VOL.9
いつもよりは少し長めです。
「無理、だね」
「ええ……?何で……」
だって、ワザワサ゛邪魔しにいっているようなものじゃない! トレニアは分かり易いし、尚更無理。
「私は、貴女の恋を応援しようと決めたのです! ということで、断固拒否!」
前半部分を態と丁寧に言えば、シュンとうなだれてしまう。
うぅ……この顔には弱いなぁ……。
「もう、殿下にも許可は取ってあるの……。いいボディーガードになるって、笑ってた……」
「無理、だね!」
何でそんな理由で行かなきゃいけないんだ!!
「それにほら、この魔導書の続きも読みたいし! ね、二人で行ってきなよ」
「そこまで言うなら……、最終手段……」
キッと顔を上げたトレニアは珍しく、ぼぅっとしていない。緊張の面差しだった。
「セシル……。城下町にね、美味しいって評判のチョコレートケーキが売ってあるの……。外国からもお客が来るほど……だそうよ……」
フフフ、トレニア、私がそんなものに釣られるとで……も……!? え、なんていった?
「だから……評判のチョコレートケーキ……」
「行きます!! 是非、行かせて下さい! お願いします!」
あっさりと、お菓子に釣られました。
……という経緯で、今、城下町に来ている。城下町には人外の方々も沢山居て、賑わっていた。
「カイ様、私達だけで来てしまって、大丈夫なんですか?」
「心配いらない。そもそもこの町の警備は厳しいし、王族は一年に何回か此処に来るしきたりだ。俺たちを見ても驚かない」
はぁ、まあ一応変装はしている訳だけだけど。
カイ様は楕円形の眼鏡をかけて、完全な町民の格好。
私は髪と瞳の色を見られれば聖女の血を引いているとバレるので、髪を染料で茶色に染めてもらった。プラス、『からーこんたくと』という物をはめている。これで瞳の色が誤魔化せるらしい。都会にはすごい技術があると、感心してしまった。
トレニアも髪の色が珍しく目立つため、かつらをかぶって、更にフードをかぶっている。染料は綺麗な髪が傷つくと、カイ様が全力でとめていた。
変装は完璧なのかもしれないが、私以外の二人の顔は知られているため、若干気まずそうに視線を泳がせる人はいる。だが、町民に対する態度で接してくれた。
「殿下……あそこに行きたい、です……」
「ああ、噴水か。施してある彫刻が綺麗だろう?」
カイ様、女子ですか。あ、そうだ。
「私はそこでクレープを三人分買ってくるので、二人は先に噴水にどうぞ」
反応は確かめない。止められたら計画が狂う。
「おじさん。えっと……メニュー表はどこですか?」
バリ村の飲食店はどこでも必ずメニュー表があった。此処にもあると信じ切って言ったのだが、胡散臭さそうに見られてしまった。
「何を言っている、お嬢ちゃん。メニューは『トリプルベリー』、「チョコレートナッツ」、これだけだよ。表なんて、必要ないだろう?」
二種類だけ、なんだ?
「『トリプルベリー』って、ラズベリー入ってます?」
おじさんが頷いたのを確認してから、注文する。
「『トリプルベリー』二つ、『チョコレートナッツ』一つで」
カイ様はラズベリーが好物だし、トレニアは彼とお揃いがいいだろう。
両手に器用に三つのクレープを抱え、進む。支払いはカイ様から事前に渡されていたお金を使う。
「お待たせー。買ってきましたよー」
トレニアは、カイ様と嬉しそうにしゃべっていた。
「ありがとう……」
「これはどうやって食べるんだ? 食べた事がない」
ないんですか? かぶりつけばいいのですよ。はい、『トリプルベリー』。
「トレニアも。ベリーは好き? カイ様は好物なんですよね?」
「何故知っている?」
「ルリカさんに聞きましたよー」
軽い会話を交わしている内に、トレニアの顔色はどうしてか悪くなっていく。
「大丈夫? 気分が悪いの?」
「……ううん。食べよう?」
一斉にクレープにかぶりつく。あ、美味しい。
ナッツに絡む、チョコレートのビターな味と甘い味が最高。流石に都会、バリ村よりも美味しい。
「美味いな」
「分かりますか、カイ様? 凄く美味しいですよね」
こんなことだけ、気が合うらしい。
「……ねえ、本当に大丈夫なの?」
トレニアの顔色は、どんどん悪くなっていく。クレープも一口、二口しか食べていないようだ。
「ぅ……」
「おい!? 大丈夫か!?」
倒れるトレニアを、しっかりカイ様が支える。おー、お似合い。
そんな場合では無いのに、考えてしまう私の馬鹿!
「ごめんなさい……。私、実はベリー類がダメなの……。食べたら、息が苦しくなる……」
ハァ!? なんで食べたの!?
「だって……殿下は、ラズベリーがお好きだから……失礼だと……」
「そんな気遣いはいらない。俺のために、お前が傷ついてどうする」
「……は、い……」
そうだよ、無理することないです。
「トレニア、私のと交換する? チョコレートとナッツは平気?」
コクリと頷いたのを確認してから、クレープを手渡す。食べかけだけど。
「あ、こっちも美味しいですね」
甘酸っぱさとクリームの甘さが最高。さっきと同じ位おいしい!
しばらく無言でもぐもぐ食べる。
「口の端にクリーム、ついてるぞ」
「え? ハンカチ、ハンカチ……」
ポケットを探るけど、なかなか見つからない。仕方なく、手の甲で拭おうとした瞬間。
「取れたぞ」
「どうも。……って、何しているんですかぁあ!!」
親指が伸びてきて私の口の端を拭い、ペロリとなめられた。
なんで私にそんな事をする!? するのならトレニアに!! って、そもそも人が沢山居るところでするなぁああ!!!
「何って、とってやったんじゃないか」
「取ってもらった事には感謝します! けど……ああ、もういいです! 次行きましょう次!!」
……その後のことは、気持ちがやけにフワフワしてよく覚えていない。
ただ、日が暮れる前に王宮に戻った。
そして、思い出す。
……チョコレートケーキ、食べていない……。