染みる」

「沙樹も当時より、大分上手くなったと思ってたけど真央ちゃんの方が、圧倒的な上手さ」

「私も初めて生で聴いたけど涙が出てきそう」

「次は、有紀の番だ」

「2人の後、歌う気にはなれない」

 店員さんが、大声で、

「カウンターからアンコールってことです」

「どうする? 」

「私、本当に沙樹ちゃんと歌うとそのうち泣いてしまう」

「じゃあ、ソロにする? 」

「私、ソロだと緊張して声が出なくなる」

「じゃあ、2人にする? 」

「そうしよう」

 それから数曲歌って閉店になった。店から出て3分ほど歩いたところに沙樹のマンションが、あった。中は、結構広い。

「沙樹ちゃんは、お金持ちなんだ? 」

「なんで? 」

「こんな広いマンションに住んでいるから」

「賃貸だよ。ちょっと無理し過ぎたかな」

「店、儲かってないの? 」

「繁華街から外れているからね。でも、そんなところだと競争が、激しいし家賃も高い。この辺の人が、ちょっと寄ってくれる程度だからそんなに高くもできない」

「迷惑じゃなかったらまた寄っていい? 」

「何で迷惑になるの? 本当に嬉しかった。ありがとう。2人は、お茶でいい? 」

「ありがとう」

「ありがとうございます」

 有紀は、シャワーを浴びて布団に入る。2人は、まだ思い出話を続けるようだった。

「他のメンバーとは、会ってる? 」

「滅多に会わないけど今日で全員が店に来たことになる」

「私以外は、仲良かったよね」

「真央からは、そう見えてたかもしれないけどそうでもなかったよ。私たちでさえなかなか友達と遊ぶ時間ってほとんどなかったから身近なところで一緒にいただけ」

「私だけが、孤独じゃなかったんだ」

「そうだよ。確かに真央は、忙しくてメンバーとも一緒にいる時間なかったと思うけどみんな真央と喋るだけでも喜んでたよ。私もそうだった」

「なんで? 」

「カリスマ性かな? なんか、元気をもらえた。ところで、今日は、何だったの? 」

「婚活パーティー」

「そうか。真央ももうそんなこと考えるような歳か……」

「別に婚活だけが、目的ではなく知り合いが増えるだけでもいいかな……。っていう気楽な感じ。沙樹ちゃんは、結婚は? 」

「してたけど別れた。ところで、真央モテるでしょ? 」

「全然。というか婚活パーティーは、ほぼ初めてだったから勝手がわからなくて……」

「初めて? 」

「有紀と出会ってすぐの頃街コン行ったら私の恥ずかしい過去を憶えててその話になるし有紀は、震災の話。それで、しばらくこういうのは、出るのやめようってなった」

「恥ずかしい過去? それってアイドル時代のこと? 」

「それしかない」

「そうだよね。私でも解散後しばらくは、そのこと聞かれる機会が、多かった。真央だとファンも多かったし余計だよね」

「もう9年なのに今日もあの2人に……。まあもう開き直っているけど……。有紀にしてもやっぱり思い出したくない過去を……」

「それは、震災のことだね。有紀ちゃんは、まだそれほど開き直ってない気がするよ。どのくらいの被害だったの? 」

「家が、流されて家族と未だに連絡つかない」

「そう。有紀ちゃん、笑顔見せないもんね」

「一緒にいる時間が、長過ぎて気付かなかった」

「多分、まだ癒えていないと思う」

「今日、その話になった時には、「乗り越えないといけない過去」って言ってだけど……。家族のことまで話が及ばなかったからかな? 」

「きっと、そうだよ」

「私、この5年間、震災のボランティアにちょくちょく行ってて有紀の幼馴染と知り合った。それで、その人に有紀の家族の遺体とか何か見つかった時に連絡もらえることになってる。市役所に勤めているから情報もいろいろ入るみたいだし……。まだ有紀は、仙台には、行きたくないって言うけど強引にでも連れて行った方が、いいのかな? 」

「それは、まだやめておいたら。また、たまにでも2人で店に来たら……。タイミングを見計らって一芝居して嫌われ役になってあげる」

「沙樹ちゃんを嫌われ役には、できないよ」

「昔、私は、真央から嫌われてたでしょ? 」

「嫌ってたことなんて、ないのに……」

「嘘だよ。真央が、人を嫌ったりしないのは、よくわかってる。ところで、今日の男2人は、どうだった? 」

「悪くはないと思うけど……」

「じゃあ、ダメなんだ」

「そうとは、言ってない」

「同じことよ。だいたい、真央が悪い人なんて言う人ってどんな人なの? よほど、極悪人じゃない限りそんなこと言わないでしょ? 」

「そうかなぁ……。でも、実は私、今日も有紀のために行ったような感じだから……」

「誰か、付き合ってる人が、いるの? 」

「まだ、そこまでではないけど気になっている人が……」

「そうなの? どんな人? 」

「一緒にボランティアに行っている人。やっぱり、そんなことができる人だからよく気がつくし人のことを大切にする立派な人」

「要するに真央と似てるんだ」

「私は、そんないい人間じゃない。もっと、ずっと立派な人」

「まあいいわ。今度、その人、店に連れて来ない? 真央の幸せをアシストしたい。させてくれない? 」

「それは、ありがたいしお願いしたいけど彼、男にとても人気があっていつも周りに友達がいる。ボランティアに行った時の夜だけ2人きりになれるけど……」

「その移動の時は? 」

「その時も、もう1人彼の幼馴染も一緒。私が、うまくいったらその幼馴染は、有紀に紹介したい」

「何それ。私の友人達は? 」

「うまくいったら、付き合ってもいいけど有紀は、あんなに辛い思いをしたからなかなか気持ちをわかってあげられる人っていないと思う」

「その彼の幼馴染は、わかってあげられる人なの? 」

「多分。自宅の火災で自分だけ生き残ったんだって。でも、すごく強い人でそんな辛い過去があることを全く感じさせないくらい明るくて笑顔を絶やさない人」

「なるほどね。いいかも。でも、まずは、真央ね。真央が、うまくいかなかったらその2人は、出会うこともできないと思う。真央、彼と2人で何とか店に来れない? 」

「彼、その幼馴染をすごく気にしてて辛いことを経験したんだから自分が、何とかしてやりたいって私より彼とのことを優先するから……」

 沙樹は、突然笑い出した。

「何が、可笑しいの? 」

「それって、真央と有紀ちゃんの関係と全く同じじゃない。あまりにも似たような人を好きになって彼の心境が、よくわかるから遠慮してるんだ」

「そうかなぁ」

「わかった。真央が、有紀ちゃんを誘うのっていつ? 」

「だいたい、休みの日かその前日。それ以外は、有紀の方から……」

「それなら、多分彼もそうだと思うから平日に誘ってみたら? 」

「きっかけが、ない」

「別に、そんなのなくてもいいじゃない。昔の〇〇が、やってる店に一緒に行ってみませんか? 」

「〇〇って、何? 」

「知らないわよ。真央が、私のことを何て言うのか」

 後日、真央と彼、小林幸次郎は、沙樹の店で会った。お互い気にはなっていたものの真央は、有紀のこと幸次郎は、幼馴染の藤田高生のことを気にして自分たちの恋愛には、消極的になっていただけだった。沙樹は、それを上手く聞き出し2人を付き合わせる事に成功した。連絡を密にしお互いの仕事に支障のない程度に平日に会うことにした。

 真央は、沙樹の店に行く機会が、多くなった。幸次郎とは、2週間に1度ぐらい行くし有紀とも1か月に1度ぐらい行く。沙樹は、どちらと行っても2人の話が続いている時は、何も言わずに飲み物を交換し話が切れたタイミングで「真央、歌おう」と誘ったりとても心地いい時間をくれた。

 沙樹の店に通い始めて3年ぐらい経った頃、真央が、幸次郎と訪れると沙樹は、2人の会話が途切れたタイミングで、

「そろそろ、有紀ちゃんと幸次郎さんの幼馴染、会わせてみたら? 」

「有紀、笑顔見せるようになったかなぁ? 」

「そうじゃないけど、真央と幸次郎さんのため」

「えっ」

「幸次郎さんは、真央と結婚したくない? 」

「したいです」

「真央は? 」

「したい……。です」

「2人ともすごく優しいから親友のために自分たちの幸せまで犠牲にしようとしてない? 今までもデートしたくても親友のために時間を割いてきたでしょ? それをわかってくれないなら親友をやめてもいいと思うよ。真央、お願いだから幸次郎さんと幸せになって」

 幸次郎は、有紀の存在を知らない。

「有紀ちゃんって誰? 」

「私の親友。震災で家と家族を失くしたの」

「高生みたい」

「そう。私も幸次郎が、高生さんにそうしているように有紀って寄り添って力になってあげたい親友がいる」

「それで、高生と有紀さんを……」

「私たちには、まだ両親がいるから2人の心の闇っていうかどうしても完全に理解してあげることが、できない。腫れ物に触るようで……」

「いいと思う。付き合うとまでは、ならなくても俺たち以上に寄り添い合えるかも……」

「じゃあ、早速セッティングだ」


「有紀、今週の金曜日、仕事終わったらちょっと付き合って」

「いいけど、どこに? 」

「居酒屋。紹介したい人がいるんだ」

「誰? 合コンとかなら行かないよ」

「違うよ。……実は……、私の婚約者。それと、彼の幼馴染み」

「えっ、結婚するんだ。おめでとう! でも幼馴染みっていうのは、何で? 」

「どうしても会ってほしいんだ。彼ならきっと有紀の心情をわかってくれるし……」

 真央は、何か用事でも思い出したのか、

「じゃあ金曜日」

 と言って走り去った。真央の婚約者は、気になるが、でも本当だろうか。休みの日は、だいたい前日から一緒だったのに……。それに幼馴染って……。

 もやもやした気持ちのまま当日を迎えた。2人で一旦アパートへ帰って着替えるとすぐにまた2人で歩く。3駅離れた沙樹の店のすぐ近くの居酒屋だった。店員さんに通された半個室には、すでに2人の男性が座っていた。

「こんばんは。遅くなってごめんなさい。高生さん、お久しぶりです」

 真央は、そう言ってから有紀に奥の席をすすめ、

「飲み物、何にする? 」

 と聞くと全員生ビールだったので店員さんに注文した。すぐに生が運ばれ、

「じゃあ、乾杯」

 真央が、言った後に3人も続く。

「全員を知っているのは、私だけだから紹介すると私の前が、婚約者の小林幸次郎さんでその隣が、幸次郎さんの幼馴染の藤田高生さんで私の隣が、同僚で親友の渡辺有紀さんです」

