恋は喜ばしい出来事である 1
早朝の校舎の下駄箱で、間宮明石は眠そうな表情を浮かべながら、外履きから上履きに履き替える最中の出来事だった。「間宮く~ん!!」などと間宮に視線を向けながら声を上げる女生徒が、校門の方から駆け寄って来る。間宮はその女生徒の姿に見覚えは無く、困惑しながらも駆け寄って来る彼女の到着を黙って待つことにした。
「ねぇ、メールアドレスと電話番号教えてくれない?」
間宮はその唐突な言葉に疑問を感じながらも「あぁ……」と呟きポケットから携帯電話を取り出した。
そして赤外線で情報を送る様に指示された間宮は、女生徒の言われた通りに携帯電話を操作し、見知らぬ女生徒に連絡先を教えるのだった。
「ありがとう!! 間宮君!! あとでメールと電話番号送るね!!」
間宮の連絡先が自分の携帯に届いたことを確認した女生徒は、にこやかな笑みを浮かべながら校門の方へと去って行くのだった。
――アレは一体何だったんだ……もしかして……これがモテ期って奴なのか? いや違うか……
間宮はそれ以上深く考えず、上履きに履き替えて教室へと向かう廊下を歩き出そうとした。その時、仕舞いかけた携帯電話が振動する。間宮はさっきの女生徒からの連絡先が届いたのだろうと思い、携帯を確認した。するとやはり、間宮の予想通り知らないメールアドレスが一通送られており、電話番号が本文に一行だけ記載されているのだった。そして、それを確認したことを見計らったかの様に間宮の携帯電話が再び振動する。
着信画面に表示されたのは先ほど見たメールアドレスに書かれた電話番号と同じ番号が表示されていた。間宮はパッと見ただけの番号だが確かこんな感じの番号だったし、今電話を掛けて来るとしたらこの電話番号しかないと考えて電話に出た。すると……。
『おはよう、間宮君』
間宮は聞き覚えの在る茶道部部長の声に反射的に反応して、即座に電話を切る。
だが、電話を切った所ですぐに同じ電話番号から電話が掛かって来るのだった。
――さて、どうするか……。
間宮はこのまま無視し続けてもいいが、たぶんあの先輩の事だから自分が電話に出るまで電話を掛け続けるに違いない。そう思った間宮はすぐさま着信ボタンの終了を押し、すかさず携帯の電源を切ろうとした。だが……
「おはよう、間宮君」
「うわぁぁぁ!!」
間宮にとってちょっとしたホラーだった。まさか真後ろに彼女が居るとは思わなかった間宮は、驚きの声をあげながら振り向くのだった。すると案の定、そこには見覚えの在る黒髪で清楚な凛々しい女生徒が立っていた。
「携帯電話というモノは本当に素晴らしいコミュニケーションツールだな。電波さえ届けば何処に居ても連絡が付くのだから、本当に人類は素晴らしい発明をしたものだ。そうは思わないか、間宮君?」
「本当ですね……電波と携帯の電源さえ入って居れば相手が何処に居ようと、迷惑メールやら迷惑電話やらかけ放題ですもんね。本当に人類は素晴らしい発明をしましたよ」
間宮はそう投げ遣りに柊の言葉に対しての皮肉を交えてながら返答し、そのまま柊の事を無視して自分の教室へと向かおうとするのだった。だが柊に呼び止められ、間宮は仕方なしに足を止める。
「まあ、待ちたまえ……間宮君」
「……」
「今日の放課後、ちゃんと部室に来てくれたまえ。私の用件はそれだけだ」
「そうですか」
そう言って間宮はまた歩き出す。だが、間宮の胸の内では柊に部室に来いと言われた所で彼は部室に足を運ぶ気はなかった。だからなのだろう、柊はそんな間宮の考えを見透かしたようにこう言うのだ。
「まあ、部室に来たくないならそれはそれで構わない。だが、もしもそうなった時は覚悟するといい。退屈になった私が君の家に突然遊びに行くという事態になる可能性をね……」
その言葉を聞いた間宮は困った表情を浮かべながら後ろを振り向くと、柊は背を向けて何処かへと去って行くのだった。