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人間の歴史。  作者: TAK
文明の始まり
15/176

宗教と科学は同じもの

5000年くらい前からだんだんと技術が底上げされ、耕作地が養える人口が増え、村→町→都市(今の概念だと実は市や町以下の規模ですが)という規模になってきました。


当然、今までは家長だか酋長だかリーダーとかおさとかでその法人を一人の人格で賄う状態が続きました。

もちろんリスク分散、秩序維持、情報収集のために二頭制(たとえば賢者カーと勇者ドードーみたいな)とか、直接民主主義みたいな談合制度を取り入れたり(まあ一つの人格にまとめなければならないので同じことですが情報収集や採用に向けての反感を除きやすい)とか工夫はしてましたが、本質的には一番頼りになるリーダーに任せることで10-100人の人格や望みを吸収してました。


100人の異なる人格、知識や望みを吸収するための実力は腕力、あるいはそれを間接的に期待できる血統(XXの息子ならうまくやってくれるに違いない。人格者YYに育てられたならきっと立派な息子だろうとか)。どちらにせよ一緒に狩りして、一緒に耕して、顔が見える距離で話せるならばこれが一番でしょう。




ですが1000人-1万人のレベルになると、


そのリーダーが信頼できるか?

自分と異なる意見でも我慢できるか?

自分が不利な裁定を下されても我慢できるか?


段々とその法人の維持が怪しくなってきます。



参考までに、今や億人単位の現在の法人格の維持はどうなっているのでしょう?


先進国だと科学で対処できていると言われてますね。

「法学」「人文」「経済」「社会」「土木」「建築」etcetc。


日本政府はそれをうまく活用できており、それを理解している政治家が音頭を取っているんだから上手く行く。

そしてそのかじ取り役を複数立てるから君たちの意見を十分理解した政治家に投票するんだぜ!


まあ実際は怪しいものですが。


政治家は街宣車で叫ぶこと、アピールすること、見栄はること、嘘つくことに才能を集中し、実際の政治は、一般人のほうが知識あるんだろうな。

政治家の、あるいは政治家の秘書のツイッターみてもそう思います。

文字どおり「衆愚」ですね。

だって、政治家の質はその支持する民衆で決まります。


そもそも、

世のサラリーマンの大抵の方が当選のための活動の為だけに24時間の大部分を使っている政治家より知識があるという現実、

有効な政策を打ち出すより結婚式に電報を送ったり人気取りのための知識しかない芸能人に票が集まるという民度、


10年間に必要な保育士の数より、私が入れないのはけしからんという個人主義


こんな感じでトラブル多数。


いえ「だから日本が...」と上から目線で批判する気は毛頭ありません。

なにせいろいろな国を見てきた手前、政治=民度で


日本が一番ましだよなぁ


とか思ってたりするので。



アメリカ、ヨーロッパ、私が思春期の頃は憧れの国で先進的とか偉そうな人が偉そうに言っていましたが別に大して違いありません。そもそも人間は個人で、社会はその集合体です。


「10年間に必要な保育士の数より、私が入れないのはけしからん」


こんなん当たり前じゃないですか。

それが政策を決める情報としては間違っているにしても。

まあ政治が不完全とか、科学万能ではないということで当たり前のことですね。

そしてそんなん似たような技術で作り上げたら似たようになります。

日本が一番まじめに取り組んでいるので一番ましなのでしょう。

だからこそ保守的で遅くていらいらするのでしょうが。

なのでシステムが不完全なのでしょう。




俺たちもっと科学的!