 真央が、みんなの紹介をした。有紀は、もやもやしていたものを吐き出すように、

「2人は、いつから付き合ってたの? 全然、そんな素振り見せなかったししょっちゅう私と遊んでたじゃない」

「それは、俺も不思議。幸次郎もしょっちゅう俺と一緒だったのに……」

「2人とも落ち着いて。今から順を追って説明するから……。まず、出逢いは、震災ボランティア。これは、高生さんも一緒。3年前に幸次郎と2人で飲みに行って付き合うことになった。でも、お互いそれぞれの親友との時間は、大切にしたいと思っていたので平日を中心にデートしてた。最近、結婚も意識するようになったので多分お互いのこと分かり合えると私たちが思った2人を会わせよう。ということになった。幸次郎、何か補足ある? 」

「まあ、そんなとこ」

「お互いのこと分かり合えるって何? 」

 有紀が、聞くと、

「何となくそんな気がした。その辺のことは、お互いに話してみて」

「真央。何それ? 」

「私が、全部しゃべってしまったら面白くないでしょ? 私は、幸次郎と沙樹ちゃんの店に行くからできれば2人で迎えに来て。それと、食べ物は、何も頼んでないから」

 と言って真央と幸次郎は、出て行った。有紀と高生は、展開の早さについていけず唖然としていた。やがて、高生が、

「改めまして藤田高生です。あっという間に2人になってしまいましたね。何か食べますか? 」

 食べ物を注文して諦めたように話し始める。

「改めまして渡辺有紀です。真央と同僚です。あ、真央は、ご存じなんですよね? 」

「ボランティアで知り合って3人で行っていました。真央さん、テキパキ働かれよく気が付くいい人ですよね? 」

「そうですね。私は、真央がいたから今ここにいる。って思ってます。幸次郎さんは、どんな人ですか? 」

「何か、有紀さんの真似のようですが、俺は、幸次郎がいたから、今ここにいる。って思ってます。以前から感じてたんですが、幸次郎と真央さんは、とても似てると思います。自分のことより他人のことをすごく大切にする。そんな優しさとか……」

「安心しました。私、真央のこと大好きなんです。本当に幸せになってほしい。優しすぎるから変な人に騙されたりしてないかと……」

「俺も、幸次郎から相手のことを聞かされずここに来たので心配してたんですが、真央さんで安心しました。幸次郎なら大丈夫ですよ。有紀さん」

「高生さんと幸次郎さんは、幼馴染ってことですが、どうして幸次郎さんが、いなかったら……。なんですか? 」

「実は、俺、中学生の時に家が、火事になって俺だけ生き残ったんです。本当なら児童施設に入れられるところを幸次郎が、家の人を説得してくれて幸次郎の家で住ませてもらったんです。高校は、さすがに世話になるわけにもいかないので寮完備のところで働きながら定時制に通って……。その後も幸次郎は、いろいろ俺を気に掛けてくれて……」

「真央が、言っていた意味が、少しわかった気がします。私は、仙台出身で大学を卒業して真央と同じ会社で働く前に震災に遭ったんです。家族とも未だに連絡が、取れていません。震災で行き場を失って避難所に身を寄せてその直後に電話して迎えに来てくれたのが、真央でした。その後、真央のアパートで一緒に暮らしました。それが、結局5年間だったんですが、その間真央は、無料で料理、洗濯、掃除、全部やってくれました」

「真央さん、すごい人ですね。もう少し食べたり飲んだりしたら2人を祝福に行きましょう」

 

 ここは、沙樹の店。真央は、店に入ると、

「沙樹ちゃん、お腹すいた」

「あんたたち、居酒屋行ってたのに何でお腹すいてるの? 」

「いきなり本題に入って沙樹ちゃんの店で迎えに来てくれるのを待ってる。って言って2人で出てきたから食べる時間なかった」

「そんなに急いで2人きりにしなくても……。寿司屋さんから出前でも頼む? 」

「そうする」

 30分後、出前が届きすぐに平らげた。

「2人、上手くやっているかなぁ」

「あそこまで、ヒントが出ていれば当然お互いの共通点に辿り着くでしょう」

「でも、ここに2人で来てくれなかったら、おしまいだよ。ここに来れば沙樹ちゃんが、悪役の芝居をしてくれるのに……」

「ちょっと真央、沙樹ちゃんに悪役をやらせるわけにはいかないって言ってなかったっけ……」

「展開によっては、それもありかな」

「勝手だなぁ」

 3人で話したり歌を歌ったりして1時間経った頃、店に2人が、入ってきた。真央は、2人が座ると、

「よかった。2人で来てくれて……。で、どうだった? 」

「要するに、結婚すると俺らの存在が、邪魔だから紹介されたってことだよね」

「そんな……。私も幸次郎もそんなつもりでは……」

「俺も高生が、これから先も邪魔になることは、ないと思うけど……」

「冗談だよ。家と家族を失くした者同士、分かり合えることを共有しろってことだろ」

「さすが高生。物わかりいい」

「有紀は? 」

「私は、家や家族を失くしたってことは、確かに同じかもしれないけど震災でそうなった私と火災でそうなった高生さんとは、違うと思う」

「有紀、ちょっとこっち向いて」

 有紀が、真央の方に顔を向けた瞬間、

“パシンッ”

 店内に乾いた音が、響いた。そう、真央は、有紀にビンタをした。みんなが、呆気に取られていた。そして、真央は、すぐに有紀を抱きしめて優しい声で、

「ごめんね、有紀。あのね、有紀。私は、両親ともまだ生きてるからわからないけど親が死んだ時の悲しさって死因によって違うのかなぁ。震災で死んだら悲しくてそれ以外は、悲しくないとか……。私は、依存度によると思うんだけど……。私は、有紀に対してしてあげられたことは、わずかだけど例えば今、急に私の心臓が止まって死んだら悲しんではくれないの? 私は、有紀が今死んだら死因が何だったとしても悲しさは、変わらないと思うけど……」

 しばらく、店に沈黙の時が、訪れた。真央は、泣いていた。次々こぼれ落ちる涙をおしぼりで拭いて続けた。

「私は、今まで有紀の笑顔が見たくてできるだけのことをしてきたつもり。私が、不十分だったのは、よくわかっている。でも、無理だった。私には、有紀の悲しさを全部受け止め理解することは、できないんだ。って気づいた。高生さんならそれができると思う。有紀、高生さん、明日から1泊で行きたいところがあるんですが、付き合ってもらえませんか? もちろん幸次郎も一緒」

 翌朝、4人は、レンタカーに乗り込んだ。運転席には、幸次郎。助手席は、真央。後部座席に有紀と高生。少々、不機嫌そうな有紀が、聞く。

「一体、どこ行くの? 」

「いいから。レッツゴー! 」

 有紀とは対照的に真央は、楽しそうだ。高生は、何となく行き先が、わかった。真央のスマホにLINEが入った。沙樹からだ。

「おはよう!もう出発した? 昨夜の真央、良かったよ。さすがだ。気をつけて行ってらっしゃい」

「沙樹ちゃん、いろいろありがとう! 今、出発したところ。また、お土産持って店に行くから」

 しばらくして、東北道に入るとさすがに有紀も行き先が、わかったようで、

「まさか、仙台に行くの? 」

「よくわかったね。みんなの故郷」

「私には、故郷だけど真央たちは、違うじゃない」

「私たちには、故郷が、ないので今まで1番多く訪れた仙台は、第2の故郷だよ」

 また有紀は、不機嫌モードになっていた。

「有紀、もう諦めよ。仙台は、だいぶ復興して震災のときからは、随分変わったんだよ。せっかく、有紀と高生さんを仙台に一緒に連れて行くシナリオ通りに進んでるのに……」

「真央の暴走でシナリオから何回も外れそうになったけど……」

「そんなこと言うな、幸次郎。私が、ちょっとだけアドリブ入れただけじゃないか」

「ちょっとだけ……。あれで」

「うるさい」

 しばらくして、ついに仙台に着いた。有紀が、住んでいた頃とは、違う街になっていた。懐かしさもない。ホテルにチェックインして部屋に荷物を置いたらロビーに集合する。とりあえず、カフェでも……。ということでホテルを出る。カフェでお茶をし薄暗くなりかけた頃、再び移動して居酒屋に行く。通された個室には、すでに1人の女性が、座っていた。真央は、お土産を渡す。

「真央、幸次郎さん、高生さん、お疲れ様」

 恵美は、もう1人の女性を見るなり急に泣き出した。一方、有紀の目からも涙が、溢れ出した。

「有紀、覚えてるよね? 鈴木恵美さん。恵美も当然、覚えてるよね? 渡辺有紀さん」

 2人とも頷き抱き合った。

「今日、ここまで来た目的は、これでした。2人とも早く座って。飲みながらゆっくり話そう」

 5人は、それぞれ飲み物を注文して乾杯した。有紀は、真央に、

「どういうこと? 何で恵美が……」

「私たち3人、ボランティアに来てるうち恵美に出会ったの。私が、有紀とアパートで一緒に住んでるって話したら幼馴染で震災の後、有紀を怒らせて連絡が取れなくなってしまった。って言うから私が、LINE交換して連絡を取っていた。恵美は、有紀の家族の情報を得ようと震災後、市役所の臨時職員になって翌年、正職員になったんだけど何も情報がないうちは、有紀に合わせる顔が、ない。って頑なに断るから有紀にも恵美と知り合ったことは、話せずにいた。でも、あれからいつまで経っても笑顔を取り戻せない有紀を救えるのは、恵美しかいないと思ってセッティングしてみた」

「本当にごめんなさい、有紀。私、未だに有紀の家族のこと何も情報が、得られないの。だから、まだ有紀に会うべきじゃないのに……」

「ううん。私の方こそごめんなさい。恵美が、悪い事したわけでは、ないのに一方的に怒って……。私が、もっと早く現実を受け入れて前向きに生きなきゃいけなかった。真央からの誘いも断って今まで仙台に行くことも拒んで来た」

「仕方ないよ。あれほどの被害だったわけだし……」

「しまった。恵美に報告しておかないと……。私と幸次郎、結婚することにした」

「おめでとう。真央、幸次郎さん」

「ちょっと真央。それ、今じゃなくても……」

「だって、その報告もここまで来た目的のひとつだし……。早く話しておかないと忘れてしまう」

「良かった。いいカップルだね」

「ありがとう。ほら、恵美は、祝福してくれるでしょ。有紀と違って」

「私だって祝福したでしょ。だいたい、そんな時に高生さんを紹介したり詰め込みすぎ」

「有紀は、高生さんと付き合ってるの? 」

「そんなわけない。昨日、初めて会った」

「高生さんもいい人だから私は、賛成だな」

「ほら、有紀。恵美もそう言ってるじゃない」

 有紀は、みんなと話すうち少しだけ笑顔を見せるようになっていた。真央と幸次郎は、目くばせして立ち上がる。そして、真央が言った。

「私たちは、運転で疲れたから先にホテルに帰って休むね」

 有紀が、すかさずツッコミを入れる。

「タフな真央が、こんな時間から休むわけないじゃない」

「私みたいな乙女に何を言わせようとしてるの? 有紀。幸次郎、言ってやって」

「今からホテルに帰ってセックスします」

「幸次郎、そんなこと素直に言うな。さっきのは、忘れて明日は、昼を食べてから帰路につきたいと思ってる。恵美、明日、時間ある? 」

「もちろん。何が、あってもこっちを優先する」

「ありがとう。じゃあ明日」

 3人は、いろいろな話で盛り上がり2人が、出て行ってから2時間近く経っていた。有紀は、高生の人柄に少しずつ惹かれていた。恵美と別れてから2人で高生の部屋で飲んだ。

 翌朝、チェックアウトをして車に乗って恵美を迎えに行ってからドライブ。有紀と恵美の思い出の場所を中心に行ってみる。面影もなくなってしまったところもあればそのままの場所もある。有紀は、すっかり笑顔を取り戻していた。ただ、少し眠そうだった。高生と一緒で。

