オモチャの町(箱物語7)
窓から吹きこむ風に、レースのカーテンは深呼吸をくり返していた。
部屋の中央に大きなオモチャ箱。
中にはいろんなオモチャが並んでいる。ひろ子が作ったオモチャの町である。
ひろ子はアイリーと遊んでいた。
アイリーは女の子の人形、一番の仲良しだ。
このアイリーさえいれば、ほかの人形なんていらない。だからオモチャの町に住んでいるのはアイリーだけだった。
オモチャの町には、つみ木で作った家が行儀よく並んでいる。
学校やスーパーもある。
通りには自動車が走っている。
公園もあり、そこにはすべり台やブランコだってある。
アイリーの家は公園のそば。
本物そっくりの二階建てである。そして中には、ひろ子の家にあるのと同じくらい、いろんな家具がそろっていた。
二階のアイリーの部屋には、机、ベッド、たんす。
居間に降りれば、ソファー、ピアノ、テレビ。
台所に行けば、食卓、レンジ、冷蔵庫。
「アイリー、朝ですよ」
ひろ子はベッドからアイリーを起こしてやった。
これからオモチャの町の一日が始まる。
ひろ子は指先でアイリーをつまむと、歩くまねをさせながら洗面所に連れていった。
「顔を洗ったら、次はお着かえよ」
パジャマをぬがせ、かわいい洋服に着がえさせる。
それがすんだら朝ごはんを食べて学校に行く。ひろ子が今日してきたことを、アイリーにもひとつずつ順番にさせてやった。
時間が流れてゆく。
レースのカーテンが風にゆれ、その薄いカーテンをとおし、日暮れ前の日ざしがオモチャの町へとのびていた。
夕食がすみ、お風呂にも入った。ちょうど今、パジャマを着ているところだ。
「おりこうに寝るのよ」
小さなベッドにアイリーを寝せると、ひろ子は小さな布団をかけてやった。
「おやすみ。あした、またいっしょに遊ぼうね」
アイリーが眠りにつく。
オモチャの町の一日が終わった。
ひろ子は窓辺に行った。
「スーパーに買物に行ってくるわね」
お母さん、すぐに帰るからって出かけたのに、まだ帰ってこない。
二階の窓からのぞいてお母さんの姿を探した。
すぐそばに公園。
その向こうにスーパーへと続く大通りが見える。
いつもの見なれた景色が広がっているだけで、人の姿はどこにもない。
ひろ子は公園までお母さんを迎えに行った。
――なんだろう?
なにかがちがう気がした。
公園がいつもとなんとなくちがう。動くものがなにひとつなく、静かすぎるほど静かなのだ。
思い返せば、家を出てから人の姿を見ていない。
人の声も車の走る音も聞いていない。
まるで時間が止まった絵本の中にいるようなのだ。
ひろ子は大通りに出てみた。
通りにも人影はまったく見えない。
動くものにも出あわない。
スーパーまで行っても、そこも同じ。お母さんどころか、お客も店員も一人としていなかった。
帰り道。
人も車も、犬も猫も見なかった。
鳥の鳴き声さえしなかった。
ひろ子以外の生き物が、この町からすべて消えていた。
風だけが吹いている。
ひろ子は走って家に帰った。
テレビは音が出ない。
画面も動かない。
どのチャンネルも同じだった。
二階の窓から動くものを探した。
だけど、そこにも動くものはなにひとつない。景色はまるで写真を見ているようだった。
――これって、夢? だったら早くさめて!
願いが通じたのか、
ピンポーン、ピンポーン。
玄関のチャイムが鳴った。
――お母さんだ!
ひろ子は出迎えに行こうとした。ところが、なぜか足がちっとも動かない。
と、そのとき。
「お母さんが帰ってきたわ」
頭の上で声がした。
ひろ子が見上げると、アイリーがとても大きくなって見おろしている。
「おりこうに寝るのよ」
アイリーは指先でひろ子をつまんだ。歩くまねをさせながらベッドへと連れていく。
「おやすみ。あした、またいっしょに遊ぼうね」
ひろ子をオモチャのベッドに寝せると、アイリーは小さな布団をかけてやった。
ひろ子が眠りにつく。
オモチャの町の一日が終わった。
アイリーが窓を閉める。
レースのカーテンが、呼吸をとめたように動かなくなった。