恋は喜ばしい出来事である 3
「それでは……まずは間宮君の恋愛体験について述べて貰うことにしようか」
柊が少しばかり考えてから述べた言葉がそれだった。間宮はそれを聞いて首を傾けながらこう返す。
「なんで俺の恋愛体験を柊先輩に口外しなくてはならんのですか……」
「うむ、どうせ君のことだ。そんな甘酸っぱい青春の『せ』の字もないだろうと思って試しに話を振ってみただけだ。気にするな」
柊の言葉にぐうの音もでない間宮は、反撃する様にそっくりそのまま柊の言葉を返すのだった。
「ちなみに柊先輩はその甘酸っぱい青春とやらを体験したことが在るんですか?」
「それは君と違って私はモテるからな……」
さも当たり前の様に答える柊を見て、間宮はこんな性格の悪い女に負けたのかと落ち込んだ様子を見せるのだった。そして間宮は柊に続けてこう尋ねる。
「じゃあ、柊先輩は今まで何人位と付き合ったことが在るんですか?」
「そうだな……ざっと百は超えているだろうな……」
「待て待て待て!! 絶対嘘だろ!! 見栄を張るにも程がありますよ!!」
「見栄? 私は見栄など張ってはいないぞ、間宮君。私は君に何人と付き合ったかと聞かれて正直に、ざっと百は超えていると答えた。それが如何に君の予想外の答えだろうとも、それが私の事実だよ、間宮君」
「それにしたって、変わり身が早すぎるだろ。アンタ俺より三歳位年上なのに、それで百人以上ってどうしてそうなった……」
「仕方がないことだ……時期が変われば攻略する相手も変わるものだろう?」
「時期? 攻略?」
「そうだ、まあ口で言うより実際に見て貰った方が早いだろう?」
そう言いながら柊は部屋の奥に在る低い棚の下に作られた収納スペースから何かを取り出して戻って来る。
「今はこのパッケージの表紙に写っているこの五人を攻略中……」
そう言いながら柊は手元に持ったハニカム笑顔の美少女が五人並ぶイラストが描かれた携帯ゲーム機のソフトの箱を間宮に見せるのだった。そして、柊の言わんとすることを理解した間宮は彼女にこう返す。
「ゲームの話かよ!!」
「ゲームの話に決まっているだろう? 私は基本的に男性に興味は無いからな……ちなみに私が好きな性別は女子だ」
「知るか!! って、女子!? アンタ、まさか……」
「そう……良く在るだろ? 百合という奴だよ」
「……」
間宮はほんの数秒で柊の口から次々と放たれる突拍子もない言葉に困惑するしかなかった。
もう、何処から突っ込めばいいのかわからなく。諦めた表情を浮かべて溜息を吐く。そして全てを受け入れる様にこう続ける。
「わかりました。柊先輩は百合で、ギャルゲーが好きで、付き合ったのはゲームの中の女の子だけという話でいいですか?」
「まあ簡単に言ってしまえばそうだな。もう少し面白い反応をすると思ったが……案外素直に受け入れたな間宮君」
「もう面倒なので全て受け入れました。許容範囲内です」
「そうか、やはり私の目に狂いは無かったようだな」
そう言いながら柊は手に持ったゲームソフトの箱を畳の上に置き、間宮にそっと差し出してこういう。
「きっと君も……この作品を気に入ってくれると思う。だから、これを君に貸そうではないか……同じ部の部員として……どうか私の好意を受け取ってくれたまえ」
「結構です」
柊の提案に間宮はキッパリと断る。それを聞いた柊は心なしか落ち込んだ表情を浮かべて、ゲームソフトの箱を自分の横へと引っ込めるのだった。
「全く……君という奴は恥ずかしがり屋さんなのだな……。だが、いつでもそこの収納棚に色々とゲームがしまってあるから……好きに使うといい」
「いやだから、やらないですって……」
そして柊は話が脱線した事に気が付き、少し慌てた表情を浮かべながら話を戻そうとする。
「おっと、話が脱線してしまったな……。それでは神楽坂さんの話に戻すとしよう。君にとって神楽坂さんはどのように見える?」
「どのように見えるって、どういうことですか?」
「そのままの意味だよ。どういう女性に見えるか? という質問だ。可愛いとか、頭悪そうとか、純粋そうとか、胸が大きいとか、お尻が大きいとか、犯したいなとか……そういうことを思ったりするのが男子なのだろう?」
