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帰宅

だいぶ遅れてしまい申し訳ありません



 入浴を終えたリムは、ドラークの部屋へと向かう。

 今日の買い物はドラークが急な用事で一緒に行くことが出来なかったため、ミスリルの融け屑が入った袋を持って二部屋隣のドラークの部屋へ持っていく。

 リムの身長の倍はある木製の扉を軽快なリズムで叩く。その音に合わせるように、ドラークの少し大人びた響く声が返ってくる。


「ただいまー、ドク」

「おっ、リムか。今日は悪かったな、一緒に行けなくて」

「ううん、あっこれこれ。頼まれてた融け屑だよ」


 1クラゲドルのミスリルの融け屑が入った麻袋を慎重に手渡す。ミスリルの融け屑は意外に脆く、少しの衝撃ですぐに粉々になってしまうことがあるからだ。

 麻袋の紐を緩め、融け屑を一つだけ取り出す。ミスリルは空色の鉱石だが、熱を加えることで白銀の金属へと変化する。その金属は"ミスリル鋼"と呼ばれ、かなりの硬度を持っている。加工の際に出た融け屑はミスリルと同等の硬度だが。

 ミスリル鋼の製法は今現在このバルチウス王国のみが知っており、特にミスリル鋼の剣は鉄剣よりも耐久力が格段に高いため多くの隊で重宝されている。

 ミスリル鋼の放つ白銀の輝きに目をうばわれたドラークは、思わず溜め息をついた。


「どうかした?」

「ん?あぁこの白銀の眩しさに見とれてたんだ」

「ふーん、あ!そうだ聞きたいことがあったんだ」


 そう言い、リムは座っていたドラークに迫り問い質すように質問を投げ掛けた。


「今日、どうして来れなかったの?急な用事が出来たってハナリアは言ってたけどホント?」

「うん、そうだよ。ちょっと父上に頼まれて生産職街のあるリンクスとは真反対にある港街、シスリーフに行ってたんだ」

「いいなぁー!シスリーフってすっごく海が綺麗に見えて、真っ白な家が沢山建ってるんでしょ?」


 ドラークは頷き、街の風景を思い出すと思わず目頭が熱くなった。

 シスリーフという街の第一印象は幼い頃に一度、旅行で訪れたイタリアのそのものだった。眩しい太陽の光に輝く海の前に広がる数々の純白の家、その全てがそっくりそのままこの星にも存在していたのだ。

 涙が流れそうになるのをこらえ、街での話をリムに語り始めた。


「シスリーフの海岸沿いにある貴族御用達の海産品を扱ってる店の店主が父上の知り合いでね、何やら珍しい物が採れたみたいだからそれを取りに行ったんだ」

「その珍しい物って何だったの?食べ物?」

「それが食べ物じゃないんだよ!なんと、かなり希少で滅多に手に入らない"氷帝の真珠"って綺麗な真珠だったんだ!」


 そう言い、机の引き出しから手の平に乗る程の大きさの木箱を取り出した。

 蓋を開くと中には薄い空色の小さな煌めく宝玉があった。よく見ると、内部に雪の結晶と似た六花の模様が浮かんでいる。


「この真珠は実はフローズンシャーク亜種の目玉で、別の言い方だと"亜級魔石"。かなりのマナが含まれた魔石で、魔杖(スタッフ)のマナ媒体にすると魔法の効果が大きく上昇するんだ」

