「昭和残侠伝」主演:高倉健 のような感じ?
定住化
またこれで一気に人類が底上げされます。
住まいが固定されるだけでもこんな有利なこと一杯!!
・財産が持てる!
動き回るならば、邪魔にならない
程度しかモノは持てませんが
食糧、衣服、道具、宝石、
等々貯めこむには
とっても便利です
・財産あるなら物々交換したいよね。
おらが村だけでも交換し合って
商業ができる。
隣村、隣隣村ならなおさらラッキー。
海の向こう、山の向こうの貴重品とも
交換しようという気にもなります。
・なんといっても知識の集積ができる。
口伝だろうが環境が変わらないと
教えやすいし、
文字や書物があるならそれも
倉庫にしまっておける。
・工芸もしやすいから道具も発達。
場所動かないと実はいろいろできる。
弟子も取れるし才能あるやつ
見つけやすいしね。
・商業ができる。
場所が決まって、時期も決まったら
人が集まります。
場所/日時も約束できるし、
人がたくさん来てくれたら
更に人に伝えられます。
実際、定住していた青森県は
丸木舟の残骸多数。
周辺の人達が獲物を持ち寄って
物々交換しています。
1500年も場所変わらない
伝統があったら、物々交換
したい人にも安心感あるし。
・家族計画も安心。
天候や獲物によって
うろちょろ動くより、
とっても計画的に
夜の生活が出来ます。
産めよ増やせよ!!
・教育しやすい。
そもそも教室も遊び場も
つくれるもの。
まあ大自然も立派な
教育現場ですが
それだけじゃね。
・周りと連絡取れやすい。
住所知ってたら郵便届きます。
そのおかげで助け合いやら
更に頼れる人が増えた
というのもありますが、
狩猟民族だけだと、
リーダーとその目が届く
範囲だけしか指揮できませんが
同じ村でいつも見知った人なら
頼りやすい。
住所が同じなら隣村と話しやすいし、
そのまた隣村の隣村とも
連携が取れるかもしれません。
それが便利と分れば
国とかの可能性さえ出てきます。
・開墾その他、集団で何かを
作ることができるように
なります。
みんなで畑作るなら、
獲物をみんなで追い回す
一過性の協力より
効果抜群!
みんなで富みましょう!!
こんな感じで定住化で人間がどんどん底上げされます。
連携のしやすさで部族、集団の構成メンバも増えます。
狩猟民族のリーダーは多くても50人くらい?
普通は取り回しが効きやすい程度の数家族10人程度。
一大事の時に、必死に連絡取りあって広場に集まる
アフリカの狩猟民族が一生懸命かき集めても300人くらい?
それが三内丸山遺跡の集会場は1500人です。
市場の丸木舟の数、人の集まり具合、世帯の代表だけとかの会議体の在り方を考えると、ポテンシャルとしてはもっとかもしれません。
現代の我々の感覚では、その程度の人数は町以下、村以下でしょうが当時としてはたいしたものです。
定住化というのはそれほどの力があったわけです。
でまあ、その定住化の話には必ず農耕っぽいの話が出てきてますよね?
なにせまずは人は「食べること」ですから。
あんま周りに動物な獲物がたくさんありすぎて定住できたというのは
「川で貝採って暮らす」
程度しか思い当りません。
うわ!
少なそう!
いくらたくさん貝が取れる海岸や川でも一世帯くらいしか暮らせそうにありません。
ということで、実際の文明の発展という「定住」は農耕とセットで考えてよいものだとは思います。
ただ、識者や専門の研究している人達の論争はいろいろあります。
「定住が先か、農耕が先か」
学問やっている人はたぶんとっても重要なのだと思います。
ただ素人の私だと、
まあ似たようなもんじゃね?
