VOL.10
……眠れない。
昼間はしゃいだせいか、眠れない。
ムクリと起き上がって、散歩に出掛けることにする。こうすると、割と良く眠れる。
寝間着の上にカーディガンを羽織り、部屋を出る。深夜の王宮みは静まり返っていた。
まだここのことをよく知らないが、中庭の風景がきれいだった。中庭にいくことに決定。
少し心細くなりながら、廊下を進んでいく。体感で五分程進めば、目的の場所に着いた。
「……あれ? カル?」
月夜にぼんやりと浮かぶシルエット。照らされている紫の髪は、確かにカルだ。
「やっぱりカル。どうしたの? そろそろ眠らないと、まずいんじゃない?」
「そうなんだけどね……。うちの王子様が酔ってしまって」
カルの視線の先には、ベンチに横たわったカイ様の姿。……完全に酔いつぶれている。
「だったら、カルは休んでいいよ。私が面倒を見るから」
「え、若い娘と酔っ払いが二人きりは……」
「慣れているの」
村にいたころ、よく親父さん達を介抱していた。
「いいからいいから。明日も仕事があるでしょう?」
不満げなカルを押し込めて、退場させる。
姿が見えなくなったのを確認してから、ベンチに近付く。
「カイ様。お隣、失礼しますね」
頭がある方に座り、上半身を立たせる。が、すぐに倒れ込んでしまう。
「オイ、お前……。いつから其処にいた……? ちょっと膝貸せ……」
私の腿に頭を乗せて、「うん、寝心地がいい……」と呟く。私は使い慣れた枕か。
状況はアレだが、カイ様が酔いつぶれているため甘い雰囲気は一切無し。よくおじさんたちにもされたし。
「どれだけ飲んだのですか?」
「う……結構……。果実酒とか、カクテルとか……」
「吐き気は、しませんか? 大丈夫ですか、私の服に吐かないでくださいね」
ゆるゆると首を振るカイ様の顔色は、しかし蒼白。
「一応魔法で癒やしますね。効くかどうか、分かりませんけど」
丁度、実験体が欲しかったところだ。
「『癒』」
手を当てた腹の当たりが、仄かな黄色の光に包まれる。
「……吐き気、収まった」
おお、効いた! 凄い、もしかしたら『癒』って万能薬?
「じゃあ、もういいですね。帰りましょう。立ってください」
なんとか立たせたものの、足元はふらふらの千鳥足。
何とかしてきちんと立たせて、『癒』効くかな? なんて考えていた時。
気づけば、カイ様の腕の中にいた。
は!?
「なにすんですかカイ様、はなしてください!」
もがくものの、カイ様の腕は流石にがっちりしていて抜け出せない。
「いや……立ってるの面倒だから……お前、いい匂いするし……」
私は枕か香水か掴まるものか、どれだ!!
「カ、カイ様っ、酒臭いですから離れて──……!」
ください、まで言えなかった。口、塞がれた。……カイ様の、唇で。
はぁあああああ!!!???
ファーストキスはすましてしまったものの、全然慣れていない私は、どうにかして抜け出そうとする。でも、カイ様の腕の力が強まっただけだった。
軽いのには違い無いのだろうが、前回のそれよりかなり長くて、なぜか意識が遠くなる。
私がカイ様に掴まりたい位だ。
「ふぅ。お前、大丈夫か……?」
「大丈夫じゃないですよ! いきなり何するんですか!」
ようやく放されて、文句を言ったら、顔をまじまじと眺められる。
「おまえ、可愛いな……」
「な、何を……」
可愛い。
人生で異性に言ってもらったのは、初めてだ。早く亡くなっているから、父にさえ言ってもらった事が無い。
不覚ながら、顔が熱くなっている自覚がある。
「……カイ様?」
カイ様の体から急に力が抜けて、私の肩に顔を埋める形になった。ずしりと、重みがかかる。
「ちょっと? あれ、もしかしなくても寝てます?」
返事代わりに返ってきたのは、すやすやという寝息。
溜め息をついて、もう一つ魔法を試してみることにする。
「『重力』」
ふわりとカイ様の体が浮かぶ。またまた成功~。
安らかな寝顔をみて、『私より、カイ様の方が可愛いと思いますよ』なんて思った自分を鈍器で殴りたい。
……ま、夜警の騎士に聞けば、部屋も分かるでしょ。ていうか、引き渡そう。
無理やり寝顔から視線を外し、出発する。何も言わなくても、カイ様の体はふわふわとついて来た。
最初にすれ違った人に、引き渡そう──そんな風に、考えていたのだけれど。
「やあ、セシル。どうしたのかい、こんな深夜に?」
ミシェル様、でした。最初にすれ違ったの。
──あれ、これはヤバくね?
ルリカさんに『第一王女殿下は第一王子殿下にものすごく厳しい』と聞いてから、日が浅い。
何しろ、あのルリカさんが冷や汗をかいていたぐらいだ。……流血沙汰になるかも。
「おや? そのふわふわ浮かぶ愚弟は何だい?」
「酔っ払ったカイ様です……。介抱をしていました……」
「……魔法を、解いてくれ」
仰せのままにぃぃい!!
直ぐに解きます、今解きます!
ミシェル様は空中でカイ様をキャッチ。そのまま背負った。
「物理的に、分からせるよ。君はもうお帰り」
凄みのある笑顔に、即座に逃げ帰った私でした。