第9話 阿鼻地獄と地獄時計
結局、詳しい事は地獄へ行って聞けとだけ言われ、剛はその場を放りだされた。
そして、赤鬼達に引きずられ、氷で覆われた広場へ連れてこられた。
その広場はまるで広大なスケートリンクのようになっていて、氷は全て透き通っていた。
全てがクリアな世界だ。
しばらく歩くと、チン♪という音と共に、エレベータの入り口が現れた。
「乗れ」
赤鬼に一言だけ言われ、二人でそのエレベーターに乗る。するとエレベーターはすごいスピードで下に進んだ。そのエレベーターさえも透き通っていて、足元を見ると落ちそうで震えあがった。
「地獄は、八つある」
おもむろに赤鬼が話し出した。
「一番マシな地獄は等活地獄。次から黒縄地獄、衆合地獄、叫喚地獄、大叫喚地獄、焦熱地獄、大焦熱地獄、一番酷いのが阿鼻地獄だ」
「八つも地獄があるなんて……」
「それぞれの罪の重さや種類によって行く地獄は変わってくる。それを閻魔大王様が決めてらっしゃるのだ。そして、お前が行くのは阿鼻地獄だ」
「阿鼻地獄って……、一番酷い地獄??」
「まぁ、そういう事になるな」
「そんな……、何故僕が……」
「既に決まった事だ。ほれ、黒縄地獄を通りすぎるぞ」
剛は下へ突き進んでいるエレベーターの外を見た。するといつの間にか、世界は炎に包まれていた。そしてその炎の先に、たくさんの鬼が人間を攻め立てているのが遠目に見えた。
「……」
言葉を失う剛。全身から冷や汗が出ている。
下へ到着する数十分間が、何時間にも感じた。それぞれの地獄を通りすぎる度に見せつけられる正に地獄の光景が、剛が消えてしまいたいと思うほどに恐ろしかった。
しばらくすると、エレベーターはチン♪という場違いな音と共に停止した。
「ほれ、着いたぞ。降りろ」
そう言われて剛は仕方なく降りた。足は震え、歩行もままならない。
すると別の赤鬼がすぐにやってきた。
「新入りか?」
「そうだ、頼む」
そう言うと、剛を連れてきた赤鬼は再びエレベーターに乗って消えていった。
「お前、こっちに来い」
剛は言われるがまま、赤鬼についていった。
その時にようやく、剛は顔を少し上げて遠くにある周りを見渡すことができた。
どこからともなくボーボー湧きだす炎、大きな窯の中でグツグツ煮え立つマグマ、赤だけじゃなくて青や黄色やピンク色をした奇声を上げまくるたくさんの鬼達。大きな体をした魔物や得体のしれない龍がウォーっと声を上げている。そしてその全てが、人間を責めたてていたのだ。
剛は眩暈がし、足がくずれ気絶しそうになった。
「こっちだ!早く!」
だがそんな甘い訳はなく、剛は赤鬼の元にかけよる。
「ここに、名前を書け」
「はい?名前?」
「そうだ、名前だ。名前くらいあるだろ?」
剛はよくわからなかったが、差し出されたノートにフルネームを書いた。周りから常に聞こえる鬼の声や人間の叫び声でペンを持つ手は震えていた。
「よし。じゃあこれから阿鼻地獄の説明をする。座れ」
そう言われて剛は、用意してあるパイプ椅子に座った。
「パイプ椅子……?」
剛は周りを見てみると、そこには簡易テントのようなものが幾つも張ってあり、「阿鼻地獄受付所」と丁寧に書いてあった。
横を見ると剛だけでなく、数人が赤鬼に説明を受けているようだ。
「おい、よそ見をするな」
赤鬼に怒られ、剛は姿勢を正す。赤鬼も何故か姿勢を正した。
「えー、ご存じの通り、阿鼻地獄は数ある地獄の中でも、最も辛く苦しい地獄として一定の地位を保っております」
「はぁ……」
「そんな地獄に来たからには、お勤めを立派に果たしてもらいたく願うばかりで……」
「あ、あの!僕の特別使役については知りませんか?」
剛はたまらず話を遮り質問した。
「それは、地獄の制圧であります」
「そうです!僕はどうすれば?」
「言葉の通り―、ですね。地獄の制圧をすればいいのでは?」
「それはどうやって??」
すると丁重な言葉使いをしていた赤鬼の顔がみるみると赤くなり恐ろしい顔になった。
「んなの自分で考えろっ!!俺が知るかっ!」
「そんな……」
「とにかく、これを身に着けろ!」
そう言って赤鬼は剛に時計を投げてよこした。
「これは?」
「地獄時計だ。これであと何時間地獄で勤めれば上に行けるかが分かる」
そう言われて剛はその地獄時計と言われる時計を見た。時計の形は鬼が象られており、中心に時間が表示してある。意外にもデジタルで、残り時間は10000時間と書いてあった。
「い、10000時間……?そんなに!そんなに勤めが必要なの??」
「おい、もうあっちに行け」
問いかけに赤鬼は反応せず、そう言われ剛は椅子から立ち上がり、受付所を出た。
遠目では見ていたが、目の当たりにする地獄は凄かった。
剛が見渡す限り、その世界は炎に包まれていた。火の粉が舞い踊り、立っているだけで火傷しそうなくらい熱く、常に熱風が立ち込めていた。そしてその場にいる人間達は鬼に追いかけ回され、こん棒で殴られている。
マグマの釜に入れられている人間もいた。釜の周りには赤や黄や青色の鬼がいて、その釜の中にいる人間を鉄の棒で突き刺していた。果たして生きていられるのだろうか。
「お前、新入りか?」
フー……、という獣のような息づかいが重低音で響く。振り返ると先ほどとは別の、見上げるほど大きな赤鬼がニヤニヤしながら剛を見ていた。
「アァ……!」
剛から、自分でも聞いたことが無い声が漏れた。既に死んでいるはずだが、殺される恐怖感が剛を襲った。
その赤鬼はニヤニヤとした表情を一切変えることなく、持っている鉄のこん棒を垂直に振り上げた。その目は、剛を狙っている。そしてその鉄のこん棒を頭の上から凄い勢いで一気に振り下げた。
――終わりだ。
剛は咄嗟に頭を腕で守り、衝撃に備えた――。
ガゴンという大きな衝撃音――。
だが……、剛に痛みは無い。
剛が恐る恐るゆっくり目を開けると、そこには剛を庇ってこん棒を受け止めた少年がいた。
「えっ……!?」
剛は驚く。その少年は片腕の肘一本で赤鬼のこん棒を受け止めていた。