中国4000年だか5000年だか
「中国4000年!」
と日本人が言うと怒られる場合があるそうです。
それについては中国人な同僚に聞くといろいろなご意見が。
・黄帝から数えて4000年強!
もっと勉強せい!
・夏王朝の三代から数えれば5000年!
・香港や台湾でも4000年だ!
・国際的には中国文明は4000年で、
5000年は自分たちで言っているだけ
ミエはってます。さーせん
・国際的に認められているのは3500年
・実は3000年
・ホントは63年だよ。
これで満足か?
喧嘩売ってるか?
いつのまに日本人も5000年という人が増えてきましたが、私の世代は4000年。
明星「中華三昧」のCMで明言してましたから。
まあ何にせよ中国は、過去の原人だの石器時代だのの200万年?20万年を除くと、歴史上のほとんどの時代は世界の真ん中、超大国です。
ここに比べたらヨーロッパも日本も吹けば飛ぶようなちっちゃな存在。
中国は地球から文明と呼ばれるものが出来てから大半の時間は地球の中心でした。
「中華」(真ん中の華やかなところ)という言葉は伊達ではありません。
ここまで良い条件が揃っている土地は他にありませんので、ある意味必然でした。
良い条件はこんな感じ
・肥沃で温暖な広い土地、川
他の土地でも肥沃な土地はありましたが、スケールが半端じゃない。
世界で長い川Best10の3位「長江」(揚子江)6,300km、6位黄河 5,464km、そしてその川や氾濫がもたらす肥沃さ、地味の復活のしやすさ。
北アフリカ、中東も充分に肥沃ではありましたが、あまりにも地力を使いすぎて直ちに砂漠です。
古代のレバノンは杉が名物であったことなど誰も想像つかないでしょう。
しかし中国はようやく共産党の書記長マオさんががんばって破壊し、砂漠化がはじまりましたが、それまでかなり乱暴なことやっても平気の平左。
とにかく何しても肥沃。
まあ森林だった痕跡は三国志時代あたりから消えてたらしいですけどね。
真実は知りません。
ちなみにその恩恵はとっても広い範囲で影響していました。
アメリカの学者が太平洋の島々の肥沃さを確認したらしいですが、黄砂ベルト
・・・日本の九州では迷惑の代名詞ですが・・・
そこにかかっている島々と外れている島々は植生が全然異なるそうです。
イースター島のモアイが野原でぽつんと立っていますが、人間が住む前は森林がありその材木で石像を作っていたのです。
が、地味が枯れ果て今は野原。
船もつくれないほど。
人間がいるとそれほど地力は衰えるのです。
しかし日本の東京都に所属している島々はまだまだ緑豊か。
ここらへん、黄色い砂が吹き荒れて中国から栄養分がもらえるかどうかの違いです。
まあ黄砂はPM2.5とかろくでもないものもってくるのも確かですが。
・東西に広いユーラシア大陸に位置してたこと、
南北も耕作に適していたので交流があったこと。
人間の交流、技術文化の伝播にとって、気候、植生はとても重要です。
古代での人間の交流は徒歩です。
そして一人か二人移動したからといって技術が移るわけありません。
似たような生活の人がそれを理解し、良いと思い、また別な人に伝え、それで自然と伝言ゲームが始まるのが技術。
それが頻繁に起こるかどうか、それがミートすれば地中海の果てから中国まで知識が伝わります。
一人か二人の旅人などそういうことは無理なのです。
そして人間の生活圏は似たような植生、気候に集まります。
ということでわざわざ寒いベーリング海峡をわたって北アメリカに小麦をもたらすこともありませんでしたし、地中海の小麦が熱帯のアフリカを跨いで南アフリカに小麦をもたらすことはありませんでした。
しかし北アフリカの小麦は、伝言ゲームで中国に伝わりました。
同様な感じで、別気候帯、別の作物を育てている集団とも交流できました。
中国の北部と中央部、南部と主食は違います。
しかし同じ国(の時が多い)。耕作地が重なる。
これらで異なる技術も交流できます。