と言ってる人たちの代表が共産主義者でしょうか。

とっても合理的で素晴らしいそうです。

と言ってます。


そもそも「ブルジョア」「プロレタリーアート」とかの身分を設定して(ちゃんと辞書でひいた方が良いですよ)、人間の目的「幸せ」が「搾取されないこと」が一番と自動的に設定されており、そしていつの間にか「国力が上がること」が幸せとすり替えられてて、さらに「金さん」とか「毛さん」とかになると、それが選ばれた理由にオカルト科学でトンデモ本を出版して説明しなければ妥当性の帳尻が合わないところがすごいところです。


資本主義国は、だれでも資本家にも労働者にもなれるのにね。

最近の株は10万円から始められます。


そしてオカルトなところは「書記長が素晴らしい」とかな部分なので、そこが一番後ろめたいのでしょうね。

なんか息子や孫が継いでも「選挙で選ばれた!」と叫んでますが。


「資本主義は拝金主義で堕落」と言いながら、党の席次で権力が増大することは問題視しないのが痛々しくて醜くなる構造になっています。

そういう理屈なので共産主義国は秘密警察が跳梁跋扈するのが当たり前な世界なわけです。



お金の多寡で権力が大小して、そのモラルハザードを民主的に決めた法律でセーブする


という資本主義構造の方がまだましです。

だってお金は数えられますし、法律は論理的です。


席次がお金ではなく(というかそれが不潔なものらしいので)正義(しかも多分にその中身が怪しく科学的でない)の多寡、俺偉いのパワーゲームな時点でとっても宗教。


実質は支持者を集めて反対勢力を消すことだけが重要なことだったりするので、宗教より性質悪いです。

秘密警察とオカルト科学で市民をひき潰したり、賄賂や媚びや神話やらでごまかし、真実より支持が重要なので国民教育をそこそこにし、非科学的な知識を蔓延させ、反対者は殺し、肝心なところは宗教以上にひどいですな。

そうではない共産主義が段々と資本主義に近くなっていることも皮肉なこと。ここらへんは各人の主義に任せますが。




で、もう一つの維持方法は宗教。


といっても今は権力者の裏付けに使う代わりに、宗教対立と俺たちはその代表、一人者とかにして自分が独裁しているところを有耶無耶にしているだけですね。

実際はただの王国か民主国家。


王のように血統という最低限の何かもないので、アサド大統領が何故一番トップなのかは怪しいのであんな感じになっています。


イランは..実は意外に健全。

宗教が前提ですがそもそもそれを仕切るラビが意外に普通なこと言ってます。

報道の自由、言論の自由の部分であれですが、まあ人を気付つけるゴシップがどこまで許されるとかも確立していないし可変なのでこちらが偉そうに言えるっけ?的なところもあります。



実際、数少ない本当の宗教国家はアメリカくらい?

なんだかんだでキリスト教徒としての在り方をどうやってか政治に組み込んでします。


「USA!」「愛国者」


がその同義で延長だから?


ある意味日本も宗教国家。

といいつつ、その宗教は自然宗教である多神教なのでとんがったことない意味のないもの。

何も影響しませんけどね。


軍国主義とその延長とかはもともとそれを利用した面があるので反対している方もいますが、まあ共産党が許されるような自由な資本主義国家な時点で、まともな多神教として毒にも薬にもなっていない程度の影響でしょう。

まあ左翼様、というか東アジアの諜報戦/宣伝戦に利用されやすいのでその観点の有利不利はあるでしょうが。


ということで政教分離は、共産主義以外は実は意外にうまく行ってるんですね。

まあ当たり前です。

イスラム国家でさえ西欧がもたらした教育システムを組み入れ、その矛盾が生じると不満が産まれるのでラビ達が調整しているのです。

そもそもイスラム教は古代から中世に限れば一番合理的な宗教でした。

世界を席巻した一神教では一番最後でしたから洗練されているのです。

だからこそ生き残っちゃって、いまは現実世界との整合に四苦八苦してますが。





あらら、話が飛びました。

現在、顔の見えないリーダーたちをどのように支持しているかを戯画化した姿を披露したくてこんな話になってしまいました。

どちらにせよ、顔の見えないリーダーを支持するか、批判するか、我慢するか、倒すかの仕組みが、都市国家レベルになると必要になってきました。



まあ、それが科学的であること(というか道理であること-まだ科学なんて概念ないですから)、それが上手く行くこと、実行力があること、これが安心材料でしょうか。あとその実力がわかりやすいことも重要です。古代では口伝えしか物事は伝わりませんし、対面できないのならばどうしても伝言ゲームになります。




あれ?宗教は?


