第2話 鬼との出会い。そして決意表明!
――地獄??
「地獄??そして、鬼??」
剛は軽いパニックになり、あたふたし始める。
鬼は慣れた感じで剛に話しかける。
「鬼じゃねぇだすだ、獄卒ダス」
「ゴクソツ……?」
「そうダス、地獄のゴクと卒業の卒で獄卒ダス。地獄を卒業するまで見守る獄卒ダス、なんちゃってダス」
剛はその獄卒という鬼をじっくりと見た。身長は剛よりも小さく、黄色い髪に青い肌、二本の角、黄色いヒョウ柄のパンツ。小さいながらも筋肉はしっかりとついている。
こん棒を持った小柄な青鬼と表現するのが近いだろうか。
剛はゴクリと唾を飲んでからゆっくりとその獄卒と呼ばれる青鬼に尋ねた。
「じゃ、じゃあ、ここにいる人達は全員地獄に行くのか?」
「そうとも限らねぇダス」
獄卒はみっしりと居る周りの人々を指差しながら言った。
「そうダスな、あの中の二割は地獄行きじゃねえダスか?」
「二割も?」
「そうダス、さっきは地獄へようこそって言ったダスが、正確にはここは地獄へ通じる道であって、本当に地獄へ行くかは後で決まるダスよ。っていうダスか、意生身。何でワレと話ができるんだスか?」
「いしょうしん?」
「そうダス、意生身ダス。死んだので、生きてる人間には見えなくなった存在のことダス」
「……死んだ?僕はやっぱり死んだのか?」
「そうダスよ?今更なに言ってるダスか」
「確かに今更だけど……」
ようやく剛はここに来る前の事を思い出した。
そうだ、あの時委員長と校舎の屋上から落下して……。
「委員長は?」
「ナンだすか、それは」
獄卒は首を傾げて不思議そうに言う。
「一緒に……、一緒に落ちたんだよ!校舎の屋上から」
「うーん、よく分からないダスけど、地獄は広いから、はぐれたのかもダスね。それか、生きてるかどっちかダスね」
――生きている?委員長が?僕は死んだのに?
毎日死にたいと思っていたが、委員長が生きていると聞いた瞬間、剛はなぜか猛烈に悔しくなった。
「とにかく、前へ進むダスよ、怒られちゃうダスよ」
腰をぬかしていた剛は、そう言われてとりあえず立ち上がった。
「このまま進むと、どうなるの?」
「進むと三大イベントが待ってるダスよ。あ、歩きながら聞くダスよ?」
そうやって二人は薄暗くて果てしない道を歩き出した。
「イベントは全部で三つあるダスよ、賽の河原、三途の川、閻魔宮殿」
「閻魔宮殿?閻魔大王のこと?」
「そうダス。ここで裁判をして、どうしようもないヤツは、地獄へ行くダスよ」
「……、本当にあるんだ地獄って」
「なにいってるダスか?当たり前だすよ。地獄が無いと、悪いヤツが反省する場所がないダスよ。悪いヤツ全員が地上で刑務所とやらに入るわけじゃないダスからね」
「どういう意味?」
「人を殺したり、物を盗んだりはもちろん悪いダスが、それ以外にも人間の罪というのは色々あるダスよ。けれど地上では罪にならなかったり、悪いことがバレなかったりすることもあるダス。けれどそれを閻魔大王様はちゃーんと知ってるから、地獄行きは逃れられないのダス」
「閻魔大王……本当に居るんだ」
「もちろんダスよ、地獄をなめないでくださいダスね」
そう言うと獄卒はフフンと得意げな顔をして横目で剛を見た。
「ちなみになんだけど……、地獄に落ちたらどうなるの?」
「それを聞いちゃうダスか……」
獄卒は歩みをぴたっと止め、下を向いた。
「それはもう、見てられないくらいの苦しみダスよ。毎日凶暴な鬼に痛みを与えられ続けるダスよ……」
そう言っている獄卒も鬼なのにテンションが落ちる姿を見て、剛は地獄に対してますます恐怖を覚えた。
それほど辛く恐ろしいところなのか。
――その時だった。
「おい!獄卒!!」
後ろから怒号が聞こえた。獄卒の身体がびくっと固まる。
「馬頭先輩……」
「めずせんぱい……?」
剛は振り返る前に、まず、何かとんでもない大きいものがいるという熱量を感じた。
そして振り返ると頭が馬、体は人間の生き物が居た。
――すんごくデカい。鼻息が荒い。まさに怪物だ!
