大好きな人へ
あなたには仲の良い友達はいますか?
その友達と遊んだり、共に学んだり、時には喧嘩したり。
きっと、とても楽しいでしょう。
でも、その友達が突然病に倒れたとき、あなたはどうしますか?
深雪と真子は小さい頃から近所に住んでいる、いわゆる幼馴染だ。
深雪は勉強が得意で、真子は運動が得意。だから、定期テスト前は深雪が真子に勉強を教えるし、部活の試合前には真子が深雪の特訓に付き合う。
お互いがお互いを支え合う。本当の兄弟たちよりも姉妹のような二人。
背格好も似ていたから、幼い頃はよく「可愛いね。双子かな?」なんて間違われて、二人でよく笑った。
小学校になると、友達も増えて、もっと気の合う子達も出てくる。だから、話す頻度は自然と減った。
だけど、中学、高校と進学するにつれて、だんだん疎遠になる友達もいる中で、深雪と真子は決して疎遠にならなかった。
どんなに気の合う子がいても、一番心を許しているのはやっぱりお互いだった。
だから、中学も高校も別だけど、連絡を取り合ったし、一緒にショッピングもした。
逆に離れていたから良かったのかもしれない。お互いの成績に嫉妬することも、好きな人が被ることもなかったから。
いつだって、互いが一番。
付かず離れず。でも支え合う。そんな奇妙で、心地良い関係が続くと信じていた。
真子が深雪の母親から連絡を受けたのは高校二年生の五月。
「もしもし、真子ちゃん? うん、おばさんよ。あのね、深雪、深雪、がんで入院しちゃったの」
何を言われているのか分からなかった。それほどの衝撃。
その日はもう夜遅くて、明日も学校があった真子は今すぐ飛び出しそうなところを母親に止められて断腸の思いで諦めた。
学校には辛うじて行ったが、集中できない。
終礼が終わると同時に駆け出して、家へと急ぐ。母親が少しだけ驚いた顔で出迎えて、すぐに深雪の入院している病院へと向かう。
さすがに病院内で走るわけにもいかなくて、逸る気持ちを抑えながら歩く。
篠田深雪様と書かれたプレートが飾られている部屋に辿り着いた真子と母親は、ゆっくりとそのドアを開けた。
「あ、真子! それにおばさんも! お見舞い来てくれたんだ!」
出迎えたのは深雪本人。しかも、入院する前と全く変わらない元気さだ。
安心した真子は小さな花を渡して笑う。
「もー。おばさんが深雪ががんで入院したなんて言うから焦っちゃったよ。そんなに元気なら大丈夫だよね」
けらけらと笑う真子に深雪も笑う。その姿はやっぱり双子のようだった。
二十分ほど話してから真子と母親は病室を出ていった。
二人が出て行ったドアを見て、くしゃっと顔を歪めた深雪が呟く。
「ごめんね、真子」
すっかり安心した真子が、次の知らせを受けたのは九月。深雪のがんが悪化しているという。
五月よりは落ち着いて病室へと向かう。
迎え入れてくれたのは深雪本人。前回と違うのは髪の毛がないこと。抗がん剤の副作用らしい。
「もー、年頃の女の子にこれはないよね!」
「あはは。確かにね。ウィッグ作ったんなら、つけたらいいのに」
「来るのが真子だから、別にいいかなって」
その言葉がちょっとくすぐったくて、真子ははにかむ。やっぱり一番信頼しているのはお互いだった。
変わらない明るさにほっとして、真子は家へと帰った。
そして、その夜。
「真子! 深雪ちゃんが!」
まさかと思いながら向かった病院。家族みたいなものだからと特別に通してもらった場所は、霊安室。
顔に白い布を掛けられた一人の女性。そっと布を外せば、そこにいるのは、夕方会ったばかりの彼女。
信じられない。そう思った。
がんだと知っていた。日本人の死亡原因の上位の病気だと知っている。けど、まさか、彼女の命を奪うなんて思ってなかったんだ。
がんなんて一時的なイベントに過ぎなくて、きっとすぐにまた学校に通う普通の日々が始まるんだと漠然と思っていたんだ。
だから、冷たい彼女に触れて、真子はやっと現実を理解した。
嘘だと、言ってください。
お葬式にはたくさんの人が集まった。深雪の写真は綺麗に着飾った着物の写真。
最近撮ったものみたいだ。私が去年あげた簪が写っている。
ぼぉっとそんなことを考えていた真子におばさんが近づいてきた。
「真子ちゃん、これ、深雪があなたにって」
差し出されたのは一枚の、紙。いや、カードだった。
表には真子の名前と深雪の名前。この字は深雪の字ではない。おばさんの字?
裏には、震えた文字でたった一言。
「ありがとう」
ガタガタだし、文字のバランスもおかしいけど、こっちは間違いなく深雪が書いたものだ。
「あの子ね、入院した時はもう末期で、助からないって言われてて。腕が震えて文字もうまく書けなくなってたの。それでも、あなたに、手紙を書きたいって」
ぽろりと何かがカードに落ちた。真子はそっと宝物を抱えるようにたった一枚のカードを抱きしめ、嗚咽を漏らした。
真子はようやく深雪の死を受け入れた。
葬式のあいだ、真子はカードを握りしめ、涙を零していた。
翌日、登校した真子は担任に告げた。
「先生、私、看護職を目指したいです」
担任は驚いた顔で、本気かと尋ねた。
「本気です。私は文系だから無茶かもしれないけど、それでも看護系の進路に進みたいんです!」
「お前が本気なら目指すといい。だが、すでに理系で勉強している子達の倍以上勉強しなければ望みはないぞ」
「わかってます。必ず、志望校に合格するだけの学力を身につけて見せます」
深雪みたいな人達の支えに少しでもなりたい。
心の中で呟いて、真子は固く決意した。
そして、一年半後。
国立看護大学に見事進学した彼女は、桜を見上げて小さく笑う。
「がんばるよ」
「がんばって」
声が聞こえた気がする、なんて、都合が良すぎるかな。
母親は正門へ向かう真子の後ろに、一人の少女が見えた気がした。