VOL.8
「ねぇ……セシル。なんだかあちらが騒がしくない……?」
「んー? そうかなぁ?」
現在、こっそりテーブルから取ったクッキーを試食中。
何でライア様達は食べないんだろう? と思うくらいの美味しさだった。
「今私は、このクッキー以外どーでもいい!」
「セシル……。これはね、いわばお飾り……。『淑女が他人様の前で何かを食べるなんてはしたない』、これが暗黙のルールだから……」
「えぇ!? こんなに美味しいのに、もったいないよ。見た目だって綺麗だよ?」
薔薇の形が忠実に再現され、仄かに桃色に色づいているコレは、もう芸術の域。
「淑女だって、食べるでしょう? 見えない所で。だったらいいじゃない! お菓子職人さん達が泣くよ?」
ていうか、紹介してくれないかな? 弟子入りしたいんだけど!
「何を騒いでいるんだ? こんな所に隠れて!」
「殿下! 申し訳ありません……」
ゲッ! 現れやがった!
慌てて頬を染めて立ち上がった、トレニアの陰に隠れる。
「おい、それで隠れたつもりか?」
うぅ……。ずっと屈んでいて分からなかっただけで、トレニアは私より頭一つ分ほど背が低かった。私は女にしては背が高いけれど、トレニアは小柄だと思う。
「え、えっと……。私は空気だと思ってください」
「何言ってんだお前」
冷たい目で見ないでぇっ、流石に傷つく! ああっ、トレニアまで!?
「それよりお前、さっきまでクッキーを貪り食ってたよな? そんなに食ってると……太るぞ」
「た、確かに……。同じクッキーを何枚も何枚も食べて……飽きないのかな、とは思ってた……」
イヤ……W精神攻撃……効くわぁー……。特に、カイ様の『そんなに食ってると』と『太るぞ』のワザワサ゛空けた間……。
「まぁいい。トレニア、後で話がある。公務が一段落したら部屋に向かうから、待っておけ」
「はっ、はい……。嬉しいです……!」
「嬉しい? 何故だ?」
キョトンとした顔をするカイ様。あれ、手慣れていると思いきや意外と鈍感?
「あっ、そろそろお開きですか!?」
「いや、違うだろう。時間が合わないからトレニアは退場させるが、基本ライア達は日が暮れるまで話し込んでいるからな」
「私、一緒に退場します」
2人のお邪魔はしないから!! お願い! 孤立無援はちょっと……!!
「あーあー、またライアのやっかみか? アイツは根はいい奴なんだ、許してやってくれ」
イケメンスマイルを向けてきても無駄ですよ、それはモテる人のヨユウでしょ?
「殿下……お時間がありません……」
「そうだな。おい、お前」
カイ様の首がグリンと回転して、こちらを向く。
「トレニアの後ろをしっかりついて行け。これで大丈夫だ。ああ、ドレスの皺は直しておけ」
言われたとおりに皺を直し、歩き始めたトレニアの後ろをついて行く。
トレニアはカイ様の斜め後ろを歩いていて、さながら私は付属品。
庭を抜け出すと、ワザと自室に行くには遠回りになる道を選ぶ。
「じゃあ、お二人でごゆっくり! 私はこちらから!」
トレニアは明らかにカイ様を好いているし、私は邪魔だ。
トレニア! 私は、全面的に君を応援するよ!
とにかく一刻も早くこの場を離れようと、私は振り返らずに歩き去った。
「セシル様。トレニア様が伺われております」
「あぁ、お茶会で仲良くなったんだ。通してください。ありがとう、ルリカさん」
今まで読んでいた魔導書から顔を上げて、背伸びを一つ。カルから送られてきたもので、今は魔導の歴史の部分を読んでいる。
寺子屋の中では本嫌いとして有名だったが、不思議と魔導書は平気らしい。
「セシル、ゴメンね……。忙しかった?」
「ううん、むしろ暇。どうしたの?」
トレニアは少し迷っていたようだったが、暫くして切り出した。
「あのね……。さっき、殿下が誘ってくださったの。城下町にお忍びで視察に行こうって」
へぇ、よかったね! それって所謂『デートのお誘い』だよっ、距離を縮める大チャンスだよっ!
「そんなの、一も二も無く行くっていえばいいじゃない!!」
「いや……そうなんだけど……」
少し俯いたトレニアは、一気に言った。
「セシルも、一緒に行って欲しいの……!」
登場人物紹介Ⅶ
トレニア・ストレミング
ストレミング男爵令嬢。但し、一応貴族とはいえ男爵。かなり貧乏である。
そんな彼女が第一王子の側室となれたのは、隣国の王族の血を引いているから。自身はよく分かっていない。
ゆったりとした喋り方をする美少女。この国では珍しい金髪のため、「金色の天使」との異名あり。
能力:外見(?)