的な意見で納得しちゃいます。
いろいろ拝見すると、定住化の後に農耕が正しいような気がします。
それはどちらかというと定義の問題ですが、獲物、作物の群生地に住んでいたら少数では食えますし。
たしかに三内丸山遺跡を確認すると栗やドングリの木のお世話だったりするので、
「これが農耕の始まり」
とは言い難いのかもしれません。
「とりあえず野原を燃やしてみました」
が農耕とはとてもいえないでしょう。
果実を食い散らかしていつのまにそこが果実園になってたも農耕とは言い難い。
まあそういうこと言い始めると、いったい何が農業なのかわけわからん。
この場だけでも定義しておきましょうか。
ということで、現在の農耕の概念から見直してみましょうか。
まずそもそも農耕とはなにか?
例えば植物の種類って如何ほどでしょう?大体20-30万種と言われています。
そのうちの食用になるものは?悪食、珍味、希少種ならいくらでもあるし、極端な話毒草以外となると
1000種類超えません。
(ちなみに家畜となると100超えない。食べられる以外に条件がいろいろあるのです)
食べられない植物が陸上の97%を占めていたのを、3%の食べられる植物を人為的に増やすことを農耕と言いましょうか。
ちなみに、大抵の主食は穀類です。
なぜ?
結構そこらじゅう生えてるから。
雑草の中で穀類を見つけるのはとっても簡単です。
校庭の草むしりで毟らなければならない植物が穀類なのはよくあることです。
食べられるかどうかは別ですが。
日本には猫じゃらしがそこら中にありますよね?
あれはきちんと育てる人は粟と言います。
米も実は其処ら中に生えてます。
食べられるかは別ですが。
そして結構いい加減でも育ちます。
当たり前ですがよく見る雑草は育てるのもたやすい。
気候帯によって異なりますが、米、麦、粟、ヒエ、トウモロコシ。
ここらへんが有名ですね。
この植物の特徴はとにかく作付面積あたりに入手できるカロリーが高い。
中東あたりと、中国南部は圧倒的でした。
特に米はすごく水と土があればいくらでも育ちます。 (手間はかかる)
このおかげで大人口を養えた中国は、何千年もの間は世界の中心であり続けました。
麦の場合は...中東では現在の北米穀倉地帯に匹敵する収穫量を見せましたが...嘘かもしれませんが
とにかく便利な作物です。
#収穫量に関しては
データがはっきりしない...
楔文字での記録を集めたデータが
信用あるかどうか。
それに、今現在はそこが砂漠なんで。
#レバノン杉という有名な木が
名物なことも含めて、肥沃な土地では
あったでしょう。
今は砂漠なのは育てすぎで土地が
痩せたのか、灌漑しないとすぐに
荒れる土地だったからか...
更にみんなが食べるので品種改良もばっちり!
もちろん古代の品種改良なんて簡単です。
たくさん実ったものを優先して育てる。
お互いの交差する点で交わっちゃう。
遠くから持ち寄った人からもらって蒔いてみる。
そもそもゴミ捨て場。
とくにゴミ捨て場は古代の品種改良の宝庫。
言葉を良くすれば品種改良ですが、それを悪く言えば「奇形」です。
ゴミで雑多に種や残りかすを蒔いとくことは奇形の宝庫。
最初の「もろこし」がいまの粒コーンとかによく見る大きくて美味しい「とうもろこし」はとっても時間をかけてそんな感じでつくられました。
どちらもユーラシア大陸の広い地域で育つのも品種改良で有利です。
遠くの種の交雑も出来る。
人間の交流は同気候帯で頻繁に起こるもの。
隣村で同じような生活スタイルだと話が合います。
それが伝言ゲームで交流して...古代は年表の横軸が100年単位、ナイル川流域で育つ麦が中国に伝播している可能性は高いのです。
結果的に良い品種が入手できます。
ちなみに穀類の次点はイモ類。
サトイモ、ジャガイモ、サツマイモ、タロイモ。
熱帯だと穀類より有利です。
土にダメージ大きいですが熱帯で適当な手入れでもよく育ちます。
美味しいしカロリー豊富。
作付け面積あたりの収穫量と土へのダメージ以外は穀類と遜色なし。
東南アジア、インドネシアあたり、太平洋の島々、アフリカとかは主食はこちら。
南米でもインカ帝国とかもイモが主食だったりする。
副食として穀類が主食の場でも育てています。
そういえば北朝鮮がサツマイモ植えたとか。
江戸時代に島津藩が積極的にサツマイモ、ジャガイモを作ってたとか。
土がダメになるのは欠点ですけどね。
太平洋の島々が水耕とか石耕とかやって意外に発展してます。
それ以外...