中国は、そこにあるだけでありとあらゆるノウハウが入手できる位置にいました。
・フロンティア、異文化交流
南はジャングル、西は砂漠、北は寒冷地、東は海。
バラエティに富んだ交流、ストレスが頻繁に起こります。
人間がアフリカを出るきっかけが天候とサハラ砂漠としたら、中国はその何倍ものストレスで発展していきました。
いろいろな人があつまり、技術や作物の底上げ、作物、家畜の種類が増えて選択肢も多く、知識も真ん中の中国にどんどん持ち寄ります。
嘘か誠か、とっても古い時代から縄文時代の日本人が中国に留学に来た痕跡が古い年代も計れない竹簡に記録されていたとかされていないとか。
もしそれが本当なら、中国5000年、実はそれ以上かもしれません。、
ちなみに一番恩恵をもたらしたストレスは「戦争」です。
周り中からこの地を狙う狙う。
中国の様々な王朝の初代が蛮族なのも結構中国のデフォルト。
・冶金、軍隊
ありとあらゆる金属がこの地方で採れます。
鉄器を早い時期から作れます。
ウランも関係ないけど取れます。
孫子を考えるまでもなく戦争もしやすい土地。
戦争は、少なくとも中国にとっては発展する理由でした。
中の人は不幸ですが。
ちなみに日本が日本であることも「鉄が採れない」ことだったりします。
有史以前は三内遺跡でもわかるように富んだ地域ですが、逆に古代となるととっても弱弱しい貧乏国家。
中国と逆。
・統治のしやすさ
馬といった伝達手段の存在、道路事情、水路事情が良いことから、原始的な技術であっさりと帝国作れました。
帝国というのは、古代ではとんでもない恩恵をもたらします。
いち早く「国」ではなく「帝国」つくれる地形も中国が長い間、強者であった理由。
こんな感じで、ここまで文明を発達させる条件が揃った所は他にないでしょう。
ただし、それが中の人が幸せだったかどうかは別ですが。
なにせ戦乱の地です。
周りは蛮族だらけ、誰もが虎視眈々と中国を狙い、内部でもある軍事集団が出来ては消え、
「統治しやすい=民衆を殺しやすい」
ですから民族が何度も混じり入れ替わり。
漢民族など遺伝子的にはとっくにいないという考え方は納得できます。
また、周りへの影響もでかいです。
前述しましたが太平洋の島々の肥沃さは中国の天候、生態系、黄砂が届くか届かないかの海流、風の向きも含めて周辺にとっても左右されます。
いまでもですね。
風に乗り、海流に乗り、中国の様々な排泄物が日本を含めた周辺諸国に影響をもたらします。
ついでに人的なものも。
戦乱が起こるたびに周辺諸国を塗り替えます。
中国から戦乱か何かか、台湾経由で南太平洋の島々に散ったオーストロネシア人はポリネシア系の人々の人種構成を一気に入れ替えました。
日本の弥生時代のはじまりは中国から逃げ延びた人たちが九州、明石、東北に流れ着いてからとか言われます。
朝鮮半島も、中国人が逃げ延びて入り込んだおかげで百万の軍隊に攻め込まれたりとか。
とにかく周辺の歴史に影響しまくりです。
ついでに文化・技術も。
日本文化は中国発祥が非常に多い..というか突き詰めればほぼ全てが中国から。
寿司、着物、和紙、文字。まあ日本人はほぼすべてを認めており、むしろそれを中国人は羨むようですが。
ビジネス等で中国人と呑んでそれを披露すると、自慢されるより羨まがります。
「なぜそんな良いものが日本にだけ残っているんだ」
朝鮮半島の人と話すと大きく違うところ。
技術、文化の先祖より、残っているほうが羨ましいというのが中国人でした。
まあすべてを壊す歴代政権むかつくもあるかもしれませんが。
あと朝鮮半島の禿山や治水の崩壊は中国の冶金技術がもたらしたとか、朝鮮半島の方はあんま恩恵を受けてないからかもしれないのがその違いの理由かもしれませんが。
日本人が来る前は山は禿山、自然は壊滅的。
あと嘘か誠か、中国の漢帝国が匈奴を追い払ったので民族移動の玉突きで数百年後ローマ帝国を滅ぼすとか
今でも公害と覇権、軍事力を近隣に撒き散らしていますが、まあすごい国です。