「そのフローズンシャークって凄く強いモンスターなの?」

「うん。水中で動き回る速さは水竜よりも速くて、胸ビレが凄く硬くて刃物みたいになってるんだ。

 おまけに目から魔力光線を放つんだよ!だからこの真珠はまさに冒険者の血と汗と涙の結晶とも言えるんだ」


 熱の入ったドラークの解説に少し引きながらもリムはこの真珠が手に入るまでの壮絶な戦いが目の前に浮かび、偉業を成し遂げた冒険者達に胸の中で敬意を示した。


「凄いんだねー、あそうだ」

「ん?」

「さっきハナリアが、食事までに荷物整えといてって言ってたよ」

「分かった、ありがとう」


 リムはそう言い残して自らの部屋へと戻った。ドラークは机の上にある紙の一枚に何かを書き込んでから紐を取り出し、机の上に積まれた紙の束を和綴じにして背嚢に入れた。


* * * * * * * *


 「御馳走様でした」


 相変わらずの豪華な食事を胃に収め、入浴を終えたドラークは和綴じにした紙の束を読んでは何かを書き込むという作業を繰り返していた。

 ドラークが書いているのはとある魔導具(・・・)の設計図だ。魔導具とは、魔法的効果を宿した道具の事でそこらの人がおいそれと作れる品物ではない。魔法、魔術などの知識に長け、マナ量が最低でも一般人の1.5倍はある者にしかそれを作ることが許されない。

 【付与術】や【錬金術】を持った者ならば、マナ量に関係なく魔導具の製造が可能となる。

 作業を終え時刻閃石(時計と似た魔石)を見ると既に、日付が変わっていたため、背嚢に冊子と筆箱を詰め込み眠りについた。


――――翌日昼


 王都へと飛び立つ飛竜を見送るホイヘンス一家。飛竜は馬車でおよそ半日かかった距離を20分程度で飛ぶ。初の飛竜搭乗の乗り心地は飛行機とはほとんど差がない程快適だった。

 王都へと戻っていく飛竜を眺めていると、


「お帰りなさいませ」


 振り向くとそこには籠のついた台車を引いてきた使用人統括のローソンが笑顔で待っていた。


「お帰りなさいませ。シェル様、ラナリア様、リム様、ドラーク様」

「「「「ただいま帰りました」」」」


 執事長を筆頭に、使用人達が玄関までの一本道の両端に勢揃いしている。向かって右側に執事達が、左側にメイド達がシェル達に(こうべ)を垂れる。

 列の先頭にはそれぞれの長である執事長のアールズとメイド長のシルファーが、そして一家の目の前に跪いているのが使用人統括のローソンだ。

 ローソンは立ち上がると一家から荷物を回収し、籠の中へ丁寧に素早くしまった。


「ありがとう」

「労いのお言葉、有り難く頂戴致します」

「じいはいつも堅いよ~」

「そうでしょうか?今後、気を付けます。さぁ、外は寒いでしょう、中へお戻り下さい」


 シェルを先頭に一本道を進んで行くホイヘンス一家。その後ろにメイド、執事達が一糸乱れぬ動きで付き従う。


* * * * * * * *


 昼食を食べ終えたドラークは、急ぎ足で私室の作業スペースに向かった。背嚢から"ミスリル鋼"と"氷帝の真珠"、少し赤みがかった1メートル程の木の棒を取り出し、壁際にある縦横が自分の身長とほぼ同等程度の大きさの作業台の上に広げる。

 "氷帝の真珠"と木の棒を脇に避け、"ミスリル鋼"の入った袋から小石程のものを5つと作業台の横の棚から幾何学的な模様――――魔法陣が刻まれたスマートフォン端末のような鉱石の板を取り出した。

 鉱石の板に刻まれている魔法陣は、〈合成〉の魔法陣だ。しかし、この魔法陣が刻まれた板――――魔法板(マギアボード)はまだ使わない。先に確認しなければならない重要な事があるからだ。

 なめらかな凸凹のある"ミスリル鋼"を一つつまみ上げ、魔力を流し込む。そして、別の形に変形(・・)していく様子をイメージする。すると、なめらかな凸凹がだんだん小さくなりやがて綺麗な球状に変化し、6つの頂点が伸びていく。

 やがて、綺麗な菱形の立体が出来上がる。色も変わらず、白銀の輝きを放ったままである。


「……ぃよっしゃ~!!!」


 歓喜の声と天高くガッツポーズを決めるドラーク。実は、"ミスリル鋼"は今までアクセサリー等の細かい装飾として加工することが出来ず、鎧や籠手(ガントレット)といった大まかな物しか製造出来なかった。