「うわぁぁぁ!!」
剛は思わず自分より小さな獄卒の身体に隠れる。
「意生身の世話なんて焼いてよ、なにやってんだお前は!」
「すみません、馬頭先輩…、なんか可哀そうで」
そして馬頭と呼ばれる怪物は剛を指さした。
「大体お前!意生身!」
「は、はい……!」
反射的に返事をする剛。
「意生身のくせに、何で俺らとぺちゃくちゃ話せるんだよ!普通は周りも見えなくて、前をひたすら進むのが意生身なんだよっ!」
何でって言われても剛も皆目見当がつかない。
「とにかく、持ち場に戻るぞ。今日のお前は阿鼻地獄担当だ!」
「えっ!一番酷い地獄じゃないダスか、それは……」
遊んでいた罰だ!と言われながら、馬頭に獄卒は連れ去られていった。
突然、また一人っきりになった剛。
もちろん、周りには人はたくさんいるが、目すら合わず誰とも話ができないのだ。
――とにかく、進むしかない。
そう考え、剛は長い一本道を再び歩き出した。
どれくらい進んだだろうか。
薄暗くて無機質な道が急に、広くなって、そして河原へ続いた。
その河原には、なぜか小さな子供たちがたくさん居る。そしてその子供たちは石をひたすら積み上げているのだ。
こんなにたくさんの子供たちが居るのに、誰も話さず無言だ。というのも先ほどの獄卒によく似た赤い鬼が周りにウロウロとしているのだ。これは怖くて話せない。
「や……、やめて!」
剛は声がした方向を見ると、そこには一人の小さな子供と赤鬼がいた。
よく見ると赤鬼は、せっかく積み上げた石を、こん棒で崩そうとしている。
「あっ…!」
小さな子供の願いも虚しく、赤鬼はなんの躊躇もなく高く積み上げられた石を崩してしまった。
「な…、なんで…」
涙目になっている小さな子供。それに対して赤鬼はニヤニヤしながら答える。
「これが賽の河原だ!お前らが親より先に死んだ罰なんだよぉ!」
――賽の河原。これが三大イベントのうちの一つということか?
剛がそう思っていた時、その赤鬼がこちらを向いた。
「おっ、新入りだな」
剛の血の気がひいた。十四歳の自分もこの罰の対象なのか。
「ほら、お前もはやく、やれ」
赤鬼が近づいてくる。剛は体が固まって動かない。
「やれって、いってるだろ」
そして遂に赤鬼は剛の腕を強引に引っ張り、地面にたたきつけた。
それでも、剛の身体は動かない。
すると、赤鬼はその足で、剛の頭を踏みつけた。
「生意気な子供め」
剛は地面に踏みつけられた頭をなんとか横に向けて息を吸えるようにした。
そしてそこから見た河原の景色は既に地獄だった。
石を積めども積めども崩される子供たち。もちろん泣いても許されない。
従わないものはこうやって剛のように踏みつけられる。
石を積んでもゴールはなく、ただのイジメだ。
僕のように、弱い者は、死んでもイジメられたままなのか。
本当に、理不尽な世界だ。
「どこに居ても、イジメられるヤツは、イジメられるのか」
剛は地面に踏みつけられたまま、呟いた。
そして何だか、おかしくなった。
死んだのは偶然だけど、死んでラクになりたい。そう思っていたのは事実だ。
でもこの、マウンティングの世界は、死んでも続く。
「僕は、どうしたら良かった……?」
「ああ?」
「僕は、どうしたらラクになれる……?そしてあの子達は……?」
「なにごちゃごちゃ言ってるんだよ」
赤鬼は更に足でぎゅうぎゅうと圧をかけてくる。
踏みつけられれば踏みつけられるほど、剛の中で何かが溜まった。
「僕は――、僕は!」
そして今までの溜まりにたまった鬱積した負のパワーが爆発した。
イジメられた日々、バカにされた日々、僕は――、僕は。
何かを自分から変えようと思ったことがあっただろうか。
変わらないのを周りの大人のせいにしていたけど、心から自分で行動したことはあっただろうか。
今思えば、チャンスはいくらでもあった。
友達に、心から助けを請えば良かった。
先生に、もっと言ってみれば良かった。
親に、恥を忍んで打ち明ければ良かった。
転校すれば良かった。
引っ越しすれば良かった。
プライドも何もかも捨てて、心から立ち向かえば、良かった。
地獄でも、結局物語は続くのなら――。
「死んでも、現世は結局続く。なら僕は――、僕は!」
そう言うと剛は赤鬼の足を思いっきり振り払った。
赤鬼は思わずよろける。
「ここで僕を変えてみせる。この地獄で!」
剛はそう言って、力強く立ち上がった。