 お土産を買い恵美と別れ帰るときには、有紀と高生は、すっかり仲良くなっていた。後部座席では、2人が、体を寄せ合って眠っていた。

「ほぼシナリオ通りになったね」

「恵美ちゃんのおかげだ。会わせて正解だった」

「やっぱり幼馴染っていいね。私は、恥ずかしい過去のせいで昔からの友人は、ほとんど捨ててしまったもんなぁ」

「でも、沙樹さんみたいに恥ずかしい過去の時の友人もできた」

「そうだね。沙樹ちゃんと出会って良かった。私たちも沙樹ちゃんが、いなかったらここまで辿り着けなかったね」

「真央の人柄のおかげだよ」

「それは、わからないけどなるべく早く報告に行かなきゃ」

「そうだね」

 すっかり暗くなりネオンが輝く東京に帰って来た。後部座席の2人は、その間ほとんど眠っていた。

 翌朝、真央を迎えに来た有紀は、初めて笑顔だった。

「おはよう。真央、昨日はありがとう。あ、昨日だけじゃなく金曜日の夜から……」

「恵美と仲直りできて良かったね。恵美、ずっと気にしていたから……。しかも、恵美のおかげで高生さんとも急接近したしね」

「高生さんとは、まだ会ったばかりでどうなるかわからないよ」

「でも、いい人でしょ? 」

「うん。やっぱり真央の眼は、正確だ」

 その日も次の日も会社で見かけた時有紀は、笑顔だった。その日、真央と幸次郎は、早速お礼と報告をしに沙樹の店に行くことにしていた。真央は、仕事が、少し遅くなってしまい幸次郎にLINEを入れた。ちょっと驚くことが、あった。と返信が来た。真央は、店に着くと第一声、

「沙樹ちゃん、お腹すいた」

「また? それよりあっち」

 とボックスを指差した。そこには、幸次郎だけではなく有紀、高生もいた。

「何でいるの? 」

「真央たちと一緒だよ。お土産を渡すのとお礼を言うため」

「今朝、何も言ってなかったじゃない」

「真央も何も言ってなかったじゃない」

 4人は笑った。沙樹が、やって来て、

「真央、満足してお腹いっぱいになったでしょ? 」

「なってない。食べてないの私だけ? 」

 食べてないのは真央だけだった。出前を頼み食べていると幸次郎が、

「美味そうだな。気を利かせてみんなでシェアできるようなもの頼めばいいのに」

「みんなは、食べたって言うからだよ」

「これ、もらい」

 幸次郎は、寿司を1つ食べてしまった。

「ひどい」

 真央は、寿司を食べ終えると、

「でも、有紀と高生さんが、一緒にここに来るまでになるとは……」

「そんな、お土産を渡しに来ただけだよ」

「でも、どうせデートするならもっといいところいけばいいのに」

「だから、デートじゃないって」

「デートじゃないなら誘ってくれたら良かったでしょ? 」

「真央たちの邪魔しちゃ悪いし……」

「何で邪魔になるのよ」

「したいことが、できなくなるよ」

「何のこと? ねえ、幸次郎」

「そうだね。2人がいるとセックスできません」

「幸次郎、そんなこと言うな」

 カウンターで忙しそうにしていた沙樹が、ちょうどやって来て、言った。

「そう。真央は、そんなにセックス好きなんだ」

「違うよ。沙樹ちゃんまで何言うの」

「いいことじゃない。子供は、早い方がいいよ」

「そうだけど、私が、セックス好きに思われてしまうじゃない。幸次郎、何とかして」

「実は、真央は、セックスが好きなんです」

「幸次郎、何で否定しない」

 沙樹は、有紀の顔を見て、

「有紀ちゃん、笑顔を見せる時間が、増えたね。高生さんのおかげ? 」

「そうですか? でも、仙台に行って本当に良かった。今まで、真央に誘われても思い出してしまいそうで怖くて断ってたので……。でも、だんだん復興して新しい街に生まれ変わっているのを見て自分も生まれ変わらなきゃ。って思った。それと、もう居場所がないって思っていたのに仙台に恵美がいた。そして、会えた。もう2度と会うことなくなったと思っていたのに……。ずっと、後悔していたのに……。まさか、真央が……」

 有紀は、しゃべっている途中で泣き出して言いたいことは、だいたいわかるものの言葉になっていないところが、時折あった。沙樹が、おしぼりを差し出し受け取って涙を拭う。

「有紀、言いたいことは、わかったからもういいよ」

「みんなが、いい方向に向かってくれて本当に良かった」

「沙樹ちゃんのシナリオ通りになっただけだよ」

「よく言うわ。真央は、シナリオを無視して暴走してたでしょ」

「そんなことない。女優魂が出て感情が入りすぎただけだよ」

「真央が、女優ならNGだらけだよ」

「いい女優は、アドリブを入れるのも上手ってことだ。いろいろな才能が、あって羨ましいか? 何とか言ってやってよ、幸次郎」

「俺の婚約者は、セクシー女優だ。羨ましいか? 」

「幸次郎、また余計なこと言う」

「ハハハ、それなら仕方ない。許す」

「沙樹ちゃんも絶対違うってわかるでしょ」

 週末が近づいた朝、真央は、

「有紀、次の休みは、どうする? 」

「ごめん。約束が、あるんだ」

「デート? 」

「真央たちは、どうするの? ダブルデートでもいいよ」

「それなら、やめておく」

「真央たちのデートって、あんなことするだけだもんね」

「あんなことが、何のことかわからないけどそんなことない」

 有紀は、休日には、ほとんどデートをするようになった。真央も幸次郎に休日のデートを解禁しようと提案して了承を得た。しかし、それまでは、昼間に会う時は、ボランティアに行く時でだいたい高生も一緒だった。いざ2人きりで昼間からデートしても時間を持て余すものだと思った。夜、時間がない中会う方が、ずっと濃密だった。2人とも、それまでは、ボランティアが趣味になっていたので意外とすることってなかった。震災以外のボランティアにも参加することもあったが、だいたい1日で終わる。夜なら沙樹の店にでも行けばいい。ということで、今夜も訪れた。沙樹は、

「いらっしゃい。2人が、週末に来るなんて珍しいね」

「最近、有紀や高生さんが、遊んでくれなくなって……」

「あの2人、うまくいってるんだ。良かったけど、真央たちは、お互いに遊び相手がいなくなって暇を持て余してるわけだ」

「そこまでではないけど、ちょっと寂しいかな」

「それで、寂しさを紛らわすためにセックスして夜になったらここに来るんだ」

「また沙樹ちゃんの変な妄想が始まった。そんなにセックスばかりしてるわけないよ。ね、幸次郎」

「うん。セックスしかすることない」

「また余計なこと言う。沙樹ちゃんの言ったことを全部、肯定するな」

「でも、図星でしょ? 」

「うん。隠しカメラで、覗かれてるかと思った」

「また、幸次郎。そんなことばかり言ってると変態って思われるよ」

「とっくに思っていたから今更でしょ」

「ほら、幸次郎。変態だって」

「私は、真央も変態だって思っていた」

「沙樹ちゃん、何言うんだよ」

「2人とも、ボランティアに行ってたからキャンプとかいいんじゃない? ボランティアでも役立つことが、たくさんあるでしょ」

「なるほど、例えば土曜日の朝出発して着いたらテント張って料理作って食べて……」

「大好きなセックスして……」

「どうして、すぐそうなるの? ねえ、幸次郎」

「頑張る」

「夜には、外でもできるし……」

「何が? 」

「いいね。興奮する」

「私は、外なんて嫌」

「ちゃんと中に出すよ」

「幸次郎も沙樹ちゃんも、そんなことしか言えないの? 」

 たしかにキャンプは、いいかも……。テント、コテージ、車と同じところでも3つの泊まる選択肢がある。そんなことを思っていると沙樹が、

「真央、私、結構この歌練習したから歌おう」

「いいよ」

 以前にも歌った歌だ。イントロが始まると店員も手を止め注目する。他のお客さんもそれに習って注目する。まず沙樹が歌う。1画面終わって次は、真央。サビは、2人で……。終わると店員が、

「やっぱり上手い。何回でも聞きたいです」

「今日は、どっちが上手かった? 」

「それは、やっぱり真央さ……。2人とも同じくらいです」

「真央さんって言いかけたね。また、バイト代が、節約できた」

「ママ、本当にバイト代減らすでしょ。前もそうだった。だって、ママも上手いけどやっぱり真央さんには、負けてますよ。ねえ? 」

 店員は、お客さんに同意を求めた。お客さんは、頷きながら、

「ママの負け」

「今日は、割り増し料金をいただきます。ありがとうございます」

 翌日、真央と幸次郎は、テントを買った。なるべく組み立てが簡単なのを選んだ。そして、キャンプ場を予約する。次の土曜日だ。結構、山の中のキャンプ場。行くときからワクワクする。途中のスーパーで食材を買う。到着すると、すぐに食事の準備に取りかかる。おいしい。しかし、夕方になると急に寒くなる。受付で、コテージが空いてないか聞くと空いていたので移動する。テントは、もう少し暖かくなってからかいろんな道具を揃えてからにしよう。

 次の土曜日は、また沙樹に報告に行った。

「キャンプ楽しいね」

「もう行ったんだ」

「バーベキューは、おいしいし開放感が、なんとも言えない。コテージだと同じまったりするにもアパートとは、違うね」

「普段のセックスより燃えたんだ」

「また話が、おかしな方向になってきてる。なんとかして、幸次郎」

「いつもより気持ち良かったです」

「何の話してるのよ? 」

「沙樹さんに聞かれたこと」

「だから、沙樹ちゃんもそんなこと答えを待ってないのに」

「2人が変態なのは、よく知っているからね」

「バレました? 」

「また幸次郎、余計なこと……」

 こんな休日の過ごし方が、2人の定番になってきた。一方、有紀たちは、沙樹の店に時々行くようだが、真央たちと一緒になることはなかったため高生とは、しばらくあっていない。

 梅雨入りし、蒸し暑い日が続いている。キャンプもコテージなら快適だが、テントとなると寝苦しく蚊も出て来る。それに比例して、コテージの予約も増えて押さえることが、できなくなっていた。そうなるとキャンプ場に行く回数も減っていた。逆に沙樹の店に通うのは、増えた。