「後半酷いモノしかなかったぞ……」
「それでどうなんだ? 間宮君の神楽坂さんに対しての第一印象を教えてくれたまえ」
「そうですね……」
柊の質問を聞いて間宮は茶道部の部室に座って居た神楽坂の容姿を思い出す。
茶色のセミロングの髪型で、性格は明るそう、顔立ちも整いスタイルもそこそこ良く、誰にでも分け隔て無く接していそうな女生徒だった。それを全て踏まえた上で間宮は端的にこう答える。
「明るい人でしたね」
「見た目としては申し分はないだろう?」
「そうですね」
「じゃあ、君は彼女と付き合いたいと思うかい?」
「……」
「では質問を変えよう。神楽坂さんが君に好きだと告白したと仮定する。君はそれに対してどう答える?」
「それは……」
「大概の男は『イエス』と答えることだろうな」
柊の言葉に納得したように間宮は首を縦に小さく頷いた。間宮自身もそう考えるに決まっている。というより、断る理由がないのだから結果は見えていたのだ。だから、彼は柊の言葉に賛成する様に頷くのだった。
「つまりそういうことだよ……可愛い女生徒から告白された男子という者は大概『イエス』と答えるモノだ。ならば神楽坂さんが取る行動は一つしかない、意中の男子生徒に面と向かって告白する。それだけだ」
「でも、それじゃここに相談に来た意味が無いんじゃ……」
「なに、話を聞いて貰うだけで楽になる事や決心が着くことも在るだろう? それが私達の今回の役割だ。私達は神楽坂さんと意中の男子生徒との告白の場を作り、神楽坂さんに告白をさせる。それだけでいいのだよ」
「そういうものですかね?」
「そういうものだ」
そう言って柊は話が一段落した様子で低い棚に置かれた湯沸かし器の前へと移動し、急須に湯を注ぎ始める。そして近くに置かれた二つの湯呑を用意して二人分のお茶を入れようとしていた。
そんな中で間宮は一つ大事なことを見落としている事に気が付き、柊にそのことについて尋ねる。
「確かに、柊先輩の言う事は正しいですよ。でも……もし告白が失敗したらどうするんですか?」
そう柊は常に成功するという考えでいて、失敗についての意見は何も言って居なかった。確かに神楽坂は間宮から見れば可愛く「付き合って下さい」などと言われたら「はい」と即答することだろう。だが間宮は万が一の可能性も視野に入れなくてはならないと考えていた。
「そうだな……失敗する可能性は確かに存在する。そして、その可能性を排除することも可能だ……だが、それでは面白くないだろう?」
「面白くないって……良いんですか? 神楽坂先輩は友達なんじゃ?」
「友達と言っても表面上で深い仲ではないからな……私と神楽坂さんは……」
「だから失敗しても構わないと?」
「そうだ、失敗しても構わない。だが成功する可能性を信じては居る」
「でも失敗する可能性を排除できるなら……やってあげればいいんじゃないですか?」
「そんな事はしないよ。さっきも言った様に彼女とはそんな間柄ではないからな」
そう言って柊は湯呑に注いだお茶を二つ手に取り元居た場所へと座る。そして片方のお茶を間宮に渡してこう続ける。
「たかが『好きです付き合ってください』の二言に対して、『ごめんなさい』の一言か『喜んで』の一言が返って来るだけの出来事だ。ただその言葉を言うだけ、会話をするだけなのに失敗や成功を気にすることはないだろう。それよりも大事なのは成功した後、どうやって相手と付き合って行く事こそが一番重要なのだと思うよ。私はね……」
そう言って柊は乾いた持論を間宮に告げるのだった。だが、確かに柊の言うことにも一理在ると思った間宮はそれ以上この事については何も言うことはないと、柊に振る舞われたお茶に手に取り口へ運ぶ。
お茶を飲んで落ち着いた間宮は不意に柊について疑問が湧いた。だから、間宮は柊にこう尋ねる。
「そういえば柊先輩……現実世界の人間と付き合ったことはないんですか?」
「在ったとしても、それを君に言うことではない。だから好きな様に思ってくれたまえ……私が間宮君の事を年齢=彼女居ない歴だと思っている様に……」