恋は喜ばしい出来事である 2
そして放課後、間宮は一階隅の茶道部部室へと渋々足を運ぶのだった。
「はぁ、入るか……」
溜息交じりのそんな声で諦めた様子で、間宮は茶道部の部室の扉を開いた。
するとそこには見慣れぬ茶髪の女生徒が一人、茶道部部長の柊と対面する様に座布団の上に座って居るのだった。茶道部の部員は確か一人だったはず、そう思いながらも間宮は柊に視線を向けてこう尋ねる。
「お邪魔そうなら、帰りますけど?」
「いいや構わんよ。適当に座ってくれたまえ、間宮君」
柊にそう言われた間宮は見知らぬ女性生徒の後ろを通り、彼女達から適度に離れた場所に座るのだった。
それを見た柊は間宮を見て呆れた溜息を吐いてこう言う。
「君……そこでは話が良く聞こえんだろう。もっとこっちへ来たまえ」
「遠慮します」
「ならば部活が終わった後、君の家に遊びに行くことにしよう。そうしよう」
「すいませんでした、今行きます」
そう即答して間宮は対面する二人の女生徒近くへとすり寄って行くのだった。そして、見知らぬ女生徒はそんな間宮の姿を見て柊に尋ねる。
「えっと……誰?」
「茶道部副部長。一年の間宮君だ」
「冗談はやめてください、死んでしまいます」
柊の言葉に間宮はそんな軽口を返すと、柊は対面する女生徒の紹介を始めるのだった。
「彼女の名前は神楽坂花さん。私の同級生で、バスケ部の副部長をしている」
そう柊が説明すると神楽坂は手を軽く上げて間宮に挨拶をするのだった。
「よろしく」
「ど、どうも……」
そんな短めの挨拶を交わしたのを見て、柊は早速本題に入るのだった。
「それでは神楽坂さん。アナタの話を聞きましょうか……」
「えっと……」
柊にそんな事を言われた神楽坂だったが、間宮に視線を向けて何かを躊躇している様子だった。それに気が付いた間宮は柊にこう言うのだ。
「ほらやっぱり、俺は居ない方が良いみたいじゃないですか? 帰っていいですか?」
「帰っても良いが……その後、君にとって色々と面倒なことになっても私は責任は取らないぞ?」
「アンタは一体何をするつもりだ」
「さあ? 君が帰宅すれば全て明らかになるが……試してみるかい? 間宮君」
「遠慮しておきます。でも、俺が居たら話辛いことなんじゃ?」
間宮が神楽坂を察する様にそんな言葉を口にすると、神楽坂は首を縦に振って頷く。だが、そんな神楽坂を見て柊はこう言葉を返す。
「神楽坂さん、安心して。間宮君は口が軽いかもしれないけれども……アナタの話を万が一、彼の口から口外した場合、私の全力を持って彼を社会的に抹殺してあげるわ……だから安心しなさい」
「いや、それ……俺が安心できないんですが……」
そんな間宮の言葉を無視して柊は神楽坂にこう続ける。
「神楽坂さんがこの場で話さないならば、私はアナタに対して何の手助けもすることは出来ないけれど……それでいいのかしら?」
柊の言葉を聞いた神楽坂は小さな唸り声を上げながら悩ましい顔をし、何かを決心したようにゆっくりと口を開くのだった。
「その……好きな……好きな人が出来たんですよ……。それで、どうすればその人とお付き合い出来るのかなと……思いまして……」
「なるほど、それはとても重要な案件ね。大体理解したわ」
そう言って柊は視線を間宮に向けてこう告げる。
「この話は他言無用よ間宮君。もしも口外する様な事が在れば、アナタは殺してくれと泣き叫ぶほどの……」
「だから、アンタは一体何をする気だよ」
「冗談よ。でも他言無用、口外厳禁、いいわね?」
「まぁ……誰かに不用意に喋る内容ではありませんからね」
そして柊は神楽坂の話をもう少し詳しく聞き始める。
「それで、神楽坂さんの意中のお相手は?」
「その……同じ部活の……土佐君なんだけど……」
「土佐……土佐祐飛? だったかしら?」
柊はそう神楽坂に確認すると首を縦に振るのだった。
「そう……神楽坂さんはその土佐祐飛君と結婚したいという認識で……」
「へっ!?」
「柊先輩……話が飛躍し過ぎです。落ち着いてください」
「私は至って冷静なのだけれど……」
そして柊は言葉を直してこう続ける。
「神楽坂さんはその土佐祐飛君との関係を交際関係に発展させたい……そういう認識でいいのかしら?」
柊がそう言うと神楽坂は激しく首を縦に振った。そして柊は小さくうなずきこう返す。
「わかったわ、アナタの望みは理解した……ではまた明日の放課後にでもここに顔を出して頂戴。アナタの恋路を成功に導く手段を用意しておくわ」
そう言って柊は優しく神楽坂に向かって微笑みを見せる。それに感動した様子の神楽坂は柊の手を力強く握り「ありがとう!! 柊さん!!」そう言って、彼女は元気良く茶道部を去って行くのだった。そして間宮は柊にこう尋ねる。
「柊先輩……なんでこんな面倒なことを引き受けたんですか?」
「何、実に面白そうな話じゃないか。そう思わないかね、間宮君?」
間宮の問いかけに対して、彼女は楽しそうな笑顔を向けてそう答えるのであった。
――あっ、やっぱり性格悪いな……この人……