「キャンプに行けないとすることない。夏休みのシーズンは、予約取れないし……。沙樹ちゃん、何か他に趣味にできること知らない? 」

「知らないわよ。一日中、子作りに励んだら? 」

「そんなの趣味じゃない。他人に「趣味は何? 」って聞かれて「子作りです」何て答えられるわけないでしょ? ねえ、幸次郎」

「私たちの趣味は、セックスだけです」

「もう。幸次郎が、そんなことばかり言うから沙樹ちゃんが、私まで変態だと勘違いするでしょ? 」

「幸次郎さんが、何も言わなくても真央が変態だってことは、わかっていた」

「また沙樹ちゃんが……。ひどい」

「それより、これから夏祭りが始まるでしょ? この辺りでもあるけど毎年カラオケ大会があるの。それに出て賞金稼ぎするとか……。真央の住んでるところでも昔は、あったよね?」

「確か、今でもある。でも、私1人では、歌えない体質だってこと知っているでしょ? 」

「知らない。どうせ何人で歌っても他の人の声をかき消すぐらいの声量だから1人で充分。それか、幸次郎さんに隣に立っててもらったら? 」

「それは、恥ずかしいじゃない。恋人自慢してるって思われるよ。どうせなら沙樹ちゃんと歌う」

「この街のなら店をちょっと抜けるくらいで出れるけど他のところのは、無理だわ」

「まず、練習に歌われませんか? 」

 店員が、リモコンとマイクを2本持って来る。

「仕方ない。真央、今日は負けないよ」

 と言って曲を入れる。今日は、真央からスタートするようだ。サビは、いつものように2人で……。その時、店に1組の客が、来たようだった。沙樹は、その方を見て手を振る。そして、真央の方を指差してカウンターに座るよう促した。真央は、歌いながらちらっとそちらを向くと女性が、手を振る。何か見たことある人のようだが、歌に集中していてすぐに思い出せない。沙樹が、歌っているタイミングでもう一度見る。思わず、

「伊南ちゃん」

 と言ってしまった。伊南は、沙樹と同じくアイドルグループのメンバーだった。伊南は、歌を続けろと言うようにカラオケの画面を指差した。歌い終えると、

「真央、久しぶり。誰か思い出してくれた? 」

「うん。伊南ちゃんだ。久しぶり」

「いいなーー。沙樹は、真央と一緒に歌えて。最近、以前より歌上手くなったと思ったら真央と練習できるからか。真央は、相変わらず上手いな」

「伊南、どっちが上手かった? 」

「真央だなぁ」

「また負けた。伊南、今日は、いつもより料金高くしておくから」

「ママ、ひどいんですよ。2人で歌った時に必ず「どっちが上手かった? 」って聞くから「真央さん」って答えるとバイト代減らすしお客さんが、そう言えば割り増し料金取るし……」

 店員が、そう言った。

「沙樹。真央になら負けても仕方ないじゃないか。それより、私も真央と歌いたい」

 伊南は、リモコンで選曲し、

「これなんかどう? 」

「いいよ」

 と言うとすぐに転送した。イントロが始まる。いきなりサビから入る曲のため2人で歌う。そのあとは、伊南で1画面交替。やはり、伊南も上手いが、真央には劣る。終わると店員が、

「やっぱり真央さんが、一番上手いですね」

「沙樹、今日この子バイト代いらないみたい」

「そうみたい。ただ働きお疲れ様」

「え〜〜。ママもそう思ったでしょ? 」

「思ったよ。でも、聞いてもないのに余計なこと言うから……」

 伊南は、真央の隣の幸次郎を見て、

「真央の旦那さん? 」

「いいえ、まだ結婚は、していません」

「婚約者なんだ?真央を早く幸せにしてやって。もう若くないんだし……」

「もちろんです。いろいろあったんですが、最近ようやく沙樹さんのおかげで婚約しましたので……」

「伊南ちゃんの隣は、旦那さん? 」

「ううん。同僚。旦那は、家で大人しくしてる」

「どんな仕事してるの? 」

「音楽スタジオで働いている」

「すごい。音楽関係なんだ」

「音楽って言葉が、付いてるだけで施設の雑用だよ」

「そうなんだ。ここには、よく来るの? 」

「2、3か月に1回くらいかな。真央は、よく来るの? 」

「2週間に1回くらいかな」

 突然、沙樹が、

「真央たちは、セックスしか趣味がないからその合間にここに来るんだって」

「また沙樹ちゃんが、変なこと言う。沙樹ちゃんは、私たちみたいなさわやかなカップルを変態に仕立て上げようとするんだよ」

「変態だから仕方ないよね? 幸次郎さん」

「変態だから仕方ないです」

「また幸次郎が……。伊南ちゃん、嘘だから信用しないでね」

「でも、普通なら変態なんて言われると否定するのに幸次郎さんって言ったっけ……が、認めるってことは、そうなんじゃない? 良かったね。素直な人で……」

「2人ともどうしても私を変態にしたいみたい……」

「ところで、真央。そんなに暇で歌唱力も衰えてないなら歌ってみない? 」

「さっき、歌ったじゃない」

「ここでじゃなくもっと大きなところで……」

「やだ。私、1人では、歌えない」

「真央は、この店でもそんなこと言って1人では、歌わないの」

「私、音楽スタジオでいろんな人が、レコーディングしたりするのを聴いたけどだいたい真央より劣ると思っていたの。そう思わない? 」

 伊南は、隣の鈴村文也に同意を求めた。

「うん、たしかに音程だけじゃなく感情の込め方、他人の心に染みる声、素晴らしい」

「でしょ? 私、真央の黒歴史を変えてみたいの」

「真央は、黒歴史じゃなくて恥ずかしい過去なんだって」

「何それ。まあ何でもいいからもう一度歌ってほしいの。昔、私たちやスタッフのせいで成功しなかったけど今は、YouTubeもある」

「昔、私たち成功しなかったのかなぁ。私は満足だったけど……。まあそんな私が、リーダーでセンターだったから伊南ちゃんや沙樹ちゃんは、不満だったんだろうけど……」

「真央は、自分の評価を低くしすぎなんだよ。そりゃ恥ずかしい過去だったっけ……、の時スタッフから散々下手だの罵られたもんね。でも真実は、違う。真央の実力は、すごい。あんなローカルなアイドルで埋もれちゃダメだった。もう一回歌って」

「そんなこと言われたって私OLだし……。もうアイドルなんてやる歳じゃないし……」

「私も真央には、歌ってほしい。だから夏祭りのカラオケ大会出場を薦めてたところ……」

「沙樹、それいい。まず、それだ」

「そんな。何回も言ってるけど私1人では、歌えない」

「じゃあ誰とならいいの? 私? 沙樹? 」

「5人がいい。昔のメンバー5人となら歌いたい。私、もうわがまま言わないからセンターなんかにこだわらないからできるなら昔のメンバー全員で思い切り歌って踊ってみたい……」

「へぇ、意外。真央、もうあのグループのこと思い出したくないかと思ってた。メンバー全員と会うのも嫌かと」

「私、メンバーと会うの嫌ではないけど申し訳ない気持ちでいっぱいだなぁ。私のわがままに付き合わせてしまって……。しかも最初から高校卒業までとは、言っていたけど軌道に乗ってきた時なのに引退して……。もしチャンスがあればみんながやりたかったような歌や踊りをやってみたい」

「そもそもリーダーやセンターにこだわってたのって真央と沙樹だけじゃないか。私は、沙樹とは、グループに入る前から歌が、上手いのを知っていたから何でって思ったけど沙樹が、真央に全てにおいて負けたって言った時点で誰も異議なかったのに……。もし再結成するとしたらやっぱり真央のグループじゃないと……。沙樹さえ良かったら……」

「でも、その前にみんなが、それぞれ仕事もしてるし集まって練習するのも難しいでしょ」

「もう踊れないよ」

「だからボーカルグループとしてコーラスだけで勝負すればいいんじゃない? それなら今の時代仮に全員が、集まらなくても練習やYouTubeは、何とかなりそうでしょ? 祭りは無理だけど……」

「それなら歌ってみたい」

「じゃあまずは、5人が集まれるカラオケ大会がある祭りを探してその日に合わせて練習だ」

「でも真央、私たちだけで決めていいの? 」

「何で? 」

「幸次郎さんに聞かなくていいのか? ってこと」

「あっそうか。幸次郎、どう? 」

「いいんじゃない。俺も陰で支えるよ。ただ、あっちは、どうなるかな……? 」

「大丈夫よ。真央は、タフな変態だからセックスも今まで通りするわよ」

 とすかさず沙樹が、言った。幸次郎は、

「良かった。それなら大賛成だ」

「また幸次郎が、沙樹ちゃんの変態話に付き合う。幸次郎は、変態に思われても仕方ないけど私は、違うから」

「変態同士だから上手くいってるんでしょ」

「それより変態の真央、早速LINEグループ作ったので練習の日程調整でも入れてよ」

「伊南ちゃんまで何言ってるんだ? 何で私が、最初にメッセージ入れないといけないの? 」

「私が、最初にメッセージ入れても他の2人は、やる気にならない。真央が、誘えば絶対乗ってくれるから」

「そんなことないでしょ。伊南ちゃんが、誘ってダメなら私が、誘っても同じだよ」

「違うんだよ。あの2人は、真央がやめたあと真央ロスがすごかったんだよ。ね、沙樹」

「そうだったね。真央がいなかったら続ける意味がないとか真央ともう一度歌いたかったとか……。完全に真央のファンになってた。いる時にもう少し頑張れば良かったのに……」

「頑張ってたよ。わかった。今度の日曜日でいい? 」

 と言って真央は、LINEに「今度の日曜日グループ再結成に向けたミーティングと練習をしたいですが、ご都合いかがですか? 」と入れた。

「何か堅いな」

「だって私は、みんなより早くやめたから最後に会ってからの期間が、長いし今まで連絡も取ってないんだよ」

 そんなことを言ってると返信があった。まずは、里奈。「真央。久しぶり。真央が、一緒なら参加したい」そして知子。「真央とまた歌えるんだ。嬉しい。午後からがいいな」

「やった。2人とも乗ってくれた。何時にどこにしよう? 」

「うちのスタジオ使う? 」

「でもまだ、それまでに打ち合わせが、必要じゃない? 」

「そうだね。じゃあみんなここには、来たことあるので駅に向かう途中にあるカフェに14時でどう? 」

「いいんじゃない」

 グループLINEにもそのことを入れると2人ともOKだった。

 日曜日、5人プラス幸次郎は、カフェにいた。里奈と知子は、真央との再会をとても喜んだ。まず、真央が、再結成するに至った経緯を説明して同意を得た。真央は、再びリーダーとセンターを受けることになった。そして最初のステージは、この街の祭りのカラオケ大会に決めた。