さーせん。

ここでようやく宗教の話が出てきます。

迂遠で諄くてすいません。仕事でも良く言われます。


そういう批判はたくさんうけますが厚顔無恥で通しちゃいます。


宗教っていつから始まったのでしょう?

私は知りません。ただ、道理だけはわかってます。


宗教とはもともと人間の説明つかないもので、絶対的なもの、尊いもの、強いもの、美しいものを神と呼び、醜いものを悪魔と呼んだのだと考えれば、まあ人類が生まれたときからそれらしきものはあったでしょう。 石器時代からそういう気配はあるのです。


たとえば温暖な地域は太陽を尊ぶ地域が多い、暑くて乾燥した地域は月や星を尊ぶことが多いのは偶然ではありません。太陽が素晴らしいこと、それが何かわからないので自分たちの延長として人格化すること、その人格化したものの恩恵がありがたいので「神」と尊ぶことは当たり前の事。


太陽がむしろ自分たちの苦しみを助長すると考えてしまう砂漠の民は、それのネガとして月や星を尊ぶのも当たり前。夜という平穏な時間は太陽という邪魔な存在が消えてくれた時間です。そして夜を人格化する手っ取り早いのは月や星と。ついでに種まきの時期とか、暦としても便利ですしね。


例えば熱帯雨林地方で悪魔を尊ぶ地域が(比較的)多いのも偶然ではありません。太陽や月や土や水、海が恵みをもたらし、それを尊ぶことに異論はないのです。でもあまりにも当たり前だと、むしろ凶事を避けることが大事と思い、あくまに勘弁してくれの意味で悪魔(凶事)に捧げものをします。神なんてほっといても勝手に良いことをしてくれるので捧げるまでもありません。


そして砂漠の民にアブラハムの宗教(一神教)が産まれたのも偶然だけではありません。厳しい環境の中、この世の全ては試練で神(自然)は厳しいのです。すべての凶事と幸運をGodが与えて「くれる」ものと位置づけちゃったりしています。


まあ宗教の最初ってこんな成り立ちですので、まずもって宗教は多神教が基本です。

尊いもの、醜きものが生活の中でいくらでも 見つかるからです。


そして実は現在でも同じことですが、太陽が恵みをもたらす仕組みがわかればそれは科学ですが、それがわからない部分は?

太陽が一つの星と分り、多数の星がどうあるかがわかり、それが存在する宇宙がわかり...いま宇宙の外は超空間だの時間も空間もない世界とか言われてます。異次元はブラックホールで移れるそうです。

なんすかそれ?

重力がなにかも時間が何かも分からないのにね。最近は重力も時間も実はないという人も増えてきました。

その研究のためにインドのお坊さんに訪ねた科学者もいるようです。

多神教的にはあんま科学は宗教と変わりないですね。



ということで、まずもって都市国家もリーダーたちは道理が正しいことを示す活動を続けること、現代の政治家たちが本来やらなければならないことを重視しました。


でも彼らの時代で、太陽って何?雨って何?植物が育つって何?


全部謎です。多神教なのですべて神のおかげ。

今までの記録、口伝を重視し、まとめ、予想した結果は宗教なのか科学なのか見分けつきません。

まあ、科学の概念がないのでだれがもたらしたなど関係なく、これを利用し、知らないことへの不安を解消し、知ることのきっかけとし、その他いろいろなものに役立てました。。


どの多神教でもイメージどおり非常に雑多で、適当



人の死、性、規律、大らかなことが多いです。

なにしろ人の営みとして当たり前なんで。死が穢れなのは多少でも死が特別なイベントでなくなってから、性に至っては法、財産、家族、血統、性病といった後世の事情でアンモラルな話になったので、まだこの時代ではタブーではありません。


