誰だって怒りたい時が在る 1
間宮明石が所属する竹取高校茶道部は、校舎一階の一番右端に部室を構えて居る。
部屋の中は茶道部ということも在り、十二畳程の畳のが広がり、部屋の隅には座布団が重ねられ、冷蔵庫や湯沸かし器が完備されている。そして茶道部部長の柊は座布団の上に座りながらお茶を飲み、ゆったりと寛いでいる姿がそこには在った。この静かで心地良い空間の中、ゆっくりとした時間が流れを肌で感じ取りながらお茶を飲む。これこそ茶道における侘・寂なのだろうと、訳のわからない持論を柊は胸の内で展開していた。
そうやって柊が部室で感慨深くお茶を飲みながらまったりとしていると、部室の扉がゆっくりと開く。
柊は畳の上に置かれた茶托に湯呑を置き、にこやかな笑みを浮かべて来訪者にこう声をかけるのだ。
「やあ、私のプレゼントは気にいってくれたかね? エロ宮君」
「誰がエロ宮だ……」
柊の言葉に不満そうな顔をしてそう返答する間宮は、予め柊が間宮の為に用意していたであろう座布団の上に座ってこう続ける。
「全く……あの時点で俺も柊先輩の罠に気が付くべきでした……」
そう言いながら今朝の出来事を間宮は思い出すのだった。
校門から校舎にかけての道中で見かけた仲の良いカップルの姿を見て、その二人が付き合うことになった日に言われた柊の言葉、そして机の上に置かれた美少女ゲームの事を……。
「まさか俺の机に恋愛シミュレーションゲームのソフトが置かれているとはね……」
そう言いながら間宮は落ち込んだ様に深いため息を一つ吐き続けて言う。
「先輩のせいで……俺はそういうゲームが大好きな男子生徒という認識になり。ギャルゲーとエロゲーの区別できない奴らからは『エロ宮』なんてあだ名が一日で広まる始末……ああ、鬱だ……」
そして落ち込んだ間宮は柊を睨み付けながらこう叫ぶ。
「どうしてくれるんですか!? 全部、柊先輩のせいですよ!!」
叫び声を上げる間宮に対して、柊は落ち込んだ様子でこう返答する。
「それは……すまなかった……」
「えっ?」
「私は……私はただ君に恋愛の素晴らしさを知って欲しいだけだったんだよ……」
「えっと……その……」
柊は悲しそうな表情を浮かべてそう呟く。間宮は始めて見る弱々しい柊の姿を見て、困った表情を浮かべることしか出来なかった。
「あのゲームはとても良い作品だ……私のお気に入りで……君にもきっと気に入って貰えると思ったのだが……だが、余計なお世話だったみたいだな……本当にすまなかった……エロ宮君……」
「おい、絶対謝る気ないだろ。アンタ」
「勿論……君にすまないなんて感情は一切無い……当たり前だ……」
「えっ? 何この人? 湿っぽい空気出しながら、サラッと今までのことを演技だと認めちゃったんだけど、えっ?」
「本当に……うぅ……」
そう言いながら柊は何処からか取り出した目薬を目に注し、これまた何処からか取り出したハンカチで涙を拭く演出する。
「ぐすっ……ぐすっ……」
「いや、目薬注してたよね? 今、目薬注してたよね?」
そう間宮が指摘すると柊はハンカチで涙を拭きとって、いつもの凛々しい表情に戻して間宮にこう告げる。
「さて、君も許してくれたことだし……早速、私が君に貸してあげたゲームの感想を聞かせて貰おうか?」
「いや、許してないけど?」
間宮がそう言うと柊は溜息を一つ吐いてこう返す。
「間宮君……この私を泣かせたんだぞ? それで十分だろう? それとも君は女の子の泣き顔でご飯三杯は行けるサド属性なのか? サド宮君」
「誰がサド宮だ」
「もしかして……エム体質……エム宮君だったのか……!?」
「エム宮でもねぇよ」
「じゃあ、何宮君なんだ?」
「間宮だ!! 間宮!!」
そんな会話をしている最中、茶道部の扉が軽く二回叩かれる。その音に反応した間宮と柊は扉の方へと視線を向け、扉の向こう側の客人が声を上げる。
「あの~茶道部ってここですか~?」
そんな能天気な女性の声が扉の向こう側から聞こえて来る。そして、茶道部の扉がゆっくりと横に動いて客人が二人の前に姿を見せるのだった。
明るい茶色のショートカットに幼さが残る顔立ち、その顔は何処かで見た女生徒と似た顔立ちだと思いながらも、間宮は何処で見た顔だろうかと思考を巡らせる。
「確かに、茶道部はここで在っているわ。アナタは?」
「はい!! 私は神楽坂雛です!! 彼氏が欲しいならお姉ちゃんにここに来ればいいよって紹介されてきました!!」
そう言って元気良く神楽坂雛と名乗る女生徒は短いスカートを揺らしながら深々と頭を下げるのだった。
「ああ、だからか……」
そこで間宮は彼女の顔を何処かで見覚えがあると感じた原因を理解した様子でそう呟くのだった。
神楽坂雛は神楽坂花の妹……だから間宮は彼女の顔に見覚えが在ったと理解する。
そして、柊は茶道部へとやって来た神楽坂妹にこう返すのだった。
「なるほど、神楽坂さんの妹さん……。そうね、まずは座ってお茶でもどうぞ」
そう言って柊は神楽坂妹に優しい笑みを浮かべ、間宮に対しては「お客様に座布団とお茶をお出しして……座布団係のお茶宮君」などといい、間宮は柊の言葉を軽く流しながら言われた通りに動き始めるのだった。