「でも、沙樹ちゃんお店は大丈夫? 」

「日曜日は、通常だと休みだから休んでもいいし店の子が、開けたいって言えばその間任せてしまえばいい」

「みんなも旦那さんとか子供とか大丈夫? 」

「何とかなるとは、思うけどならなかった時子供連れてきたら迷惑? 」

「幸次郎が、ベビーシッターしてくれるよね? 」

「そんなことしたことないけど大丈夫かな? 」

「最悪、真央に頑張ってもらって昔みたいにミスを目立たなくしてもらうしかないかな」

「それは避けた方が、いいんじゃないかな? また真央に辛い思いをさせてしまう」

「私は、別に辛い思いなんてしていないけど……」

「子供いる人は、みんな連れてきたら? 割と子供って子供同士で遊んだりするよ」

「練習場所は? 子供が、遊べる場所があって私たちの練習もできるってどんなとこ? 」

「うちのスタジオ安く使えないか交渉してみる」

 と言うが早いか伊南は、電話をする。

「やった。うちのスタジオ空いてる場所なら半額で使っていいって」

「練習日は、日曜日でいいかなぁ? みんなそれぞれ予定もあるから強制とかじゃなく個人やオンライン中心で練習して日曜日に集まった人で合わせてみる。って感じ……」

「真央と沙樹は、よく沙樹の店で歌っているみたいだから聴いていて息もあっているのでメインボーカルとサブボーカルに据えて他は、コーラスとかハモリ中心で……」

「私、どんなに頑張っても真央の声量には敵わない」

「サブに回る時は少し抑える」

「真央に抑えさせたら魅力が、半減するのでお祭りは、真央に任せよう。大舞台でも全く緊張しないし……」

「私だって緊張するよ。ブランクもみんなより長いし……」

「たった半年じゃないか」

 練習時間も限られた中アイドル時代に何回か披露して好評だった女性ボーカルグループの歌を祭りで発表することにした。これなら子持ち3人の負担も軽減できる。沙樹は、真央に店を今から開けるから練習しないかと誘った。それならと3人も沙樹の店に集まった。

「防音は、大丈夫なはずだけどいつもより音は絞らせてもらうね」

と言ってカラオケから曲を流す。真央と沙樹が、歌い出す。他の4人は、とりあえず聴きながら口ずさんでいた。曲が終わると里奈が、

「やっぱり2人の歌いいね。感動した。全然、衰えてない。むしろさらによくなったかも……」

「再結成は、嬉しいけど私たち必要? 2人だけの方が、良くない? 」

「真央、声量落ちた? 沙樹に合わせて本気じゃなかったのか? 」

「実は、同じマイクの音量だと真央の声にかき消されて悔しいから変えてみた」

「5人で歌えばもっと良くなるはずだよ。懐かしくて嬉しくなって泣き出しちゃうかも……。張り切っちゃう」

「真央が、張り切ったらもっとマイク絞らないといけないね」

 真央と沙樹は、歌うパートの確認をして他の3人は、サビをどうするか考えた。試しに5人で歌ってみる。1回目はサビの途中で沙樹が止めた。

「ちょっと、真央。あんた何泣いてるのよ」

「だって、5人で歌ってるんだよ。もう一緒に会うこともないと思っていたのに……。私なんかとは、もう会ってもくれないと思っていたのに……」

「だから、言ったでしょ。誰も真央のこと悪く思っていないって……」

「むしろ真央が、私たちを良く思っていないって思っていた」

 そう言って里奈も涙を流した。今まで黙って酎ハイを飲んでいた幸次郎が、

「真央。泣いたらお腹すいたね」

「幸次郎は、全然泣いてないでしょ。でもたしかにそういう時間かも……」

「えっ、もうこんな時間? 」

 伊南は、そう言って電話をする。里奈と知子もそれぞれ電話をしていた。みんなが、今夜は、遅くなると言ったようだ。これで今夜は、みんなが、少し遅くなっても大丈夫だ。問題は、食事だ。

「この辺の店は、日曜日は、休みのところや早く閉めてしまうところが、多いの」

「そこのスーパーで俺が、適当に買ってきます。マネージャーですから……」

「よろしく、幸次郎」

 そう言って幸次郎は、店を出た。伊南は、

「幸次郎さん、いい人ね? どこで知り合ったの? 」

「震災のボランティアで……。でも付き合うようになったのは、沙樹ちゃんのおかげ」

「別に私が、何もしなくても2人は、付き合ってたわよ」

「私、恋愛禁止の期間が長かったでしょ? あ、みんなそうか。でもそのせいで一歩踏み出すタイミングを知らなかったっていうか……。みんなは、その影響が、なかった? 」

「悪いけど私たちは、恋愛禁止なんて言われたことないし真央みたいに人気なかったし……」

「そう言えば私も恋愛禁止とは、言われなかった」

「どうせ真央には、そんな時間なかったでしょ? 」

「まあそうかな」

「あの頃に真央が、恋愛までしたら絶対ぶっ倒れてた」

 そんな話をしていると幸次郎が、戻ってきた。

「お待たせ」

「わー、たくさんある」

「いただきます」

 みんなが、食べ終えると真央が、言った。

「さあ、練習だ」

「もう、泣かないでね」

「もう、泣かないよ。お腹もいっぱいになったし……」

「お腹空いてたから泣いたように聞こえるよ」

「どうしてそんなにいじるかなぁ。私の感動の涙を……」

 カラオケからイントロが、流れた。今度は、最後まで泣かずに歌い切った。最初の5人での通しにしては、いい感じ。幸次郎は、スマホに録音していたらしくそれを再生する。

「さすが、マネージャー」

 ほんの少し5人の歌い出しが、ずれていた部分が、あった。その部分を気をつけて再チャレンジ。しかしやっぱり少しずれる。

「今は、ボーカル2人、コーラス3人が、それぞれ1本のマイクを持っているけどメインボーカルに1人のコーラス、サブボーカルに2人のコーラスでそれぞれ1本のマイクにしてみよう」

 また歌い出す。今度は、うまくいった。

「今後の練習次第だけど最終的にアカペラ目指さない? せっかくみんなのいい声に楽器の音が、邪魔に思えてきた。その方が、ボーカルグループらしいし……」

「おっ、真央のやる気に火がついた」

「でも目指してみる。ぐらいでいいから……。みんなの負担になって続かなくなってもいけないし……」

「真央が、言うことに逆らうわけないでしょ」

 また、曲を流して真央と沙樹が、歌う。その間コーラス3人が、ああだこうだ言いながらどんな風にするか決める。音楽を小さくしていきながら何度か繰り返しコーラスもだんだん入ってくる。割といい感じだったが、時間も遅くなったので練習用に真央と沙樹の歌をコーラス3人が、録音した。次回の練習場所は、伊南が、LINEに入れるということでこの日は別れた。

 次の金曜日、真央と幸次郎は、沙樹の店にいた。

「沙樹ちゃん練習しよ」

「真央は、そんなに練習しなくても大丈夫でしょ」

「そんなことないよ。みんなが、一生懸命練習して私だけ取り残されるんじゃないかと不安で……。それにみんなで歌うって楽しい」

「真央は、昔からそういうところが、変わってないね」

「家でも相当練習してるのに沙樹さんと合わせないと不安だって言うから来ちゃいました。昔から真央は、そうだったんですか? 」

「以前は、やらされていたと言った方が、正しいかもしれないけど根を上げずやってたってことは、練習熱心なんだろうね」

「昔は、私が、下手で未熟だったから仕方ないけど若いから許されてた。さすがにもう若くないから……」

「若さで許してもらったことは、なかったでしょ? 逆にもう若くないからあまり無理しちゃダメよ」

「スタッフさんには、許してもらえなかったけどお客さんは、そうだったと思う」

「真央が、お客さんの前で許されないほどの失敗したことは、なかったけどね」

 そこに店員が、来て、

「私、真央さんの歌大好きです。何回聴いても飽きないので好きなだけ練習してください」

「真央は、何回でも歌えるかもしれないけど私も一緒に歌わないといけないんだから……。私が、ダウンしてバイト代払わず帰らないといけなくなっちゃう」

「じゃあ、ママが、ほんの少し体力が残るぐらいで……」

「それよりここの祭りのカラオケ大会に私たち出ることになったけど店は、どうする? 」

「私もカラオケ大会見に行きます」

「じゃあ、その日は、休みにしよ」

「それでは、練習どうぞ」

 と言って曲を入れた。

「なんで私たちが、歌う歌が、わかったの? 」

「履歴に何回も連続で入っていたし店のカラオケランキング1位になってますから……」

 曲が、終わり沙樹が、いつものように店員に聞く。

「どっちが、上手かった? 」

「2人とも甲乙つけ難いです」

 今日は、上手く切り抜けたと思い満足そうな店員だったが、真央が、

「私、今回メインボーカルで沙樹ちゃんが、サブボーカルなので同じじゃ困る」

「2人とも意地悪です」

 その後何回か歌い日曜日の全体練習を迎えた。この日は、伊南が、勤める音楽スタジオだ。子供も6人が、来たのでなかなか5人全員では、合わせられないが、順番に子守をしながら残った者が、歌う。もちろん幸次郎は、子守専属。全員忙しい中でも練習したらしくどういう組み合わせでも完成度が、高かった。そして、みんなで休憩を兼ねて打ち合わせ。それぞれが、お菓子を持って来ていた。

「結構いい感じだね。コーラス3人、相当練習したんだね? 沙樹ちゃん私たちも負けていられない」

「また真央が……。そうやって頑張り過ぎると子供がいるコーラス3人にプレッシャーになるでしょ」

「沙樹、別にいいよ。私は、楽しいよ。家事や育児だけじゃストレス溜まるし……」

「私も改めて歌の楽しさを感じてる。それも、真央が、一緒だからなお」

「私たち真央が、脱退してからもう一度真央と歌うのが、夢だった。それが、叶ったんだから頑張らないと……」

「みんな真央のタフさを忘れた? 一昨日も店に練習だって来て10回以上付き合わされて昨日は、声が、出なかったんだよ」

「いいな、沙樹は……。そんなに真央と一緒に歌えて……」

「どこが、いいのよ。こんなペースで歌ったら本番は、出られなくなりそうだから代わってくれてもいいよ」

「わかったよ。体や声に影響が、出ない程度に頑張ろう」

 休憩後、3回ほど5人で合わせて終わった。全員が、録音して1回ごとの感想や意見は、その場でするのは、時間がもったいないのでグループLINEでするようにした。みんなが、共有していないといけないので個人同士でするのは禁止にした。次回も日曜日を練習日にした。

