VOL.4
……なぜ、こんな事になった。
気まずい、気まずすぎる。
現在進行形で、王子と二人でお食事だ。
王子は、ぎこちなくナイフとフォークを扱う私に時々冷たい目を向けるだけで、一言も会話していない。
無理矢理とはいえ、私達夫婦だよね? いや、コイツを旦那とは認めないけど! 矛盾しているけれど。恋人なんてもってのほか、友人、思い切って知人以下。
そもそも、このドレスも落ち着かない。綺麗な紫色で、私の容姿とあっている。でも、いつもシンプルな麻のワンピースをきていた私としては、鬱陶しくてしょうがない。
「淑女のたしなみです!」と強要された矯正下着も痛い。
いいじゃん、スタイルよくなくてもコイツ女としての私に興味ないよ!
「あの、恐れながら、私に魔法の師をつけてくれませんか?」
「手配済みだ」
……即答。
「お前の師は、同じ聖女の末裔だ」
マジか! なんか親近感!
「ど、どんな人ですかっ!」
身を乗り出せば、王子はいすごと体を遠ざけた。
「……やめろ。師は、俺の数少ない友の一人だ」
「王子の友達! 凄い!」
「何が凄いんだ! あと、王子って呼び名をやめろ! 虫酸が走る!」
え? じゃあ、なんて呼べば?
「カイ様、かな」
うわー、自分で様っていうあたりムカつくわー。
「何か文句でもあるのか」
睨まれた。この人目つき悪い。
「いえいえ、なにもありませぬ~」
本当はありまくるけどね!
村に返せ、こんなところイヤだ、服のせいで苦しい(以下略)
「じゃあ、俺は公務に戻る」
そう言い放って、通り過ぎる瞬間。
王子は一瞬だけ身を屈め、私の唇の端に──その──キスした。
軽い軽い、雲よりも軽いキス。
たったそれだけなのに、初心な私の顔は燃え上がった。
そんな顔を見て、カイ様は私に微笑みかけてから去っていった。
──この人、笑ったら格好いいなぁ……。
惚けた頭で考えてから、ようやく事の重要性に気づく。
「ええええええぇぇぇぇえええ!!??」
大絶叫して、その場から走って離れた。
王宮の中のことはよく知らないけれど、動物的なカンで自室まで戻った。
「なにあの人、ワケわかんない! あっちは笑ってたけどこっちが恥ずかしい!! うわー!」
ひとしきり悶える。ルリカさんごめん、頭おかしくなった訳じゃ無いから。
「あの、セシル様。ミシェル様が面会を、と……」
「カイ様のお姉様!?」
それは好都合だ。弟はどうなっているのか聞きたい!
「けっ、化粧なおして!」
「あら、珍しい。心境の変化でも?」
「聞きたいことあるから!ちゃんとしないと!」
「はいはい」
はやる気持ちを抑えて化粧を直してもらい、指定された部屋まで案内してもらう。
「あたしは隣室で待機します。いいですか、マナーですよ!」
ルリカさんの姿が見えなくなってから、ドアをノックする。
「セシルです。失礼いたします」
「どうぞ」
ドアを開けたら、スカートの裾をつまんで軽く礼。……うん、カンペキ。
「初めまして。セシル・ルーシー・ヴィトンです」
「こちらこそ。ミシェル・マーリ・カシリアです。よろしく」
ミシェル様はカイ様と同じ真っ黒な髪。瞳は違って、綺麗な金色だった。顔立ちがとてもきれいで、思わず守ってあげたくなる。
「さて、セシル。突然側室にされて大変だったね。弟が失礼をしなかったかい?」
「いや、まあ心外きまわりないですけど、大丈夫です」
……この人、男装してて女の人にモテるタイプかな?
髪の毛は長いけれど、軍服きてるし。すごく似合ってて、守ってあげたいと思わせつつ頼もしいという……一言でいうと魅力的なお方だ。
「君は私を見て、驚かないんだね」
「いえ、むしろかっこいいって思うし、憧れます」
「そうかい、ありがとう。君は面白いコだね。カイを変えてくれるかもしれない」
ちょうどあの人の話題が出てきたところで、ずっと聞きたかったアレを聞いていいだろうか。
「あのー、少し相談にのってほしいことが……」
「ん? なになに、いいにくいこと?」と身を乗り出すミシェル様。この人も姉御気質だ。
「今日、お昼はカイ様と一緒に食べまして。そしたら、えっと……軽く何ですけど……き、キスされて……」
ミシェル様は黙って話を聞いている。
「失礼ですが、私はあの人を夫とはみてめていません。なのにあんなことされて……」
ミシェル様が、困ったように口を開き、こういった。
「セシルは、知らないかもね。この国の古い習慣で、キスは男女の中で『所有』を示すんだよ」
登場人物紹介Ⅱ
カイ・フォン・カシリア
コンプレックス意識が強い、カシリア王国第一王子。
俺様な態度をとろうとしているが、それもコンプレックス意識の為。なかなか素直になれず、友人も少ない。
ちなみに王である父は高齢なため、国の仕事はほとんど彼がやっている。
好物はラズベリー。
能力:王宮剣術