北アメリカのように文化の伝播がうまく行かなかったところはケールとか特殊な主食もあります。
北アメリカのインディアンの一部がとか。
ビタミン豊富、必要な栄養素がすべて揃ったとっても良い主食。
欠点はたった一つ。
それは現代でも食している人がCMでどうどうと発表してました。
「まずい!」
ようするに青汁がこれですね。
閑話休題
というわけで、耕作を始めた後の世、大まかのカロリー源のほとんどは穀類だったりします。
最近になってまた減ってますが、人間が摂取したカロリーの実に70パーセント以上が穀類となっています。
魚、野菜、肉その他は食卓に彩りを添える程度。
おかずを副食と書くのはとっても正しい。
ということで、実は人間の貴重な栄養源の殆どは、植物全体20-30万種のうちの食べられる1000種くらいの植物の更にピックアップした数種類のみが人間の主要な栄養源となります。
土地に自生しているたった3%を耕作地で広げるだけで、その土地で人間が生きられる人間が比例して激増します。
たった数家族が数キロ圏内で獲物を追い回すことに比べてどれほど有利かがわかるでしょう。
役に立たない植物を引っこ抜き、狭い土地でよりたくさん育つように土を柔らかくしたり肥料で栄養を補填したりして主食を植える。
これらをたくさん作ればその土地で人間がより楽に生きられる。
それがいわゆる「農耕」なのです。
まあそんな感じで、獲物を探して縄張り作ってという世界から人間が開放され始めたのが2-3万年前。
すいません、人間の歴史と名を打ちましたが99%以上を一気に駆け抜けてしまいました。
まあそれでもそれが「歴史」と名をうてる時期がこれほど遅く、あるいはそれ以降が濃いのは、それほど穀類がもたらした人間の変化が大きいのです。
中国の長江で稲作が、シリアあたりで大麦ライ麦が初めてと言われます。
が、そもそもそんな経緯なので多分、そこらじゅうで耕作は起こったと思います。
「隣村でやったからおらもやってみんべ」
ユーラシア大陸は交流が多そうな地形なので伝言ゲームでそこら中で流行したと思います。
ということで、大体1-2万年前くらいから人口は激増、一気に爆発しました。
そしてそれを始めるとさらに有利なことが。
・暦が出来る。
もちろん狩猟民族時代も
暦はあったのですが、
耕作だととっても重要です。
種まく時期、育て方、収穫、
冬籠り、また種まく時期
etcetc
そして正確な暦は
中長期計画も建てられる
ようになり、保存や
(人でも物や土でも)
寿命の概念が生まれてメンテ、
予防がしやすい。
更に発展、長寿、医療等が
見込めます。
・分業しやすい。
狩猟採集の頃は
「俺は槍だけ作ってれば
よいんだ」
的なプロフェッショナルより
オールマイティな人が
求められましたが、
定住/耕作するように
なると余剰食糧が明確に
かつ物々交換で労働や
能力の対価が明確になる。
何人かが「武器屋」
「宿屋」「酒場」
「アイテム屋」
になっても暮らして
いけるようになります。
・軍隊がもてる。
いや狩猟民族だって
気が向けば略奪も
やってたでしょうが人数が違う。
専門部隊も食糧事情に
よっては作れる。
モノがなければ奪え!
女も奪え!(殺伐!)