 次の金曜日また真央と幸次郎は、沙樹の店を訪れた。

「沙樹ちゃん練習しよ」

 ドアを開けてそう言うとそこには伊南、里奈、知子もいた。

「あれ? 今日は、何かある日だったっけ……」

「どうやら何の申し合わせもなく全員集まったみたい」

「だから私たちも頑張って練習しなきゃと言ったじゃないか……」

「真央が、練習し過ぎるからこうなるんだよ。私は、この店から逃げられないのに……」

「いいな。沙樹ちゃんは、ここにいればみんなと練習できるんだ」

「何が、いいな。よ。やっぱり私は、本番までに体か喉を壊してしまいそう」

「壊さない程度にやればいいんだよ」

「どうせ少し抜いたら本気で歌ってないとか言うくせに」

「とりあえず1回歌ってみよう。音楽は、音量を下げて」

 沙樹は、渋々曲を入れた。しかしいざみんなで歌うと沙樹も抜いたりは、しなかった。そして終わり真央は、店員に、

「どうだった? 今日は、どっちが、上手かったとかではなく全体として。何言ってもバイト代が、なくなることは、ないと思うから……」

「すごく良かったです。元アイドルとは、思えません」

「私たち確かに元アイドルだけどボーカルグループとして再結成したんだけど……」

「しょっちゅうバイト代なしで働いてくれてありがとう」

「ママ、ごめんなさい。今月ピンチなのにこれ以上減らされたら……」

「幸次郎は、どうだった? 」

「もう歌としては完成なんじゃない。さすが、元アイドル」

「幸次郎、また変なことに同調する」

「でも、本当にすごいよ。この曲歌ってたボーカルグループを超えたかも……。あとは、いくらカラオケ大会でも棒立ちじゃつまらないから少し動いてもいいかなぁ」

「さすが、マネージャー。そうだね。私も歌わない部分とか多少のダンスは入れるか……。あとフォーメーションとかも最初から最後まで同じよりは、変わった方がいいね」

「真央。それって私も踊れってこと? もうダンスなんてできないよ」

「さすがに、アイドル時代のような激しいのは、私も自信がない。ちょっとだけ手を動かす程度でフォーメーション変える時にスムーズに綺麗に動くぐらいで……」

「確かこの曲のグループもそんなに動きは、なかったよね? 」

「そういう印象」

「だからそのグループより少し綺麗な動きを目指せばいいんじゃない? 実は、昔組んでたグループなので息も合ってるし全く素人ではないんだってアピールできれば……」

「最初は、そんなこと言ってても真央のハードルは、上がりそうで怖い」

 それからは、どういう動きを入れるか考えながら歌を何回か歌った。明後日は、まずミーティングをしてどこでどう動くかアイディアを出すことにした。

 そして日曜日。みんなが、ここはこうがいいとか言いながら実際に動いてみる。さすがにブランクが、長いせいかなかなか揃わない。あまり長らく子供達をほったらかしにもできないのでまた交代制で子守をする。そのためさっきまで上手くいったようでもメンバーが、変わるとまたずれる。ここで休憩。

「もう少し動きをシンプルにしようか? それで合ってきたら今に近いところを目指そう」

「珍しく真央が、妥協した」

「本番までそんなに時間がないので仕方ない。肝心な歌がずれたりしたら元も子もない」

「そうだね。みんなで頑張ろう。私やるからには、昔みたいに多少のずれは、真央が、目立たないように何とかしてくれるみたいなのは絶対いやだから」

「私は、そんなことした覚えないけど……。でも、みんなできるよ。きっとできる」

「真央に言われるとできそうな気がする」

 幸次郎が、口を挟んだ。

「女性グループってだいたい仲が、悪いとか言われるけどこのメンバーは、違うんだ」

「真央がいるからよ。幸次郎さんが、一番わかっているでしょ? 真央のカリスマ性を……」

「幸次郎さんは、鈍いから気づいてないかも……」

「さ、練習再開。幸次郎、録画をお願い」

 その後動きが、合っていないところは、簡単な動きに変えると真央の思惑どおり合ってきた。最後は、5人で歌と踊りを通してみる。また、それぞれが、動画を撮ってグループLINEで意見交換をする。そして誰もLINEには、何も入れないのに金曜日は、沙樹の店に全員が、集まった。

「伊南ちゃんって仕事とか大丈夫なの? 」

「シフト変わってもらったり時間休で何とかしてる」

「子供のことで休暇使わないといけないこともあるんじゃない? 」

「それでもそんな日が、年間に何日もあるわけじゃないし……。それにうちの社長、昔、真央のファンだったから再結成を喜んでくれているし……」

「さあ、歌おう。時間もそんなにないし……」

「その前に踊りのこと言って申し訳ないけど今回は、みんなが、近い距離にいるでしょ。だから昔みたいにそれぞれが踊るんじゃなくて触れることでタイミングを合わせてもいいんじゃないって考えた」

「それいい。みんなでやっている感も出るしね」

「じゃあ、歌おう」

 5人の歌は、すでにカラオケ大会レベルを超えていた。そして、何より5人が、とても楽しそうに歌っていた。誰かに歌わされるのではなく全員が、望んで歌っているのが、みてとれた。終わると真央と店員の目があった。

「どうだった? 」

「もう私、何も言いません」

「感想を聞いてるの。余計なことさえ言わなかったらちゃんとバイト代は、払うから……。で、どうだったの? 」

「良かったです」

「それだけ? もう少し何か言うことないの? 」

「ちょっと、沙樹ちゃん。脅してるみたいに聞こえる」

「幸次郎さん、どうだった? 」

「5人全員この前の練習でも最高だと思っていたのにまたその上に行っちゃった」

「幸次郎、まだまだこれからだから……」

「真央、もうこれ以上は無理。あとは、踊りだけ……」

 それから3回歌い子持ちの3人は、帰って行った。その3回では、踊りのタイミングを合わせるためのハイタッチやグータッチなどをやってみた。より楽しさが、増し表情も格段に良くなった。そして5人の自信は、より深まった。

「沙樹ちゃん。私、すごく楽しい」

「うん、楽しいね。結局、昔は、人から言われたことしかやらしてもらえなかったもんね」

「自由っていいね。歌っているといつの間にか笑顔になる」

「そうだね。私もそうなる」

「つまらなそうに歌うよりいいけどね」

 そして日曜日の練習日。本番まで2週間。まずは、ダンスのきっかけとなる動きを確認する。それによってダンス自体も自然な流れで変更した。これなら何とかなりそうだ。メンバーを変えて練習してもピッタリ合う。休憩に入ると

「本番の衣装ってどうする? 」

「まさか、アイドル時代の? 」

「私は、みんなと同じのは、一番最初のしかないしそれもぼろぼろだから嫌だ」

「さすがにその時のは……。もうはまらない」

「やっぱり、夏祭りと言えば浴衣じゃない? 」

「なるほど。そうしよう」

「みんなは、誰かに祭りに出ること言った? 」

「ほとんど話してない。やっぱり、久しぶりだから見に来てもらってガッカリさせてもいけないし……」

「でも、今の出来なら話したくなるね」

「特に昔を知っている人に見てほしい」

「真央は、社長さんには、話した? 」

「話してないよ。私もやっぱり不安だったし……。でも、明日話そうと思っている。うちの社長、昔のグループの時私以外のメンバーは、いらないみたいなことばかり言ってたけど今は、絶対そんなこと言えないはずだから」

「でもやっぱり真央のチームだし……」

「そんなことない。私、昔より何倍もみんなの存在が、心強く感じられる。今回、成功したら間違いなくみんなのおかげ。失敗したら私の責任」

「また、真央が、1人で背負おうとする。例え失敗してももう誰も真央だけを責めないしひとりぼっちには、しないよ」

「みんなが、思いっきりやってその結果が、どうなろうと昔の5人が、集まってステージに立てる。それだけで成功でしょう。失敗なんてない」

「そうだよね。思いっきり楽しもう。そしてそれをたくさんの人に見てもらおう」

 その日は、それから2回5人で通して終わった。みんなとても楽しそうだった。

 翌日、真央は、社長と有紀に昔のグループでお祭りのカラオケ大会に出るので見に来てほしいと告げた。有紀は、高生を誘って来るといった。一方、社長は、また真央が辛い思いをするのでは……と気が気じゃない。いろいろ質問攻めに合った。そして、真央が、他のメンバーと楽しくやっていることを理解してくれて見に来てくれることになった。そして少しでも協力したいからと全員の浴衣代を出してくれた。真央は、グループLINEに「うちの社長が、浴衣をプレゼントしてくれます。今度の日曜日の練習前、私の街の服屋さんに集合! 」と入れた。早速、沙樹から返信「懐かしい。真央が、いつも下着買ってた店! 」里奈は「あの真央のためだけにTバックを仕入れる店だね!? 」知子は「今度は、どんなの仕入れてくれてるんだろうね? 」伊南から「下着買ってからの練習場所は、そこから近いスタジオを押さえておいた」真央は「浴衣買いに行くんだからね。下着は買わない! 」

 次の日曜日。ついに最後の練習日のはずだ。というのも、一昨日も沙樹の店に集合して練習したから次の金曜日も練習日になるかもしれないからだ。服屋前に全員が、揃った。店員は、5人を思い出したようで、

「あら真央ちゃん。昔、下着を買いに来るのに一緒に付き合ってもらったメンバーを引き連れて……。あんたまだ1人では、恥ずかしくてTバックくださいって言えないの? 」

「お久しぶりです。真央は、恥ずかしがり屋なんですよ」

「また仕入れたから見てみる? 」

「はい。よろしくお願いします」

「本当に真央ちゃんは、恥ずかしがり屋さんね。中学生の頃も恥ずかしがって何も言わないからメンバーさんに言ってもらってたよね。あの頃と全く同じね」

「恥ずかしがってるんじゃなくて今日は、浴衣を買いに来たの。それに子供もいるのに……」

「浴衣は、そっち。じゃあ浴衣に合う下着を選んであげる」

「俺も手伝います」

「こちらは? 」

「このグループのマネージャーで真央の婚約者です」

「あら、そうなの!? 真央ちゃんは、セクシーな下着が、好きだけど自分じゃ選べないって言うから……。彼氏さんならいいのを選んでくれそうね」

「はい。任せてください」

「幸次郎。下着は、買わないから……」

 というのに店員さんに連れられて行った。

「懐かしい会話だったね」

「本当に……」

「今日は、浴衣だよ。浴衣」

 メンバーからもいじられながら浴衣のコーナーに行く。練習時間のこともあるので急いで浴衣を選ぶ。店員さんは、いつものようにまずは、下着をレジに通す。

「今日は、うちの社長の支払いなので下着は、やめてください」

「そうなの。じゃあ社長さん喜ぶわ。真央ちゃんが、浴衣だけでなく下着まで自分が、払ったのでステージに立つなんて……」

「あの……。お願いします。下着の分は、引いてください」

「わかってる。値引きしておいた」

「あの、そうじゃなくて……」

「あ、領収書」

「あの……、私の言ったこと聞いてますか? 」

「はい、領収書。内訳も書いてあるよ」

 見ると内訳には『浴衣5着、下着(真央)』となっている。抗議しようとすると運悪く次のお客さんが、並んでいる。

「真央ちゃん、みんなありがとう。来週頑張ってね。またね」

 メンバーに引っ張られ店を出る。

「真央は、相変わらずこの街で愛されてるね? 」

「どこが? いつも下着を買わされて……」

「で、どうしてるの? 」

「そりゃ、もったいないから付けてるよ」

「だったら、別にいいじゃない? しかも、今日も値引きしてあるよ」

「そんなの社長の支払いだからいいのに……。それより領収書どうしよう」

「ちょうどだったとか言って渡さなかったらいいじゃない? 」

「実は、これとは、別に激励金をもらって幸次郎に預けてる」

「えっ、そうなの? 」

「だから浴衣代のあまりは返さないと……」

「さすが、社長さん。昔から真央のために良くしてくれたもんね。ただ、それは、スタッフの懐に入るだけだったけど……」

「そのくせスタッフは、社長さんにお礼も言わなかったよね。真央は、叱られてたし……」

「最低なスタッフだったよね」

「でも、スタッフさんが、頑張ってくれたからたくさんのステージに立たせてもらえたし……」

「真央。そんなの本気で信じてたの? 」

「なんで。そう、言われてきたじゃない。お前らみたいな下手くそをステージに立たせるために俺たちが、どんなに苦労してるかわかってるのか? 感謝しろ。って……」

「真央は、本当に素直ないい子ね。だから、大好きなんだけど……。私たち本当は、もっと大きなステージに立つチャンスもあったんだよ。まあ、真央のおかげだったけど……。その度大金を要求し過ぎてボツになったんだよ。大手のプロダクションから話がきた時と同じ……」

