復讐
アリス先生は、プーちゃんを広場に連れて行き、村人達に謝罪させた。
プーちゃんは泣きながら額を地面に擦り付けて謝った。
アリス先生も「どうかこの子を許して欲しいです」と頭を下げた。
私も一緒にお願いした。
それでも家族を誘拐された人達が許す事はなかった。
アリス先生は村人達に「ププルは私が厳しく罰します」と言って、村を後にした。
空が夕陽で真っ赤に染まる頃。
アリス先生と私はプーちゃんを連れて村を出た。
先生の教え子のコゼットくんが、馬車の停留所まで送ってくれた。
馬車に乗り込む直前、コゼットくんがアリス先生に頭を下げた。
「先生は僕らの村を守ってくれたのに、村人たちは先生に感謝を述べませんでした。ごめんなさい」
アリス先生は笑った。
「仕方ないですよ。本当はこの子を罰すべきは村人達なのに、僕が勝手をするので」
「先生…今回は本当に助かりました。やっと村に平和がやって来ます」
「それは良かったです」
「ありがとうございました」
コゼットくんは再度頭を下げた。
アリス先生はその頭をポンポンと撫でた。
「では、新学期からまたよろしく」
「はい、よろしくお願いします」
「それと、助手のモミジちゃんも今度から君の同級生になるから、仲良くしてあげて下さいね」
「……え?」
え?
どう言うこと?
先生に尋ねる。
「あの、同級生とは…」
「新学期から助手ちゃんも魔法学園に入るんだよ」
「……」
聞いてない。
だけど……。
アリス先生が首をかしげた。
「やだ?」
「…いえ、楽しみです!」
ふふふ、とアリス先生は笑った。
元いた世界では学校は面倒くさい所だった。
それは多分同級生達と無理に関わろうとしたから。
でも今度は魔法の勉強というしっかりとした目標がある。
無理友達を作ろうとしなくて良い。
――アリス先生だっているし。
面倒な気持ちよりも、楽しみの気持ちの方が強かった。
コゼットくんが私に手を差し出した。
「よろしくね。モミジちゃん」
「…!よろしくお願いします」
コゼットくんと握手を交わした。
アリス先生はその様子を微笑ましそうに見ていた。
***
馬車の中。
アリス先生は本を開き、仕事をしていた。
私は疲れてウトウトしながらも、『魔術譜入門I』を開いた。
横に座っていたプーちゃんが突然、泣き出した。
びっくりするアリス先生と私。
アリス先生がプーちゃんに尋ねた。
「どうしたんだい?」
プーちゃんが涙を拭いながら言った。
「……せ、先生…モミジ…ごめんなさい」
「…何で謝るの?」
「私のワガママのせいで、先生とモミジに迷惑かけた…村の人達は私を許さなかった…」
罪悪感を感じていたみたい。
アリス先生はプーちゃんの頭を優しく撫でた。
「さっきも言った通り、君がした事は許されることではない。だから、これからは償いの気持ちを持って、よく勉強することだよ。そして、この世界のために貢献するの。いいね?」
「うん」
プーちゃんは目に涙を浮かべながら、素直に頷いた。
一件落着。
・・・と思っていた。
が、この後一波乱が・・・。
***
アリス先生は、プーちゃんの頭を撫でた後、ふと前の席の乗客に目を向けた。
その乗客は、ちょび髭を生やし、スーツを着ていて、ちょっとダンディーな紳士という感じ。
年齢は50〜60歳くらいだろうか。
アリス先生はその人をジーと見ていたが、やがてニヤリと小さく笑みを溢した。
あ、と思った。
…これ、悪い顔だ。
瞬時に分かった。
でもこの人と先生の関係が分からない。
だだとてつもなく嫌な予感がする。
うーん、うーん。
事が起こってからでは遅い。
杞憂である事を祈りつつ、思い切って聞いてみることにした。
「…先生、あの紳士がどうかしたんですか」
「紳士なもんか」
あー、まずい。
杞憂ではなかった。
多分昔に何かあったな。
良いことではなさそう。
アリス先生は私の耳元に手を当てて、話しかけてきた。
「助手ちゃんに教えてあげる。あの人はね、僕を追放した研究所に勤めている人だよ。…あ、僕はね、研究所にいる時、色々な嫌がらせを受けていたからね、全員の顔と名前と住所と家族構成は把握しているんだ」
最悪。
よりによって何でこんな馬車で出会うの?
この人、何かしでかしかねない。
目の前のおじさんは本を読んでいて、アリス先生に気付いていない様子。
私は先生に違う話題を振った。
「…そ、それにしても今日の夕陽は綺麗でしたね」
「うん、そうだね。さてあのジジイに何をしてやろうか」
やめてください。
何もしないで。
「せ、先生、『魔術譜入門I』のここが分からないんですけど…」
質問で気を逸らす作戦。
「あ〜、これはねえ……」
先生は解説をしてくれた。
が、その目は確実におじさんの方へチラチラと向けられている。
まずい。
本当にまずい。
先生は解説を終えると、
「ちょっと待ってて」
と言い、席を立った。
ちょっ…何をする気ですか?!
アリス先生はおじさんの真横にドサリと座った。
あー。
心の中で頭を抱える私。
おじさんがアリス先生に気付いた。
「…あ、きみは…アリスくんかい?」
「はい!ご無沙汰しております。先生ッ」
「…ああ……そうだね」
おじさんはタラタラと汗を流した。
何か後ろめたいことでもあるのかもしれない。
いやこの反応…絶対にあるな。
「アリスくんが元気そうで何よりだよ……はは…」
「ええ、お陰様で!」
うわー。
アリス先生、すっごく楽しそうに返事する。
何をするの?
やめて。
止めに入りたいけど、私は彼女達のやり取りを眺めていることしか出来ない。
どうか穏便に済んで!
心の中でそう強く祈った。
…が、祈りは届くことがなかった。
アリス先生は、おじさんの顔にその美しい顔を近づけた。
じっとおじさんの目を見据える。
おじさんは顔を真っ赤にして、汗をどっとかいた。
恐らく、アリス先生の持て余す程の美貌にやられたのだろう。
「……ア…アリスくん…? どどどどうしたんだね?」
「先生。先生が僕にした事、ちゃあんと覚えてますよ?」
「…な、何のことだね」
アリス先生はおじさんの膝に手を置いたあと、その耳元に、チェリーのような愛らしい唇を付けて、何かを囁いた。
おじさんの顔が真っ青になった。
「…しょ、しょ、証拠はあるのかね?」
アリス先生が満遍の笑みで言った。
「ありますよ!今度先生の奥様に送って差し上げましょう!」
「……なっ…そ、それは…」
「どうしたんですか? センセ?」
「…分かった!何でもするから!何でもするから…それだけは辞めてくれ!」
アリス先生の唇の端がひそかに上がった。
「何でも? 言いましたね」
「ああ!だから辞めてくれ!」
正直これ以上は見てられない。
せめてプーちゃんだけでも…。
私はプーちゃんの目を両手で塞いだ。
「モミジ? どうした?」
「プーちゃん!あの…何か楽しいこと考えましょう!」
「……モミジ……」
プーちゃんは「はあ」と溜息をついた。
「モミジ、あたし、悪魔。モミジよりも、“ワルイコト”たくさん知ってる」
・・・ですよねー。
というか目の前で起こっている事が「ワルイコト」と認識しているのか。
私はプーちゃんの目から手を離した。
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