メソポタミアの神殿は、神に祈りを捧げる場所でもありますが、政教一体なたまに国会議事堂の役でもあり

祈祷の場でもあり、体を清める風呂屋でもあり、貯水池でもあり、知識人の集積所でもあり、売春斡旋所でもあったのは当たり前です。

ただの公共設備です。理屈の元が神なだけで。政治家と宗教家も区別つきません。それが道理なのか神なのかも区分けつかないので。

人にとって謎ばかり多い古代では、宗教と科学など違いはありません。


その後、リーダーの箔をつけるため、その実行が正しいことを示す為、人を集める元ネタ、 困ったときのサイコロ代わり、知識の集めるため、更に神を利用し始めます。

それも全世界共通。

中東の古い都市、ウルクの神殿で神託を受けている時、多分日本でも巫女が亀の甲羅で人の行く道を示していたと思います。自分の判断を神(自然)の名で箔をつけるわけです。


こうやって都市国家は宗教と密接につながりながら発展していきました。






特記事項。


世界がこんな感じの宗教観で動いていたところ、その1000-2000年後、エジプト、中東で奇異な宗教が始まりました。


唯一神教です。


単一神教と混同しては行けません。

アッシリアの神は一人ですが、それは自分達の都合で他の神を制限しただけ。

多神教の延長です。


ありとあらゆる自称、もの、精神世界を唯一神という意思の元であるという考え方が「唯一神」


エジプトのアトン信仰、それを元に生まれたかもしれないユダヤ教の元祖とかかもしれません。


非常にストイックです。死海文書とか聞いた事ある人は知っているかもしれませんが、クムラン教団など

一生が修行の場で、何ゆえそこまで苦行を積まねばならないかわからないほどです。

またストイックだからなのか、非常に知識レベルが高く、ユダヤ人は後世のローマでも合理主義者のギリシャ人と同列に知識階級を競っていました。



これらほぼ迫害の対象でした。


ユダヤ教が忌み嫌われたのは、何もキリスト教やナチからだけではないのです。

ドイツだけが批判されていますがWW2前後でもロシアのポグロムの語源、そもそもドイツとアメリカ以外では慣用でなかったからこそのユダヤ人の集中/批判とか。

ユダヤ人迫害は世界的なもの、現代を除く歴史的なものです。


そしてローマ時代、中世、キリストが生まれる前も嫌われ者です。「ユダヤ」はユダが裏切り者になる前から迫害されていました。


考えてみれば当たり前かもしれません。

皆が豊かになり、享楽的に人生を楽しんでいるときにこちらが信じている神を否定し、やたら陰気くさい、

金貸し等財テクにたけた連中、性やモラルに小うるさい、怪しげな建物(教会ですが)で妙な儀式を繰り広げる宗教。


キリスト教も皇帝ネロに火事を押し付けられましたが、そもそも他人から見ればキリスト教はユダヤ教ナザレ派で、同じく怪しげで特殊な宗教で、しかもユダヤ教より新しい、多少でもローマに迎合したユダヤ教より迫害しやすい、冤罪をかけやすい対象ではありました。

そして一神教の連中は迫害されるのでいざというときのために蓄財に励み、頭良く世の中をわたり、自分の腕だけを頼りに職人になり、そして蔑まれるのにお金持ちになってそれがさらに妬まれ...


ただ規律正しく生きている彼らにはたまったもんではないですが。



よく文明の発達は一神教を辿るという説はありますが、多分それは間違いです。


キリスト教が広まったヨーロッパは歴史上のほとんどは後進国です。

中国はそれを必要とせずにほとんど世界の中心でした。

一時期世界を席巻したモンゴルはそもそも神というより精霊に似つかわしい自然宗教の宗教観を持っていました。 日本は一神教が来ても、たちまち自然宗教観に組み込みます。


まだまだ一神教については後にきちんと語りますが、まずは同時代にそういう目も芽吹いていたという事だけまずは言っておきましょう。

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