「そうだったんだ……。私そんなこともわかってなかったんだ……」

「あ、真央は、何も悪くないよ。真央は、どんなところでも歌って踊るのが、好きだったんだもんね。こんな純粋な子を騙すやつら許せん。今度のステージで過去の鬱憤を晴らそう」

「それじゃ、ダメだよ。今度のステージで思いっきり楽しんで恥ずかしかったり悔しかったり辛かった過去を楽しさで薄めよう」

「さすが、真央。ポジティブ」

 この日は、最初に5人で通して修正点を見つけようとするが、特に見当たらなかった。もういつ本番を迎えてもいい状態だった。いつものように交代制にしても変わらない。休憩になると、

「せっかくだから、浴衣を着て最後のスタジオ練習にしよう」

「いいね。テンション上がる」

「交代で着替えよう」

 みんな着替え終わると雰囲気が、変わった。

「みんな似合ってるね」

「真央は、下着も替えたの? 」

「そりゃ試着してみないと……」

 着替えてから再び5人で通してみる。みんなが、より気合いが、入って申し分ない。今は、むしろ早く本番になってほしい気持ちだった。そして金曜日の全員揃っての自主練習。みんないい声してる。この日は、本番が近いということで少しの練習をして解散した。

 いよいよ、本番の日を迎えた。順番は、3番目。あまり後の方より良かった。カラオケ大会が、始まるまでは、まだ時間がある。みんなそれぞれ、今日呼んでいた人と喋っていた。真央は、まず社長にお礼を言った。

「浴衣や激励金そして昔から応援していただきありがとうございます。社長のおかげで今まで生きて来れました。そして、社長が、あまり良く思っておられないメンバーも同じです。今日は、私の愛するメンバーが、どんなに必要な人たちか見てもらいたいです」

「浴衣似合ってるな。期待して見せてもらう」

 そして有紀、高生。何とそこには、恵美もいた。

「何で恵美が……? 」

「実は、私たち自動車学校に通って免許取ったの。で、真央が、ステージに立つって言うから迎えに行ってきた」

「有紀たち最近付き合い悪いと思ったら内緒でそんなことしてたんだ」

「真央も最近付き合い悪いと思ったら内緒でこんなことしてた」

「最初は、ブランクも長いし全く自信がなかった。でもだんだん最高のステージが見せられるような気がしたのでどうしても見てもらいたかった。今日は、ありがとう。恵美も楽しんでね」

「ありがとう。期待してるよ。頑張ってね」

 いよいよ、カラオケ大会の時間が、迫った。私たち5人プラス幸次郎は、集まって円陣を組む。

「真央、何か一言ないの? 」

「うーーむ。よし、私たちは過去にいろんな辛いことや苦しみを経験した。でもそれを今日最高のステージを見せることで明るい未来につなげられる。過去は、未来へ羽ばたかせてくれる。頑張ろう」

 いよいよ、出番が、近づいた。しかし、メンバー全員笑顔で落ち着いた表情だった。昔、このような雰囲気だったことが、あっただろうか。みんなが、ミスを恐れて表情も強張っていたように記憶している。ついに、司会者から

「次は『モアイ』の皆さんです。よろしくお願いします」

 とアナウンスがあった。真央は、

「みんな落ち着いてやれば大丈夫だよ」

 と言って先頭でステージに上がった。司会者が、自己紹介を求めたのでみんなが、それぞれ名前を言った。そして、

「どなたか代表の方、皆さんは、どういう関係でしょうか? 」

 真央が、答える。

「私たちは、15年前まで近くの街でご当地アイドルをやっていました。グループ名は、元アイドルを略しました。この、ステージで再結成してボーカルグループとしてYouTubeを中心に活動したいと思っておりますのでよろしくお願いします」

 会場が、ざわつく。憶えている人もいたようで真央や地元の沙樹に対しての声援も聞こえる。

「カラオケ大会にアカペラで歌うというのも自信があるということですか? 」

「最初は、カラオケをやるつもりだったのですが、メンバーの綺麗な声に演奏が、邪魔しているように思えてしまいましたのでアカペラにしました」

「そうですか。では、早速歌っていただきましょう。お願いします」

 そして、5人が、中央に集まって手を合わせコーラスが、始まる。みんないい感じ。そして、真央の歌が、会場に響く。沙樹の声も今日は、いつもより響く。サビでの5人のコーラスは、会場にいる全員の心にまで響いた。踊りも少しもずれることもなく何もかも完璧だった。終わった時には、観客は、圧倒され拍手も一瞬遅れて大歓声に包まれた。司会者もなかなか話し出せなかった。少し歓声が、止んだところで、

「すごい歓声ですね。いかがでしたか? 」

「ありがとうございました。いろいろな方のご協力によって今の5人の最大限のステージを見せることができて良かったです。YouTubeよろしくお願いします」

 そういうと真央を先頭にステージを降りる。すると多くの観客に囲まれた。握手を求める人、写真を撮る人、サインをねだる人もいる。

「沙樹ちゃん私サインなんて考えてなかった。どうしよう? 」

「私だって考えてない。昔のでもするしかないんじゃない」

「昔のってアイドルの時の……? ハートとか入れてたから恥ずかしいよ」

「仕方ないでしょ。この状況なら……」

 真央は、観念してアイドル時代のサインをする。ようやく囲んでいた人の要望に答え人が、バラけたら今度は「来月隣の街の祭りがありますが、出てもらえませんか? 」とか「秋にもこの商店街のイベントがありますので……」といった出演依頼の人が、集まってきた。みんなの都合もあるし出演料とかではなく普通の条件の事もある。すぐに返事ができないというがすぐに返事が、欲しい方もいる。さらに芸能プロダクションからも「YouTubeをやるなら協力したい」とのこと。みんなまとめて話し合うため沙樹に店を開けてもらい集まってもらった。さらに友人達も集めたため椅子も足りなかった。メンバーは、とりあえず全員カウンターの中に入った。プロダクションの方は「契約をしてもらったら皆さんのスケジュール管理もしますよ」というのでまずは、この関係の方と先に交渉することにした。こういった業界の方は3名いた。うち2名は、5人全員との契約を望んでいなかったのでお引き取り願った。残った方は、吉田流志という名刺を差し出した。

「私たちは、仕事してますし子供がいるメンバーもいますが、それでも構いませんか? 」

「わかりました。できるだけ皆さんの要望に答えるようにします。イベントなどは、どの程度なら出演できますか? 」

「曲数とどんな曲かにもよります。今回のようなアカペラだと相当な練習時間が、必要になります」

「演奏が、有れば練習時間は、少なくて済みますか? 」

「知っている曲なら何とかなると思います」 

「金銭的には、どのぐらいを望んでいらっしゃいますか? 」

「特に希望額はないですが、衣装代や練習場所の料金を支払える程度なら……。私は、メンバーと一緒に歌えれば楽しいので他には、何もいりません。ただ他のメンバーにも聞いてください」

「私は、音楽スタジオで働いていて真央ならプロでもやっていけると思っていますが、真央は、いつも5人で歌う方を選択します。という事は、私たちは、真央次第なんです。真央にお任せします」

「過去にアイドルをされていたそうですが、その時は、いくらもらってらっしゃいました? 」

「ほとんどもらえませんでした。一回ステージに立って3千円もらえればいい方でした」

「そんなもんだったんですか? 実は、私は、あなた方が、アイドルだった時にもこのような話をしたことがあります。当時の事務所の方でした。その時その方は『何百万円稼ぐグループを差し出すんだから億単位のお金をもらわなければ話にならない』と言われて諦めました。その時の事務所とはもう縁が、切れてますか? 」

「当時の事務所はもうなくなっています。事務所の人は、噂では、借金で姿をくらましたと聞きましたが、私は、嫌われていましたのでわかりません」

 それまで黙って聞いていた沙樹が、口を挟んだ。

「いちばん利益をもたらしていた真央が、引退してから半年持たずに解散しましたが、真央がいた頃と変わらず遊び回っていたようですので借金で姿をくらましたというのは、本当です。真央が、残しておいた資金をすぐに使い果たしてしまって。私たちは、真央が、大好きなのに嫌っていた事務所の人たちを嫌いだったので誰も会っていません」

「それを聞いて安心しました。後日契約書を作成してお持ちします」

「吉田さん今オファー頂いている方との調整をお願いしてよろしいでしょうか? 」

「わかりました。皆さん場所を変えて交渉させてください」

「わがまま言って申し訳ありませんが、よろしくお願いします」

 ようやく沙樹の店は、メンバーと友人だけになった。恵美が、真央のところへやって来て、

「真央。すごい。今日とても良かった。わざわざ仙台から来て良かった」

「楽しんでくれたなら良かった。モアイのメンバーは、最高でしょ? 」

「正直なところ元アイドルだから歌唱力は、そんなに期待できないかと思っていたのに……。涙が、出てきて止まらなかった。プロのコンサートとかでもこんな経験なかった」

「私も以前YouTubeで昔のを見たことは何回かあるけどその時は、真央しか目立ってなかったけど他のメンバーさんもすごく上手いんだってわかった」

「そうなんだよ。私は、他のメンバーがいないと上手く歌えない」

「私たちも同じ。多分、真央がいなかったら上手くなってない。今日も真央は、ステージに上がる直前まで『大丈夫』って言い続けていた。真央に言われると本当にそう思えちゃう。真央は、魔法使いなんだよ」

 沙樹が、そう言ってビールを差し出した。そう言えばまだ乾杯していなかった。マイクを沙樹から受け取る。

「お待たせしました。皆さん飲み物は、ありますか? 今日は、私たちモアイの再結成のステージでしたが、予想以上の再出発になりそうです。今日は、見に来ていただきありがとうございました。乾杯」