・その他商人が持てる、政治家が
(リーダー以外でも)持てる。
いろいろ社会主義的な話や
アホは政治家を見ると
ムカつくでしょうが、
意外に役立ってます。
貴族だって王族だって
役に立つから
生まれたんです。
まあここれへんは余剰労働力がつくりやすいということで生まれたもの。
江戸時代の身分制度と構成比率がわかりやすい。
士:政治家・軍隊・ごく少数
農:農業・多数
工:職人、少数
商:商人、輸送その他、
農業と兼業も多かった。
少数
エタ非人
:洒落じゃなく狩猟民族のなれの果て
実は身分高かった人多い、
神職皇族の係累とか、少数
そして農耕は狩猟採集生活の延長で成り立ちましたが、最終的には吸収するか、対立することが多くなります。
なにしろ狩猟採集では明確に自分のものという土地はありませんし、せいぜい縄張りというぐらいで
明確に個人のものという概念ではありません。
また、つねに移動が前提なので、財産らしいものももてないですし。
しかし、子供がぽんぽん産める環境であること、それをそういう子を世話できる食糧事情の改善がやりやすく、最初は少数でも、何世代もたつと農耕の人口増が圧倒的になります。
そして彼らは耕作地面積が生死の分かれ目、縄張りのようなゆるい境目ではなく、明確にここからここまで俺の土地というようにしないと対処が不可能になったのです。
戸籍、登記の概念が。そしてその土地に勝手に入ってくるのは不法侵入。
そして個人の「所有」という概念が「財産」という考え方になり、それを勝手に使われる、取られるというものは犯罪になります。
(狩猟民も多少はあったでしょうが、個人所有の概念は希薄)
ついでに、農業は農村で行われることがわかるように寄り集まったほうが効果的であることも一因でした。
「今日は○○さんの収穫だっぺー」
「××さんの水路整備しにいくぞー」
「ちょっと害虫増えてきたから虫追いみんなでやろうぜ」
狩猟採集民の狩場であった土地に、農民の耕作地、村が「どでん」とできるのです。
縄張りという概念だけの狩猟採取民は農民にとっては侵入者、盗むもの、逆に狩猟民族にとっては獲物をとるには障害物。
少数での農耕の場合は気にもならなかったでしょうが、子供をぽんぽん生んで村が大きくなって..だんだん村が大きくなり、侵入できないところが増えて...狩猟民の縄張りも洒落にならなくなります。そもそも自分の獲物が害獣として追っ払われたり。
まあ大抵は狩猟民はどこにでも行けます。追い立てられるように去っていきました。
しかし農村にも欠点が。近親相姦は遺伝病の元、外の血も欲します。
そしてなんだかんだいってよそ者を受け入れる余地がある。
そして定住は楽だけど娯楽少ない。
アリとキリギリスではないですが、豊作の時は狩猟民族の方が酒池肉林ですが、困った時は農民の方が対処しやすい。
狩猟民がうろつきまわっても出会う農村が増えることによって、そして長い年月の間に困って農村に頼るようになり、最終的に定住生活を選択する機会が増えます。
そのいろいろ回った経験/技術、他地域の風物、他地域の血そのものを農村が欲しがり、得、更に農耕が発展することになります。
余所者を排除する風習もありますが、大抵の場所はむしろその遺伝子を欲しがります。
夜這い、接待、一夜泊めとかはその名残り。
いろいろドラマはあったと思います。スナフキンを住まわせるためにムーミン谷はとっても苦労したのです。
村のダサい男より、遠くから来た都会の風来坊の方がかっこよいかもしれません。
最終的には少数民族を除いてどんどん農耕民に吸収されていきました。
映画で風来坊の高倉健あたりが、可哀そうな飲み屋の女性を助け、引き止められ、結婚する感動ドラマも、歴史上では「狩猟民族は最終的に定住生活を選んだ」という一言で終わってしまうのが歴史です。
今回はこんな感じで。