 原因は摩擦(・・)彫刻(・・)への耐性が低いため。

 装飾品を造る事は出来るには出来るのだが途中で砕けたり、出来たとしても"ミスリル鋼"の命とも言える白銀の輝きが保てず、ただの銀の装飾品にしかならない。しかも、耐久性が落ち物持ちも悪くなってしまうといった、欠点だらけなのだ。

 ドラークは何とかしてそれが解決出来ないか頭の中でと試行錯誤を繰り返していた。そんな時、本屋で立ち読みをしていたラノベに、それと似た鉱石が魔力を通す事で自由に様々な形へと変化させていたことを思い出したのだ。そして試した結果、見事変形させる事が出来た。

 初めてだからだと思うがいささか歪んでいるようにも思えたが、些細な事なので気にせず実験を再開する。

 思ったより進行が早かったので、予定を繰り上げて明日に行う予定だった実験も行う。それらが全て終わる頃にはもう日が沈み切る直前だった。もうそろそろ夕食の時間だ。

 実験内容と結果を書き込んでいた手作りのメモ帳は、新書サイズの物が2冊できていた。その2冊と"ミスリル鋼"を小さな袋に幾つか移し、それらを持って1階の食堂へ急ぎ足で向かう。今日の夕飯はなんだろうな……。


* * * * * * * *


 夕飯は、以前ドラークが小麦粉を発見した時に料理長達に教えたうどんを使ったバルチウス王国の伝統的な鍋料理だった。ワイバーンの肉で作った肉団子やシロ(さい)(白菜)、ネガギー(ネギ)等が主な具で、日本の一般的な鍋料理と然程違いはなく、懐かしい母親の手料理を思い出してしまい思わず目頭が熱くなった。

 そして、今ドラークは父親の書斎にいる。


「これ……お前が全部考えたのか?」

「はい」


 シェルはドラークが実験結果を記した本を読み、唖然としていた。なぜなら、物作りの得意な種族[土匠族(ドワーフ)]一の名工、ゼネラリ・クラウンが20年かけて"ミスリル鋼"の装飾品を造ろうとしたが出来なかった物を、まだ10歳にも満たない子供がいとも容易くその製法を編み出してしまったのだ。

 この事実が知られればこの国どころではなく世界の技術が大きく発展する。


「ドク、お前はまだ【ステータス】を使えないはずだがどうやった?」

「実は、少し前から魔力操作の訓練を独自にしていて、ある程度なら魔力の流れを見たり操作出来ます。」

「ふむ……どうしてこんな方法を思いついたんだ?」

「王都にいるとき、ゴラギアルさんの鍛冶屋で"ミスリル鋼"の剣を見ていたときにふと思ったんです。どうして、こんな綺麗な鉱石の装飾品がないのか」

「うん」

「それで、ゴラギアルさんに聞いてみたら性質上の問題で作れないことを知ったんです」

「それで?」

「話を聞いていると、ただ削ったり彫ったりしているだけのようだったので、魔力を流したらどうなるのかと思い実際に試してみたんです」


 シェルは暫く考え込む素振りを見せると、袋から"ミスリル鋼"を一粒取り出した。どうやら、実際に試すようだ。

 ドラークの父親、シェルは王国一の魔法師であり大陸一の魔法師部隊『不滅の紅蓮鳥』の団長でもある。それ故、魔力操作とイメージ力において、シェルを上回る者は居ない。

 シェルの持っていた小さな歪な粒は、綺麗な球形へと変化した。それを掌の上で転がしながら、微妙な表情を浮かべていたがやがて何かを決め込んだかのように立ち上がり、口を開いた。


「この事については論文にまとめ、ゴラギアルに頼んで工匠協会の発表会で発表してもらおう」

「うん、分かった」


 その夜、疲れのせいかベッドに潜り込むとすぐさま深い眠りに落ちた。


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