「乾杯」

 メンバーは、カウンターの中にそのまま残る事にした。椅子が、足りないせいもあるがその方が、話もしやすい。

「真央いつか仙台にも来てね? 」

「最近頻度は減ってたけどしょっちゅう行ってたじゃない」

「違うよ。モアイとして……」

「個人的には、行きたいけどモアイとしては、いつになったら全国レベルになるんだろうね。私もまだまだ練習しなきゃ。もしかしたらレッスンとかも受けさせてもらえるのかな」

「また真央のやる気に火がついた。私は、そんなにタフじゃないから……」

「確かに真央は、タフだ。この期間も普通にセックスしたし……」

「何言うのよ幸次郎。恥ずかしいでしょ」

「真央は、本当にタフな変態ね」

「でも、本当に真央は、タフだよね。私と初めて会った時も1人で車を運転して仙台まで迎えに来てくれたもんね。今回恵美を迎えに行ってどれだけ大変なことだったかよくわかった。しかも私たちは、2人だったのに……」

「ボランティアの時も1人で運転していたこともあったし……」

「そうそう。俺が、どんなに疲れるかわかるでしょ? 」

「幸次郎は『今日は、疲れた』とか言って下になっていることが多いでしょ」

「それは何の話? 」

「いやん。私に何を言わそうとしてるの? 」

「真央、私たちは、あなたに身を委ねたんだからね。AVのオファーとかは、絶対に受けないでね」

「当たり前だよ。沙樹ちゃんは、何の心配してるんだ」

 そこに店員さんが、やって来た。

「真央さん今日も良かったです」

「今日は、私と沙樹ちゃんどっちが、良かった? 」

「どっちもです」

「どっちかと言えばどっち?今日は、仕事じゃないから関係ないでしょ」

「いいえ。働いてますのでバイト代貰います。ね、ママ」

「今日は、休みだよ。それに飲んでばかりで何も仕事してないでしょ」

「またやられた。私2人とも嫌いになってしまいます」

「でも、真央が、歌ってる時泣いてたでしょ? 」

「えっ? 見えたんですか? 」

「見えないよ。そもそもどこにいたかわからなかった」

「ひどい。でも真央さんの歌は、泣きますよ。ほとんどの人が、そうでしたよ。心に染み渡ります。いつもそうなんですが、今日は一段と」

「でも、今日は、いつも以上に沙樹ちゃんの声が、やばかった。私も泣きそうになった」

「確かに……。いつもより、声量もあって感情込めまくりで……。でも、全員今日がいちばん良かった。みんな本番に強いんだって思った」

「練習にいつも立ち会った幸次郎が、言うなら間違いないか……」

「だいたい、真央が、本番になるとさらにギアを上げるから……。練習は、手抜きしてるんじゃないかと思わせるよね? 」

「いつも、一生懸命やっているよ。練習も……。でも、本番は、なぜか……。きっと、お客さんの力が加わるんだろうね」

「大きい会場でやったらどうなるんだろうね? 」

「どうなるんだろう。大きい会場のオファーは、断るか」

「そういう発想になるか」

 そこに、幸次郎の電話が、鳴った。相手は、吉田さんからだった。メモを取りながら聞きまた返事をすると言って切った。

「とりあえず、来月2つのイベントでいずれも日曜日のお祭り。1つは、ここの隣の街で2曲もう1つは、反対の隣の街で30分ということで今後に影響するのでどちらかは、必ず出てほしいってことだったけどどうする? ちなみに曲は、自由でアカペラでなくてもいい」

「どうする? みんな」

「日曜日ならどっちでも大丈夫だから真央にお任せする」

「どっちも、出たい。でもいい? 」

「いいよ。真央やる気だね」

「せっかくみんなで掴んだチャンスを無駄にしたくない。歌うの好きだって改めて気づいたし……」

「でもとりあえず2曲は選んでおかないと……」

「そうだね。1曲は、今日歌ったグループの曲にしよう」

「じゃあもう1つは、割と新しめのボーカルグループのにしよう」

「やった。早速練習しましょう」

 店員が、カラオケのリモコンを持って来た。

「何であなたが、言うの? 」

「働き者ですから売り上げ増やそうと……」

「売り上げ増えても今日は、店が、休みだからバイト代は、払えないって言ったでしょ」

「こんなに働いてますので少しだけでも……」

 沙樹は、無視してカラオケを入れた。ポジションを変えモアイのメンバーが、歌い始める。特に打ち合わせをしていないので誰がどこを歌うかは、直前に指差して決めた。それでも、誰が、歌っても上手かった。歌い終わって真央が、

「来月のイベントで歌う予定の2曲でしたが、いかがでしたか? まだ、パートとか何も決めてないので上手くなかったかもしれませんが、都合がつけばまた見に来てください。練習して本番には、もっと仕上げます」

 友人達は、この段階でも良かったと言ってくれた。今度のイベントでは、今回コーラスに回ってもらった3人も主旋律を歌ってもらうような選曲にした。そして、この時点で遅い時間になったのでお開きにした。真央、有紀、恵美、幸次郎、高生だけが、店に残った。

「やっとゆっくり話が、できるようになったね」

「そんなにゆっくりは、やめてね。私も疲れた」

「なんか今まで普通にしゃべっていた2人が、スターになっちゃうなんて……」

「何言ってるの有紀。たまたまそういう人が、見ていて契約してもらっただけでまだ私たちは、有名になったわけでも何でもない」

「そうよ。まだ、今日来ていた中で数人は、良かったって言ってくれるかもしれないけどほとんどの人は、どっちでもないか悪いの評価だろうから」

「2人とも謙虚だね」

「少なくとも今日見た人の印象には残ったと思うけど……」

「私たちアイドルやってた時毎週のようにイベントやってなかなかお客さんも来てもらえなかったし来てくれても『可愛くない』とかで定着しない。この辺でちょっと有名になるだけでも3年ぐらいかかったし……」

「真央が、どんなに頑張ってもその程度だった。真央も見た目が、悪いわけではないけどやっぱりテレビに出て売れる人と比べられたら……。歌唱力にしても上には、上がいる。年齢的にも厳しいと思う」

「だからただの趣味。それが、ちょっといい方に転んだだけで仕事も続けるし有紀や恵美とも今まで通り友達だし普通に会えるよ」

 次の日曜日練習日だったが、吉田さんから契約書ができたので事務所に来てほしいとの連絡があった。練習も事務所でできるとのことでそこですることになった。まず、契約だが、結構いい金額だった。プロデューサーも決まっていてシングルの配信も今秋に決まっていた。すでにそこまでされている事にメンバーは、戸惑っていた。

「なかなか、5人全員集まるのが、難しいですが、シングルというのは……。練習時間もイベントのためのも必要ですし……」

「そうですね。そのことも、プロデューサーさんにも話したところ真央さんと沙樹さんには、ほかの3人より頑張っていただくようになります。これは、先日のステージと同じで真央さんにメインボーカルで沙樹さんにサブでやっていただくという事です」

「私は、かまいません」

「私もやりますが、真央と2人でここに来るのも難しいですが、大丈夫ですか? 」

「なんとかしようと思いますが、どちらかに休暇を取っていただくようになるかもしれません」

「わかりました。できる限りやってみます」

 その日にプロデューサーさんにも会った。

「先日のお祭りの動画観させていただきました。皆さん結構な実力をお持ちですね。実は、私随分前に吉田さんからアイドルのプロデューサーをお願いされました。まだ契約していないが、かなり実力のある5人組だから……。特にセンターの真央って子はご当地アイドルで終わらせてはもったいないと。あなた方だったんですね? 今回は活動時間にかなり制約があると聞いていますので楽曲提供を主にさせていただきます」

「ありがとうございます。よろしくお願いします」

「今日は、今度のイベントの練習で集まられる日だとお聞きしていますが、今歌ってもらえませんか? 」

「それが、曲は、とりあえず2曲決めているんですが、どこのパートを誰が、歌うとかまで決まっていません」

「その曲を教えてください」

 真央は、決めている曲のタイトルを言い、できればサビ以外は、1人か2人で回したいと言った。

「なるほど。選曲といい5人の実力を見てくださいって言いたいんですね? 」

「はい。その通りです」

 他のメンバーは、小声で抗議する。

「ちょっと、真央。何言ってるのよ」

「他のメンバーは、不満そうですよ」

「いいえ。大丈夫です。先日カラオケでこの2曲を5人で歌った時にいけると思ったんです」

「では、真央さんが考えているパートの割り当てで歌ってもらえませんか? 」

 真央は、自分の考えをメンバーに伝える。そして、

「いつも通り歌えば大丈夫だから」

 と言って歌い出した。サビから入る曲を選んで自分のパートからスタートする。メンバーに落ち着いて歌えるように考えられた選曲だとすぐに理解できた。真央の思惑通りみんなが、上手く歌えた。プロデューサーさんは、拍手をしてから、

「真央さんは、皆さんの良さを引き出すのが、うまいですね。まさか1回目でこれほどの歌が、聴けるとは思いませんでした。吉田さんが、プッシュする理由がわかりました。この調子で練習を積んでください」

「ありがとうございます。みんな歌う事が、大好きなので頑張ります。あと私たちの魅力が、出せるような素晴らしい曲を期待しています」

「それと、私今まで女性グループで楽曲提供したのは、これらです。皆さんにも歌ってもらいたいので差し上げます」

 と言ってCDを何枚かいただいた。

「あのグループの大ヒット曲じゃないですか? すみませんでした。気付きませんで……」

「なかなかテレビとかには、出ませんので仕方ないです。それでは、私は、失礼します」

 私たちは、よろしくお願いしますと言って頭を下げて見送った。

「すごくない? こんなにいい曲作っている人が……」

「でも難しい曲ばかりじゃない? 」

「逆にそういう曲を作ってもらえたら私たちの実力を認めてもらったことになるでしょ? 」

「そうなったらなったでプレッシャーが……」

 そんな話をしていると吉田さんが、入ってきた。

「どうでしたか? あっ。CDをもらったんですね? それらの曲も練習してイベントで披露したらいいと思いますよ」

「そうですね。頑張ってみます」

「歌に関して皆さんは、問題なさそうだとおっしゃってました。それに真央さんが、しっかりリードしてくれるから安心しておられました」

 イベントが、1つ終わりプロデューサーさんから配信シングル曲をもらった。それは、辛い過去を乗り越えた先には明るい未来が待っているというとても前向きで乗りの良いメッセージソングだった。

「やった。難しい曲だ」

「何でそんなに喜ぶの? 」

「だって、私たちを認めてくれたって事だよ」

「そんなに簡単に歌える曲じゃないよ」

 真央は、聞こえていないかのように誰をどこのパートにするか考えている。

「私たち5人ならきっと歌える。多分そう思って作ってもらった曲でしょ」

「相変わらず超ポジティブ」

「この辺なんて沙樹ちゃんが、歌うとすごく良さそう」

 もう1つのイベントでは、プロデューサーさんが、過去に提供した曲を中心に歌った。そして、新曲も初披露。この歌は、辛い過去を持った有紀、高生、恵美、社長など観客そしてメンバー全員に届いてほしい。


 この歌、みんなに届け……


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