ゴーゴーヘブン(呑気)
さらに奥へ進んだ。
ドスンドスン
と大きな足音が聞こえた。
うわあ。
次は私が戦わなきゃいけないのかあ。
「よし、助手ちゃんいけ!やっちゃえ!」
ばん!と背中を叩かれる。
この人は楽しそうだ。
…仕方ない。
勉強したことを活かして戦うか。
よし、と気合を入れる。
ポケットから杖を取り出した。
一寸先は闇、へ杖先を向ける。
どすん、どすん、どすん
巨大な何かが、ゆっくりとこちらへ近づいてくる。
ひい、緊張する。
中学受験当日の時と同じくらい怖いよっ。
・・・いや、魔物と相見えるというのにその程度の恐怖か。
自分で自分に突っ込んだ。
闇の中から姿を表したのは、鬼のような魔物だった。
2本の大きな角。鬼瓦みたいな顔。そのムキムキボディは真っ赤に染まっている。
身長は私の倍の倍くらい。
いやこわ!ビジュアルこっわ!
「わー、イフリートだあ、がんばれ助手ちゃん〜!」
アリス先生が無垢な笑顔で声援を送ってきた。
「…はあ、でもやっぱり可愛い助手ちゃんの晴れ舞台、見てるこっちが緊張してきた。授業参観で我が子を見守る父母さんはこんな気持ちなのかなあ」
今そんな暖かい気持ちなのか。
アリス先生の天然に付き合っている暇はないので、私は視線をイフリートへ移した。
いや怖い。何度見ても怖いわビジュアル。
ふうー・・・
と息を整える。
まずは集中。
昨日勉強したことを思い出して。
敵はイフリートか。
転生もののネット小説では何度も見たことのある名前だ。
確か炎系のモンスターだっけ?
じゃあ水系の魔法かな。
昨日、本で見た魔術譜を思い出した。
杖の振り方
呼吸
魔力放出
などの手順を思い出す。
ーーよし
練習通りに一連の動きをした後
「アクア!」
呪文を唱えた。
するとイフリートの地面に桃色の魔法陣が現れ、そこから大量の水が勢いよく吹き出した。
やった!成功!
オオオオオオオオオオオン
イフリートの断末魔のような声が洞窟内に響く。
敵の声が聞こえなくなるまでは魔法を放ち続けた。
溺れさせる作戦。
ばしゃあああ
水が吹き出す音とイフリートの鳴き声が重なる。
まだ、敵は生きてる。
オオオオオオオオオオオン
まだ。
5分ほどすると、ぴたりと鳴き声は止んだ。
…死んだかな?
杖を引っ込める。
同時に魔法陣と水も消えた。
中から出てきたのは、白目を剥いて口をぽっかりと開けたイフリート。
イフリートはそのまま力無く前方へドスーンと倒れた。
倒した…!
胸の中に感激が広まった。
初めて魔物を倒したのが嬉しかった。
ポンポンと頭を撫でられた。
見ると、頭上で先生が微笑んでいる。
「先生、どうでしたか?」
アリス先生は「うーん」と声を漏らして、人差し指をその小さな顎にピタリと当てた。
「55点かな」
思ったより低かった。
反撃の暇を与えずに倒したのに…。
アリス先生は、先生が生徒を指導するような口調で言った。
「確かに魔術譜はしっかりと読み込んでいるのが分かった。暗記もキチンと出来ている。炎系の魔物に水魔法を使う判断も正しい。」
まずは褒め言葉を頂いた。
「だけど、攻撃中杖の先がブレていたね。まずそこで-10点。ついで呼吸ね。緊張しちゃったからだと思うけど、大きく変動していた。-15点。あとはーー」
先生は-45点分の説明をきっちりとしてくれた。プロの先生にそこまで丁寧に採点してもらったのなら納得せざるを得ない。
…それでも少し悔しい。
先生は、そんな私の気持ちを察してくれたのだろう。
また頭を撫でてきた。
今度は優しく。
「でも自信を持って良いよ。最初から高得点を取る人なんていない。むしろ、初めて魔物に遭遇した子は皆腰を抜かして魔法どころじゃなくなる。その点助手ちゃんは戦った。そして実際に倒した。偉いよ」
「先生……」
胸がじんわり温かくなった。
「魔法のお勉強に大事なものは二つあるんだ。何か分かる?」
「…えっと、実践と…暗記…?」
「もちろんそれも大事だね。あと、僕の経験上、『反省』と、勉強した事の『繰り返し』。この二つが重要だと思ってる」
なるほど。
反省と繰り返し、か。
それは魔法だけじゃなくて、学問全体に言えることなのかもしれない。
「じゃあ反省も済んだところだし、進もうか」
「はい」
「ゴーゴーヘブン!」
「・・・・」
場を和まそうとして言ってくれたのだろうけど、ヘブンではないと思う。
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